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「待っていたよ」

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 「何が最高の舞台だ! オンボロ劇場のくせに」
キラキラと光を放つシャンデリアに、毛足の長い絨毯。窓際に置かれた机とソファも、売れば家1軒分位しそうな高級品だ。
そんなゴテゴテした高級品に溢れているここは、マルゴット大劇場の支配人、デリス・ガトラーの執務室である。そこではテカテカと脂ぎった豚並みに肥えた男――デリス――が怒りをぶちまけていた。
「おいお前ら! 言った通りにしてんだろうな!!」
デリスが怒鳴ると、
「ま、間違いなくやってますよ……。あの劇場に行こうとする奴らを脅してます」
部屋の隅で控えていたチンピラの1人が、ビクビクしながら言った。
「じゃあなんであいつら、こんな強気な手紙を出せるんだ!? というかそもそも、初日にどうして逃げ帰ってきたんだ!!」
 再びビクッと肩が跳ねる。しかし今度は怒鳴られたからではない。思い出したからだ。
 レオと名乗った代わりの歌い手。
最初舞台にいた時は特に歯牙にもかけなかった。顔は前髪で隠れていたし、代役で緊張しているのか大柄な座長の隣で突っ立っていたのも気弱そうだ、と思っただけだった。
 それが一変し、最後に逃げ出したのは自分達だった。轟音を立て、目前に突き刺さった槍。思い出すだけで震えがくる。何らかの魔法を使ったのかも知れないがそれでもあそこまで的確に狙うのは難しい。冒険者にしてもAかBランク相当だろう。
 更に遠くからでもひしひしと感じた、あの威圧感。――再び会ったら全力で逃げ出せる。いや逃がして欲しい是が非でも。
「……まぁいい」
ニタリ、とデリスが口元を歪ませて笑う。
「招待するってのなら行ってやろう。
だがその前に、その代わりの歌い手とやらを、出られないようにしてな。
アイカとか言う歌い手が回復していたとしても、まだ完全じゃないはず。奴らが馬鹿みたいにうろたえている様を見物させてもらうさ。ふぁーはっはっはっは!!」

 広い室内に、デリスの高笑いが響き渡った。


 そして……場面はこのバレンシア劇場に戻る。
「これはお久しぶりですなぁ支配人。いや、わたしももう同じ立場ですがね。いやぁここと違って忙しいものでね! スケジュールを調整するのに苦労しましたよ! 貴方は今だけ位でしょうなぁ、うらやましい限りだ。
しかし……久しぶりに見ても更にボロ……いや失礼、つい言葉が……。
今わたしが経営する劇場とつい、比べてしまいまして……ところで手紙の文面に、ミョ~な事が書かれてありましたがどういう意味ですかな?」
――そのボロい劇場で金くすねてたのはどいつだよ。
 目の前のデリスに、支配人は怒鳴りつけたくなるのをグッと堪えて応対する。
「こ、心当たりがないんなら良いんだぜ。まぁ……デリス、よく来てくれたな。良い席を用意したから、ゆっくり見て行ってくれ」
「……何でも代わりの歌い手が有能だとか。期待していますよ」
「…………おう」
「さ、さあガトラー様、貴賓席にご案内致しましょう……」
 自分と同じく、こめかみをピクピクさせつつミーシャが手で促す。その上質なスーツに包まれた縛られたハムを思わせる体に、貴賓席の床が抜けなきゃいいがな、といらない心配をして気を紛らわせた。そしてここにはいない彼に頭の中で言う。
――レオン、頼む。


 支配人が、そんな事を思っている数分前。
 「レオさん、裏口の方にアンタに用があるって人が来てるんだが」
「――すぐ行きます」
ちょうどカツラをつけた時、役者さんの1人が俺に声をかけてきた。
 裏口で待っていたのはいかにも水商売、といった感じの派手な女性だった。
「ずいぶん芋くさい歌い手だねぇ……。もっと派手かと思っていたのに」
「……俺に何かご用だとか」
俺が当と彼女はくい、と立てた親指を外側に動かす。
「どーしてもあんたに会いたい! って娘がいるの。ちょっと出て来てもらえる? すぐそこだから、上演時間には間に合うわよ。ね、行きましょ♪」 
 言うと俺の腕に絡まるようにして、胸をギュッと押しつけた。


 連れて行かれたのは、狭い路地裏だった。
俺の腕をひいて薄暗い方へどんどん進む女に、恐る恐るといった調子で話しかける。
「あの……あまり遠くだと困るのですが……」
「大丈夫、もうここだから。……ほら!」
 ドン! と突き飛ばされた。寸でのところで受け身をとり、辺りを見回す。
道が続いていると思ったそこは、建物の間で平地になっていた。
目の前に、俺を見下ろすように数人の男達が立っている。舞台の初日にやって来たチンピラ共だ。
 とっさに横に飛んだ。後方から押さえつけようとした手と、前方で踏みつけようとした足が空振りし、チッと誰かが舌打ちする。距離をとって立ち上がると、男達に囲まれる。
「綺麗なネーチャンでなくて悪かったなぁ……」
「へへっ、どうだ! これだけの人数相手じゃ、どんなに強くてもひとたまりもないだろう!?」

 新たに強い味方を持って、この男は興奮しているのに違いない。
そんな彼らに、俺は少し口の端を上に上げてから言った。



「――来ると思っていたよ」


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