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第二章 15歳、学術学院魅惑のイッチ年生時代
【舞台裏の文化2】 童心の思い出と「アリス」だった君
しおりを挟む意図しない出会い。
お互いの姓も身分も仄めかした、あの日の夕暮れ。
『……もう、大丈夫! 大丈夫だよ、怪我の手当ても済んだし…いくら同じ迷子でも、ここに来てから、最早この道のプロと呼んでも過言ではない』
———私を信じて、ほら、この手を取って?
『何があっても、絶対お家に帰してあげる』
氷のように冷たい手に反し、君の声はまるで春の木漏れ日のよう。
どこともなく"突如"現れた女の子、まるでお伽噺で言う所のアリスである。
……まだ幼かった頃、それは兎のように泣いていた僕に手を差し伸べた君と織りなす、一寸した冒険の物語だった。
不安がる僕に何度も「一人じゃない、大丈夫だから」と自信満々に並べ、同い年位なのにどこからそんな度胸が湧いてくるのか。
そればかりが不思議だった。
どことなく大人びた仕草が綺麗で、でもふとしたときの横顔が年相応、まるで子猫のような気紛れさすら、可愛くて仕方ない。
小さな体でお姉さんぶり、それで「泥船であろうと、船は船。安心して」と笑いながら、ちまくとも私は強いんだから、見るから皆無な胸を張って。
こちらの緊張を和らげるように下げられた目尻が印象的だった。
冷たくもわっこい、いかにも女の子らしい真っ白な手。
……然し"突如"現れた存在が、また突然消えてしまうのも、当然だと言える。
「あ、待ってくれ、行かないで……っ」
名前を聞いていないし、お礼すら言えなかった。
『迷いの森』を抜け、今にも死にそうなほど青ざめた乳母に抱きしめられ、同じく青い顔で汗だくになっていた護衛騎士たちに囲まれる。
……その時に僕は君の手を離していたし、満面の笑みで振り向いても、そこにあったのは何の変哲もない森の入り口だけ。
どこを探しても君は見つからず、何時しか、君はまるで初めから"存在していない夢"の様な存在となっていた。
(あの子は無事、家に帰れたのかな……)
そう思いながら、あの日から同じ夢ばかり見る。正しく"夢中人"。
幼心ゆえの甘美な思い出から、次第に悪夢としか思えなくなった、そんな夢を。
もしあの日の君が僕の擦りむいた膝小僧を無視していたら、その時は僕も、そして周りの大人たちもきっと『君』をただの夢だと思うようになっていたはずだ。
『 O. A. 』
と、イニシャルが雅やかな刺繍で施されたハンカチ。その隅に愛らしい黒猫も居た。
……そしてあの日の記憶、度重なる夢にまで居座る君の髪色も———「黒」だった。
(あの時の君は「僕」と並んでも見劣りしない上等なワンピースを纏っていたから、農商や平民の子とは到底思えなかったけれど……)
『 O. A. 』のイニシャル、黒髪、貴族……それも「王族」と並んでも謙遜を感じられない貴族家門なんて、この王国において一つしかない。
『ねぇ"リオちゃん"、見て! 今向こうでね、とっても綺麗なお花見つけたの…』
然も薬草でもある、お花……('ω')
大人びた顔でふんわり笑うのが可愛くて、シンプルな装いに比べ、花のように華麗な子だとは思っていた。
でも、まさか寄りにもよって『星』の生まれ変わり、雪国の猛獣と呼ばれる家門の子だったなんて……。
何度目かも分からない君の容姿を説明し、そのハンカチを見せた時の父、そしてその周りの大人たちの顔が今でも忘れなれない。
『あー、一国の長としてではなく、一人の父親としてお前に塩を送ってやりたいのは山々だが……だとしても寄りにもよって、相手がな。黒髪で"育ちの良さそう"なお嬢さんと聞いてもしや、とは思っていたが、ただの夢だと決めつけた私や臣下たちを許して欲しい』
道理でお前の兄たちの嫁探しついでに、アレが妙齢のご令嬢を集めた茶会をいくら開こうと、見つからない、見当もつかない訳だ。
……残念無念とした言葉の割に、ニマニマ笑う父の顔がほんと、今でも忘れられない。
いくら自国の一領地に過ぎないとは言えど建国当初、周辺諸国の圧力に困っていた初代国王(つまり自分の先祖)に手を差し伸べ、"あくまで良き隣人"として統合された今の北部、そんな『星の民』たちの故郷。
初代より今まで、この国の王族が彼らをどう扱うかは代によりけりで……まぁ、少なくとも今代の仲は悪くないが、良くもない。その程度のものだ。
話しに聞くと名君と名高けれど、(息子から見ても)好奇心旺盛な父が、学生時代、当時の北部公爵様にちょっかいをかけ過ぎて向こうから相当嫌われているらしいが……仲は悪くないのだ。
『たぶん、ですがね……』
その話をする度、当時父たちの担任をしていたらしい、現宰相が遠い目をしているのを見ると、何とも言いようのない気持ちになるけれど。
———それでも俺は、あの日の泣き虫『リオちゃん』としてではなく……。
「改めて初めまして、ご令嬢。リオルドだ」
あの日から過ぎ去った童年だけに、君は僕を覚えていないようだった。でも、またこうして会えたのならそれでいい。
こうも忘れ難い『迷いの森』で出会った、瑠璃の少女に鼓動が早くなる。
少なくとも四年間、俺たちがこの学園を卒業するまで、いくらでも時間があるんだ。
「———こうして、また会えて嬉しいよ」
こうして夢ではない君に会えるのなら、と。
「殿下だなんて、そんな堅苦しい敬称いらない」
他でもない、特に君には。
「……だから、これから俺の事はリオルド、それか『リオ』って呼んで欲しいな」
だって俺達、これからクラスメイトになるのと同時に、"改めて友達"になるんだし……俺は……。
「ね?」
候補は年々山のように積み上がっているのに、未だ決めかねている兄たちもそうだが、「王室」「王子」というだけでご令嬢も子息も吐いて捨てるほど言い寄って来る。
でも、それでも。
「……俺のこと、本当に覚えていないのか?」
「????」
花曇りであろうとなかろうと想い続け、この日も貴女だけを思ってきた。
「あの時もそうだ。散々優しくしておいて君ってあっさりし過ぎて、冷たいよな」
「……ッ! イ"っ、たぁ…」
「!?」
……と言うのに。
「え。……ああ、お話の途中で申し訳ございません。殿下少しお待ちを」
もう、いきなりどうなすったの……。
「レオくん、ほらこちらに手を、随分豪快にいきましたねぇ。万が一、グラスの破片が傷に入ったりしたら……」
どう見ても態とであろうに、君はやはり優しい。あの頃のままだ。
然し、まるで立場が変わってしまった自分たちを、嘲笑うかのような光景に胸が痛む。
劇中歌の男女が寄り添い合う一幕は、誰から見てもお似合いで、この世のモノと思えないほど美しかった。
(……いくらこちらの位が高かろうと、これが年月差というやつなのか)
思わずそう思うほど。
あの日の面影を残すも、恐ろしいくらいに美しく成長した名画『オフィーリア』。
あの綺麗な女の子が今も目の前で、あの日の小唄を口遊むかのように「大丈夫?」と謳い、数回瞬きをする。
何処か残響を思い出から呼び起こす、その口ぶり。夢で反芻し続けたその声が、その労し気な眼差しまでもがあの頃のまま。
……けれど、今その手に握られているのはもう「あの日の童年」ではないんだな。
でも、君は素敵な人だから、この程度予想通りである。
(ようやくと期待が大きかった分、だから、悲しくならない訳ではないが……)
でも「だからと言って、何だと言うんだ」と思う。
然し、今は。
(白々しい……)
今ここで起きている問題は、あの頃となんも変わらない、彼女が今自分の前に置かれた不幸に対し、何とも分かってない様子。
「とりあえず『保健室』…って、流石に入学早々、あるのかどうか分からないけれど、そんなに痛い?」
当人からすれば「当たり前の言動」でも傍から見れば一目瞭然、飛んで火に凸る夏の虫ならぬ、自ら進んで獣の口に入って行こうとしてる春の蝶。
あの日も「随分とのんびりとした奴だな」とは思っていたが、まさかここまでとは。
相も変わらず警戒心0の顔で、今にも……しそうな獣に。
「……………うん、痛い。ン"ッ、」
「?」
少年心からの嫉妬心より、人としての心配の念が強まる……この瞬間。
「と、本当に、ほら血も結構出て…すっごくヒリヒリするし、もの凄く痛い」
かも。
「わ、これは痛い」
し、痛そう……('ω')
長い睫毛を伏せてまで、君は痛々し気に言うけれど。
誰かに対しこれ程「下ではなく上を見てみろよ、今すぐ」と言いたくなったのは、今まで一度もないし、多分これからもないな、とリオルド殿下は思った。
これほど堂々と見せつけられては、逆に何も言えなくなる。
「———だから、これからの保健のためにも医務室。『折角着飾ってここまで来た君には悪いけれど…』少し、席を外そう?」
「そう謝らずとも、どうせ付き添うなら初めからそのつもりでしたし、私は別にいいのですが……」
でも。
「いくら学生間とは言えこんな場、しかも他でもない私たちの家柄的に同時なのは、流石に……」
そんなご尤もな反応に。
「……次の集まり、特に父さんみたいな大人たちも何かと混ざる夜会まで、まだ大分時間は空いてるし……どうせあんな登場をしたんだ。だから今更、少しくらい、君が席を外したところで何ら問題ない」
それこそ今ここで治療する方が、ナニカと何な訳で。
それも王族…この方の前では、ねぇ……。
嘲るというより、舐るような青い視線がリオルドに一瞬焦点を合わす。
然し、すぐさま興味を失ったかのように、先ほどまでの甘ったるいものへと戻っていた。
「ッ」
「なるほど。それはまぁ、確かにそうですね」
———獣性、実に「あからさまな」視線である。
でも、君は。
「だから、ね?」
「……という訳ですので、折角いらして下さったのに、これにて御前を失礼させていただきます、『殿下』」
一糸の迷いなく、その男の手を握り、今となってはソレすらワザとらしい……飛び散ったワインを吸って所々赤くなった男の服にまで情けをかけ、哀れんだのか。
「……なのでルナ?」
「はぁい」
「私が席を外している間だけでいいので、色々と。暫くはお願いしますね」
「他でもない私たちの星。妖精の頼みですもの、どんと! このルナに、任せて?」
———でも。
「もし、それでも何かあった時は」
「同年代で、貴女を相手にできる"お嬢さん"は、居るかどうか分かりませんが。その時は最も私達北部らしい『何時もの方法』で、構いません」
問題が起きても星の娘である私が追々『処理』しますし……。
「責任も取りますので、許可します」
だから、あなた達は楽しんで思う存分、遊んでらっしゃい('ω')
「貴女のそういうトコ、ほんと痺れる。好きよ」
「ハイ」
……いくら春の昼とは言え、日陰に籠り、動かなければ何かと「肌寒い」季節。
要するに、一体何が言いたいかと言うと。
「 」
「……え、嘘。ほんと? 珍しいと言えばそうだし、でも昔から大好きだから、嬉しい」
出遅れた時点でコーナーが見えない、相手の柔いところに付け込んだ口八丁。
例え当の本人たちが未だ「需要と供給」の関係で成り立っている( )付きであれ、傍から見ればそうではない。
(雪国の狂犬、北部の男はとにかく手段を選ばないから、気を付けろと宰相に心配されたが。まさかここまで……)
幼稚の極みであろうと、それが功をなしたのなら、立派な戦略である。
あの子を美しい童話から連れ出しただけでは飽き足らず、ねっとりとした恍惚を孕み、濡れた青に浮かべる。
こうしてソレは、幼気な娘を、情欲まみれの花泥の底へ引き摺り下したのです。
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