上 下
15 / 34
第二章 始まりの春と宵闇の海辺街

這い寄る渾沌、嵐前の迷言

しおりを挟む

『周囲が望む人形となって、生きることが「正しい」のか。
 はたまた
 親の望んだ姿形となって、過ごすことが「正解」なのか』

太陽の下であくに染まらず。
日を掲げる旗元で白く、清く、正しく、汚点を残すことなく。
誰の恥にもならず、社会からもはみ出さず。
陰りの様に生きることを強要され、なのに泡沫しらゆきのまま消えることは許されずに。
真っ直ぐ生きて、搾取の中だけで人生を終える。

望まれるがまま生かされ、望むように生きることなく。
『本当の自分わたし』も知らず、気づけず、踏み躙られ、蓋をし。それこそ、幼心に一生塞がることのない穴を作ってまで。
現世の常に『偽りの仮面』を被り、適当に笑って、あの世界いえで。
それが人のひとりとして、間違わずに『生きるいかされる』ということなのか?

生れながら、ありのままの姿が罪だとして。
ならば、騙し騙しの仮面を被ってまで生き延びるのは、果たして『本当の正解じぶん』と呼べるのか?
教えることなく生かし、でも間違えれば「やはり」と嘲笑われ。
教えようともせず飼い殺すのに、でも成功する度「まぐれだ」と眼を逸らす。
在るべき姿、去るべき存在。
生れて来ない方がよかったと、実の親にすら見放される『性』。

……だったら、いっそのこと最後の時まで放っておいて欲しかった。
そしたら幼少期に無駄な足搔きすることなく、何処にでも、何処までも自由に飛んで行けたはずだし。
あの家で過ごした子供時代、在り得もしない期待を抱く愚かな娘にならずと済んだのに。
そっと独り、最期の時まで、いっそのこと、
無意味な希望ほど惨めで、残酷なモノは無いと知る、その前。

「いつの日か、いつの日にかは……」と、無駄な思いを積もらせることなく。
「でも、やっぱりそんなのは無理だったみたい」と、望まぬ水を浴びることのないまま。
先が見えない階段を上り終え、運命まで捻じ曲げて、王子様とも恋をして。
素敵な家族に、温かい周囲と、お伽噺の様な『家庭せかい』に。
私も、いつか、私でも、いつかになればきっと辿り着けるんじゃないのか……って。

そんな世に溢れかえっている、ありきたりな子供の夢話。



……ただそうであっただけの、過去話。





———運命の王子様なんてやってこない。
窮地に陥って某蜘蛛ヒーローが飛んでくるのはハリウッドだけだし、そもそも現実の『浮世』とはそう言うモノだ。
期待するだけ無駄、頼れるのは自分だけで。
寧ろとうに歪んでしまった子供心では、無駄にキラキラとした金髪や汚れのない青は生理的に受け付けず。
その浮世離れした美しさの分だけ「憎たらしい惨めになる」と、拒絶心すら抱いてしまう。

D系王子より大泥棒、お姫様より悪女。テンプレヒーローも嫌いではないが、それよりかは傲慢で唯我独尊な悪役ヴィランが好き。
大人になるにつれ少女夢を見なくなり、『現実』を知るだけ少女漫画より少年漫画を選ぶようになる。
……いや、実際の所で嘗ての私はそうなったのだから、それが私にとっての『げんじつ』なのだ。

有りもしない救いや理解など求めても、意味がないであろう。
特に生まれたときから太陽しか知らずに生き、日の下でしか息してこなかった人間に。
結局DだろうとFだろうと、どんな世界にも『部屋人ひきこもり』と呼ばれる人種は存在するし。
現段階、少なくもここにひとり、居る。

居た、が、しかし。


「今年の春は例年より暑くなるそうだ。その分、害ある虫も沸こう。
 だからこの春はここでなく、リリー達とリーシャン……お前の祖父と祖母が住んでいる屋敷で過ごすように。
 ———特にお前にとっては生まれて初めての遠出となるのだから、欲しい物、必要な物、その他の必需品もすべて今日か明日までに言いなさい」

と。
それが久々なリアルでま見えた今生の父、お父様からのお言葉だった。
時空間を弾道せずとも一瞬にして鼓膜と心臓をブチ破る、マジで今更な引きこもりヤメロI C B M宣言。
その顔と声の良さに伴う、ありえない衝動と衝撃。
遠出。
つまり、これは、これまでぐうたら思い赴くまま堕落し。それ以上に今生生れてこの方まで、一族一家公認で『公爵邸とうげんきょう』に引きこもってきた可愛い娘にかのマサラボーイになりやがれ!

と…いう……って、ことォ!?
え?
エ!!
なんで?????
愛するお父様の口から今、遠回しに死んで来いと言われた気がする……。

一瞬にしてこれまでにおける全人生最大の混乱に陥り、本日のお父様がマジファンシーのマジFuck youな件について。
思わず「……FA?」と鳴くアトランティア・アールノヴァ、じゅっさい!
前脈もなければ前例もない、実の家族からのとんでも発言により一瞬心臓と時間が物理世界で止まる経験をした。
したくなかったが、してしまった。
後、ついでに生まれて初めてノアお父様を心底恨む羽目ともなったが?


そうやって今日も歴史が動く、春日和。
実に彼女が内心ペンライトをブン回し、馬鹿みたいな顔でカバみたいに構え、お騎士様たちの輝く筋肉を眺めていた時分での「不意討ち」話である。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。

風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。 ※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

処理中です...