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第二章 15歳、学術学院魅惑のイッチ年生時代
諸悪の根源? 世の上層部は大抵黒いから。
しおりを挟む『好きだから頑張るの、愛しているから守るの。
一度決めた思いなら、最期まで貫き通すわ———そう、最期まで』
女の子が努力を重ねる理由など、結局そんなものでしょ?
小さなことからコツコツと。
それが成功への基盤。今日も初めの一歩から、着実に前進して参りましょう!
「お嬢様」
「オフィーリア」
そう思いながら午前のルーティンを熟し、まったりしていると……。
は(੭ ᐕ))?
あ""…(੭ ᐕ))??
彼女は目を通していた資料からパッと顔を上げた。
出会い当初から犬猿過ぎて逆に「#超絶なかよし」にしか見えない、二人が同時に声をかけてしまったせいで、今日も今日とて身分を越えた友情が鳴る。
声の方を見れば、書斎の入り口にて専属メイドと旦那様が並んでバチバチ火花を飛ばしていた。
「お客様の相手は良いんですか、仮にも次期当主である方が」
「父さんも来ている…君こそ何故、来客の世話に徹しない。それでもメイドか」
「私はアストライヤのメイドであり、クリシスのメイドではありませんので。勘違いしないでください」
「……アストライヤのメイド長は一体何をしている。なんでこんなのが……」
思わぬ風評被害と名誉棄損が我が家のメイド長を襲う。
この二人は、どちらかと言えばクール系なのに、相変わらず強火すぎて…。
そんなこの世のSSR達に名を呼ばれ、もはやこの屋敷の風物詩。周囲から「またやってるよ」とスルーされる日常の一コマと化しつつあるその煌めきに、オフィーリアは「ああ、もうそんな時間か」と立ち上がった。
「…?」
「少し、お話してきます。寝てていいですよ」
足元で一塊に寝そべっていた半魔×3。
とその様な中、サモ兄さんの頭上に乗っかって眠るスライムも合わせて、一瞬「なんだなんだ、何ぞ?」と見上げられたものの。
これから"大人の話"だと小さく言えば、彼らは眠け眼を ふーん? と瞬かせ。
「グゥ、」
「クァ……」
「…………」
「……くしゅっ」
……寝た。
その何にも囚われない自由過ぎる姿に、「来世の私も社の畜産でなくペットが良い、夜景の綺麗なタワマン最上階に住む金持ち実業家に飼われたい」とこの世を儚みながら。
「それで。遅刻や欠席者は?」
「おりません。ウィンチェスター伯爵が少し遅れるやも、との事でしたが。先ほど談話室へ飲み物を出しに赴いた際、いらしたので、どうやら間に合ったようです」
「それは結構」
現地冷戦の狭間。女は世辞の句を詠み、腹に力を入れる。
でなければ———ガチャ。
「公女」
「こうして直にお会いするのは久々ですな、姫」
「……ええ、そうですね。突然の招集であるにも関わらず、皆様、御機嫌宜しそうで何よりです」
旦那を引きつれミアが談話室の扉を開けるや、網膜に焼き付く絶景に、意識がトリップしかける。
穏やかな春陽射し、ある者は窓辺で談笑を、ある者は珈琲を片手に、ある者は煙草に火をつけ、各々の形で待機していた。
なのでこうした現地民、一斉に向けられた美丈夫達の集中砲火から回れ右したくなるも……。
「…………」
「…………」
奥歯を噛み締め、耐え忍ぶ。
凡そ一週間前くらいに"前科"を持ってしまったからなのか。ジッ…とこちらを監察官の目を向ける、旦那が怖いので平然を装い、自重。
腕を組む、従来のエスコートより『恋人繋ぎ』なるものにここ最近嵌っているレオくんに手を引かれるまま、嫁は1番偉い席にチョンと座らされる。
立場的にも今回の案件的にも"メイン"なので、当然と言えば当然のポジではあるが……。
(ふーん、アタイって今日限りで終わりなんだ)
オフィーリアの中に住まいし人が聖母子像の笑みを浮かべた。
今の自身を囲む環境、合算から同年代かもしれない(下手すれば、こちらの方が上になるかもしれない)美丈夫たちに春爛漫と微笑まれて、我が身の死期以外ナニも見えなかった。
きっとアタイは今からこの異世界人共(向こうから見てもそうである)の顔面偏差に網膜を焼かれ、失明した途端蹂躙されて仕舞う運命なのだろう。
『年上の男が好きなんだろ? いつもヤマシイ目で見やがって』
『オフィーリアさん……??』
『ち、違う。浮気じゃない。う、浮気じゃ……っ』
アーッ!!
……コレで新婚ほやほやの人妻であるにも関わらず、めでたくアタイも男性向け同人誌の仲間入り。という訳である。
だから、そうなる前に。
「…あの。あのね」
「うん?」
「何故私が。普通家主、レオくんのパパがこの席じゃないんですか」
三十六計逃げるに如かず。
正直に申せば、同年代かもしれないし、違うかもしれない美丈夫。実年齢の割に若々しい、少し歳の離れたお兄さんにしか見えないイケメン共に混じって、多重詐欺を働く違法滞在者イッチ。
……これでも今の自分は某少年探偵状態だから、なんだかんだコッソリ大人に混じって悪巧みをしているようなシチュにドキドキする反面、オタク柱としては死にたくなった。
だから適当にニコニコして、横に座る旦那に小声で聞くも。
然し、逆に「何故?」の顔をされる。
「なら俺の膝にする? 空いてるけど…」
何より実親と親世代(推定)の面前、このような場であろうと、至極当然顔で更なる拷問にかけようとするレオくんに、オフィーリアは戦慄した。
繋ぎっぱなしだった手をおいでと軽く引かれたが……丁重にお断りする。誕生日席の押し付けが今日も無事に失敗した瞬間である。
(オメェは世の複数人プレイ、NTRを履修したことがないから、そんな悠長に構えれる)
なるほど、これが戦犯への扱い……。
そう思いながら戦犯は最期の一縷を懸け、近くに座る旦那のパパに目を向けるも、片眉をチョイと上げて微笑まれただけだった。
その仕草が物凄く海外の男の人ぽくって、少女(詐欺)の胸が きゅん と。
「……オフィーリア?」
「な、何でもありません。ミア」
「はい」
高鳴った途端、旦那がバッとこちらを見た。
まるでフクロウの様な首の動きであるそれにゾッとする、嫁は誤魔化すように水と氷の融合魔法で『ホワイトボードもどき』を出す。
すると一秒でも早く天敵から離れたいのか、メイドはすぐさまボードの隣に移動して、同じく魔法で出した専用のペンを片手に控える。
……何時もは背後霊よろしくバックに控えてくれるミア姐さんだのに、今日はあそこから動かないつもりらしい。
だから「余程レオくんのことが嫌いなのだな」と何だかほっこりして、オフィーリアは頷き、意を固めたように口を開いた。
周囲犇めく美丈夫たちに目を配らせ、どうか噛みませんようにと祈りながら、開始の咳ばらいを一つ。
気高い飼いネコチャンみたいなキリッとした顔を作り…。
「おほん。それでは予定時刻となりましたので、本日の領内会議を始め…あ、違った」
「ハハ」
「え~、マいいや。それでは改めて…」
お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。
今回の赤紙を送ったのは他でもない、数日後執り行われる『貴族会議』なるもので…。
「———まず何着て行けばいいのか、分からない。面倒なので、もう冒険者の装備で赴いていいですか? 表にされた当日の議題もそうですし…それか乗馬服あたり……」
「公女がその様な格好、男装して仕舞うと私たちが霞むので、絶対やめてください」
「……マァ、その辺りは追々決めますとして。とりあえず、周囲の期待に応えるべく」
我々は野蛮と言う名の旗本で、如何に相手を怒らせ、先に手を出した方が裁判で負ける。
プライドを圧し折り、悔しければ国王陛下に泣き付けば(笑)?
「そちらから喧嘩吹っ掛けてきたのだから自業自得、味方以外漏れなく嫌な気持ちでお帰り頂く。その為の口合わせ、合法的に敵対家門全員泣かす計画の会議を始めます」
因みに、こちらのパパから「もうどうとでもなれ、いっそ戦争になった方が早い。やっておしまいなさい」の許可をもぎ取っております。
「ので。平常時は皆無だけど、"こういう時だけ"どこよりも団結する蛮族の友情、北流のハッピーエンドというヤツを見せつけてやりましょうね。どうせ浮上したことのない名声です」
然も今回ばかりは例えどう転ぼうと、我々に失うものはない。
「ですから、ここはもう開き直って向こうのお望み通り底辺に居座ってやりましょう。全力で馬鹿にする方向性で……大丈夫、経緯ともかく私が例のダンジョンを抑えた時点で、中央民間好感度爆上がり、例え裁判になろうと向こうが恥をかくだけですし」
———『たかが小娘』って言葉、私は好きですよ?
オフィーリアはニコニコしながら、言った。
「こういう時、物凄く便利。あちらサンのプライドが高ければ高いほど、上げ足がとれるから。何事も第一印象、元気よく声出して挑みましょうね」
「これだから公女との談話は是が非でも参加したい。まだ始まってすらいないのに、年甲斐なく楽しくなってきた」
「温かなリプありがとうございます、伯爵様。今の発言で私のオトモダチが何故あんなにも中央嫌いなのか、よーく分かりました。理由のない、底辺からの僻みでないようで良かった」
真っ先に笑ってくれたオニイさん、ウィンチェスター伯爵。
……つまりオフィーリアからすれば、マブ1のパパに当たる美丈夫を始め、本日の話題ともかく、大人達は野蛮な心で品良く笑って拍手し、煙を燻らせた。
傍から見れば何重の意味でギョッとするような場とメンツと司会だが、慣れてしまった人間は疑問すら抱かない。
その様子は大人しいが楽しげである。国家権力者に隠れて密談する"悪い男"たちって感じだ。
本日の裏現場に手紙一つで呼び出された男たちは、上座にちょこんと座る諸悪の元凶を「今日もマブイな、俺がもう少し若かったら」と思いながら。
『もし、俺の娘に……(以下省略)』
……実家を出て一週間ちょいだのに、僅か数日だけでこうも色々ヤラカシてくれた姫に悟りの笑みを浮かべ、会議を踊らせた。
この国の法に15、即ち成人した伯爵以上の令嬢は『学園』に通う義務を課せられている以上、何れぶち当たる壁だろうし、害虫駆除も問題解決も早期に限る。
(ってな訳で。回避できそうにない身分なら、こんな時こそ深夜になるしかない……)
その様な背景もある、人生二回目の15しゃいは適当なジョークや絶対使う場面のない雑学を挟みつつ場を盛り上げ、子供の前であろうと大人げない大人たちと大真面目な顔をして、低く語り合う。
「———えっと、ですから、まとめると。つまり先日の会議、向こう、中央様の主張は『例のダンジョンの所有権を渡せ、自分たちの方が相応しいもん、ぷんぷん』…ということですよね?」
完全なるヤケクソ、大真面目な顔をして突如幼女みたいな口調で話し出したヤツに、数人吹きかけるも。今の「相応しいもん♡ ぷんぷん」がすぐさま脳内で例のオジサン達に変換されて仕舞い、物凄く嫌そうな顔をする。
その様子に「ふんふん」の方がよかったのかしら、と思う。オフィーリアは目を細め、続けた。
「例え【石碑】に名を刻むも、私が女、それも"年端もない女の子"だから」
「ええ、まぁ……っ」
「はぁ、左様で。分かりました。やはりいつの世も子が子なら、親も親ですねぇ。この様な時代ですし、女の見下すのはご勝手にどうぞ? ですが、だとしても、なんの対価の提示もなしにたかがその様な理由で、ご冗談でしょ」
馬鹿にしやがって。
星屑を散りばめた昼間の藍……言い草こそ初っ端から全力でふざけているものの、"瞳の色"が穏やかなままなので、怒ってはいないだろうけれど。
然しそう皮肉たっぷりな台詞を吐く口元は楽しそうに歪んでいる、柔らかな柳眉をしておいて、酷く好戦的なモノだった。
……目に見えない"性根"を隠して仕舞えば、血の争えないのは、何も"あちらサン"だけではない。
だから、
「公女」
「はい、公女です」
と脚を優雅に組み直す美女街道まっしぐらであろう美少女に、「俺は産まれる時期を間違えた」とどうしようもない恨みを抱きつつ、未だ我らが姫の手をにぎにぎしている幸運児にブラックな視線を送る野郎ども。
そんな同僚に囲まれ、幸運児のパパはその醜い嫉妬の矛先が自分に来ませんようにと願いながら、出来るだけ自分の息子を見ぬ方向で声を震わせた。
「っ、当日の予定はありますか」
「そうですねぇ……」
とりあえず。
「事前に調べさせた敵情報。そして今も我が家の地下牢事情を圧迫している、仲良くなった鼠さんたちからの尋問とで……まぁ、ざっくりですが」
「ふむ」
息子が息子ならその嫁も嫁、可愛い顔して今日もうちのちまいのが怖すぎる。
けれど、そうやってフッ…とヘタクソな笑みを浮かべた義父の顔に、オフィーリアは「ア、そう言えば」と思い出す。
「余りにも馴染んでいらしたので、忘れていました。そう言えば侯爵様はずっと都にいましたものね。ですが、その辺りはご安心くださいな。王家やその他有力貴族がどちらの肩を持つのが見ものですが、得意……と言うか———これがいわゆる、私の"専門分野"ですので」
「……その様…ですな。我らが星たるアストライヤ、姫相手に愚問でした」
ぶっちゃけこの戦犯は、前世よりナニよりお金様が大好きなので、正直得意のは"金を回す分野"ではあるが、記憶と言う名のデータバンクがある為、その気になれば出来んこともない。
(後は思わぬ親ガチャでもたらされたコロンビア、良くも悪くも約束されし今生のスペック)
本人からすれば、ほぼ神からの恩恵だけれど。
だが、その様な"詐欺"を働いたところで、同じ世界観からの転生枠でない、現地の方々が分かるハズもない———故に。
「……公女がいらしてくださる限り、北の安寧も約束されたようなものですな」
この様な場に初参戦となるレオパパは始めこそ呆気に取られていたようだが、何時しかの馬車での会話を思い出したのか。褒められてふふんと胸を張る義娘に、遠い目の称賛を述べる。
そして、それは他の男達も同じようで、いくら自分たちのお星さまがマブかろうと、現地民でしか知り得ない、今までこのちまいのがしでかしたアレコレが画質の荒い映像でしばし脳裏を流れる。全員素知らぬ顔でそっぽを向いた。
だって……。
『わたくし、腐った頭なら、ない方がマシだと思うの。だから大人しく全権を譲りご隠居なさるか、このまま市中引き回し晒し首のち、【魔境】の餌となるか』
私はどちらでも構いませんよ……(੭ ᐕ))??
『それだけのことをなさったのだから、放棄した責務の代わりに総辞職、せめてもの責任くらいは取ってくださいますよね? いくら成長の出来ていない中身でも、公的書面上では立派しの大人なのだから』
『ぐす……』
『今更泣くくらいなら、初めから度を弁えれば宜しいのに。折角ママから貰った人生を棒に振りましたね。ねぇ、今どんな気持ちです?』
ねぇ、ねぇ、ねぇ……(੭ ᐕ))??
『お、お嬢様。もうやめてあげてください、お嬢様。後は私たちが責任もって引き継ぎますから、お願いします』
推定ですらない断定:五歳ちょい、こんな可愛い幼女の口からこれ以上聞きたくないやい('ω')
『脳がバグるし、ついでに精神も崩壊する』
一度ぷつんと解れると誰にも止められぬ、普段は大人しい委員長タイプの恐怖。事あるごと「ねぇ、どんな気持ち?」と聞いてくる幼女ならではのトラウマというヤツは、こうもしっかりと大人たちの心に刻まれている。
見る分には愉悦の極みだが、偶にこちらにも火の粉が飛んで来る。もしその矛先が自分に向けられると思うと……流石にね。
その度当人は、
『笑えばいいと思うよ』
ナニ事につれ結局、世の中諦めが肝心。だから最弱のアストライヤであろうとアタイは強いのだ、と錆びた目で言ってくれるけれど。
なまじ大人であるからこそ、自身の子どもと同い年の可愛いのにそう言われてしまうと、普通に笑えなくなる。
いくらかのアストライヤ相手だとしても、こういう時笑えばいいのか、どんな顔をするのが"正解"なのか分からないのだ。
『これだからうちの姫は~』
だから今日も表現しがたいタラコ口がセクシィーな兎(?)の蝋印、"赤紙"が送られてきたのを見るや「おっ」と意気揚々とやってきた反面。
『こんなのに噛みついたら、災厄そのものだろうに。これだから中央のお貴族様は平和ボケしている、馬鹿なんだから~』
ともなる、生ぬるい半笑いを浮かべるしかできない。
『んオフィーリア公女ちゅわーんッ。今日も可愛いでちゅねぇ―っ。お兄さんがお菓子あげちゃう♡』
『なるほど。"斬新な自殺"かと思いきや、また彼女さんに振られたんですね。お菓子は貰います』
『もう、ほんと聞いてくださいよ~。オレが任務に行ってる間にね。今の男に乗り換えたらしいのね。なんで騎士よりレストランの跡取りの方がモテるんだよ、可笑しいだろ』
『マァ、金でしょうね。騎士は騎士様であろうと、モテる騎士は騎士団長あたりだけだし、平騎士は名前があるだけまだマシ。ある時期を過ぎれば、女の人って男の人より現実を見るから』
『なんで、なんでぇ、こんなの間違ってる。オレはこの世の中が憎くて仕方ない……』
『どうどう。まだお若いんですから、出世も恋愛もこれからですよ。時期尚早の闇堕ちヤメテもろて』
『…………っ、』
普段はあんなにのんびり周囲のカウンセラーを担っていようと、傍から思うに地頭のIQが戦争資金くらいある幼女(当時:五歳半)。
然も常に戦時中で誰かと戦っているとしか思えない思考回路、雌だから。元来の性より喧嘩大好きなお子様、北部の男たちは怖いにも程がある公爵様の目を盗んでは、ついつい構ってしまう。
出会う先々で、こちらにも飛んで来る刃に怪我しつつ、本能が「好きだ」となって仕舞うのだからタチが悪い。
……なので今の場でも、大人だからなんとか適当に笑ってごまかしているが、実は会話の所々で目元が引き攣ったり、内心ちょっと怖がっているのがチラホラ伺える。
思わず ちゅっ♡ と吸い付きたくなるほっぺ、可愛い女の子の唇から仄めかされる駆逐の意。
『ヤらねば、こちらが損する。致し方ありません』
の音韻を感じる度、胃のあたりがぎゅっとなって。思い出したように珈琲に口を付け頷く男もいるし、とにかく心の内では皆ウワァ、という顔文字で首を振った。
そんな中オフィーリアは出されたミルクティー(タピオカもどき入り)をチマチマ飲みながら、レオくんからのにぎにぎを、親御さんの面前であろうとマッサージだと思えば耐えれるな。「ところで、」と切り出す。
「ところで、この前私に挑んできた"お嬢さん"が随分な様子になって、その親戚一同が一丸と陛下に苦情を進呈したと耳にしましたが。ここ数日で、その件はいかように?」
「ああ、その件でしたら……」
失笑ものでしたよ。と何かを思い浮かべ一言だけ、呆れ半分の薄ら笑いを浮かべるレオパパと他数名。どこまでも想像通りの行動をとる相手に、違法滞在している戦犯は「だろうな」と思った。
前世の感覚からすれば、例え性格(というか人格?)に難ありでも、今生のパパが大層カッコいい分、思わず比べて仕舞っているかもだけど……。
「にしても、公女様が盛大に"遊んで"くれたおかげで。先日の会議は実に愉快でした。ウザったらしいと思う反面、いつもそうだったらもう少しヤる気も出るというのに」
「誠に。特に今まで散々我らが姫を侮辱しておいて、それが全て『操作』だったと気が付いた奴らの顔ときたら……その晩、思わず秘蔵のワインを開けてしまったくらいですよ」
マ、それでも未だ自分の見たいモノしか見ない輩はいますが。
「それも三日後には、また勢力図がガラリと変わるかと」
「だから言いましたでしょう。詐欺というのは意外に頭の良い人とか、プライドの高い"箱入り"ほど引っかかり易いと」
「ハハッ、いやほんと、勉強になりました」
情報社会を生き、人生二周目を謳歌しまくっている誰かのおかげでまた一つ学んだ大人たちは、低い声で嗤い合う。
その姿をタピオカもどきをもきゅもきゅしながら、「実際のマフィアってのもこんなのかしら、映画でしか知らんけど」と、オフィーリアはぼんやりとした目で見守る。
因みに先日の会議とは、後日のとは別件。中央に駐在する貴族が国王陛下の前に定期的に集まる恒例の御前会議のコトだ。
東西南北、及び中央。各地代表と、開祖の弟を先祖に持ち、王国の要所を押さえる三大公爵家+"良き隣人"として併合された北部という感じ。
なので、その様な歴史もあって、ざっくり述べるとこの国における『北領』というのは君子降臨すれど統治せず、それが現状だった。
———だというのに……。
「相変わらず。これだから北部は、これだから北部は、の一点張りだ。馬鹿の一つ覚えみたいにそれ以外言えない。力もないくせに、欲ばかり張っている」
当時ならばいざ知らず、時が過ぎれば人の認識も変わってくる。
勘違いする馬鹿は何処にでも居て、今代の場合、特に娘のいる家門が著しい。いつの世も中途半端な人間が一番貪欲で、身の丈に合わない服を着ようとする。
「その様な服は着たところで返って見苦しいですし、靴ならコケて怪我をする。……図々しいというかなんというか、その辺りは人間、個人の自由ですからナニも申しません」
ですが。
「……"私"からすれば、領土があってうちみたく人以上に自然が猛威を振るう、極寒の国でもあるまいに。なぜ発展できないのか、分からない。歴史や社会の勉強を怠っているとしか思えない、国が置かれている現状と"治外法権"の意味を本当に理解しているか、突きたくなりますね」
マ。
どうせその手の人間は勝手に自滅してくれるので、とりま放置でよろしおす。
「それでもまだ勘違いを続け、分かってもらえないなら。場面で、その時の方針はまたその時で決めましょう」
私はもっと金になる話に時間をかけ、脳を使いたいのに。
「———何より、一人一人『処理』せずとも。燃料にすらならないゴミというのは一箇所に纏めてから、一気に燃やして仕舞うのが、一番効率が良い」
一々相手にするの、めんどくさいやい('ω')
……どちらかと言えば母親の顔立ちに似た、超絶美少女の背後に現北部公爵の構えが見える……。さも当然かのように吐かれた『自滅』及び『処理』二文字にドキドキする裏腹、場の全員が頬を引きつらせた。
同じ二文字でも『殺す』『消す』と表現するどこぞの誰からと比べ、果たしてどちらの方がマシなのか。
(私の義娘が怖すぎる……)
(俺らの姫が怖すぎる……)
(流石アストライヤの直系、どんなに可愛くとも頭のネジがない。ぶっ飛んでやがる……)
そして何よりその様な現場で、未だ美少女の手を握っている野郎がウザすぎる。
だが、まぁ……。
『陛下! 何を隠そう、かの公爵家の令嬢は大層人見知りのご様子。いくら爵位が高けれどその様な娘に国母は務まりませぬ。然も……いえ、ただ実際中央の社交に顔も出さず、一度も他家から招待を受けたことがないそうな』
その点、わが娘ソフィアンがたいそう同情して、機会あらば是非お招きしたいと申しておった。身内贔屓抜きでも美しく、心優しい娘でしてな!
「……本当に優しい人は、自分の事を優しいと言わないのにね」
「そして。そんな発言を耳にする度、俺は公女の年齢が分からなくなってますが……?」
「いやぁ、然し何度思い返しても同情する。会議の合間や終わりで隙あらば、そう勝ち誇った顔を向けられるたび"うちのお嬢様はな"と何度暴露しそうになったことか。いくら公爵様から通達された方針とは言え、内情を知っていればまるで独り芝居、怒り以前に毎度笑いを堪えるのに、どんなに震えたのやら」
おかげで腹筋が割れましたと宣う男に、皆が笑う。
そしてそんな自領の姫を馬鹿にされようと"何も言わない"北部勢を見て、また自分にとって都合のいい勘違いを募らせるの、悪循環に陥っているのだろう。
(だから、三日後の会議で私を叩いたところで、問題が起きないと……? 馬鹿げている)
本当に強い男はもう既に金も名誉も持っているから野心すら抱かない、欲望というのは実力を以て初めて格好がつくのに、まるで物の分からない子供の様。
あれほど事ある毎、自分の娘を次期王妃に売り込む虎視眈々とした言葉が、返って確率を下げているのと何故気づかないのか。
「ご先祖様が残してくれた"治外法権"なんてカードを持っている時点で、私にはなっからその可能性はありませんのに。当事者の視野は狭くなりガチですが、需要と供給の摩擦、上層階級における結婚市場の闇ですね……」
今回のことで、更に私と関係のない話となりましたが。
そう言って未だ繋がっている旦那との恋人繋ぎを小さく上げて、述べる"時の女"に笑いが起きるも、誰もが内心「鬼畜だ」と。
いくら体は戦闘狂のそれであろうと、実は乙女以上に繊細な心を持っている野郎どもはこの世の美を儚んだ。
「オフィーリア……キスしていい?」
「ダメですね、流石に今されると死んじゃうと思う」
社会的にも、メンタル的にも、中の人的にも、それはもう色んな意味で。
「儚くなって仕舞います」
「じゃあ、後でいっぱいするね」
これからこのちまいのに誑かされるであろう少年たちの叫喚、絶望を目に浮かべながら、本日の会議で絶対必要なかった野郎に殺意が湧く。
終始無言であるにもかかわらず、美味しい所ばかり持っていく。コイツの父の時もそうだったが、『クリシス』の手段の択ばなさは、北部の中でも随一だ。
トップ家門が問答無用過ぎるので陰に隠れがちだが、普通にヤバいことを、この場の誰もが知っている。
……ので。
「皇后であろうと妃であろうと、言わば何かあった時真っ先にちょん切られる駒ですのに。自らの手で実の娘を火鉢に押し込む。"宮廷"がどういう場所なのかよく知らない民間人ならいざ知らず、腐っても官僚。殿方にとって、権力とはそれほど魅力があるのですか」
「それは……」
旦那にじゃれつかれながらも、ふと気を抜いた瞬間。今日も飛んできた美少女の刃に、うっとなりながら言葉を詰まらせた。
"世界広し"だから例外くらいはいるだろうけれど、一般論としての回答がこの沈黙なのだろう。
望めば確実である血筋であるにも関わらず、至極興味なさげ。
「でも、私も好きですよ、権力。ないよりある方がいいですし、危険に巻き込まれる可能性は高くなるけれど、事が効率よく運ぶから」
場の空気を読んだのか。一応フォロー は する司会兼戦犯に、大人たちは一寸気まずそうに肩を竦める。
貴族のご令嬢として、お家のための結婚は『義務』とするのが普通である時代だろうと、やはり星ともなれば、常人との感性が異なるのかもしれない。
そんなオフィーリアの様子に、マブ1のパパは気を取り直して、揶揄うように眉を吊り上げた。
「いやでも、既にご入学の日に会った第三王子はいざ知らず。実際、皇太子殿下や第二王子殿下にお会いしたら、オフィーリア様のお気持ちも変わるやしれませんよ? なんせ『王族』なだけあって、他の殿下もうるわしい容姿ですから」
「……オイ」
完全に無関心か、他人の不幸は蜜の味の集合体でしかない北部の男は基本、他者の幸福を喜ばない。寧ろ、死んでくれと思う。
新婚に向かって不吉過ぎる言葉に、当人たちではなく横に座る勝ち組が顔をしかめた。
……然し、すぐさま「おや?」と思う。
「…………」
この手の話に真っ先、ほぼ状況反射・脊髄反射と言っていいほど、ガンやら剣やら魔法やらを飛ばしてくるであろう息子が今ばかりは静かで、我が子の成長を感じたからだ。
———つまり。
『いつの世であろうと、知らぬが仏』
例え夫婦間であろうと、こうなるまでどんな条約が裏で結ばれ、調整されたかもわからぬまま……。
それでもとりあえず、こんな輩でも結婚すると丸くなるんだな~と、場に湿った空気が流れ始めたのは確かだった。
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これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
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