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お嬢様方を、お助け……出来るのでしょうか?

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 ――今のところご令嬢達はご無事のようだ。
梁から下の様子を見下ろして安堵する。今私がいるのは、とある商人が所有している別荘。 
そこには縛られたご令嬢3人と、彼女らをさらった暴漢達がいる。その中で今、目が合ったお嬢様が、アンナマリー嬢だろう。
 彼らが脅迫した馭者の人のご家族も無事保護した。この建物の周囲はもはやカトレア公爵家の私設騎士団に包囲されている。彼女達は間もなく助けられるだろう。救出作戦は順調に進んでいる。
この別荘の持ち主が共犯じゃなかったのも幸運だった。おかげでこの屋敷の間取り図も把握出来た。
 スルスルとお猿のように梁を移動し、床のある場所に着地する。後は裏口を開けて、騎士様達を手引きしたら私の役目は終わり。
――けどまさか、こんな1日になるなんて思わなかったなぁ……。


それは今から2時間程前。
「娘が拉致された。救うのに力を貸せ」
冒険者ギルドに依頼が来た。何故か私を指名して。
 今私を見下ろす、厳つい顔をした30歳位の男性が依頼主のカトレア公だ。お国の重鎮らしい立派な身なりをされている。体つきもガッチリしていて鍛えていそうだ。
「どうした小娘? ――腕利きの冒険者だと聞いてはいたが、所詮はただのガキか。でも安心しろ。お前がする事は簡単だ」
 断られるなど思ってもいない、従うのが当然と言わんばかりの物言いだ。これが本来の貴族というものなんだろう。
旦那様が異質なのだ。……悪い意味ではなく。


 とはいえ、どうしたものか。言葉通りなら、お嬢様が誘拐された手助けをして差し上げたいけど、私は旦那様にお仕えする身でもある。
 冒険者としての稼働時間は1日。旦那様のお決めになられたことだ。でもこの依頼を受けたら超過するだろう。
 そう、悩んでいると、
「チヨ、力になって差し上げなさい」
横に来ていた師匠が私に言った。そこでカトレア公の視線が私から離れる。
「リドリー伯か」
 私の師匠で、“戦闘狂”との二つ名を持つリドリー女伯。
 カトレア公の鋭い眼光を向けられても、彼女は何故か人の悪そうなニヤニヤ笑いを浮かべている。以前この笑みを見た後に、B級モンスターの居る川に投げ込まれたっけ……。
知らず遠い目になる。私よく、生きられたな。
 そんな私の思いをどこ吹く風な師匠は、更に説明を続ける。
「人助けですものね。ただ……この子は主持ちですので、そっちには公爵様からご説明頂ければと思います」
 なるほど、やはり師匠だ。
 私の主である旦那様はカトレア公と同じ公爵。同位ならば即決で話をつけて頂けるだろう。拾われた男爵令嬢より、ずっと価値あると思ってもらえる。
 と納得している私とカトレア公は違っていた。
「私が直接?」
ピク、と眉をひそめる。が、ぱんっと手を打ち、同意する人が居た。ギルドの受付嬢だ。
「それは良いですね! かのカトレア公のお言葉ですもの、きっと相手の方も頷いていただけます」
「…………ふん、良かろう。この者の主とはどこの誰だ?」
受付のお姉さんと師匠はニヤニヤ笑いを浮かべたまま、彼の質問に答える。
「「フランシス・クラウディア公爵ですよ」」
「――!?」
その時、先程まで尊大だった公爵の顔が急に引きつった。
「あ、あの……クラウディア公が、こんな冒険者の小娘を?」
「そうですよ。こ・ん・な子をとーっても気に入っていましてね。万が一にも何かあったら……ああ、恐くて言えない」
 後になって聞いてみたところ、カトレア公は大の冒険者嫌いで有名だそう。私と逢うまででもかなりイヤな態度をとっていたそうだ。
そんな彼が、先程まで態度が嘘のように、青い顔になって固まっている。
 でもどうにか立ち直ると、
「くぅ……っ! 全てはアンナの為……」
何だか死地へと赴くみたいな様子で、詳細を話し始めた。
 ……旦那様の常識破りは、お貴族様の間でも有名のようだ。


 「これが手に入れた見取り図だ」
バサ、と大きい紙がテーブルの上に広げられる。そこには屋敷の見取り図が描かれていた。見た感じ、中2階建てでこじんまりとしている。
 目を走らせる私に、公爵がトン、と屋根の一部分を指で示した。
「そこに明かり取りの窓があるだろう? そこから屋根裏部屋に入れるようになっている。誰にも気づかれず侵入するにはそこしかない。が、小さ過ぎて我が家の私兵では侵入できん」
そこで私の出番か。子供でありながらそこそこの戦闘経験のある私に。
その辺は納得出来るけど……。
「お待ち下さい、恐れながら……。ご令嬢ほどのお方なら王城の騎士団にご依頼される方が確実では? 私ごときを雇うよりもそちらの方が確実と愚考いたしますが」
犯人達は、多少腕がたつとしても所詮はならず者。戦闘訓練を受けた騎士達の敵ではないだろう。毛嫌いする冒険者よりも、ずっと安心出来るはずだ。
 そう思って言ったのだけど。……なぜか私の意見にその場の大人が皆、苦笑いをする。わ、私は何か、変な事を言ったんだろうか……?
「……貴族というのは、根拠のない噂話が大好きでね」
 微妙な空気の流れる中、カトレア公が重々しく口を開いた。
「“ならず者に拉致され、長い時間共にいた”。それだけの情報でも、無粋な解釈をする輩が出て来るのだ。そ、その間に、娘達が……つ、つまり……」
「“キズモノ”にされたと触れ回られるかも知れないってこった」
言い淀む公爵の替りに教えて下さったのは師匠だった。
 ……つまり、誘拐されたのは可哀相、と思う人とそう思わない人がいるって事かなと解釈する。……あれ? でも、
「キズモノって……お怪我をされた事が、なぜ悪いのですか?」
 首を傾げた私に、師匠を含めたその場の皆さんがキョトンとされている。
そんな大人の方々の反応に、ハッと私は気づいた。
「? もしかして……拉致されて傷心のご令嬢に、“体に醜い傷のある女性など要らない”なんて、心ない事を仰せられる方がいるとかですか?」
「…………え、えーと……チヨちゃん?」
「そうですか……。よくリリアンさんが、“クズ”とか“逝ね”などと言ってる人が、貴族の方にも存在するんですね」
 それなら、公爵が冒険者の私に命じてきたのも分かる。自分のお子さんが、誘拐された上ににそんな汚名を着せられるなんて理不尽、絶対に回避したいに決まっている。ましてご令嬢は王子の婚約者だ。傷なんて一つもない状態で、お嫁にいって欲しいんだろう。
 そう納得していたけど。
「……アンタって……そう言えば、子供だったね」
「? はい」
何故か師匠に、呆れられてしまった。……はい私見たままの子供です。が、何か?
「……仕方ないな……」
と、苦笑されてしまう。
 ……どうやら、私の考えは浅かったみたいだ。傷以前の問題で、誘拐されただけでも十分可哀相だ。ましてや普通のお嬢様達。きっと恐い思いをされているだろう。いやこの経験が心の傷になるかも知れない。早く助けてあげないと。




 裏の戸口を静かに開けた。そこには公爵家に騎士様達が潜入するのを待っている。
何と言っても公爵家の騎士様だ。きっと冷静沈着で実力者ぞろいなんだろうから、ものの数分で鎮圧されることだろ う。
 そこで私は、お役御免だ。
 
 ……そう、思っていた時期も私にはありました。


「俺が先にお救いするんだ!」
「何を言うか、俺が先だ!」


 ……待機していた騎士様達がもめていた。
 「あ、あの……」
声をかけてみたのだけど誰も気づいてくれず、ぎゃあぎゃあと争いを続けるだけ。


 つまり、彼らの会話をかいつまんで理解したところでは。
 カトレア公が、“必ず娘を無傷で救い出せ”とご命令された。
それだけなら普通に任務を果たすだけだったのに、更に“1番良い働きをした者には褒美を取らせる”って言ったらしい。……その結果が、これ。
ど、どうしたらいいんだろう? 
 私は何も出来ない子供だ。お父さんや師匠や旦那様じゃ、ない。――そう、

“アンタはモブで、可哀相ね”

 お姉さんだって言っていた。だから……。


――子供な上にモブの私が、何を考えても絶対に、悪くなるだけなのに。
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