悪役令息な俺でもいいんですか?~歌声で人々を癒やします。でも元婚約者(第3王女)はお断りです~

みけの

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上演中はお静かに

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――何となくは予想してはいたけれど。
「アイカさんの代役を俺に!? それはかなり無理がありませんか?」
だって観客はみんな、アイカさんの歌を楽しみに来ているんだ。そこにむさ苦しい男が代わりですよ、って出て来ても石投げられるレベルの詐欺じゃないか。
しかもこの歌、『~だわ』とか『~なのね』とか女性言葉で出来ている。他のもそうだ。真面目に俺が歌ったら気持ち悪いだけでしょう!
と、正論を言った筈なのに何故かミヤちゃんには親指を立てられ、
「お兄ちゃんなら大丈夫!」
と断言される。続くように一座の皆さんもなぜか
「歌詞の方は変えられる。女言葉を変える位なら今夜あれば出来る」
「ですが……」 
「……顔を出したくないなら、それなりに手は打つぞ」
 俺の考えを見透かしたように、支配人が言う。固まってしまった俺に、一座の人達が驚いたように質問してきた。
「お兄さん訳ありなの?」
「――追われているのか?」
 そうだ。俺が恐れているのは万が一、知り合いに会ってしまったら……ということだ。事実では無いとしても俺が男爵令息を身分をかさにきて虐げた男だと、ここにいる人達が……そしてその関係者が、どんなふうに思うだろう。
この場合、噂が事実かどうかが問題では無い。そのような噂がたつ事そのものが問題なのだから。
と、ここで座長さんが、俺を射貫くように見つめた。
「……なぁ、兄ちゃん。ミヤちゃんからアンタの話を聞いた時は正直、まさか! って思ったよ。でも聴いた今なら確信出来る。……アンタの歌には何か力がある。
 今、オレはうちの役者を傷つけたやつに対して、本気で腹を立てている。アイカをあんな目に遭わせた奴の思い通りになるのは我慢出来ねぇ」
座長さんの言ったことは、そのままさっきまで俺も考えていたことだ。
「それは俺も同じです。ですが……」
「アンタがどんな人間でも、この際はどうでも良いんだ。後ろ暗い事なんて、俺らだっていくつかはある。だから頼む、手を貸してくれ」
 と、大きな体を折るようにして頭を下げられた。それを追うように後ろで皆さんが頭を下げる。
「お引き受け、します……っ」
ここまでされたら嫌とは言えない。
 言い終わる前にミヤちゃんが満面笑顔でバンザイした。
「やった! だから言ったでしょ? お兄ちゃんは優しいから皆でお願いしたら絶対勝てるって!」
「よっしゃー歌い手ゲット!! 明日は頑張るぞ!」
「おおーっ!!」
 打って変わって盛り上がっている支配人やミーシャさんと役者さん達。
……俺、ひょっとして乗せられた? 


 その後、ミヤちゃんやミーシャさん、そこに支配人までが集まって、俺の衣装(変装)を選んでくれて……。
 とうとう、本番を迎えたのである。


 で、最初に観た感想はと言うと。
「よっ 座長、待ってました!」
「ジャン! 相変わらず素敵!」
「結婚してー!」
最後の声に、舞台も観客もドッと笑う。
 俺が知っている舞台の雰囲気とまるで違っていた。
観客と役者との距離が近い。貴族の観劇ではこんなに客席からかけ声なんかなかったし、最低限の礼儀は通していたと思う。
でもここでは身分の上下関係なく同じものを好きな仲間同士、舞台の上も下も一緒にはっちゃけようぜー、って感じだ。いかにも身なりの良い人と作業服みたいな格好の人が楽しそうに演目の話をしたりしている。
「皆! 今日は我が一座の公演にお集まりいただき、本当にありがとう!
……だが残念な報告から始めないと行けない。……アイカが喉を痛めちまった」
途端客席からえー、とかそんなぁ、って声が聞こえてくる。
「で、今日からしばらくの間、代役として歌い手をしてもらうことになったレオだ。
よろしくしてやってくれ。……さぁ、レオ」
 座長に呼ばれ、舞台袖からおずおずと、中央の方へ進む。
……大丈夫だ。今の俺は金髪のカツラを被っていて顔は前髪で半分隠されている。……あやしい奴ではあるけど、この格好と座長さんが考えてくれた“レオ”って芸名から、公爵令息だった頃の俺と結びつける人間はいない……はず。
 そう思いながらギクシャクと座長の隣まで行き、挨拶……あ、挨拶って……まずは……。
「あ、あの……は、初めまして。俺は……」
と言いかけた時、

 バァン!

 「おいおい! なぁんか面白ぇことやってんじゃねーか」
「おらおら! どけどけ!! 兄貴の席を用意しろ!」
 乱暴に扉が開いたかと思うと、巨体の、見るからにゴロツキと分かる男達が入ってきた。
「何だぁ ? おっ、舞台に……なんだ、カワイイネーチャンがいるなぁ! 何だぁ? これからナニしてくれんだ?」
「よぉよぉねえちゃーん! へぇ……異国の女か? これからストリップでもやってくれんのか? この国の女と……色々違うんだろうな? 期待してるぜ!」
「ほ~ら! 客が言ってんのにどうしたんだ! サッサと脱げよ。」
「脱―げ! 脱―げ! 脱―げ!」
下卑たヤジを飛ばす奴らに、周りのお客が震えているのが分かる。役者さん達も硬直したまま、何も言えないでいる。
さっきまでの和やかな雰囲気が一気に凍り付いていた。
 やがてお客達が席から立ち始めた。そして……逃げだそうとする人もいたが、
「おい! 何で出て行こうとするんだ。俺らが何かしたってのか!!」
「ひぃっ!? い、いいえしてません! 違うんです!」
「なーにもしてねぇよ。なぁ? そこのネーチャン」
「ひっ! は、はい……!」
威嚇されれば出て行けない。お客は自然と壁の方に移動し、彼らがいるそこだけ、ぽっかり空いた状態になった。
 ――これもその大劇場の支配人とやらの差し金か。こうまで支配人を苦しめたいのか。
「れ、レオ?」
 座長が驚いている横で、俺はすぅーっと息を吸い込んで――声を張り上げた。

「みなさま! お初にお目にかかりますレオと申します!このたびは我が一座の舞台を観にお越し頂き、誠にありがとうございます!」

『何だお前!』『野郎は引っ込め引っ込め!』と騒ぐのをまるっと無視し、俺は客席に語り続ける。
「つきましては、上演する前にみなさまにお願いしたい事がございます! わたくしどもは何しろ役者。例えこのような」
 言いながら役者さんが持っている模造槍を借りる。それに少しだけ魔力を流し、デタラメに踊る真似をしながらも視線をゴロツキ共に向け、更に言葉を続けた。
「……武器を持ってはいても中身は力も無き小心者。……ですので恐い思いをしたら集中が乱れ……このように!!」
ビュン! 
 持っている槍を構えると、男達の居る方向へ投擲する。魔力のおかげで狙いは逸れる事無く飛んでいく。
「あ、兄貴!」
「へっ、何ビビってやがる。あんなオモチャがここまで届くわけが……うごぉ!?」
 悠々と笑っていたが、それは最後の方で悲鳴に変わる。槍が、兄貴と呼ばれた男の足と足の間に突き立ったからだ。
 その場にへなへなと座り込む男達に向かってニヤリと笑ってやる。
「……うっかり手の中のものを投げ出し、当たってしまう事故が起きるかも知れません。何卒お静かにご覧頂きたくお願いします」
「ひぇぇ!!」
深々と一礼した。バタバタ、バタン! という音を、頭を下げたまま聞く。
しばらく後、頭を上げた時には、男達はいなかった。
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