19 / 34
第二章 始まりの春と宵闇の海辺街
働かざる者、食うべからず
しおりを挟む『喜劇より悲劇を評価するのは「人の性」だ。
そして、有名人の「悲劇話」ほど金になるものはない』
見たいとこしか見ないクセに、他人の不幸は蜜の味。
人間の『本性』というのは、結局、いつの世も同じである。
全てに疲弊して『全て』を捨てても、動脈に毒を打ち続けられるような日々だった。
何処も彼処も根も葉もない噂話が蔓延し、朝も夜もテレビに流れているのはその日のニュースか、自分に関する話ばかり。
帽子やマスクなく外出した日は地獄と化す、非日常の様な『現実』。
そもそも帰る家のない根なし草に、安心できる場所があるはずもなく。
頼れる親族も友人もいなければ、行き着ける当てすらない、醜悪いアヒルの子。
その渇き切った心でさえ惨めと感じるほど、街行く人々が皆幸せそうに見えて、
でも、だからと言ってどうしようもないし、どうにかできる訳もなかった。
全てを捨てた自らの手で、自ら吐き出す息の根を止められない以上。
例え舞台幕が下りようと、役者は生き続けなければいけず。
何処に向かうかも分からない『未来』の為に、
『あの日』捨てたはずの『童心』を拾い上げてまで。
でも、どうせ、どんな明かない夜でも、明日は平等にやって来て。
世の「人」である限り、とにかく家賃、光熱費、水道代携帯代、年金、食費、雑費諸々と。
『生きる』ことに対する責任、『自分』に対する責務。
契約違反金から始め、常日頃。『お金』は幾らあっても、どれだけ稼ぎ、あったとしても『満ち足りる』ことはなかった。
……が、それでも。
例えそうであったとしても。『あの頃』に比べ、『今』というのはやはり『まだマシ』だと思うのだ。
……だってそうでもしなければ、今度こそ『本当に』壊れてしまう様な気がしたから。
『私はまだ大丈夫』なのだと思っていないと、次こそ———。
×××を×し。
今日もマッチ売りの少女の様に、誰かの家の灯が灯るのを見詰めながら×して。今も茨姫の如く、独りで明かぬ夜に沈むだけ。
それでもふと脳裏を掠めたのは、あの日の家と、×××の面影で。
人間の『悲劇』こそ最も『天才』を輝かせるデバイスであるのなら、どれだけ後ろ指される贅沢な話になろうと。
……あのベッドに眠る私は、次目を覚ます時に『普通の人間』へと成り変わりたかったのかもしれない。
人の在るべき『普通』なんて知りもしないクセに、
□
———人間の『夢』は深層心理の現れだ。
そして、世界・国・時代問わず『夢』に対する解釈は人それぞれで、ただ『夢と芸術』における関係性は例え誰が否定しようにも、切っても切り離せないモノである。
どれだけ自己中心的な一夜夢だとしても、いずれ絵となり、歌となり、また『誰かの夢』となる。
最も『価値』ある自己の心理で、世の真理。
それが『芸術家』たちにとっての『夢』であり、そんな彼らにとっての『夢』とは、それだけの重要性を持つ創作活動における『原点』と言っても過言ではない。
だからこそ良くも悪くも、『人の見る夢』というのは時に薬となって誰かを癒し。またある時には毒になって自身をも犯す、『芸術』そのものなのだ。
「———遥々ようこそおいでくださった、我らが貴婦人、我らが姫。前公爵様及び前公爵夫人の命により、お迎えに上がりました」
この身体で目覚めたあの日から、今でも見る夢がある。
光ささぬ暗闇でナニカに追われ、逃げ惑う夢を。
それこそ夢の始まりから一体ナニ追われているのか、分からないけれど。
とにかく裸足で逃げて、逃げて、逃げて、無我夢中にニゲテ、走って、ようやく見つけたクローゼットらしき物の中に隠れる、そんな夢だ。
そして終始その中に身を潜め、息を殺し、来るはずもない助けを待ち続け、ナニカに見つかっては……絶望して、夢から飛び起きるという。
そんな夢話でもある。
「ここからこの地の屋敷まで、我々も同行しお守りいたします」
……だからコレはそんな『ただの夢話』であった、はずなのに。
おはよう新世界、こんにちは新人類。
在りし日の絵本、お伽噺で見たかの様な世界に対し、逆に絶望する、今日この頃。
夢を夢で終わらせない。
それは某ゼミと某バイオ世界だけでお腹いっぱいであると、アトランティアは思った。
今正しく目の前に広がる光景に、辛うじて維持した顔面の治安が今にも崩壊しそう。
引き攣る口角、血の味のする口の中と泣きじゃくる中の人。
やはりいつの世も相も哀も変わらずで、隠されし陰キャを追い殺すのは『ナニカ』という名の『現実』であり、〆切であり、『陽キャ』なのだとも、再認知。
それこそ、この引き籠り症候群を患う身で、
今も陰キャ病を持つノミ心臓で、
ただでさえ生まれつき頑丈とは呼べないし、実際大丈夫ではない体で、ゲロインとまで化したのに。
そんな本日の旅途中で急停車したかと思えば、突如の御用改めから~の、コレだ。
「きゃー! 奥様、姫様ー!! リーシャンへようこそ!!」
陰キャ反射で扉を閉めようにもできず、だからと言って『現実』を直視することも出来ない。
今度こそ真のリズムではないセルフ天国に飛び立ちそうになる、ひどい視界・思考回路への暴力だった。
ようこそ、は分かる。人としての知能からして。
そして立場上、同じ馬車に同乗しているママ上という美の化身に向かって、貴婦人呼びするのも分かるし、寧ろそこでぞんざいに扱っていたら流石の陰キャでもブチ切れるとこだった。
後は、仮にもヤバヤバ貴族の身で前公爵様や公爵夫人、つまる所での今生のお爺様とお婆様の命も理解「は」できる。
お迎えも、同行も然りで。
それこそ前世で言う選ばれし人類の様に、お守りも貴族社会からすれば別に可笑しな話ではないし……いくらこんなガチパに+αされようと今更な話だ。
全部、理解「は」できる。
が、
「よ! ノヴァの姫、我らの誇り、帝国一の美女と天才に祝福を!!」
我 ら が 姫 !! ノ ヴ ァ (の) 姫 !!
耳に轟き、そのまま脳を貫通したその表現に、この度の世の中、世界を物理的に超越した陰キャうんぬん以前な元大人としてコレはないと、アトランティアお嬢様が思わずゲロインリターンズになりかけたのは言うまでもない。
実家の騎士様たちの前では我慢できなかったが、流石に民衆の前では一寸……。
いくらの陰者でも、それぐらいの分別はあるので。
でもねぇ、知ってる?
例え世界・時代感が違えど、現実世界でプリンセスに夢見ていいのは幼女だけだし、「ワタシ、大きくなったらお姫様になって王子様と結婚、結婚、結婚結婚ケッコンするの!!」と夢を語って可愛いと思えるのは幼稚園ゆめ組までで。
大人になってのソレは「シンデレラコンプレックス」という名の、ただの病である。
知ってる?
女の「コンプレックス」は男以上に厄介で、どんなお医者様でもお手上げになる不治の病なんだよ??
不治の病、
ウッ、頭と胃と胸がッ、
そこまで考えて、アトランティアは思考回路そのものをシャットアウトした。
自己防衛大事。
俗に言うテニヌ某忍び足サンのあの技……。
「時間が時間ですので奥様もお嬢様も、ご挨拶はまた後程。では」
そんな圧倒的な衝撃と打撃ゆえに心を閉ざすのと同時に、物理世界での扉も閉められる。
実にF世界産特有のキラキラ豪華さより、歳のせい? おかげ? も相まって、質実剛健という言葉が似合うイケオジであった。
親の心、子知らずとよく言われる世界だが、大人も子供の気持ちに気づけないのも『現実』での不変な事実。
こうしてヤツが子供の理なく社会の扉を開けたせいで、負った傷。
それこそ在りし日の某米の国の様に核を落すだけ落しておいて、映画のワンシーン如く去って行ったが……果たして現場に残された人間の気持ちを、加害者たちは考えたことはあるのだろうか?
人様の古の夢女瘡蓋を一体何だと思ってるんだ!!
これぞ、本日のお嬢様ゲロINからのバカタレ(怒)の姿である。
マジで一瞬にして封印されし古傷を抉られ、そこから湧き出たかの日の夢小説ニックネーム記入欄に「姫♡」と入れたり、自分の書くヒロインの名前を「姫宮姫乃♡」としていた時代の、悪夢再来だった。
と、後のお嬢はそう語り申す。
「———行きはよいよいでも、帰りはない」
これが【帝国の水底】と呼ばれるリーシャンの街に、『彼女』が初めて足を踏み入れた瞬間であった。
「素晴らしき主導者に恵まれた西部に今日も乾杯!!」
未だどこか『他人事』の様に見える世界。
馬車の外を覗き込む度、知りもしない民衆が湧き。
反射的に気持ち悪くなる胃の辺りを抑えながら、それでも時折母のマネをしながら適当に手を振ってやれば、相手は勝手に明るい自分達の未来を夢見て、祝福を謳いだす。
あちこちで花が舞い、誰も彼も美しく輝かしい存在の到来に喜びに満ちた笑みを浮かべ、両手を挙げて歓迎する。
それらを見て思わず小さく鼻で嗤ったのは『私』なのか、それとも『彼女』なのか。
素晴らしき世界の裏で、今も誰かが死んで、誰かが泣いているというのに。
それでも更なる『幸福』を求めるのは人の本能で、別にそれが悪いとは思わないけれど。
いつだって世の安泰とは、均等な『犠牲』の裏返しだ。
街に渦巻く悪い話も、何時もの娯楽となるゴシップネタも、一度『祭り』となれば忘れ、改めて『本人』を前にすれば知らないフリして目を逸らす。
世の中所詮『金』で、働かざる者、生かすべからず。
けれどソレの前提となるのは『強者』である貴族や富裕層の勤労でなく、『弱者』とレッテルを張られ淘汰されたモノ達への言葉で……まぁ、『今の私』には到底関係のない話だろう。
人間の『本性』というのは、結局、いつの世も同じである。
金になる『価値』がなければ、直ぐ『異邦人』と手の平を返し、追い出すくせして。
『価値』ある内は拍手を送る、人の性。
真面目に着飾った護衛騎士たちの行進も、それに『戦勝国』の顔で手を振る群衆も。
過ぎたる繁栄の先に待ち受けるのは転落だけだというのに……『私』に正気がないのなら、みんなも正気の沙汰じゃないなと、改め笑い出しそうになる———『今』。
あなた達の弾むその足音の下に踏みつけられているのは、誰かの犠牲の積み上がりであり。喜びの『原点』となったのは、消えない、消えることのない『悲劇』から生まれた、『彼女の記憶』だと言うのにね。
1
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
★恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
連載希望のコメントをいただきましたので、
連載に向け準備中です。
*他サイトでも公開中
日間総合ランキング2位に入りました!
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる