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皆、知っていた!!

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 「俺、ですか?」
突然出て来た自分の名に驚き、話の途中にも関わらず、声を出してしまった。
 そりゃあ他ならぬお2人のためなら――いやシン殿下が入るのは多少、いや……かなり不安はあるが――惜しむ気は……無い。ただし、心身の安全な範囲に限る。
 しかしながら彼は一国の王子。俺よりはるかに有能な人材を呼ぶ程度、出来るのではないか? そう俺が問いかければ、こんな答えが返ってきた。
「その疑問に対する答えは3つある。1つ目は先日君から聞いた話。
どうやらあの男爵令息いうところの“ギャルゲー”に登場する人物だけ、彼のゲーム進行に影響を与えられるようだから。君を“悪役令息”って言ってたところで君も登場人物、しかも主要な立場だと推測される。
 それに君がいてくれる方が、もう1人の登場人物かも知れないビート君にも話を通しやすい。是非協力をお願いしたいしね。
 2つめは、一度敗北させた相手にしてやられる方が、あいつにダメージを与えられるから、だよ」


 うーん……シン殿下が、とても悪い顔になっている。
見た目は背も低く頼りない印象しかないが、彼を良く知る者は絶対に敵に回すべきではないと評する。それはおおむね正しい。
 でもまあ、当然か。と思った俺の視線は、自然に第2王女殿下の方に向いた。正確にはそのお顔にある、痛々しい火傷の跡に。
 彼女がシン殿下に惚れきっているのは、王室関係者の間ではもはや公然とした事実だ。しかし……


 まさかここまでやるほど、好きだったとは思わなかった。

 自分の顔を、自らの手で醜くしても良い程とは。

 その事で、愛するシン殿下にも疎んじまれる可能性も考えられる。もしかすると婚約破棄に至るかも知れない。個人ではない国を背負っているのだからあり得ることだ。
 気丈に振る舞われては居ても女性だ。内心は、酷く傷付いているに違いないのに。
そんな感じに思っていた俺は、完全に他人事として捉えていた。
 シン殿下から、3つ目の理由を聞くまでは。
 

 
「……君はお母君に、ご祖母殿のお話を聞いたことがあるかな?」


 「俺の祖母が……聖女?」
想像すらしたことの無い事実に、あやうく耳から言葉が落ちそうになる。
……俺のばあさんが、大聖女? 確かに母さんはヤマトノ国出身で、ばあさんもそうらしいけど、まさか大聖女ご本人なんて、どう考えても無理がある。
 でも、確かにばあさんの名前は、今お話の聖女と同じ、ライラだった。
 俺に、ばあさんについての記憶は無い。ずっと昔に死んだと聞いていたから。
 けど100年生きてたって話で大往生だったらしいから、ヤマトノ国の大聖女、って人だった可能性は捨てきれない。
 とどめの事実として、……俺の歌を聴いたら幸運が舞い込む、って言うのは、歌い手“レオ”のキャッチフレーズだ。
 けどそんな、俺に聖女なんて奇跡の力があるなど……。
「……すぐには信じられないだろうね」
混乱する俺に、ステラ王女が恐る恐る声をかけてくる。でも次には王族の1人の顔で、理路整然な説明をされた。
「これは根拠のない話じゃない。実は君に逢う前に、私の部下の数人に君の歌を聴いてもらったんだ。時間も分けてね。
 結果、1人を覗いた全員が、体調や頭の回転の向上が見られたよ。
1人、何も変化のなかった者は、その日に買った馬券が大当たりしていた」
……なにそれ。
 王女殿下の言葉に、俺の中に不満が渦巻く。いや……ラッキーな事が起きた人達に対してじゃない。
それはズバリ……歌っている当の俺に何も起こらないからだ。
何それ不公平。俺だって馬券当たりたいしミーシャさんに“計算しといて♪”ってドッサリ出される書類、秒で片付けたい! 後、たまに上級の肉食べたいとか福引きで新しい布団当てたいとか……!
ブツブツ呟いてると、周りからひそひそ声がしてきた。
「レオンってたまに、即物的になるよな……」
「やたら所帯くさいし支出に細かいし……。見た目が綺麗なぶん、中身の方向性が残念過ぎる……」
「本当に、貴族なのか? ってか実際には貴族ってあんなのなのか……?」
気がついたら半径1メートル分引かれていた。何故だ? 誰にでもある欲望だろ?
 聞き返したかったがそこでミーシャさんが支配人を伴って入ってきて、打ち切りになったのだった。


 「おおおお、王女殿下と……王子殿下に、おかれましてわぁ……! このようなオンボロの劇場にああああ、あしを運んでくださりこここ、こうえい……!!」
「ああ……どうぞお楽に、支配人」
 入ってきた時点でカチコチだった支配人は、シン殿下とステラ王女を前にし、更にピークが来てしまったらしい。いつも好々爺とした人なのに、今は全身から冷汗が吹き出ているようだ。シン殿下も王女も苦笑を浮かべている。
「こちらが協力をお願いする立場なのですから。……と、ここで少し不思議だと思ったんですが……訊いても良いですか?」
「はっはい! ワタシで答えられるなら!!」
 シャキンッと背筋を伸ばし、支配人が裏返った声で答える。
「先程の様子から、思っていたのですが……」
「なな、何を??」
シン殿下がニンマリと笑う。
次に…出て来た言葉に、驚いたのは俺の方だった。
「貴方方は、もしかして……。レオンの正体について、最初から知っていたのではありませんか?」
え?


「ど、どういう事ですか、シン殿下!?」
俺は再び声を上げてしまっていた。
――支配人が、俺の事を知っていた? 俺が“自国の王女に婚約破棄され、挙げ句家を追い出された悪役令息”って事を?
――もしそれが本当なら……何故、俺を今日までここに置いてくれてたんだ。
 王女に捨てられた元貴族なんて、いっそ厄介者でしかない。
 シン殿下に指摘された支配人は、しばらく目を見開いていたけど、俺が驚いているのを見るとニヤッと笑ってから、シン殿下に向き直った。
「お察しの通りです。私は以前にこの方――レオン・マクガイヤ公爵令息様のお姿を、遠目に拝見した事はありましたので。
 しかし確信したのは、婚約破棄騒動の話を聞いた後でした。まさかお貴族サマが平民の姿で町中にいるとは思いませんでしたし。最初は正直、厄介だと思ってましたよ。……でもね」
と、そこで一旦言葉を切ってから、
「レオン・マクガイヤ様に関しての情報を集めたり、ここでまめに働いてくれる様子を見ていたりする内に、気が変わってきたんですよ。
 王子様も王女様も、この劇場のオンボロっぷりを見ればお分かり頂けるでしょう? どうせ崖っぷちにいるんだから、気の良い兄ちゃん1人位助けてやれりゃ、餞にもなるだろうと。……そんな気持になってきたんです。
 ですが、結果は逆でした。俺達が助けるんじゃなく、俺達が、このお人に助けてもらいました。だからこの劇場の関係者全員を説得したんです。彼の素性を一切、外に漏らさないようにとね」
「……ってことは、ミーシャさんも……?」
「えへへ。……ごめんね、レオン君」
驚きっぱなしの俺に、ペロ、と舌を出すミーシャさん。その側で皆もばつが悪い顔をしている。
「俺らはレオンと組む前に、じいちゃんから聞きました」
「万が一にもお国に目を付けられないよう、とにかくレオンについては何も漏らすな、って。俺らだってイヤですよ。せっかく仲間になれたのに」
 そうかみんな、俺の事仲間にしてくれていたのか……!
 俺を見つめる皆の優しい瞳に、じわっと目が潤みそうになった。
隠し事がバレてホッとした子共だが、皆が俺の事を、必要としてくれていたのが嬉しかった。
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
俺を見上げて聞いてくるミヤちゃんの頭を撫でて、彼女の前にしゃがむ。
「そうだよ。……皆と出会えて良かったって思ったから」
そう言うと彼女もパッと笑顔になる。
「私も! お兄ちゃんと会えて嬉しい!」
素直な笑顔に、また目が潤みそうになった。


 少し和んでいたが……。
空気を変えるようにシン殿下がすっくと立ち上がり、貫かんばかりの真剣な瞳を俺達に向けた。ピリッと場の空気が引き締まる。皆の視線が集まっているのを確認した後、彼は重々しく口を開いた。
「……で、レオンに協力してもらうことになるんですが。彼の仲間であるみなさんにも、協力をお願いしたい。……故に」
 誰かがゴクッと息を飲む。一体何を言われるのか。シンと静まった室内に、凛とした声が宣言した。


「ここに“ギャルゲー主人公リベンジ作戦対策本部”を置きたいと思っている」
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