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女王様と宰相閣下と子爵令息・ついでに俺

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王城の廊下。
先程から通る誰もがチラホラと、そこを歩く2人の貴族をのぞき見している。
1人は見た目は20代後半、もしくは30になったか位。銀色の髪とアイスブルーの瞳。細面の白い顔に鋭い目つきと引き締まった口元と、美しいながらも鋭さを感じ、萎縮する人間の方が多そうな男性だ。
女王の弟で宰相のアラン・スチュアートである。
その斜め後ろにいるのは逆に、中性的な麗人だ。肩でそろえられた金髪に、長い睫に縁取られた瞳は群青色で美しい。が、そこからは何の感情も読み取れない。
“氷の麗人”、“水の女神の愛し子”などと呼ばれる、子爵令息・ジュエル・サイラス。
「……要件は多分“彼”のことなのだろうね」
アランが抑揚の無い声で言うのに、
「きっとそう思います。……でもなぜ、僕まで呼ばれたのでしょう?」

 “彼”、レオン・マクガイヤとジュエルは、特に仲が良かった訳では無い。
どちらか言えば辛辣な言葉ばかり言っていた気がする。公爵相手だぞ、と友人達に注意されていたが、学園では身分差は気にしなくて良い事になっていたし、何より本人にもどうにも出来ないのだ。
 理由は分かっているのだが……。
「……僕はずっと憶えていたのに」
「? どうしたんだ」
ボソッと声に出てしまい、アランに不審がられてしまった。
「な、何でもありません……」
 珍しく狼狽えたジュエルの様子にアランは“?”という風に首を傾げる。
が、謁見の間の扉の前まできたので、幸い話は終了になった。


 「女王陛下、アラン・スチュアートお召しにより参上致しました」
「ジュエル・サイラス、お召しにより参上致しました」
玉座の前で2人は、臣下の礼をとる。
 国旗と紋章が刻まれたレリーフを背にし、金と宝石で彩られた玉座に座る女性こそ現女王・リリエラ・カルティである。
 このカルティ王国では、代々女性だけが王位に就ける。何故か男が王座に就くと国が荒れるからだ。故にこの国で男が就ける最高位は“王配”である。
「アラン、隣国から帰ってから、貴方と会うのは初めてですね。話とは他でもない。娘のルナのことなのです」
「レオン・マクガイヤ殿に一方的に婚約破棄を突きつけた件ですね」
既に分かっていたのに初めて聞いたかのように話をするアラン。
 王立学園の卒業パーティ会場で起こった婚約破棄騒動。
お陰で男爵令息が我が物顔で城内を歩いている。第3王女の婚約者として、レオンのしてきた仕事をしなくてはいけないのに、ろくに仕事もしないで王女と遊び回っているらしい。王城にいたらいたで、もう王家の人間のような振る舞いで周りに対して威張り散らしているという。
 そのくせ、先日東の森へ討伐に出向いた際は、迫り来るイノシシモドキを前に、側近たちを残し王女と逃走したそうだ。
報せを受け、急遽騎士団が救出に向かった。幸いにも全員軽傷で発見出来たが、一歩間違えれば森で迷い、今度こそ魔獣にやられていたかも知れない。
 更に側近達の証言で、これまで第3王女が討伐した魔獣は、全てレオンが1人で討伐していたのだと分かった。それも第3王女の命令で。
「学園から報告される成績の割に、討伐が成功続きなのがおかしいと思っていましたが……理由が分かりました」
「しかし……ならレオン殿は、討伐の度に魔獣の能力全てを1人で得ていたということですね」
 本来なら討伐した人数分で割り振られるところを、1人で。
「それだけではありません。その書類を見てもらえますか」
 アランは侍従長から紙の束を受け取った。それは見た目に小さい、でも厚みがあるものだ。
「……僕も見て良いでしょうか」
「許します。……いえ、これは違いますね。見て下さい、ジュエル・サイラス」
 許可が下りたので2人でそれを見る事になる。
最初の1枚は請求書だった。有名な宝石店で買った高価なネックレスの代金に対しての。
 が、それだけでは無かった。――何しろ紙の束だから。
宰相とジュエルは、厚みのあるそれらを丹念に、しかし迅速に読み解いていく。そして、最後の1枚になったところで。
ジュエルは気付いた。珍しく、宰相の書類を持つ手がブルブル震えていることに。――これはかなり怒っているな。気持は分かるけど。
「まさか、このようなことが……」
「……わたくしもまさか、と思いました。あの娘が勝手に街に繰り出して、あちこちで遊び回った所からの請求書です。……日付を見てもらえば分かるでしょうが……。あの卒業パーティの日以降です」
 その内容も、高価なドレスや宝飾品の代金だけでなく、賭博場での負けから飲食店での代金の踏み倒し等と、羽目の外し方が尋常では無い。暴れて壊した物の弁償まである。
「……どんな考えでここまで使えるのか……!」
彼女の使う金は、国民の税金だ。自覚が無いとしか思えない。
「レオンに抑えられていた反動が来たのかと」
が、それだけが原因では無い。
 王女の婚約者であったレオンの苦労ぶりは、城勤めの人間には知れ渡っていた。あの第3王女は、その身分にありながら感情を隠さない。人前であってもレオンを怒鳴り、叩き、当たり散らす。
 だが、周りにいた大人達は知っていても手を差し伸べようとしなかった。同じ目に遭いたくないのと、言っても聞かない事が分かっていたからだ。それぞれ罪悪感を抱きつつも、“これも貴族の使命”と欺瞞し、しっかりした小さい公爵令息に全て押しつけた。その結果がこれである。
「わたくしは……レオンを……好ましく、思っていました」
扇で口元を隠していても、女王の声が打ち震えているのが分かる。
「侍女の産んだ私生児だと知り、大人の事情で振り回されているのだから、さぞかし我が身の不幸を呪っているに違いないと。
そう思っていたのに、実際にわたくしが見たレオンは、そのような様子を丸きり感じさせない子供でした。
だから問題ありな第3王女の婚約者に選びました。そして王女の我儘を“タダの反抗期だ”と軽んじ、レオンに任せっきりでした。
ルナも……わたくしの子供だから、いつか自らの愚かさに気付くだろうと。――そしてレオンとの出会いを感謝し、2人でこの国を守るのだと、そう思っていたのに……!」


――この女王(ヒト)、そんなふうに考えて、“彼”をあの第3王女(アバズレ)の婚約者にしたんだ。
 ジョエルは女王の様子を少し意地の悪い気持で見つめる。そしてスッと手をあげる。
「発言をお許し願えますか?」
「何ですか、ジュエル・サイラス」
「何故、私が呼ばれたのでしょう? 今回のことには関係ないと思うのですが」
「貴方に協力して欲しいことがあるからです」
 とっさにジュエルは身構える。女王の“協力”は実質“命令”だ。そして……その予感は的中する。

「男爵令息・アーリア・コーニーの監視です」


 その頃バレンシア劇場で。
「レーオ君、このカツラとかどうかなー?」
「ミ、ミーシャさん……?」
「おにーちゃん! この服カワイーから似合うと思うんだけど、どぉ?」
「ミヤちゃん?」
「レオ! この民族衣装なんかどうだ? 隣国では“キナガシ”っていうそうだぞ。クールに決めようぜ!」
「支配人まで!?」
俺はたくさんの衣装に埋もれて、困惑していた。
 ど、どうしてこうなったんだっけ?
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