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5 魔王の右手の解放が近い…のですわ!
しおりを挟むその後、お兄様はラルフに『くれぐれも、くれぐれも、くれっぐれも!妹に怪我をさせないように!』と、圧力をかけまくって去っていきましたわ。
この国で2番目の権力者である王子が重度のシスコン…。とんだ厄災ですわね。
後ろに控えているラルフが最近ふと、死んた魚のような目になるのは気のせいではないはずですわ。
それでもわたくしに協力してくれるラルフには感謝の念が耐えませんわ!
ラルフ師匠の気持ちに応えられるよう、わたくしも頑張らなければですわ!背筋が伸びる思いですわ!
それにしても、こんなデブスをここまで可愛がれるお兄様は…家族への愛がとても深い方ですわ。
その愛のせいで自分のデブス加減が見えていなかったというのは大いにありえそうですが…それでも無条件に愛してくれる存在がいるということは、とても幸せなことですわ。
わたくし、大好きなお兄様の悲しむ顔は見たくありません!
必ずや処刑を回避してみせますわ!
さて。気合も新たに、今日は食を見直そうと思いますの。
今までも有能な城のシェフによって考えられたバランスのとれた食事でしたが、できればもっともっとヘルシーにしてほしいのですわ!
油ものを減らしてもらったり、野菜を増やしてもらったり…そういった要望を料理長に伝えに行こうと思いますの!
我が城の料理長は若くして城に召し上げられた実力者ですのよ。
しかもダークブロンドの髪に淡い灰色の瞳を持つ、色気漂う超絶イケメン。
皆が憧れずにはいられない方なのですわ!
…まぁそれも、口を開かなければ、のお話ですけれど。
「お忙しいところ失礼いたしますわ」
バババッ!
厨房の入り口。
自分から声を掛けたものの、思わず怯んでしまいましたわ。
だって一斉に皆さまがこちらを振り返ったんですもの!ビビりますわ!
気後れしてしまったわたくしのところに、近場にいたシェフが慌てて来てくださいました。
「殿下!こんなところにいらっしゃるなんて…何か御用ですか?もしかして何か食事に問題でもありましたか!?」
「いえ!そうではないの!え…ええと…ええっとぉ……」
「姫様。こんなことで臆していては乗り切れませんよ?今日は厨房の魔王と対峙しなければならないんですから」
「ヤーナ…え、ええ。そうね。分かっているわ。……コホン。お忙しいところごめんなさい。ボリスラーフはいるかしら?」
「料理長ですね。少々お待ちください。料理長!料理長ぉ!レギーナ殿下がおいでです!」
「……お呼びでしょうか?」
来ましたわ!長い睫毛が影を落とし、憂いを帯びた表情で色気垂れ流しのイケメン料理長、ボリスラーフ。
ああ…ご尊顔を拝んでこのまま回れ右して帰りたいですわ…。
えぇ、そうです!これから繰り広げられるであろう展開を想像してわたくし、怖気づいたのですわ!
でも目的を果たさなければなりませんわ!踏ん張りますわ!頑張りますわ!
お兄様の悲しむ顔も見たくありませんし、他にもきのう…痩せてぎゃふんと言わせてやりたい方もできましたし。
「今日は折り入って相談がございますの」
「光降り注ぐ国に降臨せし姫君よ、我が魔窟にわざわざ赴かれるとは…一体何用にございますか?」
思わず半歩後ろへ下がる。
「魔窟…。厨房のことかしら…?じ、実はわたくしダイエットをしようと思ってるんですの」
「なんですと!?姫君は…我が生み出せし罪深き子らの魂を滅すると!?」
一歩後ろへ下がる。
「そ、それは…あなたが作った料理で出来た、わたくしの脂肪を減らすのか?という質問かしら?えぇ、まぁ…そうなりますわね。ダイエットって脂肪を減らすことですものね。それで…」
「なんということだ…!我が子らの遺した想いまでも屠るというのですか…!?」
三歩後ろへ。
わたくしとヤーナは同時にぐりんっ!と後ろを向きましたわ。
「姫様!私、ボリスラーフが何を言っているのか分かりません!」
「頑張るのよ、ヤーナ!今に始まったことではありませんわ!ほんのちょっと…いえ、少し……うーん、だいぶ……変わってはいますが、実力と顔はピカイチですわ!」
「発言が異様すぎていろいろ正当に評価できない!」
怯えるヤーナをなんとか宥め、闇より召喚されし門番…じゃなかった。アルエスク城の料理長を再度振り返り…うっ。ムダにイケメンですわ。
そうなのですわ!ボリスラーフは実力もありますし、ものすんごいイケメンなのですが…発言が恐ろしく厨二病なんですの!
それが理由でまわりから少し距離を置かれているのですわ。
だって何を言いたいのか、すぐには分からないんですの!すごくイタくて辛いんですの!いたたまれないんですの!
でもみんな決してボリスラーフが嫌いなわけではないんですのよ?
仕事も真面目ですし、周りにもちゃんと気を配れる方ですから。
恐らくこの病気がなければみんなから慕われまくってたはずですわ。
もったいないですわ…。
それにしても。お兄様といい、ボリスラーフといい…ダイエットを「わたくしが減る」という見方をするのをやめてほしいですわ!
わたくし、明らかに太っておりますでしょう!?ダイエットすべきでしょう!?
これはなんとしてでも説得する必要がございますわ。
「わたくしとても太りやすいみたいで…あなたの料理を他の家族と同じように食べていても太ってしまうんですの。だからこれからは極力太りにくいメニューにして欲しいんですの」
「太りにくい……」
そうなんですの!わたくし実はたくさん食べるから太っているっていうわけではございませんの!普通に出された料理を食べているだけなのにこんなに太いんですの。もちろん出される量も普通。なのに王族で太っているのはわたくしだけ…。
きのう偶然城内で貴族の子息たちが話しているのを聞いてしまって知ったのですが、影でわたくしだけ実は血が繋がっていないんじゃないか?誰か他の子と取り替えられたんじゃないか?……王妃が、浮気して出来た子なんじゃないか?などという噂があるらしいのですわ。
ものすごくショックですわ…。
わたくしのこの体型のせいでお母様が悪しように言われていただなんて…情けないですわ。
でも後でヤーナに聞いたのですが、悪しように言ったその貴族たちは裏でお母様から制裁が加えられたらしいのですわ!
何が行われたのかはヤーナも口に出すのも恐ろしいといった風で話してはくれませんでしたが……実は王族で一番怒らせると怖いのがお母様なのですわ!自慢のお母様なのですわ!
きのうのご子息たち、ドンマイ……。
でもどんなにお母様が制裁を加えても、その噂は消えず…わたくし悔しいですわ。
わたくしのせいで家族に迷惑をかけてしまっているんですもの。
自分で証明したいんですの。
いつか必ず、わたくしの家族を悪く言った貴族たちをぎゃふんと言わせてやりますわ!
で、話を戻しますと。
わたくしいつも、スレンダーなお母様よりも同じか、それよりも少ない量の食事をいただいておりますの。
ダンスの練習もかなりしておりますし、弓も乗馬も嗜んでおります。
普通のご令嬢よりも体を動かしているはずですのにこの体型。
そこで今度は食事の内容からアプローチいたしますわ!
それにはこのボリスラーフの協力が必要不可欠なのですわ!
厨二病だからといって避けてはいられないのですわ!
ファイト!わたくし!
「そう!今ある脂肪…要するに…あ、あなたの生み出した子らを滅する罪(ダイエットして脂肪を減らすこと)はわたくしが背負いましょう。でもこれからはあなたの子どもたち(あなたの作った料理)には違う形でわたくしの役に立ってほしいんですの」
「違う形、とは…?」
「それは美しさと健康ですわ!」
「なんと!」
美しさとか…言ってて恥ずかしいですわ!
デブスのわたくしからデブを取ったらただのブスになるだけな気もしますが…まぁ結果を出して詐欺だと言われたらば、その時はその時で甘んじて受け入れることにいたしましょう。
まずは実行ですわ。
こんな詐欺まがいの詭弁を申し上げましたが効果は抜群だったようで。
ボリスラーフはいつも伏し目がちな目をカッと見開いて何かに光明を得たようですわ!
もうひと押し…もうひと押しですわ!!
「今の体型は明らかに健康的ではございませんし、美しくありませんでしょう?あなたの料理でわたくしを導いてくださいませ!」
「我が造りせし魂が、姫君の中へ入り…」
「ボリスラーフの造った魂が私の中へ…?えっ?えっ?」
「姫君の中で産まれた新しい命は姫君と共に美しく永久に生きる……」
「ひぃっ!?」
素早く五歩後ろへ。
顔が真っ赤になっている自覚がありますわ!
ボリスラーフ!それはすごく誤解を生む言い回しですわ!
なんだかとっても………卑猥ですわ!?
ほら!ラルフとヤーナも顔を赤くしておりますわ!
「かしこまりました。封印せし我が右手の能力を発揮し、必ずや姫君の奥底に眠る秘宝を発掘してみせましょう」
もう、後退が止まらない。
奥底に眠る秘宝って何よ!?
「よ…よろしくお願いいたしますわね―――――!」
どんどん離れていくボリスラーフに、叫びながら退散いたしますわ!
当初の思惑通りに要望は通ったはずですのに…なぜか負けた気分ですわ!
魔窟から逃れた今、わたくしの邪気眼をもってしてももう、暗黒の王を捉えることはできませんわ…。
…………毒されましたわ!!
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