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チヨという子供~冒険者ギルド解体作業員~

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 その日、俺達は奇跡を見た。
「おお……こんな……っ」
「三ツ目熊の魔石が……傷一つ無い……!」
 見慣れた作業場に魔獣の巨体がずらーっと並ぶ様子だけでも驚きなのに、更に摘出しようと肉を開いたそこにある事実にまた驚く。
 俺達解体屋にとって、三ツ目熊の魔石の取り出しは難易度が高い。
高価な回復薬の材料だが、やたらに脆く採取出来ても欠片だったり傷だらけだったりするのだ。更にそれがあるのが心臓もしくは首筋という、狙われやすい場所ばかりときている。早速上司が揉み手でごまを擦る。
「いやぁさすがは公爵様ですねぇ~」
が、この素材を持ってきた当人である公爵は、
「あいにく私では無いよ? その致命傷の傷は武器によるものだ。分かるよね」
 確かにこれは魔法の傷では無い。傷はどれも一見大きいが全て魔石スレスレの位置を狙ったものだ。魔法でここまで繊細に狙えない。出来るとすれば……。
「あいつか……」
ゴクリ、と誰かが息を飲む。驚愕で立ち尽くす俺達を、
「早く作業を進めて欲しいんだけど」
公爵がどこか楽しそうな声で促した。

 その少女はチヨ、と言う。
ケーチャー男爵がある日連れて来た子供だ。その時は骨と皮だけみたいに細っこくて、思わず故郷の妹を思い出した。
 ケーチャー男爵は、この国では結構有名だ。
といっても有能なのは娘だが。変ったアイデアを出して、誰もが思いつかない商品を生み出している。その功績で潰れかかっていた商会が立ち直ったそうだ。
 で、その親である男爵は……ハッキリ言って、普通の男だ。言ってみれば娘のマネジメントってとこかな。まぁ未成年の娘だけじゃ、金は稼げない。
そんな男爵は、チヨを受付に引きずるように連れて行き、登録をする。
「キチンと稼ぎは入れるんだぞ。でないとメシはやらんからな」
「……はい、お義父さん」
 そのやりとりに俺の中で怒りが生まれた。
ちゃんと食わせてやる気もないって事か。自分は娘の七光りで肥え太ってるくせに。
『働かざる者食うべからず』とは言うが、あんな細っこいガキに対してやりようはあるだろう?
――この時、俺にとっての男爵の評価は変った。
普通の男、じゃない。最低な野郎だ。

 その時点で俺は、個人的にチヨに同情していた。
が……それはチヨ自身の能力で覆ることになる。

「一度解体図を見せただけで、これだけ配慮してくれるんだから嬉しいよねぇ」
チヨの有能さを我がことのように嬉しそうに語る、クラウディア公爵。
あの子の今の雇い主だ。この方も悪評で名高いから心配していたが、
 「私が強化魔法をかけたからというのもあるけど、これだけ手際よく魔獣を討伐出来る冒険者は滅多にいない。彼らは大概、魔法で強化されると調子にのって獲物を傷付けるからね。……うん、褒めてあげないと」
この様子だと……まぁ、大丈夫だろう。さっき見た時も別人みたいに元気そうだったし。
公爵は俺らの前で、三ツ目熊の魔石5つと解体した肉を収納魔法で仕舞うと、
「では失礼するよ。チヨを待たせているからね」
機嫌良くその場から去って行った。


「えーと……チヨ、一体どういうことなのかな?」
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