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第一章 下ごしらえ編
夜明け、間違ったポーションとスライムの使い方
しおりを挟む『情けなくてもいい、惨めでも厭わない。覚えておけ、手段と方法を選ばぬ者が最も愛されるものなのだ』
———と。
それが、水面下であろうとなかろうと常に卑下され。「責められる」側でありながら、侯爵家当主の座まで我が物とした父の言い草だった。
男は、そんな親元に生れ、育てられている。
「レオ・カイラル・ド・クリシス」
ある日を境に、陰で。人々は彼を「支配者殺しの男娼」と呼んだ。
爵位、資産、容姿。全てを手にしながら生まれるも、結局はSub。
第二性が判明した途端、母が泣き出し。
大人も子供も屋敷の使用人たちですら、掌を返すように蔑み出した貴族社会で、嫌悪と虚しさばかりの日々を繰り返す彼には、流言蜚語。そういった呼び名や、どこに行けど「生々しい」視線だけが付き纏った。
愛も思いもない行為も、空虚な人生の作業に過ぎず。気づけば、あれだけ仲のよかった両親とも生涯埋まりそうにない程の溝ができていた。
「好きとか嫌いとか、判断できるほど。彼のこと、よく知らないもの」
だからそんな世界に嫌気をさし、でも死ぬことも出来なくて、死んだ様に生き。……ただ「何かを待ち惚ける」だけの性であるレオの前に、突如現れた「特別」という存在は。朽ち逝く、彼の人生に新たな息を吹き込んだかのようなものである。
品のイイのは素振りだけ、態とらしい笑みの下。
ねっとりとした女の眼差しに、加虐的な男の視線が一身に注がれる中。声が届くくらい、偶然近くにいたその少女の周りだけが、まるで花咲き誇る春のようで、鮮やかで。
家門の付き合いで嫌々参加させられた、退屈極まりないパーティー。
レオは、恐らく、運命と呼べるような出会いをした。
砂漠で彷徨う旅人がようやくオアシスを見つけたような、海で難破した船乗りがやっとの想いで帰路を指し示す星を見つけたような…変な感じ。
胸がポカポカして、ふわふわして。体の芯までもが、嘗てないほど高鳴り。
自身も母もどん底に突き落としたあの日以来、生まれてこの方。どんなに待てど暮らせど空っぽだったはずの器に突如、夜明けの甘露が滴り落ちてくるようだった。
それで、
「俺の可愛い妹の面前、誰に向かって盛ってんだ、雌ブタが」
「!? ……??」
「失せろ、近寄るな、減るし汚れる。さもなければ、消すぞ、蛆虫どもが」
「ヒッ」
全然似ていないけれど、よく見れば目元がそっくり。
大方近しい親族であろう、自分と同じくらいの少年に引っ張られ。少女が歩くたび、ひらひらゆらゆら、腰下まで届くふんわり、綺麗な黒髪が揺れ動く。
それでようやく、なぜその日の招待客たちが、終始誰かを探すように目配せを繰り返し。いつもと比べ明らかにそわ付いていたのか、ようやく理解した。
「お兄様、」
「なぁに? 僕の可愛いオフィーリア、お菓子でも食べる?」
「……いらない」
まるで世界、時間そのものが止まったかのよう。
その子の周りにスポットライトが照らされた、その一瞬のこと。
主には彼女のせいではないけれど、変わる空気に、誰も彼も一目で分かった———いや、違う。
分かったというよりかは、きっと、本能的に「ワカラサレ」てしまったのだ。
水の波紋が消えるように一瞬にして、しーんと、静まり返る空間に。木々の騒めきまでもが、瞬きの間に消えた気がする。
「女の、支配者、なのか……??」
そもそも、元来の法則より。多少の例外あれど、基本、生まれながら魔力の強い上流貴族ほど、女体というのは産まれ難いのである。
確たる医学証明こそ、まだないものの。それでも、古今東西の憶測として、それは恐らく男より格段やわっこい女の躰では、ある一定以上の魔力を貯蓄できないと言われているからで…。
———だと、
「…は、はっ♡ 熱い、あついあついあつい♡ あっ、つい———くそっ!」
いうのに……。
清らかな姿は、「水」や透明度の高い「氷」そのものである。
彼女が動くたび空気に広がる、独特の威圧感。
周囲のDomたちに比べ、不思議なそれは決して自分にとって好ましいものでも、馴染みあるものでもないが、なぜか不快と感じなかった。
それどころか、寧ろ。
「あんな、あんな、あんな仕打ちしておいてっ! あんなに、あんな、『誘惑した』のに、今回も……ッ」
一度完全に昇りつめ冷めると、今回こそ、「今回も」気が狂いそうになった。
無意識だろうと、態とだろうと。ぶわり、ふわり、迸る。Domの加虐を煽る、Subの被虐体質。
見て欲しい。
構って欲しい。
褒めて欲しい。
信頼を伝え、尽くし、躾られ。
そして、何より。好ましいDomに、お仕置きをされたい。と、言わんばかりのソレに。
「ううっ…♡♡」
知識としては知っていたが、全てを持って生まれようと、あの日まで実際に会うのは初めての存在だった。
いつもは空虚で、虚しくて、空っぽ。
もはや何を言われようと、ナニをされようと、何も感じない。霧がかった頭に、心に、身体の隅々まで、落雷に貫かれたような感覚だった。
Subとして。
……そして恐らく、一人の男としても。
例え短絡的であろうと、誰に否定されようと。
もし世間一般、この思いを動物本能ゆえの「一目ぼれ」と表現するなら、きっとそうなのだろう。
そう、確信するほど……。
「はぁっ♡ ———っう、く、……っ」
一生忘れはしないだろう、あの瞬間。
ある意味、真逆の方向性で。自分と同じように周囲からの不躾な視線に慣れているのか、老若男女、会場中の熱視線を片っ端からか攫っているような状態でも、異様なまでに静まり返る空気に戸惑う素振りなく。
歳の割に色気すら感じさせるような仕草で、彼女は、そこだけ切り取られたような春景色の中で、佇んでいた。
周囲の雑音も、人間も消し去り。
それこそ、まるで世界には彼女しかいない、そんな感覚に襲われる世界で。
ただ、ひとり。たった、ひとり。
『僕の可愛いオフィーリア、もっと食べる?』
「は——…っ♡ は——…っ♡ …オフィー、リア、オフィーリア……っ♡」
自分ではない男の声が、脳裏情景に合わさり。あの日の少女の名を呼んでは、反芻し。
体の奥が、
どうしようもなく———熱い。
誰よりも、可愛くて。
Domとは思えないほど、優しくて。
でも猫のように、気まぐれで。
時折、誰よりも憎たらしい。地味に強情で、意地の悪い女の子。
「本当に」この世の全てを手に産まれ、本当の選ばれし人間である君に。この惨めで、苦しくて、切なくて。しかし、でも同時に、どこまでも甘美な思いは到底、分からないだろう。
「オフィーリア、オ、フィーリア……っ、僕の……ッ」
「うぅん、ん…?」
頭ふわふわ、心ぽかぽか。
体中が真夏日以上に茹だつのに、お前はこんなにも、冷たい。
誰が見ようと、どこまでも。
君は残酷なまでに、いつも「平等」だった。
君はいつも俺を、レオを、惨めにする。
「すき、好きぃ♡ オフィーリア、起きて、ぼくをみて、僕のからだ、変っ……」
イヤラシイ夢の中で揺蕩うように脳がボーとして、その様な夢見心地のまま愛を乞い願う相手の傍ら、自分を慰める手が止まらない。
くちゅ、くちゅ、くちゅ、くちゅ、くちゅ♡
くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅ♡ くちゅくちゅくちゅくちゅくちゅ♡♡
先ほどから穏やかな寝息に混じって、急性で品のない水音が止めどなく、自身の耳や脳を犯し。また体の髄まで熱くなるの、繰り返し♡
昼間のコトも相まって。
———もう、我慢の限界だった。
「かわいい、寝顔かわいい、初めて見た♡ 好き♡ 大好き♡♡」
「んぅ??」
「オフィーリア、…こんなにっも、好きなのにッ♡ 俺は、ぼくは、いつまで我慢すればいいのぉ……っ」
「っ……」
その小さな唇に思い切って、しゃぶり付きたい。
きっとこの世の何より柔らかく、君の何処も彼処も甘いのだろうな。
くちゅり、くちゅくちゅくちゅ♡
その綺麗な顔を歪ませたい、俺を見て。
ただでさえ芸術の神が手掛け、美の女神に寵愛されたような姿形なんだ。きっとどんな表情でも、君は愛らしいのだろう。
くちゅ、
くちゅ、くちゅ♡
くちゅくちゅ、ぐりぐり、くるくる♡♡
くりくり、
とん、とん♡
とんとん、ジワリ♡ じゅわり♡♡
限界まで、昂らせ———
「はぅ…っ、~~~~~ッ♡♡」
ピタリ、ぎゅううううっ♡♡♡
と、いつもの癖で、寸止め。
情けなく腰をヒク付かせる自分に興奮してる、自分が嫌いになる。
でもだからと言って、そんな心に反し。一度、また一度と、昂った体が止まるハズもなければ。
「…やっぱり、したい。はぁっ♡ ねぇおきてぇよぉ……ッ、じゃないと♡♡」
舐めたい。
イジメられたい。
入れたい。
イかされたい。
愛を、受け入れて欲しい。
その綺麗な手で、口で、足で、嬲って欲しい。
気持ちいのも、痛いのも。
浅いのも、深いのも、味わい尽くし♡
そして、いつの日か、今直ぐにでも。
この熱に任せ、快楽に溺れ、一緒に。
この中に、
俺を。
「ふ……っ♡ フーっ、フーっ、フ———ッ♡♡」
「!?」
夜明けには、少し早く。
でも、夜空に星屑を塗した様な深い藍の瞳とパチリ、合わさった途端。熱が数段飛ばしで跳ね昇り、心が止まる感じがした。
「エ」
が、その一方。
危機感ゼロの、ぼんやり顔、まぬけな声。
女としてはどうかと思うが。多分、人としては当然の反応をした、オフィーリア。
思わずとした「エ」の字のまま、半開きの小さなお口。
ふわりと漂った上品な香りに、呼吸が荒くなり。男の熱が、指先が、震えた。
「まさかの、夜這いです……?」
そして、こちらはこちらで相も変わらず寝起き声、頭ではあるものの。器用にも、「なんて命知らずな」みたいな顔をした相手に。
しかし、それでも。
もはやこの時、異様ともとれるような熱に侵されていたレオが、頭のてっぺん。見え得る部位の何処かしこも「それどころでは御座いません」という色をしているのもあって。
オフィーリア、アストライヤ。
「この、私の安眠を妨げるなんて……、なんて悪い子なの。これは流石に許せません」
「あ""、あっ♡」
「———『Strip』。あとイイ機会、いい加減に少しは反省できるよう、『Present』もシてみる?」
「~~~~~~、♡♡!?!?」
というオンナ……は。
例え世の中、どんなに弱で、特殊であろうと、DomはDom。
どんな動物であろうと、起きたてほど凶暴なものはなく、感覚バグ。
寝起きの人間ほど———馬鹿丸出し、不躾無遠慮、ドスケベに迷走しやすいモノなのだ。……と。
若いって、すごい。
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