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わたしはヒロイン~男爵令嬢・アイリス・ケーチャー

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 なに? あんた、わたくしの事が知りたいの?
――ふふ、そうよね。だってわたくしはこの世界にとって、特別な存在なんだから。
 “どうして特別か”? って? ……良いわよ、本当なら言うつもりはないんだけど、今はちょっと気分が良いから教えて上げる! 感謝してね!!



 わたくしはケーチャー男爵令嬢が長女・アイリス。
う~ん……。“ケーチャー”って、何だかイヤよね? センスがまるで感じない。そう言えばゲームで、ヒロインの正式な名前はなかったっけ。だからゲームだと、プレイヤーが名前を付けられるシステムだったのかな?
 そんな“運営”の事情はともかく、今のわたくしの立場を説明したら、こんな感じでしかない。
ケーチャー男爵家の、1人だけの令嬢。
男爵って言えば貴族みたいだけど、所詮爵位があるだけの低位貴族。財政を見てもほぼ平民に少し毛がはえた程度ね。
……まあだからこそ、ヒロインのシンデレラ要素が深まるんだけど。
……“シンデレラ”が、分からない? ……面倒ね、前世では普通に通じていた言葉なのにここでは違うの? 
……じゃあ、そこから説明するしかないのね。


 わたくしには、前世の記憶があるの。
どうして死んだのかとか、家族はどんなだったかはすっぽり忘れているのに、何故かこの事だけは覚えていたの。
 それは……今、わたくしがいるこの世界が、前世でハマっていた恋愛ゲーム『キュンキュン☆ロワイヤル』の世界だって事!
 そして何と! わたくしがヒロインなのよー!!
 
 このゲーム……略して『キュンロワ』の事に気付いたのは、今から10年位前。
偶然、ママの部屋にあったオルゴールの音楽を聴いた時だった。
そう、それが『キュンロワ』のテーマだったのよね。
 その後、いきなり前世の記憶が流れ込んだショックから、私は寝込む事になった。
そして……目が覚めた時には、世界がバラ色に見えた。
――だってわたくしはヒロインなのよ! つまりこの世界は、わたくしのための世界じゃない! 勝ち組を約束されたようなものだわ!
 なら……やることは決まっている。
攻略対象を落とさないと!
なんといってもヒロインだから、上等な男が選び放題。
このゲームは何回もやり込んでいる。攻略対象者達のことはカンッペキに記憶しているわ!
さあ、誰から落とそうか? ……いえ、やるからには、コンプリートしかないわね!!
攻略対象者達も、きっとわたくしの救済を待っているんだから!


 でも、そこで……最大の難関に出くわした。
 ゲームをする為には、舞台である学園に、入学しなくちゃいけない。……けど、それにはお金が必要だわ。でもうちにはお金が無い。
 男爵家なんて名ばかりで、生活レベルは庶民同然。
おじいちゃまの後を継いで、パパが任された商会だけが数少ない収入源。……でもパパには商売の才能がないみたい。ウチの生活がちっとも良くならないのがその証拠よね。そのせいかママとの仲は最悪。顔を合わせて会話するのも数える位しか無い。
 このままじゃ、色々困る。……だってヒロインは『暖かな家庭で愛情をいっぱい受けて大切に育てられた』って設定なんだから。
だからわたくしは、パパ達に知恵を貸してあげたの。前の世界で使っていた便利な道具や知識を。ラノベでよくあるやり方よね。
そうしていたら、どんどん収入が入って、余裕のある暮らしが出来るようになった。よくやったわ、わたくし!
 でも本当に、お金の力って偉大よね。顔を見れば口げんかばっかりだったパパとママが、今はニコニコ笑顔で
『今度の休み、みんなでピクニックに行こうか』
『良いわね! じゃあはりきって、アイリスとお弁当作るわ。ね、アイリス』
『うん! パパとママとお出かけ、楽しみ♪』
なんて、いかにもな仲良し親子の会話をしているんだもん。

……でも最近は、違う?
裕福なのは嬉しいけど、パパとママが、ちょっと……う、ううん、すごく変わっちゃった。
パパが私に話しかけてくれるのはいつも“次のアイデアはどんなのだ”“どれだけ儲けられる”なんて話ばっかり。
ママだって同じ。“貴女の話をしたら、みなさん貴女に会いたいって! お相手は上位貴族の皆様よ! 気に入られるよう頑張りなさいね!”
そんなのばかり。
“暖かい家庭”って……こんなん、だったっけ?


 と、疑問を感じてたけど、時間が経つにつれて持ち直せた。
両親共に楽しみが出来て、それにのめり込んで。……家族のことが、どうでもよくなっているみたい。
でも……きっとそれも、今だけよね。
だって“設定”とは違うから。

 そんな日が続いていた、ある日、パパ達があの子を拾ってきた。
髪は赤茶けてボサボサで、痩せ細って貧相な子供。着ているモノも、下着みたいにペラペラした薄着一枚で、そこから見える肌も……お風呂に入っていないのが分かる程に汚らしい。

 
『森の中で拾ってきた子供だ。後は任せる』
使用人達に言った後、その子に視線を移し、冷たい目で見下して、言い放った

“引き取ってやったのだからありがたいと思え。我々は貴族、お前のような小汚いものなど、本来はこの屋敷に入れるのも疎ましいのだ。
妻が命じた時だけ、アレの言うままに行動しろ。それ以外は姿をさらすな”


正直あの時は、そこまで言う? って思ったわ。
でも……言われたあの子は傷付いた顔すらしなかった。素直に頷いて、私達の前からいなくなった。
 だから……別にあの子にとっては大した事でも無いんだと思った。
 だってママが言いふらしてるんだもん。引き取られただけの子供だって。
 それに習って、使用人達も自然にあの子を粗雑に扱ったけど……あの子はいつも悲しい顔も見せず、全てを受け容れるだけだったわ。
――え、わたくし? 言う訳、ないじゃない!
 だってヒロインは、“両親に愛され、暖かい家庭で育った”んだもの。パパ達の言う事は聞かなきゃ。たかがモブに同情して、設定が崩れたら攻略が難しくなるかもじゃない!!
 ――不遇な子供を知らんふりするなんて、案外どこにでもある話。
前世でもよく起きていたもの。この世界よりずっと便利な場所でも出来ない事なんだから。

 子供(あの子)を見捨てる位のこと、誰でもしていることだから。普通のことなのよ。

…………あれ?
わたくしは我に返って、周りを見回した。そこは見慣れた自分の部屋だわ。
……わたくし、ずっと、誰と話していたのかしら?
疑問に答えるように、目の端にカラスが飛び立つ姿がうつった。――いやだ、カラス相手に話していたの?
と、思っていたらノックの音がした。
「アイリスお嬢様、エステサロンのお方がいらしております」
「分かったわ、すぐ行く!」
さぁ、明日は聖騎士志望のミハイルとのイベントがある日よ。……どうも最近、会える機会が少なくて好感度が上がっていないから、このイベントは絶対成功させなきゃ。
 その為にも、少しでも可愛くなっておく必要があるわ。
まぁ、元から可愛いけどね。
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