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第8話 廃墟探索という仕事

6 化物が現れた!

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 二階を探索していくが、チョーカーは依然としてみつからない。
 調べる部屋も残り一部屋のみとなった。

「ここで見つからなかったら、正直お手上げね……」

 少し疲れたような顔でノイアさんは呟いた。
 最後の部屋は、部屋全体がビニールハウスのようになっている温室だ。並んでいる植木鉢やプランターは長い年月の影響でボロボロに朽ちている。壁は所々破れ、その隙間から風が吹き込んでくる。そんな風が種を運んでくるのだろうか。僅かに残っているプランターの土からは雑草が生えている。
 私はなんとなく、ここでもチョーカーは見つからないんじゃないかと思った。
 探索終了後、私の予感は当たっていた。チョーカーの姿はどこにもなかった。


 ☆★☆


「おいおい、あのお嬢様、ほんとにこの屋敷で落としていったのかよ?」

 げっそりとした表情でしゃがみ込み、ケンユウさんは落胆の言葉を吐く。

「すいません、落としたと思われる場所なんかを、もっと詳しく訊いとけばよかったですね……」

 どうしてあの時、そういう考えが浮かばなかったかが悔やまれる。

「日が暮れてきたし、今日のところはこれで切り上げて、明日出直しましょ」

 温室からは外の様子がよくわかる。太陽が沈み始め、空は鮮やかなオレンジ色に染まりつつある。
 丸一日かけてもチョーカーは見つからなかった。なんともいえない疲労感と空腹感が体を包み込む。
 お腹が減るのは当然だ。朝からずっと探索作業を続けて、昼食は取らなかったわけだし。それを証明するかのように、私のお腹はきゅる~んと鳴いた。

「ははっ、ユウコちゃん、腹の虫が騒ぎだしたな」

 ケンユウさんがいたずらっぽい笑みを向ける。指摘した直後、彼のお腹もぐーっと鳴り、お腹の虫が存在を主張しだした。ケンユウさんは恥ずかしそうに肩をすくめる。

「ふふ、じゃあ帰りましょうか」

 探索中の少し張り詰めた空気が和やかなものに変わった。

 エントランスの階段を降る時だった。

「うっ……ううう……うぅ……」

 背後から不気味な呻き声が聴こえ、私達の足は思わず止まった。
 お互いの顔を見合わせ、ゆっくり後ろを振り返る。
 なんと背後にある鏡から、世にも恐ろしい形相をした、ボロボロの白いドレス姿の女が這い出てきた!

「きゃああああっ!」

「いやああああっ!」

「うわああああっ!」

 ほぼ同時に悲鳴を上げると、私達は転がるように階段を駆け降りた。
 なっ、何アレ!? まま、まっ、まさかアレが、自称・天使が言ってた、この屋敷に封印されてるっていう奴!?
 足がもつれそうになりながらもなんとか扉までたどり着いた。

「ウソっ、開かないわ! 何か物凄い力で押さえつけられてるみたい!」

 ノイアさんがガチャガチャとノブを揺らす。

「退いてろ! 俺が蹴破る!」

 そう言ってケンユウさんは思い切り扉を蹴飛ばした。衝撃音が辺りに響き渡る。だが、強烈な一撃であるにもかかわらず扉には傷一つ付かない。

「おい、冗談だろ……?」

 ケンユウさんは呆然として呟く。

「うううぅ……うう……」

 化物は長い髪を振り乱しながら、緩慢な動きで私達に近付いてくる。

「こうなったら!」

 ノイアさんは光弾を化物に放った。しかし、光弾は化物の体をすり抜けるだけで全く効果はない。

「そんな……、術が効かない!?」

 ノイアさんの表情が絶望に染まる。
 私の視界は真っ暗に閉ざされた。どうしよう!? マジでどうしようッ!? 私達、絶対絶命のピンチじゃん! この不気味な化物に殺されんの!?
 化物が私達を捕らえようと腕を振り上げる瞬間だった。

「ぐおおおおおっ!」

 化物の体が青い炎に包まれ、跡形もなく消え去った。

「き、消えた……?」

 安堵の息を吐き、胸をなで下ろす。
 だが、それを阻むように、

『安心すんのはまだはえーぞ。奴はすぐにまた現れるからな。助かりてーなら、とっとと一階の物置まで来い』

 自称・天使の声が聴こえてきた。私の頭は混乱し、まごついていると、

『早くしろ! 奴に魂を喰われてーのかよ!?』

 切迫した声音で空恐ろしい台詞をぶつけられ、従うことにした。

「こっちです!」

「えっ?えっ? どこ行くの、ユウコちゃん!」

「い、一体なんだってんだ!?」

 わけがわからないといった感じで、二人は私の後に続く。

「……うううぅ……うう……」

 自称・天使が言った通り、再び化物は現れた。

「ひっ……」

 思わず振り向き、小さな悲鳴を漏らす。

『振り返るんじゃねえ! 全力で物置まで走れ!』

 私達は猛ダッシュで物置へと駆け込んだ。

「……うううぅう! うううぅ……!」

 化物が扉をガタガタと激しく揺らす。

「ひぃぃ……!」

 私は恐怖に縮こまる。

『安心しろ。この部屋に結界を張っておいた。奴は入ってこれねーよ』

 自称・天使はぶっきらぼうに安全を保証する。

「いい、いっ、一体なんなのアレ!?」

 うまく呂律が回らない舌で、もっともな疑問をぶつける。

『言っただろ? 俺の他にも封じられてる奴が居るって。あいつがそーだよ。あの鏡に封じられてる悪霊みてーなもんだな』

「あ、悪霊……」

 予想通りの返答をいただき、力ない呟きが漏れた。

『この屋敷が廃墟になる前は、封印もしっかりしてたから、鏡から出ることはなかったがな。けど、年月の経過とともに封印も弱くなっちまって、今じゃ奴はあんな感じに鏡から抜け出して、屋敷の中を自由に徘徊できるようになったってわけだ。しかも質のわりーことに、奴は人の魂が好物でよ。それが一度に三人も転がり込んできたんだ。喰らい尽くすまで、ぜってー諦めねーと思うぜ』

 魂を喰らう化物と聞かされ、鉛のような恐怖と不安が全身にのし掛かってきた。

「そ、それじゃあ、どうすればいいの!?」

『そりゃ、奴を退治するしかねーだろ。でねーと、お前らはこの館から出られねーしよ。けど、お前らに奴を退治すんのは無理そーだな。その女の術は効かなかったわけだし。もちろん物理的な攻撃なんざ論外だぜ。奴は霊体なんだからな』

「じゃ、じゃあ、私達、あの化物に魂を食べられちゃうんだ!」

 どうしようもない状況に立たされ、涙腺は決壊し涙が溢れてきた。

『話は最後まで聞けよ。さっき奴が青い炎に包まれて消えただろ? あれは俺がやったんだ。つまり、俺には奴に対抗できる手段があるっつーわけだ。俺が奴を倒してやってもいーんだぜ?』

「ほんと!? じゃあお願い!」

『じゃ、俺を解放してくれ。そうしねーと奴を退治できねーし。封じられたまんまじゃ、さっきみてーに一時的に追っ払うくらいしかできねーんだ』

「うっ……やっぱそうきたか。でも、あんただってどんな奴かわかんないし……」

『まだんなこと言ってんのかよ……。疑い深いガキだな。けど、ずっとこのままでいるわけにもいかねーだろ? どーすんだ? 俺を解放して無事生き延びるか。俺を解放せず奴に魂を喰われるか。二つに一つだ。好きな方を選びな』

 生か死か、究極の選択を迫られる。二人の意見を聞く。

「倒してくれるなら、正直そうしてもらいたいけど……」

「まあな。けどよ、そいつ、何か信用できねえんだよな。最終的にそいつが、俺達の魂を喰う気でいるんじゃ……」

「ま、まさか、そうなの!?」

『お前らいー加減にしろよ。疑い深過ぎる奴は救われねーぞ』

 自称・天使が呆れ気味に言った時だった。

「うおおおおっ! うおおおおっ!」

 化物は恐ろしい唸り声を上げ、扉をより激しく揺らしだした。

『やっべえ! 食欲が先立って、そーとー凶暴になってんな。このままだと結界を破って侵入してくるかもしれねえ……!』

 自称・天使は切羽詰まった声音で、その危険性を示唆する。私達は更に窮地に追い込まれた。

「もっ、もうこうなったら背に腹はかえられない! 一か八か、こいつの言葉に従ってみましょう!」

「そうね、それしかないわね!」

「ちくしょー! 後のことは、もうどうにでもなれだ!」

 自称・天使が言った通り、床板の一部は色が違っていて、取り外しが可能な造りになっていた。取り外すと地下に通じる梯子が現れ、急いで降りた。
 降りた先の隠し部屋はがらんとしていて、奇妙な箱のような物体が一つあるのみだ。これに自称・天使が封じられているのだろう。

 それは例えるなら、浦島太郎に出てくる玉手箱のような代物だ。何重にも御札が貼られ、鎖で厳重に封じられており、計り知れない程の怪しさを漂わせている。まさに怪しさ1000%。ピュアな怪しさの塊だ。
 そんな怪しさ大爆発の代物を前にして、私達は思わず立ちすくむ。

 封印を解いたら絶対ヤバイものが出てくる──!

 そう思わずにはいられないオーラがビンビンだからだ。

『おい! 揃いも揃って、何ボケッとしてんだ! さっさと封印を解けよッ! でねーと、てめーらの命はねーんだからな!?』

 自称・天使は痺れを切らしたように急かしてきた。

「わっ、ビックリした! へえ、思ってたよりも幼い感じの声ね」

「ああ。それに、すげー生意気そうだ」

 その声は二人にも聴こえたらしく、それぞれ感想を述べた。
 鎖を外し、御札を剥がして封印を解き、あとは蓋を開けるのみとなった。

「あ、開けます……!」

 緊張やら不安やらで腕が震える。それでも意を決して蓋を外すことに成功した。
 すると、眩い閃光に包まれる……といった派手な演出は一切なく、辺りはしーんと静寂のまま。
 目の前には、空っぽの箱がぽつんと寂しく存在するのみだ。

「……え? これ……だけ……?」

 あんな曰くありげな物の封印を解いたにもかかわらず、何も無さ過ぎることに大いに戸惑い、私は沈黙を破った。
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