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苦悩する修道女と、謎の言葉
しおりを挟むバシャッ
バシャッ、
井戸から水をくみ出してはタライに空け、それを頭上に注ぐ。
薄衣のみを身につけた体に、井戸水は容赦なく体温を奪っていく。
早朝で日もまだ出ていない時間だ。なのに彼女は、青白い顔で、悲壮な表情をしながらも、行為を止めようとしなかった。――ブツブツと、口の中で同じ言葉を繰り返しながら。
「罰を下さい罰を下さい罰を下さい罰を下さい罰を下さい罰を下さい、罰を下さい罰を下さい罰を下さい罰を下さい罰を下さい罰を下さい、わたくしは汚いわたくしは汚いわたくしは汚いわたくしは汚いわたくしは汚いわたくしは……!」
数時間後――。
もう、力もなくなった細腕で、やっと井戸から釣瓶を垂らして水をくみ出し。
ブルブルと震えながらも、細い腕は井戸水の入ったタライを頭上に持ち上げようと――。
「何してんだよ!」
突然聞こえた声に、彼女は驚いてタライを落としてしまった。水が石畳の上に広がっていく。
ボロボロの服を着た少年が彼女の方へ駆けてくる。彼女がよく慰問に行く孤児院にいた子供だ。確か……と記憶を探ってる間に彼は自分の両肩を掴む。
「止めろよ! 風邪引いちまうだろうが!!」
そう、確か彼の名前は……ビート、だ。
「だ、ダメですビート、わたくしは汚れてしまったのです……っ。清めなくてはなりません……」
が、それを言った後で、フッと意識がなくなり、石畳の上に倒れこむ。
「シ、シスター!!」
少年の悲鳴のような声が、遠くなる意識の中で聞こえた、気がした。
早朝の草原。
やっと朝日が出て来た空は青く、そよ風が、草花の香りを運んでくる。
今日も俺は、薬草採取するミヤちゃんの護衛として付いて来ていた。こんな穏やかな原っぱでも、1人で行かせるのは不安なんだろう。そして今日も、魔除け代わりの歌を歌う。
「~♪」
俺が歌い終わると、ミヤちゃんが笑顔で拍手してくれた。
「ふふ、お兄ちゃんの歌をわたしだけで聞くのって、すごい贅沢だよね。もうプロの歌い手さんなんだもん」
「曲が良いからだ。俺の歌なんてまだまだだよ」
彼らは本当にすごい。次々と作詞作曲してくれるだけじゃなく、最近は演出まで考えてくれるようになった。そんな彼らの情熱を前に、俺も気合いが入る。そんな感じで順調だ。
「そんな事ないよ! お客さんも増えてきてるんでしょ? うーん、でも私としてはちょっと、不満かなぁ……」
「不満?」
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“――また逢いに来てもいいかな?”
ああ言っていた以上はまた来る可能性もあるし。
と、そんな事を思っていたら、
「ビート!」
ミヤちゃんが突然、声を張り上げた。
見て見れば、彼女の視線が向かう先に、12歳位の少年が歩いていた。
体は痩せ細り、肌は日に焼けてやや黒い。白に近い銀髪の下、大きい目が強い意志を感じさせた。だぶついた服が体に合わず、肩から脱げてきそうだ。
そんな彼は、ミヤちゃんを見つけると次に俺を見てブスッとした。
「……何だよミヤ、大人と一緒に薬草採取か? ギルドに届け、してんのか?」
ギルドとは職業別に出来た組合のことだ。俺やミヤちゃんが所属しているのは冒険者ギルドだ。誰でも登録出来、仕事や情報を回してくれる。
冒険者の実力により、AからFランクに分けられ、依頼が振り分けられる。仕事の依頼を達成したらランクが上がり、高額の依頼も受けられるようになるので、もし黙って誰かの手を借りて達成した場合、ペナルティが科せられるのだ。ビート君もそれを知っているから聞いたんだろう。
遠回しにズルかと言われたミヤちゃんは、ベーッと彼に舌を出した。
「ちゃーんとギルドのお姉ちゃんには、連絡してますー。お兄ちゃんは私のナイトなの!」
ナ、ナイト(騎士)って……。もはや平民な俺にいはささかそぐわない気がするけど。まぁそれだけ頼りにしてくれてる、ってことなんだろう。
そんな俺達に、しかしビート君は
「…………ふぅん、そうかよ」
と言ったきり黙ってしまった。
ずいぶん元気が無いな。
初対面な俺がこんな事考えるのも変だけど、ビート君はもっと元気な子だろうなと伺わせる。しかし実際見る彼は、心身共に覇気が無く、何より表情が暗い。
ミヤちゃんも気付いたようだ。表情を変えてビート君に近寄ると、優しい口調で
「どうしたの、何かいつもと違ってゲンキ無いよ?」
と、訊いた。
そんなミヤちゃんに、彼も重い口を開いた。ひょっとしたら訊いて欲しかったのかも知れない。
「オレのいる“家”に良く勉強教えに来るシスターがいるんだけど……。最近、様子がおかしいんだ」
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