30 / 34
第二章 始まりの春と宵闇の海辺街
知らぬが福、拙者始まってた?
しおりを挟む『恐ろしい怪物はみな、悲劇的な過去を持っている。
赤のウェディングドレスを纏った花嫁は、あくる日もあくる日も薄暗い海岸の砂を踏みしめた』
空想。幻想。形式に捕らわれない、自由な夢。
瑞々しい新芽が若葉を広げ、穏やかな陽射しの中で眠気に抗う傍ら。腹を空かした獣の子は、お腹いっぱいの肉が食べられることを空想した。
スラム街の子どもたちはパンを好み、紳士淑女は美女や美男を好む。
しかしそれら以上に、人々は金貨と紙幣を愛す。
「あなたのシンデレラは、もう死んだのよ」と口遊んだ後は、口角を正し。リボンを結び直して、ワンピースのしわを綺麗に整える。
そして長い髪を巻き上げ、下ろし、また巻き上げてみて…。
口に放り込んだ飴玉を嚙み砕きながら、少女は鏡の中で暮らす自分と、水の中で優しい笑みを浮かべ、揺蕩う妖精の絵画を見比べた。
□
———これでいい。おまえは、正しい選択をした。
その彼方に、果たして何があるのか知りもしないのに、人々はいつも予言書を読み深け、天啓を今か今かと待ち惚けている。
夢の国では主人公が一番偉く、お姫様が最も偉大。
美しい顔に生き生きとした表情を浮かべ、馬に跨り。百戦錬磨な身のこなしと才智をもって、勝利の中で笑う。
すべての生き物が友であり、生まれながらどんな悪役も物としない永遠なる英雄。
そして、そんな彼女の華々しい姿と功績を見た『オトモダチ』は口々に、嘗ての少女だった女の名前を呼ぶ。
「女王様、女王様! あんなに可愛かった、我らが女王様」、と———。
だから、思うに。妃は人質で、国母は犠牲者。聖女は贄で、英雄は被害者である。
本当は怖い童話、名画に隠された恐ろしい真実。
詐欺師に騙された花に、『ストックホルム症候群』に侵されたお嬢さん。
何処も彼処もモラル皆無でグロ注意……、と。
一文二文の価値にもならない『真実の愛』に踊らされるのは夢見がちのお姫様だけだし、心変わり次第で壊れる関係に縋り、意義を見出そうとするのは「世間知らず」がすることだ。
まぁ、事のつまり、何が言いたいのかというと。世の恋愛や結婚に夢を見るのは勝手だが、「夢見過ぎるなよ」って話。
それも、いわゆる各時代における上流階級ならば、尚のこと。
「婚約、ですか?」
「ん""フッ」
なので、この度の晩餐の席にて突如告げられたその一言に「知らぬ存ぜぬ内、拙者始まってた……?」と思う反面。「やはり、とうとう来やがったか。令嬢系界隈における、原初のフラグが……」と思わざる負えない本人の傍ら。そんな凪り顔の当人以上の反応を示したのは、案の定、彼女の周囲で。
「は? 相手、ダレ? ソイツ殺して、俺が代わりに結婚する……」
となるまでが、お約束。
モチつけ、兄ちゃん。鎮まれ、シスコン。
今日も我が家の晩餐会は安定安心の平和そのものでした。
「というワケで、兄さん。今宵のヤンデレ選手権優勝おめでとうございます」
「え、マジ? やったぁ~~~」
「ちょっと…あなたの言葉足らずのせいで、わたくしの孫二人が挙って変な遊びを始めちゃったじゃない」
「う、うむ。あい、すまぬ……」
で。思わず「舞踏会か、ホテルのパーティー会場かよ」とツッコみたくなる、シャンデリアの輝きが美しい一室。
じっくりコトコト煮込まれた柔らかいローストビーフを咀嚼するのもほどほどに、アトランティアは祖父———ワイアット・アールノヴァの言葉に大きな目を殊更大きく瞬かせた。
「婚約、ですか?」
「ああ」
テイク2である。
主に光属性のはずの某次男が突然「例のなめこ」みたいな声を上げ、殺意特化型フレンズになって仕舞い、妙な空気になったために始まったお爺様の、お爺様による、お爺様のための、お爺様名誉挽回タイム。
が、
しかし。
「だから、ああ、じゃありませんよ。主語を言いなさい、主語を……。つい先日、ルネが正式に婚約したのです。わたくしの甥であなた達の従兄に当たる、ルネ・グレイスが」
「ああ~なんだ、ルネか。ならば、良し」
だが、しかし。そんな肝心のお爺様以上に言葉の出が早いお婆様と、主張の激しいペカーとした笑みで「ふぅ。良かった、じゃないと可笑しくなるところだった!」と続ける兄、ルーカスに邪魔されお爺様は心なしかショボーンとなったし。その傍ら「一体、ナニが……?」と妥当の疑問を浮かべるも、妹は何も見ず聞こえなかったことにした。
だって。記憶にある限り、知り得る限り。この家における藪と蛇は決して、仮にも食事真っ最中の場で突いてイイ代物ではないので。
だって。その様な現象を、人は総じて闇堕ち、若しくは堕天と呼び。それだけ世の中、安定した闇属性の闇より、光属性から時折まろび出る闇攻撃の方が数倍「あな、恐ろしや」で、質も悪いので。
でもまぁ、今はそんなことより……、
「そのルネ、サン? ルネ兄さん? のことはよく存じあげませんが…また、なんというか……中々に急で、思い切りましたね」
「そればかりは、何も言わないで」
結婚。
それも貴族、しかも閉鎖的な西部なお且つ自身の家門に連なる結婚となると途轍もなくややこしい……というか、相手次第では超絶メンドクサイアレコレがあるのをアトランティアは知っている。
そしてそれゆえの発言に対し、あの祖母がこうも反応するとなると、つまりそういうことなのだろう。とも、10歳児は思った。
女性にとって人生の一大事ともいえるそれは、男方でも存外変わらないのかもしれない。
かの唐代最盛期の後宮何とやらで、良い嫁がもらえるかどうかにより当人たちの公私の生活も大分変って、次期当主ともなれば一族全体に影響してくるというのも事実。
なので、いくら嫁に出たとはいえ、実家のそんな一大事に鎮痛な顔を露にする祖母に、アトランティアは先ほどの一騒動も忘れ、ちょっとした同情を禁じえなかったのだ。
「とは言いましても、お婆様がこの様な反応をなさるなんて。結局、どなたなんです? 相手のお嬢さんは……、」
後、因みに母方の祖国が位置する東大陸に比べ、アトランティアの今いる西大陸のほとんどの国は一夫一妻制。暗黙(?)の浮気愛人愛妾ともかく、公的には一応ほとんどの国が一夫一妻制である。
話題に巻き込まれた以上、アトランティアの妥当な疑問に目頭を揉んだ祖母の代わりに、口を開いたのはこの場の混乱を巻き起こした本人。
「両家の親に隠れて相手を口説き落とし、何の相談もなしに婚約の段階へ持ち込んだグレイスの坊主も坊主だが。真っ当な婚約を挟む意思がある分、うちの馬鹿息子よりはマシだと思いたい……で、その肝心のお嬢さんはな? どうやら平民なんだ、東部では中々に大きい商家生まれの三女らしい」
そして、「ルネからの手紙とグレイス現当主の嘆き事後報告だけで、当人には私もイザベラ(:祖母)も未だ会ったことないんだ」と続けた祖父に言うまでもなく、アトランティア10歳児の感想は「ふーん」だけだった。
だって、昔々の自分ならばいざ知らず、元パンピーの人生記録がINした今の人格では「平民」と聞いたところで「だからぁ?」って感じで。寧ろ前世で嗜んでいた小説でよくある下手な貧乏貴族より、商家のお嬢さんの方が真面な可能性が高いとすら思うので。
「……まぁ、当の本人や家同士が妥当な妥協点さえ押さえていれば、身分うんぬんに関する問題は一先ず置いておいていいのではないでしょうか? お爺様の言うように今はまだ婚約であって、今すぐに籍を入れる訳でもないですし、」
「それは、そうだけれど。いくら東部きっての商家の娘でも、いや、商家生れだからこそ然るべき家柄の血を持ってない子の社交界や茶会での立場は……と考えると、先達としてはどうもねぇ」
祖母のその台詞を、アトランティアは「ああ、なるほど」と聞いて冷めかけのシチューを突っついた。「そういう展開」って本当にあるんだなぁ、と考えて。
あらゆるところか特殊な西部に比べ、この時代の普遍的なお貴族様は金儲けを美徳としないから、何だかんだツンツンしながらも心優しい祖母はその辺りを心配しているようだった。
「お金にこだわるのは貴族の品位に欠ける行為、ですか……大昔ならばいざ知らず、貨幣経済の浸透したこのご時世では、お貴族様でもお金がなければ何もできませんのに。時代の流れって言うのは残酷ですね」
「そしてさっきから思ってたけど、うちのティアちゃんは一体何の立場視点で話してんの? 俺の可愛い10歳の妹が、またこの世の真理みたいなこと言ってる……」
だから、そうやって「なんか、ちょっとヤダ」みたいな顔をするルーカスお兄さんに、ちょっと大人ぶって「そんな年頃なんです、諦めてください」とジト目返す妹。
そんな微笑ましい兄妹の一幕を目の当たりにしたお爺様や使用人は無論ほっこりしたが、必然的の流れでその傍ら、お婆様は「門外不出であろうと、折角これだけ賢いのだから新しい家庭教師数人見繕ってこようかしら」と企てた。
勿論、マジガチ3000%である。
育てるからには「テッペン」目指せは母の教え、獲るからには「最高」をお獲り申し上げろとは祖母の考え。
男性陣が激ゲロ甘な分、あの母にしてこの祖母ありて、お嬢様暫定過労死のお知らせ。
知らぬが内が、マジの福。
拙者が気づかぬうちに英才教育プロジェクトが始まっていた件について。
1
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。
なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。
本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる