上 下
20 / 128
第4部 それぞれの思惑

第20話 来訪者

しおりを挟む
 それから数日が経った。
 『なごみ亭』は従業員を2人雇い、俺は店を手伝わなくてもよくなった。
 フロア担当のアリシアさんという25歳くらいの女性と、調理担当でマドックさん30歳くらいの男性だ。 

 アリシアさんはアンナちゃんと同じくらいの男の子供が居るそうだ。
 サリーさんとも年が近いせいか気が合い、子供のことや家庭の話を空いた時間によくしている。

 『なごみ亭』はもう宿をやめているので、支払った分の宿代が無くなったらどこかに移ろうかと思っている。
 俺がここにいると俺がこの店を、仕切っているように思われるのも悪いので。
 その時は『マヨネーズ』の証明書をあげようと思う。
 俺が居なくなると情報料をもらっていないので、勝手に作れなくなるからだ。

 今、俺が仕事としてできることは、
 ①塩と砂の分離作業
 ②『味元あじげん』の製造販売
  材料:小麦粉、椎茸、鰹節
 ③『マヨネーズ』
  材料:大豆、物油、レモン汁

 ②の『味元あじげん』のメリットは品質変化が少ないため、長期保存可能。
  デメリットは俺しか作れない。
 ③の『マヨネーズ』のメリットは材料があれば誰にでも作れる。
  デメリットは長期保存ができない。
  ただ現在は作っているのは俺だけ。
 正確にはビルさん一家で、従業員抜きで作っている。
 ただし販売は許可していない。
 それにビルさん達も忙しくてそれどころではないらしい。
 『マヨネーズ』の情報料がとてつもなく高く、当面は誰も手を出さないだろう。
 
 すでに『味元あじげん』は商業ギルドから追加発注が来ている。
 当初、月200個の契約だったが既に売り切れ、追加で毎月1,000個の注文が来ている。それだけで200万円くらいの売上になる。
 ストレージと創生魔法が共にLV2に上がり、『味元あじげん』の椎茸や鰹節のダシエキスもストレージ内で抽出でき、『マヨネーズ』も同じように作れるようになったのは進歩だ。

 *   *   *   *   *

 そんなある日のこと……。

 軽くお昼を食べに外出しようとフロアに降りていくと、何やら言い争う声がする。

「だから食べたいのよ。私を誰だと思っているの!」

 気の強そうな14~5歳の少女がおり、その後ろには執事の様な男性が困った顔をして立っている。
 金髪に青い瞳、薄化粧で縦ロールの髪型。
 ワンピース型のドレスを着てひだ付きの襟。

 貴族と庶民では生活習慣が異なり、それに合わせて服装も異る。
 服装を見ればその人の身分がわかる、と言われるくらいに。
 爵位を知らない俺でも分かる、これは貴族だと。

【スキル・鑑定】簡略化発動
 名前:マリー・ビクトワール・ドゥメルグ
 種族:人族
 年齢:15歳
 性別:女
 職業:ドゥメルグ公爵令嬢
 レベル:9

 ビルさんが困ったように説明している。

「今は営業時間前で食事はできないのです。夕食は15時以降からになるんです」

「だから今、食べたいの。この私にまた店に来いと言うの?それとも庶民と一緒にテーブルを囲めとでも言うの!」

 そうなんだ『なごみ亭』は食堂となり、席も少なく相席になることが多い。
 貴族の人が来店することを想定していないのだ。
 貴族相手だからと言ってゴネれば時間外でも食べられる、と噂が立つのも困る。

「さあ、早くしなさい。私を待たせる気なの!それとも調理人のあなたが我が家まで来て作ってくれるというの?」

「そ、それは……」

 貴族からの誘いを無下に断る訳にもいかず、答えられずに困っているビルさん。

「私が代わりに参りましょう!」

「!!??」

そう言いながら俺は横から令嬢の前に出てると、ボウ・アンド・スクレープ(右足を後ろに引き、右手を胸の前に添え、左手を横方向へ水平に差し出す。漫画やアニメで執事がよくやってるやつだ)で挨拶をした。

(まあ、なんて奇麗な挨拶。貴族の方なのかしら、でも庶民の服を着ているわ?)

 そう。やってしまったのだ。庶民が貴族の挨拶をするわけがない。

「「「 エリアス君!! 」」」
 ビルさんの驚いた声がする。

『【スキル】世界の予備知識』で得た知識だったが、挨拶なら何でもいいと思い身分を確認していなかったのだ。

「あなたは?」

「はい、私はここに宿に借りているエリアス・ドラード・セルベルトと申します」

 執事の様な男性が前に出てきて、守るように俺と女性の間に割って入った。
「この方はこの街アレンの領主ドゥメルグ公爵様のご令嬢で、マリー・ビクトワール・ドゥメルグ様です。私は執事のアルマンと申します」

〈〈〈〈〈 えっ、え~~~~~!! 〉〉〉〉〉
 ビルさんは後ずさる。

「いいわ、アルマンどいて。私が話すから」

 アルマンさんは後ろに下がり再び俺はご令嬢と向き合った。

「あ、あなたが我が家まできて、食事を作ってくださるという事で宜しいのですよね」
(家名があるのね。どこの貴族の方なのかしら。黒髪に黒い瞳なんて珍しい。私より年下?先ほどからドキドキする、この胸の鼓動はなんなのかしら?)

 マリーにはエリアスがこう見えていた。
 美形で黒髪、黒い瞳の少年。
 なぜか人の心を引きつけにさせる、雰囲気を持つ少年。
 そしてマリー・ビクトワール・ドゥメルグは、『美形好き』の『ショタコン』なのであった!

「はい、そうです」

「エリアス君。行くにしても訪問用の礼服は、持っているのかい?その恰好では行けないよ」

 ビルさんが慌てて言ってくる。
 通常、貴族の家を訪問するのに庶民の服では失礼に当たり、それなりの訪問着を着ていく必要があるようだ。

「いえ、この服以外はありませんよ」

「それなら日を改めないといけないよ」

「いいえ、このままで結構ですわ。日を改めるなんて時間の無駄。このまま参りましょう」

「お、お嬢様」

「いいのですアルマン。さあ、このまま私と参りましょう」

(エリアス君、大丈夫なのかい?) ビルさんが小声で言う。

(はい、任せてください。ビルさんに恥はかかせませんから)

こうして俺は公爵家に向かうのだった。
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【スキル】世界の予備知識とは?
 調べたいことを思うと目の前に検索結果が現れ、パソコン画面を見ているようにタップしながら次の項目に進むことができる。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

元勇者パーティーの雑用係だけど、実は最強だった〜無能と罵られ追放されたので、真の実力を隠してスローライフします〜

一ノ瀬 彩音
ファンタジー
元勇者パーティーで雑用係をしていたが、追放されてしまった。 しかし彼は本当は最強でしかも、真の実力を隠していた! 今は辺境の小さな村でひっそりと暮らしている。 そうしていると……? ※第3回HJ小説大賞一次通過作品です!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

宝くじ当選を願って氏神様にお百度参りしていたら、異世界に行き来できるようになったので、交易してみた。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」と「カクヨム」にも投稿しています。 2020年11月15日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング91位 2020年11月20日「カクヨム」日間異世界ファンタジーランキング84位

変わり者と呼ばれた貴族は、辺境で自由に生きていきます

染井トリノ
ファンタジー
書籍化に伴い改題いたしました。 といっても、ほとんど前と一緒ですが。 変わり者で、落ちこぼれ。 名門貴族グレーテル家の三男として生まれたウィルは、貴族でありながら魔法の才能がなかった。 それによって幼い頃に見限られ、本宅から離れた別荘で暮らしていた。 ウィルは世間では嫌われている亜人種に興味を持ち、奴隷となっていた亜人種の少女たちを屋敷のメイドとして雇っていた。 そのこともあまり快く思われておらず、周囲からは変わり者と呼ばれている。 そんなウィルも十八になり、貴族の慣わしで自分の領地をもらうことになったのだが……。 父親から送られた領地は、領民ゼロ、土地は枯れはて資源もなく、屋敷もボロボロという最悪の状況だった。 これはウィルが、荒れた領地で生きていく物語。 隠してきた力もフルに使って、エルフや獣人といった様々な種族と交流しながらのんびり過ごす。 8/26HOTラインキング1位達成! 同日ファンタジー&総合ランキング1位達成!

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...