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閑話~シスター・テレジア

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 朝日が昇る前に起床。
聖堂の主にお祈りを済ませ、聖堂を掃除する。小さい聖堂だから、同僚と2人で済ませ、他の場所の助けに入る。その後、全員揃ったところで食事。黙食が義務だ。
 後はそれぞれに割り振られた仕事をする。檀家でお祈り、孤児院での奉仕等、様々な仕事を、グループでこなす。
 そして夕食。その後反省会。共同風呂に入った後、お祈りして就寝する。
 神に仕え、教えに従い、自身の欲望に囚われず、人に尽くし善行を重ねる。――毎日がそれの繰り返し。
不満はない。……ただ、ふっと空しく思う時があった。


 そんな時に――あの方と出会った。アーリア・コーニー男爵令息様。
「また、いらしたのですか? わたくしは仕事があります。何一つお相手出来ませんわよ」
 迷惑そうな表情をしても、かの方は一向に気にされず、むしろ笑みを浮かべていた。
「――良いぜ。ってか、それが当たり前じゃねぇ? オレが勝手に来たんだし」
と、そんな感じ。
どんなに素っ気なく接しても、彼は繰り返し私に逢いに来た。そうしている内に……絆された、のだ。
 最初は軽蔑していたのに……いつの間にか、惹かれている自分が、いた。繰り返しの毎日を壊してくれた存在。彼といれば、私の空しさが埋まるかも知れないと。
 でも、それは主たる神に背くことになる。と、振り切るつもりで禊ぎをした。
罪な想いは、捨てなくてはいけないと思った。……なのに。


――何だよ、こんな重い荷物持って……。貸せよ、持ってやるから
――あんた、本当は今の自分が嫌なんだろう? 変える勇気が出ないんだろう?
――俺が手を貸してやる。だから……こんな辛気くさい場所から、おさらばしようぜ?
――先の事なんて難しく考えんなよ? 俺は今のあんたが欲しいんだよ。


 彼と過ごす時間が私の想いを変えていく。――いつの間にか彼に必要とされたいと、願っている自分に気がつく。
 ……でも、神への裏切りという罪悪感も、共にあって。
 気がつけば私は、禊ぎをせねば落ち着かないようになった。弱った体に鞭打って、水で全身を打つ事で自分を浄化(きよめ)ようと何度も冷水を自分に打ち付ける。
 そうしていれば、主が手を差し伸べて下さると。


 今日は久しぶりに、爽快に目覚められた。
前の日の食事のおかげだろう。
 レオさんの歌を聴いてから教会の厨房に行くと、どこかの商会から寄進があって、それが特大の豆の大盛りだった。同僚達は盛大に盛り上がっていた。
 当然のように、私達修道女は肉や魚を食せない。そんな私達の中で贅沢品がこの豆だ。一粒が赤ん坊の頭位の大きさで、なのに味は肉を食べたような充実感があり、しかも栄養価が高いという、幻の豆だ。……それが目の前に、山高く積まれていた。興奮した同僚が言う。
“ご貴族サマの寄進だって! いつもはこれは主のお恵みだから皆様にお配りしなさい、って言う統括なのに、今日は皆で食べましょう、って言ってくれたんだよ! チョー嬉しいよね!”
 弾け飛んだ声の主を見る。確か自分と同時期に教会に入った修道女だ。名前は……リリーだったか。私と違い元気に良く笑い、良くしゃべる。不満だ退屈だ窮屈だと文句も元気が良いけれど。
“……そうね”
私が答えると、彼女はさきほどまでの笑みを消し、不満顔になると
“……そんなに悩む程の奴でもないと思うよ、あいつ”
と、ボソッと呟いた。


 気を遣わせているのは分かっている。
周りにも心配をかけて、それでも振り切れない自分が嫌に罪悪感がつのる。
 重い気持でいつものように井戸端に来た。来てしまった。
神よ、私に、どうか許しと平穏を。 
祈るように井戸の水を汲もうとした、その時。


「シスター!!」


 声は頭上からした。声のした方を見て目を見開く。
途端、悲鳴を上げたのは誰だったか。もしかしたら、私かも知れない。
でも今は、それどころじゃない。
 声は教会の屋根の上からだった。


「ビート!?」
 屋根の上に、私が奉仕に通っている孤児院の少年が立っている。
しかもどうやって昇ったのか、一番高い場所だ。私は井戸端から離れ、教会の方に走った。
周りも気付いたようで、どんどん人が集まってくる。
「ビート! そんな場所にいたら危ないわ、早く降りて!」
 あんな細い子供が落ちたら、全身の骨が砕けてしまう。
 彼は青い顔をしていた。でも表情は、何かを決意したように口を横に引き結び、私に睨むような強い視線を向けている。
 なぜ、あんな危険な場所に?
足は、屋根のギリギリ端。風でも吹けばバランスを崩してしまうだろう。あの細い体では、無事ではいられない。しかも下は石畳だ。全身の骨が砕けてしまう。
 井戸端から私は走った。弱った体で全力疾走は体に応えた。でも、止まる訳にはいかない。
 そんな私を見たビート君の顔が、少しだけ和らいだ。気持が伝わった――と、走るスピードを弱める。
けれど私の予想に反し、彼は再び表情を厳しいものに変えた。私に向ける視線はそのままで、体だけが前に動く。
「ダメ、ビート!!」
 彼は私の叫びと同時に、足を屋根の外に踏み出して――。




 飛び降りた。
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