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第二章 始まりの春と宵闇の海辺街

働かざる者、食うべからず

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『喜劇より悲劇を評価するのは「人の性」だ。
 そして、有名人スターの「悲劇話ゴシップ」ほど金になるものはない』

見たいとこしか見ないクセに、他人の不幸は蜜の味。
人間の『本性』というのは、結局、いつの世も同じである。

全てに疲弊して『全て』を捨てても、動脈に毒を打ち続けられるような日々だった。
何処も彼処も根も葉もない噂話ゴシップが蔓延し、朝も夜もテレビに流れているのはその日のニュースか、自分わたしに関する話ばかり。
帽子やマスクなく外出した日は地獄と化す、非日常の様な『現実にちじょう』。

そもそも帰る家のない根なし草に、安心できる場所があるはずもなく。
頼れる親族も友人もいなければ、行き着ける当てすらない、醜悪いアヒルの子。
その渇き切った心でさえ惨めと感じるほど、街行く人々が皆幸せそうに見えて、
でも、だからと言ってどうしようもないし、どうにかできる訳もなかった。

全てを捨てた自らの手で、自ら吐き出す息の根を止められない以上。
例え舞台幕が下りようと、役者こどもは生き続けなければいけず。
何処に向かうかも分からない『未来ダレか』の為に、
『あの日』捨てたはずの『童心おさなごころ』を拾い上げてまで。

でも、どうせ、どんな明かない夜でも、明日は平等にやって来て。
世の「人」である限り、とにかく家賃、光熱費、水道代携帯代、年金、食費、雑費諸々と。
『生きる』ことに対する責任、『自分』に対する責務。
契約違反金から始め、常日頃。『お金』は幾らあっても、どれだけ稼ぎ、あったとしても『満ち足りる』ことはなかった。

……が、それでも。
例えそうであったとしても。『あの頃』に比べ、『今』というのはやはり『まだマシ』だと思うのだ。



……だってそうでもしなければ、今度こそ『本当に』壊れてしまう様な気がしたから。
『私はまだ大丈夫』なのだと思っていないと、次こそ———。
×××を×し。
今日もマッチ売りの少女の様に、誰かの家の灯が灯るのを見詰めながら×して。今も茨姫の如く、独りで明かぬやみに沈むだけ。

それでもふと脳裏を掠めたのは、あの日の家と、×××の面影で。
人間の『悲劇』こそ最も『天才こども』を輝かせるデバイスであるのなら、どれだけ後ろ指される贅沢な話になろうと。
……あのベッドに眠る私は、次目を覚ます時に『普通の人間』へと成り変わりたかったのかもしれない。

人の在るべき『普通』なんて知りもしないクセに、





———人間の『夢』は深層心理の現れだ。
そして、世界・国・時代問わず『夢』に対する解釈は人それぞれで、ただ『夢と芸術』における関係性は例え誰が否定しようにも、切っても切り離せないモノである。
どれだけ自己中心的な一夜夢だとしても、いずれ絵となり、歌となり、また『誰かの夢』となる。

最も『価値』ある自己の心理で、世の真理。
それが『芸術家』たちにとっての『夢』であり、そんな彼らにとっての『夢』とは、それだけの重要性を持つ創作活動における『原点』と言っても過言ではない。

だからこそ良くも悪くも、『人の見る夢』というのは時に薬となって誰かを癒し。またある時には毒になって自身をも犯す、『芸術じんせい』そのものなのだ。


「———遥々ようこそおいでくださった、我らが貴婦人、我らが姫。前公爵様及び前公爵夫人の命により、お迎えに上がりました」

この身体で目覚めたあの日から、今でも見る夢がある。
光ささぬ暗闇でナニカに追われ、逃げ惑う夢を。
それこそ夢の始まりから一体ナニ追われているのか、分からないけれど。
とにかく裸足で逃げて、逃げて、逃げて、無我夢中にニゲテ、走って、ようやく見つけたクローゼットらしき物の中に隠れる、そんな夢だ。

そして終始その中に身を潜め、息を殺し、来るはずもない助けを待ち続け、ナニカに見つかっては……絶望して、夢から飛び起きるという。
そんな夢話でもある。

「ここからこの地の屋敷まで、我々も同行しお守りいたします」

……だからコレはそんな『ただの夢話』であった、はずなのに。
おはよう新世界、こんにちは新人類。
在りし日の絵本、お伽噺で見たかの様な世界に対し、逆に絶望する、今日この頃。
夢を夢で終わらせない。
それは某ゼミと某バイオ世界だけでお腹いっぱいであると、アトランティアは思った。

今正しく目の前に広がる光景に、辛うじて維持した顔面の治安が今にも崩壊しそう。
引き攣る口角、血の味のする口の中と泣きじゃくる中の人。
やはりいつの世も相も哀も変わらずで、隠されし陰キャを追い殺すのは『ナニカ』という名の『現実』であり、〆切であり、『陽キャ』なのだとも、再認知。

それこそ、この引き籠り症候群を患う身で、
今も陰キャ病を持つノミ心臓で、
ただでさえ生まれつき頑丈とは呼べないし、実際大丈夫ではない体で、ゲロインとまで化したのに。
そんな本日の旅途中で急停車したかと思えば、突如の御用改めから~の、コレだ。

「きゃー! 奥様、姫様ー!! リーシャンへようこそ!!」

陰キャ反射で扉を閉めようにもできず、だからと言って『現実』を直視することも出来ない。
今度こそ真のリズムではないセルフ天国に飛び立ちそうになる、ひどい視界・思考回路への暴力だった。

ようこそ、は分かる。人としての知能からして。
そして立場上、同じ馬車に同乗しているママ上という美の化身に向かって、貴婦人呼びするのも分かるし、寧ろそこでぞんざいに扱っていたら流石の陰キャでもブチ切れるとこだった。

後は、仮にもヤバヤバ貴族の身で前公爵様や公爵夫人、つまる所での今生のお爺様とお婆様の命も理解「は」できる。
お迎えも、同行も然りで。
それこそ前世で言う選ばれし人類の様に、お守りも貴族社会からすれば別に可笑しな話ではないし……いくらこんなガチパに+αされようと今更な話だ。
全部、理解「は」できる。

が、

「よ! ノヴァの姫、我らの誇り、帝国一の美女と天才に祝福を!!」

我 ら が 姫 !! ノ ヴ ァ (の) 姫 !!

耳に轟き、そのまま脳を貫通したその表現に、この度の世の中、世界を物理的に超越した陰キャうんぬん以前な元大人としてコレはないと、アトランティアお嬢様が思わずゲロインリターンズになりかけたのは言うまでもない。
実家の騎士様たちの前では我慢できなかったが、流石に民衆の前では一寸……。
いくらの陰者でも、それぐらいの分別はあるので。

でもねぇ、知ってる?
例え世界・時代感が違えど、現実世界でプリンセスに夢見ていいのは幼女だけだし、「ワタシ、大きくなったらお姫様になって王子様と結婚、結婚、結婚結婚ケッコンするの!!」と夢を語って可愛いと思えるのは幼稚園ゆめ組までで。
大人になってのソレは「シンデレラコンプレックス」という名の、ただの病である。

知ってる?
女の「コンプレックス」は男以上に厄介で、どんなお医者様でもお手上げになる不治の病なんだよ??
不治の病、
ウッ、頭と胃と胸がッ、

そこまで考えて、アトランティアは思考回路そのものをシャットアウトした。
自己防衛大事。
俗に言うテニヌ某忍び足サンのあの技……。

「時間が時間ですので奥様もお嬢様も、ご挨拶はまた後程。では」

そんな圧倒的な衝撃と打撃ゆえに心を閉ざすのと同時に、物理世界での扉も閉められる。
実にF世界産特有のキラキラ豪華さより、歳のせい? おかげ? も相まって、質実剛健という言葉が似合うイケオジであった。
親の心、子知らずとよく言われる世界だが、大人も子供の気持ちに気づけないのも『現実』での不変な事実。

こうしてヤツが子供の理なく社会の扉を開けたせいで、負った傷。
それこそ在りし日の某米の国の様に核を落すだけ落しておいて、映画のワンシーン如く去って行ったが……果たして現場に残された人間の気持ちを、加害者たちは考えたことはあるのだろうか?
人様の古の夢女瘡蓋コンプレックスを一体何だと思ってるんだ!!

これぞ、本日のお嬢様ゲロINからのバカタレ(怒)の姿である。
マジで一瞬にして封印されし古傷を抉られ、そこから湧き出たかの日の夢小説ニックネーム記入欄に「姫♡」と入れたり、自分の書くヒロインの名前を「姫宮姫乃♡」としていた時代の、悪夢再来だった。


と、後のお嬢はそう語り申す。
「———行きはよいよいでも、帰りはない」
これが【帝国の水底】と呼ばれるリーシャンの街に、『彼女』が初めて足を踏み入れた瞬間であった。

「素晴らしき主導者に恵まれた西部に今日も乾杯!!」

未だどこか『他人事』の様に見える世界。
馬車の外を覗き込む度、知りもしない民衆が湧き。
反射的に気持ち悪くなる胃の辺りを抑えながら、それでも時折母のマネをしながら適当に手を振ってやれば、相手は勝手に明るい自分達の未来を夢見て、祝福を謳いだす。
あちこちで花が舞い、誰も彼も美しく輝かしい存在の到来に喜びに満ちた笑みを浮かべ、両手を挙げて歓迎する。

それらを見て思わず小さく鼻で嗤ったのは『私』なのか、それとも『彼女』なのか。

素晴らしき世界の裏で、今も誰かが死んで、誰かが泣いているというのに。
それでも更なる『幸福』を求めるのは人の本能で、別にそれが悪いとは思わないけれど。
いつだって世の安泰とは、均等な『犠牲』の裏返しだ。
街に渦巻く悪い話も、何時もの娯楽となるゴシップネタも、一度『祭り』となれば忘れ、改めて『本人』を前にすれば知らないフリして目を逸らす。

世の中所詮『金』で、働かざる者、生かすべからず。
けれどソレの前提となるのは『強者』である貴族や富裕層の勤労でなく、『弱者』とレッテルを張られ淘汰されたモノ達への言葉で……まぁ、『今の私』には到底関係のない話だろう。
人間の『本性』というのは、結局、いつの世も同じである。

金になる『価値』がなければ、直ぐ『異邦人』と手の平を返し、追いはくがいし出すくせして。
『価値』ある内は拍手を送る、人の性。
真面目に着飾った護衛騎士たちの行進も、それに『戦勝国カチぐみ』の顔で手を振る群衆も。
過ぎたる繁栄スターの先に待ち受けるのは転落だけだというのに……『私』に正気がないのなら、みんなも正気の沙汰じゃないなと、改め笑い出しそうになる———『今』。


あなた達の弾むその足音の下に踏みつけられているのは、誰かの犠牲の積み上がりであり。喜びの『原点』となったのは、消えない、消えることのない『悲劇アイ』から生まれた、『彼女の記憶ゆめ』だと言うのにね。

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