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第5章 事業展開

第83話 カレー記念日

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 アバンス商会を出て、そのまま『なごみ亭』に向った。
 時間も9時を過ぎ、丁度落ち着いた頃だろう。

「こんにちは」
「いらっしゃい!」
『なごみ亭』の看板娘、10歳のアンナちゃんが迎えてくれる。
「お父さん、エリアスお兄ちゃん達が来てくれたよ」
「おう、待っていてくれ」
 ビルさんの声が厨房の奥から聞こえる。

「まあ、御免なさいねエリアス君。また来てもらって」
「いいんですよ、サリーさん」
 奥さんのサリーさんに席を勧められて、俺達3人はテーブル席に座った。

「エリアスお兄ちゃん、その女の人はだあれ?」
「アンナちゃん、この人はアリッサさんだよ」
「また新しい女を作ったのね、私と言うものがありながら」
 アンナちゃんが頬っぺたを膨らませている。
 どこで覚えたんだ?そのセリフ。
「まあ、この子ったら。許してあげてねエリアス君」
 サリーさんは笑っている。

「待たせたなエリアス君」
 そう言うと奥からビルさんがやってきて、向かいの席に着いた。
「娘はやらん!!」
 そう言う話なのか?

「それで相談があるそうですが、なんでしょうか?」
「実は店のことだが、段々と客が引いていてね」
 あぁ、やっぱり。
 料理の味付けは『味元あじげん』だけでは弱かったか。

「そうですか」
 俺はそう言うと考えた。
 調理を教えても良いが、思い付くことがあった。

「調理を教える代わりに1つ条件があります」
「お、教えてくれるのか?その条件とはなんだい?」
「ビルさん達だけ特別扱いはできません」
「あ、あ、そうだな」
「そこでアンテナショップになってもらいます」

「「「 アンテナショップ?! 」」」
 その場に居た全員が首を傾げる。


 俺はビルさん達に説明をした。
「俺はおろしの店、エリアス商会を立ち上げました」
「卸の店かい?」
「そうです、ビルさん。そこで扱うのは調味料です」
「『味元あじげん』だね」
「その他にソースと醤油が増えました」
「ソースと醤油?」
「えぇ、それと醤油(蒲焼)タレというのを特許を取り公開しています」
「ほう、具体的にはどんなものだい?」

「今からお見せします。そして調理方法はビルさんには無償で教える代わりに、調味料を実際に使い宣伝してほしいのです」
「それはいい考えだ。調味料は食べてみないと、美味しさは伝わらないからな」
「そうです、調理方法も後で特許を取っておきますから」
「それもそうだな」
「では実際に作ってみます。厨房に行きましょうか」


 俺はストレージから魔道コンロと油とフライパンを出した。
「おぉ、凄いなエリアス君は」
 ビルさんが驚いている。
 驚くのはそこではありませんから。


 そこで簡単にソースと醤油の説明をした。
 まず調理は俺は油で揚げたオークカツを作った。
 キャベツを千切りにし平皿に盛り、カツを適当な大きさに切り載せた。
 そしてカツとキャベツに、ソースをかけた。
「ほう、これは面白いな」
「食べてみてください」

 ビルさん親子がフォークを使い食べ始める。
「美味しい」
「ほんと、美味しいね」
「このキャベツの千切りは、何の意味があるのかなエリアス君」
「はい、ビルさん。生の野菜なら煮るなどの手間がかかりません。それにその野菜が安い物なら、安い原価でお客はお腹が膨れることになります」
「なるほど、野菜を生で食べるなんてないからな。だがこのソースがあれば生でも食べられる」

「今度は、から揚げと言う物です」
 オーク肉を一口大に切りボールに、おろしニンニク、おろし生姜、塩こしょう、小麦粉、醤油を入れよく揉み込む。
 今回は塩ダレも良いけど醤油ダレにした。
 そしてフライパンでまた油で揚げる。

「これも美味しい」
「そうだな、これが醤油という物か」
 ビルさん親子が感心している。
「かけたり料理の味付けにも使えます」
「そうだな、工夫のし甲斐がある」


「そしてこれです!!」
 俺はそう言うとカレーの肉野菜炒めと、ゴロっと野菜のカツカレーを作った。
「こ、これは?!」
「凄い香ばしい匂い。でも美味しそうだわ!!」

 そしてビルさん親子は、食べ始める。
「美味しい!!」
「なんだこの味は?!」
「辛いけど美味しい!!」
 3人は今までに食べたことのない味に夢中だ。
 そしてその匂いは街中を駆け巡る!!

◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇

 こ、この匂いは?!
 あの大きなお屋敷から漂ってきた匂いと同じだ?!
 いったい、どこからだ!!
 どこだ?
 どこからなんだ?!

 1人が2人、3人、4人、5人と、どんどん人が増えていく。
 捜せ!!
 探すんだ!!

 どこだ?!
 どこなんだ?!

 み、見つけた!!
 遂に見つけたぞ!!

 ここだ?!
 みんな見つけたぞ!!
『なごみ亭』だ!!
 
「「「 ウォォ~~~!! 」」」

 その時、世界が揺れた。
 テーブル席が5つしかない狭い店の中に人がなだれ込む。
 
「ひぃ」
「怖いよ~、お父さん」
 アンナちゃんとサリーさんが怖がる。

 厨房に集まっていた俺達は突然、大きな声を聞いた。
 するとたくさんの人が店に押し掛け、殺気立った人達を見ているしかなかった。
「お、俺が行こう」
 ビルさんが勇気を出して店のフロアに出た。

「な、何の用だ。こんなに大勢で押し掛けて来て」
「出せ!」
「えっ?」
「早く出せ!!」
「金か、見たらわかるだろう。こんな小さな店で…「この匂いの元の料理を出せ!」
「カレーのことか?」
「この匂いはカレーと言う料理なのか?」
「カレーを食べさせてくれ、頼む…」
「そうだ、俺も食べたい」
「こんなに街中に匂いを振りまいておいて、食べさせない気か?」
「ちょ、ちょっと待っていろ」

 ビルさんが戻って来た。
「どうだったの、あなた?」
「カレーを出せと言いやがる」
「カレーを?」
「あいつら、カレーの匂いに誘われて集まって来たらしい」
 カレーの匂いは風向きによっては、遠くに居ても匂うだろうな。
 この世の人達は、初めて嗅ぐ匂いのはずだ。

「「「カレー!!カレー!!カレー!!カレー!!カレー!!カレー!!」」」
 ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!ドンッ!!

 店の中に入った客達が一斉に足を踏み鳴らす。
「怖いよ~お母さん」
 サリーさんが、ますます怖がる。

 このままでは不味い。
 カレーを食べたいと言う、集団心理は抑えられないだろう。
 このままでは、暴動が起きる。

「仕方ありません、ビルさん。カレーを作りましよう」
「良いのかい?」
「ええ、このままでは彼らは帰らないでしょう。アスケルの森でしか採れない香辛料なので、今はそんなに手持ちがありません。アリッサさんと、カレー香辛料の売値を相談してください」
 ビルさん達は店なので、俺が売る時も店頭で販売される金額と同じにしている。
 だが卸してもいないものに、金額を付けるのは難しいと思うが…。
「なんだと、アスケルの森でしか採れないだと。そんな高価な物を…」

 その大きな声がフロアに聞こえたのかお客が騒ぎ始める。
「アスケルの森でしか採れない…、高価な物…」
「食べたい」
「一度で良いから食べてみたい」
 人々の期待は高まる。

 ビルさんとアリッサさんが売値の交渉を始める。
 すぐに交渉は終わり、ビルさんがフロアのお客に言う。

「カレーは数量限定だ。しかも高いぞ。それでも食べたいか~!!」

「「「 おぉ~!! 」」」

「どんなことをしても、食べたいか!」

「「「 おぉ~!!食べたい、食べるぞ、おれは食べる!! 」」」

 それを聞きながら俺は心の中で「ニューヨークへ行きたいか!」、「罰ゲームは怖くないか!」と、なんとなく思っていた。
 そんなTV番組が、昔あったな?

「エリアス君、なにを現実逃避しているのよ」
 アリッサさんは商談が終わったようだ。
「いや~ごめん。ついいつもの癖で」
「なによ、それ。早く香辛料を出して」
「わかったよ」
 俺はストレージから、カレーの元の香辛料を出してビルさんに渡した。

 それから店は凄かった。
 匂いが客を呼び、喧騒けんそうに包まれた。


 そして遂に、それは告知された!!
「カレーの肉野菜炒めは後2人前、ゴロっと野菜のカレーは1人前で終わりだよ」
「「「 えぇ~~!! 」」」

 行列に並んでいた人達は不満の声をあげる。
 絶望のあまり、道にしゃがみ込む人も居る。
「それなら、また明日くるよ」
 並んでいる人達が言う。

「ビルさん、毎日分の量は採れないよ。せめて週一が限度かな」
「週一かい?」
「俺が居た国(世界)では、毎週金曜日が(自宅では)カレーの日でした」
「毎週金曜日か、わかった」

 ビルさんがフロアに出て行く。
「いいかいお客さん。カレーの香辛料はアスケルの森でしか採れない貴重品だ」
 そして一呼吸置く。
「だから毎日は提供できない。出せるのは毎週金曜日だ!!」
「金曜日か!」
「これから毎週金曜日は食べにくるぞ」
 ちなみに今日は月曜日だった。



 その後『なごみ亭』は、アレン領のカレー専門店第一号となった。
 宿屋を辞め食堂一本に専念した。
 カレーだけに頼らず平日はタレを使った、カレー以外の美味しい料理を提供した。
 それまで誰も知らなかったソースや醤油を、いち早く使い美味しい料理を作った。
 そして毎週金曜日には、店の前は長蛇の列ができたと言う。

 アレン領には人がたくさん移住し、無数の食堂ができ賑わった。
 街道の道が広がり、治安が良くなり人の往来がしやすくなったからだ。
 食文化が発展し、消費が多くなり雇用率が上がった。
 そして生活が安定したことにより、子供の出生率が増えた。

 人々は好景気に浮かれた。
 第一次ベビーブームの到来だった。


 その中でもっとも領の発展に、貢献した料理がカレーだ。
『あなたが旨いと言ったから、毎週金曜はカレー記念日』、そんな詩集がちまたで人気になった。
 いつでもカレーが食べられる時代になっても、その当時の人達は大人になった今でも金曜の夜にはカレーを食べる習慣が抜けないとか。

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 読んで頂いてありがとうございます。
 物語はまったり、のんびりと進みます。
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