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私はモブらしい

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「お前には今日から、クラウディア公爵家に奉公に行ってもらう」
書斎に呼び出された私に、開口一番お父さんは言った。座り直した拍子にギラリと、椅子の装飾が光る。
とにかくキラキラと、宝石が目立つモノの溢れた部屋だ。その中の客用の長椅子にはお母さんとお姉さんが並んで座っている。その様はまさしく、仲の良い親子である。
 その空間に、仕事から帰ってきたばかりの、埃まみれの私が立っている。
きっとこの場所で異質なのは私だ。綺麗な家族の中の、汚らしい自分。そんな私がここでいる事を許されるのは、全てこの両親のおかげなのだ。だから……感謝、しなくてはいけない。
「借りた金の返済をする替りに、娘2人のどちらかを奉公に寄こすようにと要求された。明後日に迎えが来るから、そのつもりで準備しておくように」
「お姉さんの方が適任なのでは……」
私は今年11歳になったばかり。世間一般の常識だと、侍女になるにはまだ早い気がする。
けれどそんな私の発言に、横にいたお姉さんから声が飛んだ。
「私はこの世界のヒロインなのよ! ここにいてなきゃゲームは始まらないんだからモブのアンタが行きなさいよ!」


 お姉さん曰く。彼女は生まれる前に、違う世界で生きていた。
そして私達が今いる世界は、そこで恋愛ゲームだったという。
「私はヒロインなのよ♪ たっくさんのイケメンに囲まれて、愛される存在になるの」
 確かに、お姉さんは国でこれから何が起こるのかを事前に知っていたり、この世界には無いアイデアを披露して、作り出したりしていた。そのおかげでウチは特許料が入り、爵位が低い割には贅沢な暮らしが出来ている。
「ヒロインは両親に愛情を注がれて育つの! これこそゲームの設定通りよ。……でもアンタは設定に出てなかったのよねぇ」
 確かに私はこの家の子供ではない。
7歳位の時、森でフラフラと歩いている所を今のお父さんに拾われた。どこの誰かも分からない、素性の知れない子供である私を、お父さんは引き取って下さった慈悲深い方だ。普通は捨てて放っておかれて当たり前なのだから、幸運な事だと思えと、よく言われる。
だから、だろうか? 私はお姉さんに
「アンタはモブで可哀相ね」
と言われるたびに首を傾げてしまうのだった。
「私は……可哀相、なのでしょうか?」 


「コウ、私、公爵様のお家にご奉公する事になっちゃった。……冒険者になりたかったのに……」
お父さん達との話が終わった後。
私は裏庭で木の枝に止まった、大きなカラス相手に話していた。
「はぁ……」
長いため息をつく私に、彼も私に習うように
「カー……」
と一声鳴く。そこに優しさを感じるのはおかしいだろうか?
 このカラスは、罠に引っかかって怪我をしていたのを簡単に手当してからの付き合いだ。あれから半年位経った今、怪我は治ってからも暇を見つけては訪ねて来てくれる。
“私、冒険者になります、そしてお父さん達に楽をしていただきます”
 いつだったか、両親とお姉さんの前でそう言った。師匠のような凄腕の冒険者になって、難しい依頼をこなしてお金を稼ぐ。そうしたら喜んでもらえると。
 そして……それは私自身の願いでもあった。師匠のような冒険者になって、世界を見て回りたい。
 そうすればお父さん達もお金が手に入って、私も願いが叶う。どちらも幸せになる。そう、思っていたのに。
「……お父さん達は……忘れたのかな?」
がっくりしていたら、コウが私の肩にふわり、と降り立った。首に当たるフサッとした羽毛の感触が肌に伝わりくすぐったい。手に伝わるぬくもりが心をほぐしてくれる。
「……それとも…私が願いなんて持っちゃ、いけなかったのかな?」
――こんな事を言っても仕方ないのに。つい愚痴のようなことまで言ってしまった。


 「……相変わらずアンタも、苦労するね」
私が話終えると、師匠が渋い顔で鼻を鳴らす。
言い方を間違えたかと不安になり、膝の傷に薬を貼りながら隣にいる顔を見上げた。……この程度の任務で怪我なんて、我ながら未熟な証拠だ。もっと精進しなくては。
と、私は目の前にいる、目標の人物を見つめた。
冒険者で私の剣の師匠である女伯爵・ジェシカ・リードリー様。
触りたくなる艶やかな金髪。顔は色白で丸顔だけど、長い睫に縁取られた大きな瞳は色っぽい。今は冒険者ギルドの館内にいるんだけど、男の人達の視線がチラホラと師匠に向けられているのが分かる。
でも大っぴらに声をかけてくる人はいない。だって師匠は“戦闘狂”と言われている戦闘の天才だ。
 冒険者とは言え、本当なら子供の私が魔獣相手に戦闘する事は禁じられている。けど、師匠がどう話をつけたのか私は弟子として例外の処置をしてもらえている。
……確かに、訓練の一環でオークの群れに剣1本で放り込まれたり、クレイジーアントの巣に1人で蹴り込まれたりなど、命の危機を感じたことは数知れない。
けど訓練以外では優しいから、私は師匠が好きだ。それに師匠といてると家族といるより気が楽なのだ。
「ですから、冒険者としては当分、ご同行出来なくなりそうです。勝手で申し訳ありません」
 と、頭を下げた私だけど、師匠は予想外の事を言った。
「そのことなら問題ない。こっちで話をつけてやる」
「本当ですか?」
「だってその公爵家って、クラウディア公だろう?」
「師匠、お知り合いなのですか?」
謎多き公爵と?
「いやぁ~あの公爵私と一緒にいたら魔獣のデータが入手しやすいとか言ってて。あたしもあいつといてたらタダで探索魔法で大きな魔獣の居場所教えてもらえるし」
公爵様にアイツ、って……。師匠、自由過ぎます。
「……つまり変人同士馬が合ったと」
「こいつっ」
口が滑ったと思った時にはポコ、と軽く小突かれていた。
世界に知らない者はいない魔術の鬼才・フランシス・クラウディア公爵。
未だにその才を超える者は現れないと言われている。王家が公爵位を授爵したのもその証拠だ。
そんな彼だけど反面、謎も多い。社交界には一切顔も出さないし、わずかに聞いた噂では、
“実は悪魔と契約している”
“子供を誘拐して実験台にしている”
“裏で邪魔になりそうな魔術師を、次々と血祭りにあげている。彼の通る道には草1本も生えない”
等と物騒なものばかりだ。
(お父さん達は私に、そこに行け、って……言ったんだね)
沈んでいきそうな私に師匠は、
「知り合い、っていうか、何度か一緒に仕事したからね。アンタが侍女になるなら、修行も出来るよう話つけてやるよ」
え? 私、冒険者を諦めなくて良いの? 沈んだ気持が一気に浮上した。
「ありがとうございます!」
「大した事無いって。他ならぬ愛弟子の為だしね」
思わず前のめりになった私にニヤリ、と男前な笑いを浮かべ、親指を立てて下さった。けど、すぐに眉をひそめて問いかけられた。
「……ところでアンタ、あたしがあげたお下がりの防具、どうしたのさ?」
「……父が“子供の私には贅沢すぎる”と言って知り合いの道具屋に……」
「はぁ!? 防具は冒険者にとっては命綱だろうが! お前が受けている仕事の内容、知らない訳無いだろ!!」
脇からそう言ったのは、同じく冒険者のジャックさん。クマみたいな外見で、パッと見恐いけど、実際はとても優しい人だ。
お父さんは私が今日受けた依頼を知っている。ゴブリン村の一掃だ。
ゴブリンは人型の魔獣だ。見かけは人間の子供位の大きさだが残酷で知能がある。とりわけ子供の肉を好むので、本来なら私が行くべき仕事ではない。でもいつもと変わりなく言われたことは、
「稼ぎは全て家に入れろよ」
――それだけだった。


「――そうなんですのよ! 私達が拾わなかったらこの子は、魔獣に食い殺されるか野垂れ死んでしまうところでしたの!」
「まぁまぁ、ご立派ですわね奥様は」
「お心の美しいお方とは、奥様のような方を言うのですわ。……ねぇ貴女ご自分の幸運をお分かりかしら?」
「……はい。お母さんはとても良い方で、感謝しています……」
どこかのご婦人の言葉に、いつも通りに答える私。
 たまにお母さんは、こうやってお友達のご婦人達をお茶会に招く。
その日だけ私は、綺麗なフリル付のワンピースを着る事を許され、席に招かれる。
 私に対し好奇の目を向けるお客様達に、お母さんは私を引き取っていきさつを披露するのだ。
――私達が森で拾わないと、この子は死んでしまうところでしたの。でもあまりにも可哀相でしょ? ですから私達、この子を拾って、面倒を見ておりますのよ。
「本当に? 奥様に感謝しなさいね」
「どんなに感謝しても、し足りないでしょうねぇ……」
「はい。……私は、幸せです……」
 ただひたすら“拾ってもらった子供”“幸運”“感謝”“幸せ”を繰り返すやりとり。何も変なところもない、ただの会話だ。だって全て本当の事なのだから。
だから…………時々、呼吸するのが苦しく感じるのは、単に気のせいだろう。きっとそう。そう思いながら、ソッと誰にも気付かれないように視線を逃がす。景色が変わると気持も紛れるのを期待して。
(え?)
声が出そうになって、慌てて止める。窓の向こうに、見覚えのある黒い鳥がいたからだ。
(…………コウ?)
一瞬、黒いつぶらな瞳に人間が見せるような感情の流れを見た気がした。
と、思った次には、彼はバサと翼を広げ、飛び去っていった。
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