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元ヒロインへの疑惑
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力の入らなくなった体を『友達』2人に支えられ、両側から気遣うように言葉をかけられているのが分かる。
けど――私は返事が出来なかった。
なぜ、あいつが!?
あいつがここに入学出来る筈など無い。どん底の貧乏生活で困窮している筈なのに。最初に言った通り、私は支援をしていないし。
それだけでは無い。
王立学園では、優秀であれば平民でも奨学金制度がある。それでも一般水準並みの基礎学力は必要なのだ。カリンにそれを身につける術は無い筈なんだ。
強制力? って可能性が浮かんだけど、それは無いだろう。
――私にヒロインの役を『売った』のだから。
目の前が真っ暗になって行く。どうして? さっきまでこんな事、考えなかった。これからゲームが始まるのに。
私がヒロインなんだから。
……私無しではゲームは始まらない。だから踏み出さねば。なのに動けない。これは、これは一体……。
「そこの人大丈夫? 誰か呼んだ方が良い?」
不意に『友達』以外の声が聞こえた。うっすら目を開けてみれば、そこにいたのは一番見たくない厄介な存在。
カリン・ワタライ。
間近で見る、2年ぶりの彼女は……随分変わった。
生活に疲れ、人生の大半を諦めていたような様子は全く見当たらない。貴族の私と違い髪をショートにしているのも含め、清潔感を受ける印象になっている。
でも雰囲気だけなら、田舎者と見て取れるのは変わらないが……何かが、違うのだ。
そこに新たな声が加わる。私に触れる4本の手がビクッと震えたから。
顔を上げると、と威圧感のある視線に貫かれた。
エリザベス・カミワズミ。お城の行事とかで遠くから見る事は今まででもあったけど近くで見るのは初めてだ。その目は今、ヒロインの私ではなくカリンに、向けられていた。
「カリン・ワタライ。何をしているのです? あなたはワタクシの側近です。許可なく行動するのは許しません」
側近、ですって?
平民のしかも最下層の人間が、貴族の庶子でもなれるか分からない公爵令嬢の側近を、やっていると言うの?
驚きの連続で、さっきとは違う意味で頭が痛くなってきた。
「エリザベス様! 申し訳ありません。この人が具合悪いみたいなので付き添いたいのですが」
「……仕方ありませんね。医務室まで送り届けたら、すぐ入学式に参加なさい。決して遅刻しないように」
「……はい、必ず」
恭しくお辞儀したカリンをちら、と見ただけでしゃなりしゃなりと去って行くエリザベス。そしてその場に私と『友達』2人と―――カリンが残った。
こんな場合ヒロインの私は、2人がいてくれるから大丈夫よ。とカリンに答えるのがベストだったかも知れない。けど、それより何故彼女ががここにいるのかが気になる。
「あ、あんたは……」
私の呼びかけにカリンの動きがピタ、と止まった。目を丸くしてまじまじと見てから、顔をしかめる。
「…………どっかで、逢った事ありますっけ? 一応家が客商売なんで、顔覚えるのは結構得意なんですけど…。うーん…えーっと……あ!」
ポン、と手を打って晴れやかに笑った。
「あんたあの時、リューといた女の子だ!」
スッキリした! って感じににかっと笑う。
その顔すら、前とは違う。
あの日、私達に見せていた、絶望しか無い表情はみじんも感じない。そこにあるのは力強さと自信だ。
「って事は……ここがあんたの言っていた場所、って事か。……と」
自分の頭をパチン! と平手で叩くと、改まった口調で向き直ってきた。
「失礼しましたセシル・サトー伯爵令嬢様。偶然の再会を光栄に思います。以後、お見知りおきを」
うっかり商家の娘だった時と同じ対応になっていたのに気づいたんだろう。
それも、あの時は投げやりな感じだったが、今は育ての親達みたいに丁寧だ。そう言えば『家が客商売』って言ったっけ。
―――って、うん? この子って、貧民街に居た筈なのに、何でそうなってるの?
色々分からない事が多過ぎる。
「具合、もう平気みたいですね。じゃあ私、もう行きますね」
「あ、あなた!」
「はい?」
このまま行かせてはいけない! 去って行こうとするのを慌てて呼び止める。
「ど、どこの科に入ったの?」
この学園にはいくつか専門分野に分かれた科がある。大体は普通科だけど音楽科や騎士科もある。
咄嗟に訊いた質問に、彼女は何で? という風に首を傾げつつも答えてくれた。
「調理栄養科です」
「調理、栄養科?」
小さくなっていく背中から目を離せないまま、
「聞いた事がある。今年から新しく出来た学科だよ」
カオルが隣から説明してくれる。
「それより、早く行かなきゃ! 入学早々遅刻で目立ちたくないし」
「そうね……」
カリンの事は気になるけど、ここの生徒として、ヒロインとしての土台を守る事も大切だ。
バッドエンドなんて、冗談じゃ無い! 私はこのゲームの知識で成り上がる。
私がヒロインなんだから!
けど――私は返事が出来なかった。
なぜ、あいつが!?
あいつがここに入学出来る筈など無い。どん底の貧乏生活で困窮している筈なのに。最初に言った通り、私は支援をしていないし。
それだけでは無い。
王立学園では、優秀であれば平民でも奨学金制度がある。それでも一般水準並みの基礎学力は必要なのだ。カリンにそれを身につける術は無い筈なんだ。
強制力? って可能性が浮かんだけど、それは無いだろう。
――私にヒロインの役を『売った』のだから。
目の前が真っ暗になって行く。どうして? さっきまでこんな事、考えなかった。これからゲームが始まるのに。
私がヒロインなんだから。
……私無しではゲームは始まらない。だから踏み出さねば。なのに動けない。これは、これは一体……。
「そこの人大丈夫? 誰か呼んだ方が良い?」
不意に『友達』以外の声が聞こえた。うっすら目を開けてみれば、そこにいたのは一番見たくない厄介な存在。
カリン・ワタライ。
間近で見る、2年ぶりの彼女は……随分変わった。
生活に疲れ、人生の大半を諦めていたような様子は全く見当たらない。貴族の私と違い髪をショートにしているのも含め、清潔感を受ける印象になっている。
でも雰囲気だけなら、田舎者と見て取れるのは変わらないが……何かが、違うのだ。
そこに新たな声が加わる。私に触れる4本の手がビクッと震えたから。
顔を上げると、と威圧感のある視線に貫かれた。
エリザベス・カミワズミ。お城の行事とかで遠くから見る事は今まででもあったけど近くで見るのは初めてだ。その目は今、ヒロインの私ではなくカリンに、向けられていた。
「カリン・ワタライ。何をしているのです? あなたはワタクシの側近です。許可なく行動するのは許しません」
側近、ですって?
平民のしかも最下層の人間が、貴族の庶子でもなれるか分からない公爵令嬢の側近を、やっていると言うの?
驚きの連続で、さっきとは違う意味で頭が痛くなってきた。
「エリザベス様! 申し訳ありません。この人が具合悪いみたいなので付き添いたいのですが」
「……仕方ありませんね。医務室まで送り届けたら、すぐ入学式に参加なさい。決して遅刻しないように」
「……はい、必ず」
恭しくお辞儀したカリンをちら、と見ただけでしゃなりしゃなりと去って行くエリザベス。そしてその場に私と『友達』2人と―――カリンが残った。
こんな場合ヒロインの私は、2人がいてくれるから大丈夫よ。とカリンに答えるのがベストだったかも知れない。けど、それより何故彼女ががここにいるのかが気になる。
「あ、あんたは……」
私の呼びかけにカリンの動きがピタ、と止まった。目を丸くしてまじまじと見てから、顔をしかめる。
「…………どっかで、逢った事ありますっけ? 一応家が客商売なんで、顔覚えるのは結構得意なんですけど…。うーん…えーっと……あ!」
ポン、と手を打って晴れやかに笑った。
「あんたあの時、リューといた女の子だ!」
スッキリした! って感じににかっと笑う。
その顔すら、前とは違う。
あの日、私達に見せていた、絶望しか無い表情はみじんも感じない。そこにあるのは力強さと自信だ。
「って事は……ここがあんたの言っていた場所、って事か。……と」
自分の頭をパチン! と平手で叩くと、改まった口調で向き直ってきた。
「失礼しましたセシル・サトー伯爵令嬢様。偶然の再会を光栄に思います。以後、お見知りおきを」
うっかり商家の娘だった時と同じ対応になっていたのに気づいたんだろう。
それも、あの時は投げやりな感じだったが、今は育ての親達みたいに丁寧だ。そう言えば『家が客商売』って言ったっけ。
―――って、うん? この子って、貧民街に居た筈なのに、何でそうなってるの?
色々分からない事が多過ぎる。
「具合、もう平気みたいですね。じゃあ私、もう行きますね」
「あ、あなた!」
「はい?」
このまま行かせてはいけない! 去って行こうとするのを慌てて呼び止める。
「ど、どこの科に入ったの?」
この学園にはいくつか専門分野に分かれた科がある。大体は普通科だけど音楽科や騎士科もある。
咄嗟に訊いた質問に、彼女は何で? という風に首を傾げつつも答えてくれた。
「調理栄養科です」
「調理、栄養科?」
小さくなっていく背中から目を離せないまま、
「聞いた事がある。今年から新しく出来た学科だよ」
カオルが隣から説明してくれる。
「それより、早く行かなきゃ! 入学早々遅刻で目立ちたくないし」
「そうね……」
カリンの事は気になるけど、ここの生徒として、ヒロインとしての土台を守る事も大切だ。
バッドエンドなんて、冗談じゃ無い! 私はこのゲームの知識で成り上がる。
私がヒロインなんだから!
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