上 下
32 / 42

先輩侍女さん達の助言

しおりを挟む
「お前は正しいよ」
ベッドに横たわったリリアンさんは、ウトウトしながら私に言った。
「……うん、もーちょっと左。あ! そこそこ! 気持ちいい……!」
私はリリアンさんの上に乗るような体勢で、肩を中心に背中をマッサージしている。親指に力を込めてギュ、ギュ、と押す度に、リリアンさんは“くぅ~”と呻くけど嫌がっているわけではない。
 大人になったら、私もこんなに疲れるのかな、などと思いながら話を続けた。
「やっぱり平民の私が養女では、カトレア公爵家にご迷惑にしかなりませんよね」
「それは全然、問題ないわ」
机に向かって、薬学の本を読んでいたマリーさんが答えてくれる。
 私を含む侍女3人は、同じ部屋で寝起きしている。護衛なのに、旦那様のお近くにいなくて良いのか? と訊いたけど、邸内はセキュリティー万全だし、同性のアントニオさんの方が都合が良いらしい。まぁ確かにご入浴中やお着替えの時までご一緒するのは問題ありだし、そこまで賊が近付けば、旦那様の魔法で対応可能だ。
 私はというと、初めて自分用のベッドや机のある生活にありがたみしか感じない。枕をギューッとしたり、机を撫でてニコニコしてしまう。その度に2人に、呆れや哀れみの含んだ目で見られるけど気にしない。
「あー……本読んでたら肩こっちゃったわ。チヨ、後で私もお願い」
「もう良いよ、あたし寝るわ。ふわ~……」
リリアンさんの目が閉じられたので、椅子に座るマリーさんの肩に手をかけた。
 これも、見習いの役目。――と言うより、どちらかと言えば私がやりたくてやっている。お2人は護衛も兼ねた私と違って、ずっと屋敷のお仕事ばっかりだ。少しは労りたい。
「で、さっきの話なんだけど、あなたが公爵家にお世話になる事自体は、問題ないのよ。ここでの様子を見ていても、きっと公爵令嬢として必要な教養は、完璧に身につけられるわ。……でもね」
モミモミモミ。

「ん、ちょっと弱めでお願い。――あそこの使用人は、そうはいかないでしょう。知ってる? 公爵家で働く侍女達は大抵、低位貴族の令嬢よ。いくら主人の決めた事でも、自分達を同等か格下の人間が特別扱いされるのを受け容れられる筈はないもの……」
「……そんなものですか?」
 自分に比較される相手がいない私は、あまりそこは分からない。妬んでも仕方ない、他人は他人だ。
「……そぉよぉ……行ったら絶対あなた、いじめられていたわ……」
「そうですか、良かった。でもそんな事がなくても、カトレア嬢の申し出は断ってました。私は、旦那様の、ってアレ? マリーさん」
マリーさんが椅子に座ったままウトウトしている。ここで寝ないで欲しい。
「マリーさん、寝るならベッドに行って下さい」
ユサユサ、と肩を揺する。でも起きてくれず、“ん……”と言うだけで、ぐにゃり、と寝ぼけた体が椅子から落ちそうになるのを両腕で何とか支える。
「ぐー…………っ」
そうだ、この手があった。
 私はマリーさんの座っている椅子の背を持って、そのまま前に押して動く。ベッドの前に着いたところで椅子を傾けてポイッとベッドの上に乗せた。
 私も寝ましょう。おやすみなさい……。


 「お久しぶりです、ジェシカ師匠」
ギルドで師匠と待ち合わせ。今日は久々の冒険者稼業だ。師匠とシドさん3人での魔獣討伐。
 久しぶりに会った師匠は、相変わらずの美人さんで。私の顔を見るやニマ、と笑って何故かほっぺたをつまんできた。
「よ、チヨ。ずいぶん肌つやが良くなったじゃないか、公爵は良いもん食べさせてくれてるようだな」
「……ちょっと食べ過ぎかと思う位、頂いています」

 これだけでイイかな? と思って少なめに盛っても、マーサさん達に更に足されてしまう。
『あなたは成長期なのだから、この程度は食べなさい』
良いのかな? と旦那様を見てもむしろ嬉しそうにしている。
『お前がこの家の食料を全て食べたとしても困らないから、無理ないだけ食べなさい』
 無理ないだけと言われても自分の皿にある以上、貧乏性というか、もったいない精神から全て食べてしまう。
ただリリアンさんが、自分のお皿の野菜を依ってぽいぽいっと下さるのは嫌いだからだな~と睨んでいる。実際後から怒られているし。 
そんななので私の見た目は結構変わった。背も伸びたし、肉も付いた。
後は――。
「……髪色、えらく変わったじゃないか。前はチリチリで鉛色だったのに」
そう、髪。前は細くてボサボサだったのが、今は太く濃くなりつつある。
ついでに言うと、わずかだけど……背が伸び出している。
 ちょっとくすぐったい気持でいると、コツン、と頭の上に何かが落ちた。
木の実? 見上げると梁に止まっている黒い鳥が見える。
「コウ!」
私が呼ぶと飛び降りて、肩に乗ってきた。そう言えばコウも小さくなった感じ。前はもっと顔が埋まりそうな位大きな翼だったのに。
「来てくれたんだ」
「カア」
自然に口元がほころぶ。羽を撫でたら頭にスリスリされる。気持ちいい。
「……時にチヨ、先日言いそびれた話なんだが……」
シドさんが口を開く。
「お前の義姉のことだが……」
「? シドさん、義姉の事を知ってるんですか?」
「いや……」
首を傾げた私に彼はう~ん……と唸って腕を組む。
「こっちは知らないのに、やたら俺のいる場所に姿を見せるんだ。で、訳の分からない会話をして去って行くんだが……」
 あ・それ……“親密度上げ”だ。と以前小耳に挟んだ話から思う。

 義姉がヒロインだという“乙女ゲーム”。
その中で重要なのが“親密度上げ”だそうで、それが高いか低いかで“イベント”が起こせるかが決まるらしい。
で、その親密度を上げる方法は色々あり、その中で最も効果が少ないのが“挨拶”だ。ただ対象者のいる場所に行っては挨拶をしたり会話したり。そんなのでも何度もしていれば上がる――って話を聞いたことがある。
「で……酒場なんかにも来るんだが、あそこには物騒な奴らもいる。だから何度も“ここはお前さんのようなお嬢様が来るところじゃねえ”って忠告してるんだが……どうしてだか何度も来る」
 シドさんが真面目な顔で、お姉さんに忠告する場面を想像する。
夕暮れか夜の酒場で。
カッコいいけど、ちょっとワイルドなお兄さんが真面目な顔で言うのだ。

『ここはお前さんのようなお嬢様が来るところじゃねえ』

「……喜びそうですね……」
「何だそりゃ?」
シドさんは理解出来ないようで当然だ。でも義姉は違う。だって彼女曰く、自分は“ヒロイン”なのだ。自分だけは何があっても大丈夫と思い込んでいるんだろう。
「……で、俺が心配した通り、最近ヤバい奴らが目を付けているようでな……。もしお前の家族なら、言ってやって欲しかったんだが……」
何しろ本人に忠告しても、平然としているという。
「何だそれ。その子、あの男爵の娘だろう? 危機管理出来てんのか?」
ジェシカ師匠が隣で呆れているけど、私は何となく姉の奇行の理由が分かった。
明らかにゲームのイベントだ。だって酒場で悪い奴に絡まれている処を、カッコいい男の人が助けてくれるとか、いかにも女の子が喜びそうじゃないか。
 きっと義姉はそれを狙っているんだ。
「チヨ、行くよ」
「あ、はい」
師匠に促され、気持を切り替える。ここからは仕事だ。しくじれば自分だけじゃない、皆が犠牲になる。
 ギルドの扉から出て、新たなる戦いの場へと心を移した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

結婚式当日に花婿に逃げられたら、何故だか強面軍人の溺愛が待っていました。

当麻月菜
恋愛
平民だけれど裕福な家庭で育ったシャンディアナ・フォルト(通称シャンティ)は、あり得ないことに結婚式当日に花婿に逃げられてしまった。 それだけでも青天の霹靂なのだが、今度はイケメン軍人(ギルフォード・ディラス)に連れ去られ……偽装夫婦を演じる羽目になってしまったのだ。 信じられないことに、彼もまた結婚式当日に花嫁に逃げられてしまったということで。 少しの同情と、かなりの脅迫から始まったこの偽装結婚の日々は、思っていたような淡々とした日々ではなく、ドタバタとドキドキの連続。 そしてシャンティの心の中にはある想いが芽生えて……。 ※★があるお話は主人公以外の視点でのお話となります。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します

もぐすけ
ファンタジー
 私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。  子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。  私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。  

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

処理中です...