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第二章 15歳、学術学院魅惑のイッチ年生時代
内なる吐露。だって、こうするしか……ね?
しおりを挟む『菫色の夕焼けに照らされながら、夜を纏ひ。
すん、と鼻を鳴らせば、貴方に交じって港の匂いがした』
こんなにも美しく、完璧な曲線。
彼にとって「愛」とは、涙であり、Iであり、自分で行う愛撫の一部。
星となった過去、花となる現在。
そして永遠にと組み立てられる、自心の中で確約された未来そのものである。
「お帰りなさいませ、若様……若様? 若様!? ここまでの道のりで、一体何っ」
「…やっとの思いで、ようやく…いまイイとこなんだよ……———ぶっ殺すぞ」
「が!? ヒイィ……」
ああ、若様がご乱心だ……。
突如後ずさった約一名以外、ずらり二列、エントランスの端から端まで整然と。そう頭を下げたまま如何にも戸惑っている使用人たちを目尻に、今では住み慣れた屋敷の廊下を足早に歩く。
ここまでくれば……ならば、いっそのこと思い切って走って、自室に飛んで入りたいぐらいの気分ではあるが、今ばかりは自分だけの体ではないので。頭のてっぺんから足の爪先にまで木霊す熱、イライラしながらも一歩一歩と踏み占めた、早めの徒歩。
あくまで、背景の一端。
こうして歩を進める度流れゆき、所狭しと嵌められた、それなりの値段ある絵画も、異常なまでに磨かれた壺。
そして、何時もならばこの広々とした空間や、落ち着いた雰囲気を気に入って、実家の次にはよく過ごす場所ではあるものの。
「う、ぅんん、あ"つい……溶けそう、しぬ」
……こうも、目的地までやけに遠く感じる広い造りが、ここぞとばかりに立ちはだかる。
男の目からすれば、まるで親の仇、嫌味たらしい迷路のように映った。
「れお…あつい…はやくぅ……」
「ああっ、もう、」
クソッ!
性に貪欲な身体、パンパンに張りつめたズボンの中が痛い。
柄悪く舌打ちをして……正直、今この場で襲い被さり、噛みつきたくなるも、我慢。
奥歯を噛み締め、額に爆ぜんばかりの筋を浮かべ、我慢。
我慢。
だって、これまでの経験上、人生なんて所詮「我慢してなんぼ」だったのだから……。
自分に言い聞かせ、でも腕の中。蛹のようにぐるぐる巻きされた番の濡れた前髪に、レオは宥め半分、息すら儘ららない熱籠る情欲半分の唇を落す。
……すると、腰から下に直撃する花の精みたいな匂いが薫ってくる反面。
「あ""ずいの、き""ら"ぃ」と、普段の彼女、語彙力が死滅するほどの美貌、容姿からは到底想像できない、しゃがれた猫のような声で訴えられた。
「ぐすっ…」
それは、もう。
それはもう、あついよ、熱いと。聞くから意識朦朧とした独り言、譫言さらがらに。
「あつい」
ニホンジゴクの溶岩風呂でもないのに、こんなのってない…。
と、
「ここまできて、まだ死になくないよぉ、ふえええん……」
そして同時、次は何だか聞きなれない単語を挟みつつ、泣かれた件について。
……色んな意味で、体中を巡る血潮がぐるぐる巡り出す。
真っ白な頬を嘗てないほど赤く上気させ、元来の使い道とは違えど、彼女のためにと誂えたもふもふ毛布の隙間から、潤みきった眼差しでじっとり睨まれて仕舞えば———ダメだった。
持ちうる【魔力属性】の訳もあり、いつもならば冷え冷えとしているはずの体が、今や言葉通り熱く。
「ぎらい……。あついの、ぎらい""!!」
「でも熱いの、俺は好き」
「溶けるから、私は熱いの ぎ にゃ い"" な の !!」
「ねぇ、それ態と? 態となの?? 態とだよねぇ??? んっ……やばいな……俺らお互い、このままじゃあ……」
それも、自分のせいで。
今の彼女。そして今のこの状態を引き起こした、つい先刻ほど前、馬車中の番を思いだしても、やはりダメだった。
「あついの、や。むりみ、強。このままじゃぁとけて、しぬ。……おうち、もうお家、がえるっ」
「今日から、ね。いや、少なくとも学園に通う限り、ここが君の、俺らのお家だよ?」
湧き上がる激情、三代先までの運をここ数刻で使い果たしたとしか思えない、未だ嘗てないほどの幸福感に感じ浸りては。
左脳に聖書、右脳に性欲。
———この可愛いのをどうしてやろうか…。
あ、ムリ、壊そ。
「これで明日の観光予定は消えたし、このまま上手くコトが運べば、明後日のかったるい式もバックレれるのでは……??」と。
「……だから、どうかここまで。ここから…、これからは何もかも全部、俺を欲して、俺を放っておかないで、最期の時まで———俺のところまで堕ちて来てくれ」
男は覚悟を決めた。
が。
……でも、それでも、どこか煮え切らない、切ない震え声であった。
『それだけ好きなんだから、どうしようもないし、しょうがないよね』
心では確かにそう思えど、頭に残った最後の理性が今更「好きになって、ごめんね」、「こんな愛し方しかできなくて、ごめんね」と泣いている様な気がする。
「……ここまできて、なんでそんなこと言うの? この、根性なし」
「ッ、」
……いや、若しくは実際、一寸泣いていたのかもしれない。
「本当は怖いクセに。だったら、どうしてこんなことするの」
愛する者を寝台に下すや否や、獣のように襲い掛かる。
男は、まるで「プレゼント」のリボンを解くような仕草で、濡れそぼった布を剥ぎ、シュルシュルと紐解く音がした。
もはやレオの眼に理性はない。
巡る季節を懸けて恋し、募り。ここでも夢を見るたび何度も乞い願った、何時かの憧憬を前に彼は息を呑む。
自分の影に覆われ、だだっ広い寝台の上で、長い黒髪を広げて横たわる彼女は本当に、「お伽噺」の一ページの様で…。
「はっ、ははッ…キレイだ……」
オフィーリア、俺の番。
どこか急性で、性的な息を荒げる男を余所に。
窓から零れ込む夕焼けは、完全な少女でも女でもない綺麗な反面を照らしている。
……いつもと比べ、ちょっと潤み溶けた、夜空の星を散りばめられた如く氷面。
「あー、キレイ、綺麗。かわいいかぁいい、ほんとうに、可愛いなぁ……」
然し、こうして、積年の思いを吐露しつつも。
それこそ「今更」という時であろうと、幻想的な藍の瞳に映る男の顔は、言葉の裏を象るように仄暗く、哀し気に歪んでいた。
……第二の性故に、どれだけ強い魔力を持てど、色素の薄い銀髪はまるで灰を被っているよう。
当人からすれば正しく灰かぶりな、汚れた銀にも見える。
そして男は男で筆舌しがたい美貌を持てど、雨空みたいな青い瞳は、どう足搔いたところで輝かしい青空にはなれず、年中雨のまま。
「…ごめんね」
だからなのか、本当に今更となって、ギラ付かせながらも、震える手は、哀れですらある。
肝心なところで「臆病」な男なのだ。
僅かな沈黙の後、熱に犯され、何時もの彼女ではないオフィーリアの問いに返って来たのは。そんな男から吐露される、不安定な声だった。
……すっぽり覆い被さられているせいで、確かな表情は読み取れないけれど。
聞いていると、こっちも何だか不安になってくる、そんな声である。
「ほんとうに…ごめんね。でも、それでも、俺は確実に……それこそ例え『どんな手を使ってでも』君を、君だけはどうしても、俺の番にしたいんだ。本当にごめん。どんな手を、手段を使っても、君だけはっ」
「だからなんで、どうして、そこまで……」
合っているようで、合っていない焦点。
オフィーリアが思わずと、頭に浮かんだ疑問をそのまま聞くと……レオは自虐的な笑みを浮かべ、うっそりと微笑む。
「情けなくてもいい」
「?」
大人びているクセに、こういう時は稚(いとけな)い。
番の目元にちゅ、と口付けを落とし。反射的に目を閉じた相手に、彼は続けた。
「『惨めでも厭わない。覚えておけ、"手段と方法を選ばぬ者"が最も愛されるものなのだ』」
だから、と。
色に濡れた瞳で自分の下に捕らえられている獲物をじっとり、愛しそうに見詰め、彼女の肌に触れた唇を舐める仕草をする。
男は、はっと喉を鳴らした。
———って、さ。
「…何時もならこんなこと気にも留めないのに……ね。それでも、君が俺に興味持ってくれて嬉しいよ」
何処からか壁の壊れる音がする。
「なんで? どうして? 君はソレばかり聞くけれど、本当に分からない?? これが、何だかんだ、何かにつれ卑下される。そんな立場でありながら、侯爵家当主の座まで我が物とした父の言い草だった」
だから、君が……。
『オフィーリア』が星の元で生まれ、如何にもアストライヤらしく育てられたように。
「……俺も、そんな親元に生れ、育てられてきた」
外は夕暮れ、中は雨。
いくら情緒不安定になり易い性とは言え、嘗てないほどの暗雲を纏い、彼らしくない自虐的な口ぶりだった。
ので。
「何だろう、怖いと言うより、この違和感……」と思いながらも恐る恐る、うっすら目を開く。
嗅覚に定評のある某長男ではないけれど、長女ではあるオフィーリアが すん と鼻を鳴らせば……皆まで言うな。
部屋中に充満する互いの熱に交じって、目の前の男からとんでもなく「危うい」匂いがした。
それも、多分……。
「だから、今ままで、今日まで『あんなに誘っても番になってくれない』ならさぁ……」
自分のせいで。
「……君はあまりにも綺麗で魅力的だから、これからの事を考えると、頭がオカシクなりそう」
万が一の事態を、何度も考えて仕舞って。
だから。
ならば、もう、いっそのこと……。
「ってなるよね?」
そう言葉を続ける男の眼は、その青い枠に嵌っている瞳孔は完全にイっていた。
こちらの言い分も聞かず、「至極当然」のような口調は、恐怖通り越して感動すら覚える……。
「なんで? どうして? ははっ、それだけ、俺はね、もし君に嫌われたら、離れたら、失ったら……そう思うと正気を保つなんて到底できないし、心臓が止まりそうになるんだよ、可愛い人」
本音を言えば、本当は学園なんて行って欲しくない。
「だって、もしも……もしも、万が一にも……君が俺ではない、ポっと出た他の男に獲られるかもしれないって……こう、想像するだけで、」
俺は。
「……そんなのありえない、洒落にもならない、冗談じゃないから」
ならば。
そうなると、そうなるくらいなら。
———例え多少嫌われようと、いっそのこと。
「ねぇ、どうして? そっちこそ、俺は……俺はこんなにも、こんなのになるほど君が好きで、番たいのに、君はいっっつも、のらりくらり……!」
だから。
「……心が手に入らないのなら———体から堕としてあげる」
いつの世も、夜も、よく言うでしょ?
「こればかりは君が悪い。これまで……どんなに求愛しようと、弄ばれようと、我慢した。……君に拒絶されるのが怖くて、ずっと言えなかった」
でも、それも今日で終わり。
もういいよね。
「だって俺たちは婚約したんだ。ようやく……」
男は嗤った。
それはもう、嬉しそうに。
「ここには君を溺愛する家族も使用人もいない、君を助けれる友人も知り合いも、未だ一人もいないだろ? ……ここまで徹底しないと、君はすぐ逃げてしまうから———」
なんで。
何で。
どうして?
「……だって、仕方ない」
だって、それだけ"仕方なくなった現実"に対し、俺が出来るコトなんて。
「今なら分かるよ、俺は君と番う為だけに、この忌々しい第二性で産まれたんだと。だからあれほど恨めしく思っていた神でさえ、今は感謝してる」
ねぇ、俺の愛する一番星。
僕をこんなのに変えた雪国の女王様。
「怯えないで、俺だけを見て、感じて? ……どうして? だから、つまり、こういう訳だから、もういい加減受け入れて……———責任取って」
俺に愛されてよ。
君以外なんていらないし、少しも欲しくならない。
「だから……ふふ、名分なんて結局、初めから手段の一つでしかなかったんだ」
そして、ここがこんなに熱いのも、全部君のせい。
地獄?
天国?
桃源郷? 理想郷??
善であろうと、悪であろうと……そんなのどうでもいいし、君さえいてくれれば、俺は。
「———オフィーリア、よく聞いて。君さえ傍にいてくれれば、俺は、レオ・クリシスはどこでも悦いし、何処にでもイけるのに……」
なのに君はいつも素知らぬ顔で、すぐ目移りして。
「浮気ばかりする……」
「ふぇ」
……相も変わらずノーブレスだった。
とだけ言っておく。
なので、そんな相手に間を挟ませるどころか、息することさえ随さない、展開に……。
とうとう———ああ、神作画よ。
「母さん、お母様、ごめんなさい。貴女方の娘は未熟の15にして、ここまで愛しみ、育てて下さった恩も忘れ……オフィーリアは大事な膜を亡くすでしょう……」
きっと。
今生で与えられた性以上の『本能』染みた衝動に駆られる。
私でなければ恐怖で心臓発作を起こしていたであろう事態に……だが、然し。前世から引き継がれし自分の癖をこんな所で再確認したくなかったや……と。
『それだけ好きなんだから、どうしようもないし、しょうがないよね』
元来、人間というのは未知に対し恐怖を覚えるも、"履修した事のある"物事に恐怖を覚えることは稀である。
いつの世界であろうと、乙女の初めてはベラボーに痛いと聞くし……でなければ、それはエロ漫画だけの話だ。
怖いのに笑うしかない。
ここまで面と向かって圧 をぶつけられるなんて、感動の域である。
……から。
「ふぇええええ」
もはや秘境の風景としか思えない。
下から見上げる旦那の美貌を堪能しつつ、未知なるゾーンの垣根を前にイロイロ耐えきれなくなったオフィーリア。
中の人の挙動を漏らしながら、顔を覆った。
そして……、
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