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第2話 街へ出掛けよう
3 深緑の翼亭でお昼御飯
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フロックス学院の見学を終え、私達は再び街を巡り始める。今度は、真っ白い宮殿みたいな建物が見えてきた。
「あれお城?」
「いや、王立図書館だ」
「へえ、あれがそうなのか~」
確かロートレックさんが働いてるんだよね? 司書をしてるって言ってたし。あの人、いるのかな?
「ちょっと行ってみたいな」
「好きにしろ」
どうせ反対しても自分が折れるしかないと悟ったのか、アレックスはあっさりと承諾してくれた。
足取り軽やかに図書館に入る。中は物凄く広くて驚いた。
受付には数十人の司書がいて、ロートレックさんもその中にいた。昨日は真っ白な服装だったけど、今は勤務中なので制服と思われる服を着ている。ベージュをベースカラーにした、ちょっと風変わりなスーツのような服だ。うん、よく似合ってる♪ ってか、この人は何を着ても似合うよね、きっと。
「おや、皆さん、お揃いで。一体どうしたのです?」
ロートレックさんは穏やかな微笑を作る。その上品な笑顔に思わず見とれる。それに、やっぱり声がいい。柔らかい響きでほわ~っと癒されるんだよね。
「どうもこうもない。私はこの馬鹿どもに引っ張り出されて来ただけだ」
アレックスは淡々とした調子で悪態を吐く。っていうか、馬鹿どもって、もしかして私も含まれてる? 誘ったのはクリムベールちゃんだけだよ!? 私は別にあんたなんかいなくてもよかったんだからね!
「今日はね、ユウコちゃんにカラミンサを案内してるの」
馬鹿呼ばわりされたことなど気にすることなく、クリムベールちゃんは無邪気に説明した。
「なるほど、そうでしたか」
ここで、またまた私のお腹の虫が『きゅる~ん』と鳴き始めた。
「あっ……!」
「……お前、その腹の中には、本当に“腹の虫”とやらが住み着いているのではないか?」
アレックスが呆れたように指摘した。
「おやおや、お腹が空いているのですか?」
ロートレックさんがくすくすと笑う。
館内は静かなので、周りにも聞こえてしまったようだ。他の司書さん達も遠慮がちに笑っている。私の顔は瞬く間に熱を帯びる。うう、穴があったら入りたいという言葉は、こういう時に使うのか……。
「僕、あと少しで昼休みなんですけど、よかったらお昼一緒にどうです? ご馳走しますよ」
「いや結構だ。適当に街を回ったらすぐに帰るのでな。第一、二日連続で、お前と食事などしたくない。本当は面を拝むのも嫌だったのだからな」
空気も読まずにアレックスが即答した。ってか、その言い種! 何でそんな酷い言い方するワケ!? ロートレックさんって友達じゃないの!?
「アレックス、ヒドイ! どうしてそんな言い方しかできないの!? ロートレックさんには、いっぱいお世話になってるっていうのに!」
クリムベールちゃんが怒りを露わにして、ロートレックさんを庇う。
「いいんですよクリムベールさん。彼とは付き合いも長いですからね。辛辣な物言いは、愛情の裏返しだと理解しています」
ロートレックさんは天使の笑みでクリムベールちゃんをなだめる。
「気色悪いことを抜かすな。お前のそういうところが嫌いなんだ」
「しかしアレックス、僕はあなたではなく、ユウコさんに訊いたのですよ?」
ロートレックさんは天使の笑みを維持したまま、ちくりと指摘した。こう言われてはアレックスも黙るしかない。
「どうですか、ユウコさん?」
ロートレックさんは改めて私に訊ねる。
「いいんですか? はい! ぜひ、お願いします!」
やったね、ロートレックさんと御飯だ~♪
☆★☆
みんなで向かった先は、表通りに建っている一軒の酒場。名前は“深緑の翼亭”。なんでも昼はランチも出しているらしい。
店内は木材の温かみを活かした質素な造りだ。古そうだけど、よく手入れをされているみたいで清潔感がある。
「おう! いらっしゃい! カウンター席にでも着いてくれや」
威勢のいい声で迎えてくれたのは、身長二メートル超えの大男。思わずギョっとなる。
筋肉質の逞しい体格にツルツルに禿上がった頭。パッと見は何だか怖そうだけど、目は優しげな感じだ。名前はバンダさん。パンダじゃないよ? バ・ン・ダ。タイタロープスという、巨人の血を引く種族の人なんだって。
「マスター、日替わりランチを三つお願いします。アレックス、あなたはどうしますか?」
「いらん。マスター、コーヒーを頼む。ブラックでな」
二人は慣れた感じでそれぞれ注文をする。
「アレックスさん、珍しいじゃねえか。こんな時間に来るなんてよ」
バンダさんは注文の品を用意しながらアレックスに話しかける。
「ああ、そこの馬鹿娘二人に連れ出されてな……」
アレックスはまたも私とクリムベールちゃんを顎でしゃくって毒づいた。なんか馬鹿どもから馬鹿娘に変わってるし。そして、やっぱり私も含まれているみたいだ。ま、別にいいんですけどね。
「はいよ、お待ち!」
バンダさんの威勢のいい声とともに、注文の品が目の前に置かれた。カレーに似ているけど少し違う。一口食べるとほっぺたが落ちそうなくらいの美味しさ!
「うわぁ、美味しい!」
「そうでしょう? 喜んでもらえたようで、良かったです」
ロートレックさんは嬉しそうに微笑む。
「そういや、こっちの嬢ちゃんは見たことねえなぁ。なんて名前だい?」
「えっと、有子です。田中有子っていいます」
「タナカユウコ? 変わった名前だな。それに格好も変わってるし……。もしかして、よその国の人かい?」
「あ、それは……」
私は地球から召喚されたことなどを説明した。
「おお、するってえと、ユウコちゃんは、そのチキュウとやらに帰る方法を見つけなきゃいけねえわけか……。若えのに大変だな。まあなんだ、俺じゃ役に立たねえかもしんねえけど、困ったことがあったら遠慮なく相談してくれよな。あ、でも、そばにその二人がいるってなら、そんな必要もないか?」
バンダさんはそう言って豪快に笑った。話してみるととても親切で気のいいおじさんだ。
「うるさいねぇ、何をそんなに馬鹿笑いしてんだい!」
奥から恰幅のいいおばさんが現れた。やたら体格がいいので、この人もタイタロープスのようだ。
「俺のカミさんだよ」
バンダさんが教えてくれた。
「おや、みんなで珍しいねぇ。ん? この子は新顔だね」
私はバンダさんにしたように、自己紹介と置かれている状況を説明した。
「まあ、それは可哀想に。けど、この二人は頼れる男だよ。必ずチキュウに帰る方法を見つけてくれるさ。……ああそうだ、あんたくらいの女の子だったら、男に相談しづらいこともあるだろうね。そういう時は、遠慮なくアタシに言いなね」
「はい、ありがとうございます」
なんて良い人達なんだろう。その温かい心遣いが嬉しい。
食事も終わり、食後のお茶を貰う。ふぃ~、お腹いっぱいだよ。
隣のクリムベールちゃんは、“クリームタワー”という、高さ四十センチはあろうかと思われる巨大なパフェを、嬉しそうに食べている。自分で食いしん坊って言ってたけど、ほんと良く食べるなぁ。今さっき食べたランチもかなりの量だったのに……。ってか、そんだけ食べてよく太らないね。エルセノアっていっぱい食べても太らないのかな?
ロートレックさんは昼食を食べ終わってすぐに、昼休みが終わるからと図書館に帰ってしまった。残念。もっとお話したかったな。ちなみにロートレックさんは帰り際、ちゃんと私達三人分のランチの代金を払っていった。ロートレックさーん、そんなのみんな、アレックスの奴に払わせればよかったんですよ。あんなでかい屋敷の主だもん。ランチ代くらい巻き上げても罰は当たりませんって。
「それはそうと、アレックスさんよ、最近エルダーの店には行ったかい?」
「いや、最近は顔を出していない。彼がどうかしたのか?」
「あいつ、とうとう手に入れやがったんだ。エリンシム地方の、あの“幻の銘酒”をよ」
「ほう、あの五十年に一度、市場に三本しか出回らないという“リラ・ローゼ”とかいう酒のことか?」
「おう、それそれ! あんたに売るんだって息巻いて、他の連中には売る気ないみたいだぜ」
「なぜだ?」
「あんたは、あいつの曾祖父さんの代からのお得意様だから、優遇したいんだとよ。あいつの義理堅さは半端じゃねえからな。どっかの貴族が破格の金額で交渉した時も、迷うことなく突っぱねたって話だぜ。当然、俺も断られちまった。……なぁ、買いに行ってやれよ」
「そうか。ならば、後ほど行ってみるとしよう。……有り難い話だと思うが救い難い馬鹿だな、あいつは。私に売ろうとせず、その貴族にでも売れば、今頃富豪になっていただろうに。奥方が気の毒でならんな」
「まあな~。やっぱそのことで、すっげえ派手な夫婦喧嘩になったらしいぜ。噂じゃ、あいつ半殺しにされて、家が半壊したって話だ。……どこまでホントかわかんねえがよ。まあ、最後は和解して丸く収まったらしいけどな」
「そうか、それはよかった。しかし、そんな殺人事件になっていたかも知れん夫婦喧嘩の原因に、知らない間に私も関わっていたとは…。なんとも複雑な気分だな。正直滅入る」
「おいおい、あくまでも噂だぜ? 大体、あの虫も殺せねえような顔した奥さんが、そんなことすると思うか? どうせ、どっかのバカが面白おかしく尾ひれを付けたに決まってらあ! あんま、気にしなさんな」
「ああ、そうだな」
そんな会話がアレックスとバンダさんの間で交わされた。ずいぶんと親しげな感じだ。ってか、こいつが普通に喋ってたのが驚き。だって、いつも刺々しい物言いしかしないイメージがあるし。そんなことを考えながらアレックスを見ていると、
「私の顔に何か付いているのか? ……私を指摘する前に、まずは自分の顔を確認するんだな。口の端にさっき食べていた昼食のソースが付いているぞ」
アレックスは手首をくるっと回して手鏡を出現させると、私の顔の前に差し出した。ゲッ、ホントだ! しかも、結構目立つように付いてるしっ!
私は慌てて紙ナプキンを取り、きれいに拭き取った。
「まったく、幼児と同レベル、もしくはそれ以下だな」
アレックスはやれやれといった感じに毒づいた。やっぱりこいつは、私に対してはこんな言い方しかしない。
「う、うっさい! 何それ、幼児以下っていったら赤ちゃんじゃん!」
「お前など、私から見れば赤子同然だ」
二杯目のコーヒーに口をつけながら、アレックスはまたも毒づく。
「……まあ、そうだよね~。あんた、千年以上生きてるんだしね。じゃあ、あんたは超若作りのじーさんってことでいいよね?」
言われっ放しでは悔しいので、たっぷりと皮肉を込めて応酬する。
「黙れ。赤子は赤子らしく、ミルクでも飲んで、おとなしくしているんだな」
アレックスは手鏡を出した要領で、今度は瓶入りの牛乳を出して私の前に置いた。
「何これ? 別に飲みたくないんだけど……」
「まあ飲んでおけ。お前、歳の割には背が低いしな。実年齢が十五と知るまで、せいぜい十二くらいだと思っていた」
うっ、何気に気にしてることを……! キャップを外しながらアレックスを睨み付けてやった。
「はっはっは! ユウコちゃんもやるなぁ! 俺、アレックスさんがクリンちゃん以外の女の子と軽口叩き合うの、初めて見たぜ」
「そうなんですか? ってか、クリンちゃんって?」
「クリムベールちゃんのことだよ。街のみんなはその子のこと、クリンちゃんって呼んでるんだぜ」
バンダさんはクリムベールちゃんを指す。
クリムベールちゃんは、今度は直径五十センチはある“大判ホットケーキ”なるものを美味しそうに食べている。
って、いくらなんでも食べ過ぎでしょ! もうこれは、食いしん坊なんて可愛い言い方じゃ済まされないよ!?
でもまあ、クリンちゃんか。可愛くて呼びやすいし、私も今度からそう呼ぼっと。
それからしばらくして。
昼食を終えて大分経つが、アレックスはバンダさんと雑談に花を咲かせ、ここを出る気はないようだ。こいつ……、渋々ついてきたくせに、何ちゃっかり楽しんでんの? まあ、別にいいけどさ。
クリンちゃんは相変わらず食べることに夢中で、今度は、直径、高さ、共に三十センチはある“バケツプリン”なるものを食べ始めている。
手持ち無沙汰になった私は店内を観察して暇を潰す。すると、ちょっとした広めのスペースに目が留まった。
「あれってなんですか?」
「ああ、ありゃちょっとした演壇だよ。ここは酒場だからな。夜はあそこで流れの踊り子なんかが、踊ったりしてくれんだ。どうだい? ユウコちゃんも何かやってみるか? もちろんバイト代は出すぜ」
バンダさんはそう説明して豪快に笑った。
「お、踊りって……、まさか、服を一枚ずつ脱いでいくような……やつですか……?」
私の言葉にバンダさんは更に豪快に笑い出した。
「お前という奴は……。子供のくせにそういうものをしてみたいのか? しかし、そんな貧相な体つきでは喜ぶ奴もごく一部のマニアくらいだろう。もっとも、ここは健全な店だから下劣な行為は禁じられているがな」
アレックスが失礼な一言を交えて突っ込んできた。
「ちっ、ちち、違うもん! べっ、別にしたくないよっ! ちょっと勘違いしただけじゃんか! ってゆーか、貧相な体つきで悪かったね。これから成長していくんですよーだ!」
しどろもどろになって弁解する。
「はっはっは! ユウコちゃんは面白いなぁ。気に入ったぜ。まあ、これからよろしくな」
バンダさんの豪快な笑い声に見送られ、私達は深緑の翼亭を後にした。
「あれお城?」
「いや、王立図書館だ」
「へえ、あれがそうなのか~」
確かロートレックさんが働いてるんだよね? 司書をしてるって言ってたし。あの人、いるのかな?
「ちょっと行ってみたいな」
「好きにしろ」
どうせ反対しても自分が折れるしかないと悟ったのか、アレックスはあっさりと承諾してくれた。
足取り軽やかに図書館に入る。中は物凄く広くて驚いた。
受付には数十人の司書がいて、ロートレックさんもその中にいた。昨日は真っ白な服装だったけど、今は勤務中なので制服と思われる服を着ている。ベージュをベースカラーにした、ちょっと風変わりなスーツのような服だ。うん、よく似合ってる♪ ってか、この人は何を着ても似合うよね、きっと。
「おや、皆さん、お揃いで。一体どうしたのです?」
ロートレックさんは穏やかな微笑を作る。その上品な笑顔に思わず見とれる。それに、やっぱり声がいい。柔らかい響きでほわ~っと癒されるんだよね。
「どうもこうもない。私はこの馬鹿どもに引っ張り出されて来ただけだ」
アレックスは淡々とした調子で悪態を吐く。っていうか、馬鹿どもって、もしかして私も含まれてる? 誘ったのはクリムベールちゃんだけだよ!? 私は別にあんたなんかいなくてもよかったんだからね!
「今日はね、ユウコちゃんにカラミンサを案内してるの」
馬鹿呼ばわりされたことなど気にすることなく、クリムベールちゃんは無邪気に説明した。
「なるほど、そうでしたか」
ここで、またまた私のお腹の虫が『きゅる~ん』と鳴き始めた。
「あっ……!」
「……お前、その腹の中には、本当に“腹の虫”とやらが住み着いているのではないか?」
アレックスが呆れたように指摘した。
「おやおや、お腹が空いているのですか?」
ロートレックさんがくすくすと笑う。
館内は静かなので、周りにも聞こえてしまったようだ。他の司書さん達も遠慮がちに笑っている。私の顔は瞬く間に熱を帯びる。うう、穴があったら入りたいという言葉は、こういう時に使うのか……。
「僕、あと少しで昼休みなんですけど、よかったらお昼一緒にどうです? ご馳走しますよ」
「いや結構だ。適当に街を回ったらすぐに帰るのでな。第一、二日連続で、お前と食事などしたくない。本当は面を拝むのも嫌だったのだからな」
空気も読まずにアレックスが即答した。ってか、その言い種! 何でそんな酷い言い方するワケ!? ロートレックさんって友達じゃないの!?
「アレックス、ヒドイ! どうしてそんな言い方しかできないの!? ロートレックさんには、いっぱいお世話になってるっていうのに!」
クリムベールちゃんが怒りを露わにして、ロートレックさんを庇う。
「いいんですよクリムベールさん。彼とは付き合いも長いですからね。辛辣な物言いは、愛情の裏返しだと理解しています」
ロートレックさんは天使の笑みでクリムベールちゃんをなだめる。
「気色悪いことを抜かすな。お前のそういうところが嫌いなんだ」
「しかしアレックス、僕はあなたではなく、ユウコさんに訊いたのですよ?」
ロートレックさんは天使の笑みを維持したまま、ちくりと指摘した。こう言われてはアレックスも黙るしかない。
「どうですか、ユウコさん?」
ロートレックさんは改めて私に訊ねる。
「いいんですか? はい! ぜひ、お願いします!」
やったね、ロートレックさんと御飯だ~♪
☆★☆
みんなで向かった先は、表通りに建っている一軒の酒場。名前は“深緑の翼亭”。なんでも昼はランチも出しているらしい。
店内は木材の温かみを活かした質素な造りだ。古そうだけど、よく手入れをされているみたいで清潔感がある。
「おう! いらっしゃい! カウンター席にでも着いてくれや」
威勢のいい声で迎えてくれたのは、身長二メートル超えの大男。思わずギョっとなる。
筋肉質の逞しい体格にツルツルに禿上がった頭。パッと見は何だか怖そうだけど、目は優しげな感じだ。名前はバンダさん。パンダじゃないよ? バ・ン・ダ。タイタロープスという、巨人の血を引く種族の人なんだって。
「マスター、日替わりランチを三つお願いします。アレックス、あなたはどうしますか?」
「いらん。マスター、コーヒーを頼む。ブラックでな」
二人は慣れた感じでそれぞれ注文をする。
「アレックスさん、珍しいじゃねえか。こんな時間に来るなんてよ」
バンダさんは注文の品を用意しながらアレックスに話しかける。
「ああ、そこの馬鹿娘二人に連れ出されてな……」
アレックスはまたも私とクリムベールちゃんを顎でしゃくって毒づいた。なんか馬鹿どもから馬鹿娘に変わってるし。そして、やっぱり私も含まれているみたいだ。ま、別にいいんですけどね。
「はいよ、お待ち!」
バンダさんの威勢のいい声とともに、注文の品が目の前に置かれた。カレーに似ているけど少し違う。一口食べるとほっぺたが落ちそうなくらいの美味しさ!
「うわぁ、美味しい!」
「そうでしょう? 喜んでもらえたようで、良かったです」
ロートレックさんは嬉しそうに微笑む。
「そういや、こっちの嬢ちゃんは見たことねえなぁ。なんて名前だい?」
「えっと、有子です。田中有子っていいます」
「タナカユウコ? 変わった名前だな。それに格好も変わってるし……。もしかして、よその国の人かい?」
「あ、それは……」
私は地球から召喚されたことなどを説明した。
「おお、するってえと、ユウコちゃんは、そのチキュウとやらに帰る方法を見つけなきゃいけねえわけか……。若えのに大変だな。まあなんだ、俺じゃ役に立たねえかもしんねえけど、困ったことがあったら遠慮なく相談してくれよな。あ、でも、そばにその二人がいるってなら、そんな必要もないか?」
バンダさんはそう言って豪快に笑った。話してみるととても親切で気のいいおじさんだ。
「うるさいねぇ、何をそんなに馬鹿笑いしてんだい!」
奥から恰幅のいいおばさんが現れた。やたら体格がいいので、この人もタイタロープスのようだ。
「俺のカミさんだよ」
バンダさんが教えてくれた。
「おや、みんなで珍しいねぇ。ん? この子は新顔だね」
私はバンダさんにしたように、自己紹介と置かれている状況を説明した。
「まあ、それは可哀想に。けど、この二人は頼れる男だよ。必ずチキュウに帰る方法を見つけてくれるさ。……ああそうだ、あんたくらいの女の子だったら、男に相談しづらいこともあるだろうね。そういう時は、遠慮なくアタシに言いなね」
「はい、ありがとうございます」
なんて良い人達なんだろう。その温かい心遣いが嬉しい。
食事も終わり、食後のお茶を貰う。ふぃ~、お腹いっぱいだよ。
隣のクリムベールちゃんは、“クリームタワー”という、高さ四十センチはあろうかと思われる巨大なパフェを、嬉しそうに食べている。自分で食いしん坊って言ってたけど、ほんと良く食べるなぁ。今さっき食べたランチもかなりの量だったのに……。ってか、そんだけ食べてよく太らないね。エルセノアっていっぱい食べても太らないのかな?
ロートレックさんは昼食を食べ終わってすぐに、昼休みが終わるからと図書館に帰ってしまった。残念。もっとお話したかったな。ちなみにロートレックさんは帰り際、ちゃんと私達三人分のランチの代金を払っていった。ロートレックさーん、そんなのみんな、アレックスの奴に払わせればよかったんですよ。あんなでかい屋敷の主だもん。ランチ代くらい巻き上げても罰は当たりませんって。
「それはそうと、アレックスさんよ、最近エルダーの店には行ったかい?」
「いや、最近は顔を出していない。彼がどうかしたのか?」
「あいつ、とうとう手に入れやがったんだ。エリンシム地方の、あの“幻の銘酒”をよ」
「ほう、あの五十年に一度、市場に三本しか出回らないという“リラ・ローゼ”とかいう酒のことか?」
「おう、それそれ! あんたに売るんだって息巻いて、他の連中には売る気ないみたいだぜ」
「なぜだ?」
「あんたは、あいつの曾祖父さんの代からのお得意様だから、優遇したいんだとよ。あいつの義理堅さは半端じゃねえからな。どっかの貴族が破格の金額で交渉した時も、迷うことなく突っぱねたって話だぜ。当然、俺も断られちまった。……なぁ、買いに行ってやれよ」
「そうか。ならば、後ほど行ってみるとしよう。……有り難い話だと思うが救い難い馬鹿だな、あいつは。私に売ろうとせず、その貴族にでも売れば、今頃富豪になっていただろうに。奥方が気の毒でならんな」
「まあな~。やっぱそのことで、すっげえ派手な夫婦喧嘩になったらしいぜ。噂じゃ、あいつ半殺しにされて、家が半壊したって話だ。……どこまでホントかわかんねえがよ。まあ、最後は和解して丸く収まったらしいけどな」
「そうか、それはよかった。しかし、そんな殺人事件になっていたかも知れん夫婦喧嘩の原因に、知らない間に私も関わっていたとは…。なんとも複雑な気分だな。正直滅入る」
「おいおい、あくまでも噂だぜ? 大体、あの虫も殺せねえような顔した奥さんが、そんなことすると思うか? どうせ、どっかのバカが面白おかしく尾ひれを付けたに決まってらあ! あんま、気にしなさんな」
「ああ、そうだな」
そんな会話がアレックスとバンダさんの間で交わされた。ずいぶんと親しげな感じだ。ってか、こいつが普通に喋ってたのが驚き。だって、いつも刺々しい物言いしかしないイメージがあるし。そんなことを考えながらアレックスを見ていると、
「私の顔に何か付いているのか? ……私を指摘する前に、まずは自分の顔を確認するんだな。口の端にさっき食べていた昼食のソースが付いているぞ」
アレックスは手首をくるっと回して手鏡を出現させると、私の顔の前に差し出した。ゲッ、ホントだ! しかも、結構目立つように付いてるしっ!
私は慌てて紙ナプキンを取り、きれいに拭き取った。
「まったく、幼児と同レベル、もしくはそれ以下だな」
アレックスはやれやれといった感じに毒づいた。やっぱりこいつは、私に対してはこんな言い方しかしない。
「う、うっさい! 何それ、幼児以下っていったら赤ちゃんじゃん!」
「お前など、私から見れば赤子同然だ」
二杯目のコーヒーに口をつけながら、アレックスはまたも毒づく。
「……まあ、そうだよね~。あんた、千年以上生きてるんだしね。じゃあ、あんたは超若作りのじーさんってことでいいよね?」
言われっ放しでは悔しいので、たっぷりと皮肉を込めて応酬する。
「黙れ。赤子は赤子らしく、ミルクでも飲んで、おとなしくしているんだな」
アレックスは手鏡を出した要領で、今度は瓶入りの牛乳を出して私の前に置いた。
「何これ? 別に飲みたくないんだけど……」
「まあ飲んでおけ。お前、歳の割には背が低いしな。実年齢が十五と知るまで、せいぜい十二くらいだと思っていた」
うっ、何気に気にしてることを……! キャップを外しながらアレックスを睨み付けてやった。
「はっはっは! ユウコちゃんもやるなぁ! 俺、アレックスさんがクリンちゃん以外の女の子と軽口叩き合うの、初めて見たぜ」
「そうなんですか? ってか、クリンちゃんって?」
「クリムベールちゃんのことだよ。街のみんなはその子のこと、クリンちゃんって呼んでるんだぜ」
バンダさんはクリムベールちゃんを指す。
クリムベールちゃんは、今度は直径五十センチはある“大判ホットケーキ”なるものを美味しそうに食べている。
って、いくらなんでも食べ過ぎでしょ! もうこれは、食いしん坊なんて可愛い言い方じゃ済まされないよ!?
でもまあ、クリンちゃんか。可愛くて呼びやすいし、私も今度からそう呼ぼっと。
それからしばらくして。
昼食を終えて大分経つが、アレックスはバンダさんと雑談に花を咲かせ、ここを出る気はないようだ。こいつ……、渋々ついてきたくせに、何ちゃっかり楽しんでんの? まあ、別にいいけどさ。
クリンちゃんは相変わらず食べることに夢中で、今度は、直径、高さ、共に三十センチはある“バケツプリン”なるものを食べ始めている。
手持ち無沙汰になった私は店内を観察して暇を潰す。すると、ちょっとした広めのスペースに目が留まった。
「あれってなんですか?」
「ああ、ありゃちょっとした演壇だよ。ここは酒場だからな。夜はあそこで流れの踊り子なんかが、踊ったりしてくれんだ。どうだい? ユウコちゃんも何かやってみるか? もちろんバイト代は出すぜ」
バンダさんはそう説明して豪快に笑った。
「お、踊りって……、まさか、服を一枚ずつ脱いでいくような……やつですか……?」
私の言葉にバンダさんは更に豪快に笑い出した。
「お前という奴は……。子供のくせにそういうものをしてみたいのか? しかし、そんな貧相な体つきでは喜ぶ奴もごく一部のマニアくらいだろう。もっとも、ここは健全な店だから下劣な行為は禁じられているがな」
アレックスが失礼な一言を交えて突っ込んできた。
「ちっ、ちち、違うもん! べっ、別にしたくないよっ! ちょっと勘違いしただけじゃんか! ってゆーか、貧相な体つきで悪かったね。これから成長していくんですよーだ!」
しどろもどろになって弁解する。
「はっはっは! ユウコちゃんは面白いなぁ。気に入ったぜ。まあ、これからよろしくな」
バンダさんの豪快な笑い声に見送られ、私達は深緑の翼亭を後にした。
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父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
【9話完結】お茶会? 茶番の間違いでしょ?『毒を入れるのはやり過ぎです。婚約破棄を言い出す度胸もないなら私から申し上げますね』
西東友一
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