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家を追い出されました

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 1日が終わろうとしている。
 目に入る景色が全て、夕焼けの色に染まっている。連なる色褪せた屋根や、その下で行き交う人達。きっと自分も、その色に染まろうとしている1人に違いない。そして――やがては夜の闇に、存在を消されてしまうのだろう。
 私は大通りをフラフラ歩きながら、ボンヤリとそんな事を思っていた。
 大広場へ続く通りは、人の行き来が多い。今なお忙しく動いている彼らの姿に、自分がこうしているのが申し訳なく思えた。
 こんな事をしていてはダメだろう。私の明日の予定は……。
と、考えかけて落ち込む。ああ、もう執務なんて考える必要はないのに。
「――そういえば何か王立学園で、騒ぎがあった事知ってるか?」
 不意に聞こえてきた声にビクッと肩が震える。
 恐る恐る視線を向けたら、屈強な男達が数人いた。仕事終わりなのか、リラックスした様子で噴水の前で会話している。服装から見て、建設業のようだ。
「何でも、公爵令息が王女様に、婚約破棄されたんだって話だぜ。で、男爵家の令息と婚約するって宣言したとか」
「公爵令息、って……ま、まさかレオン様の事か?」
……もう、噂が出回っているのか。
「仕事場に公爵とお2人で視察に見えられた事がある。温和そうな方だったぞ」
「レオン様は王配として十分な素質のある方だって話だが……。そんなお人との婚約を破棄しても、女王様達は大丈夫なのかねぇ」
「ま・下々の俺らにゃ、関係ないよな」
「公爵サマなんかもう全然!」


“――拾ってやった恩も忘れおって、この恥さらし!”

 公爵、がキーワードだったんだろう。父の言葉が脳裏をよぎる。
同時に頬の殴られた後が、ズキリと痛んだ。


 私の名は、レオン・マクガイヤ。マクガイヤ公爵家の長男。
さっき男達が話していた公爵令息こそ、この私だ。
 卒業式後のパーティの場で、婚約者の第3王女に、突如として婚約破棄を言い渡されたのは今日の昼間の出来事である。
 支度をしていた私の元に、王女の侍女が訪れた。そして彼女から“王女様は今日、マクガイヤ様のエスコートは必要ないとの連絡を受けました”と報告される。
 特に驚きもしなかった。婚約者として長年、面倒を見てきたから王女(あのひと)のパターンは知っている。またどこかで新しい友人という名の愛妾を作ったのだろうと。
 そして、ため息が出てしまった。
 私が……彼女をエスコートしないと言う事は、王女の気持は私には無いというアピールでしかない。
 公爵令息であり、婚約者であるの私のメンツなど、彼女の前ではチリに等しい。とにかく彼女は自分中心なのだ。
 しかしそれも王族という窮屈な立場にいるからで、ストレスを発散させれる相手は私しかいないから。
 いつものように、私がちょっと耐えれば良いだけだ。
 大丈夫、私ならやれる。と、己を鼓舞して挑んだパーティ会場で、待っていたのは第3王女の宣言だった。


 『レオン・マクガイヤ! 私は貴方との婚約を破棄いたしますわ!!』
 パーティ会場で対面した途端、人差し指をビシッと向けられ、高らかに言い放つ。突然のことに、周りがざわついた。
 私の婚約者である第3王女。今私に向けられたその目と表情は、まさに悪党を成敗する正義の使者だった。
でも私には、そんな目で見られる覚えなど露程もない。反応出来ないでいると、見せつける様に傍らに控える男性に寄り添って見せる。打って変わってトロンと恍惚として表情になると、
『そして……彼、アーリア・コーニー男爵令息を伴侶にしますわ……』
と、甘ったるい声で言った。


……アーリア・コーニー……。
 最近よく王女と一緒にいるのは知っていた。
 あまり良い噂は聞かない。平民から令嬢、はては女教師から未亡人まで、あらゆる女性に声をかけ、関係を持っているとか。高位貴族筆頭の義務として、何度か注意をしたことはあったが……。そのたびに“へいへい”だの“お上品なお貴族さまは”とやる気のない返事を返すだけで、一向に改善していない。
 しかしそんな不良っぽいところが、権力に屈しない強さだと、逆に女性の心を掴むらしい。
――それはともかく。
『……しかし王女殿下、私と貴女様との婚約は、女王陛下と我が公爵家で決めたもの。……女王陛下はこの事をご存じなのですか?』
 冷静に問いかけると、王女は再度表情を引き締め、睨んでくる。
『よくもまぁ、そんなことが言えたものね! 立場を利用して私のアーリアをことごとく侮辱した挙げ句、暴力まで振るったそうじゃ無い!!』
『侮辱? 暴言?』
きょとんとして返すと、王女を腕にぶら下げたアーリア殿がヘラヘラと笑いながら言う。
『しらばっくれるのは無しにしましょうよ、レオン殿。ルナ……いや、王女殿下が知っちまったからには、貴方はもうお仕舞いなんですよ。……うっ! 殴られた肩がまた痛みを……!』
『アーリア! な、何て可哀相な……! レオン、貴方! こんな真似をして恥ずかしくないの?』
『……肩を痛めたとは先日、君の肩を掴んだ時の事を言ってるのか?』
 廊下をすれ違った時に、コンッと肩がぶつかった。どちらか分からない状況だった為軽く頭を下げて通り過ぎたが……。
『ほーら! やっぱりやってたんじゃない!!』
 私の言葉に王女が、勝ち誇ったように声を張り上げる。しかし今は王女ではない。未だにうめき続けているアーリア殿から視線を外さず、少しだけ近寄った。
『ではここで見せてもらおうか、その重傷を負ったという箇所を』
 途端に2人して、ギョッと頬を引きつらせた。
『こ、このような場所で肌をさらすなど……』
『……そ、そうですわ……。それに問題は傷の状態ではありません! 貴方が彼にした行為そのものです!!』
『慰謝料を払わなくてはならないし』
『い、慰謝料?』
 私の申し出にアーリアの目の色が変わる。が、グイッと王女に腕を引っ張られ、慌てたように
『か、金で誤魔化そうとするなんて、お坊ちゃまは本当に汚ぇな!』
と怒鳴ってきた。
 ――腕引っ張られてたけど、肩には響いていないのかな?
『とにかく! 貴方が彼にした行いはチクイチ、お母様に報告します! いつも貴方の味方ばかりしていたけど、これであの人も反省するわ!! そして婚約破棄に同意してくれる! そしたら貴方はもう、お仕舞いね!!』
 その発言に初めて顔から血を引いた。
 私の母は侯爵夫人では無い。公爵家に仕えていた平民のメイドだ。家での立場は悪い。醜聞を流され、王女の婚約者から外されたとあってはもう、家にはいられない。青ざめた私を、さもおかしげに王女が嘲笑った。
『やーっと気付いたのねいい気味! 所詮半分は平民の血を引く者が、いくらお母様のお気に入りでも、王女である私の隣に並ぼうなんて、ずっと気に入らなかったのよ!』
――そんなふうに思われていたのか。
 スッと気持が冷めていくのを感じた。――もういい、何もかも。
なおも嘲り続ける王女とアーリア殿を真っ直ぐ見返す。 
『――わかりました』
『罪を認めるのね?』
『いいえ、私は先程仰られたような行いは、断じて致しておりません。
 しかし人とは複雑なもの。私に自覚がないだけで、侮辱されたと勘違いされるような発言をしたかも知れません。
私自身が心当たりが無くとも、世の中には通りすがりに視線が合っただけで“がん飛ばされた”だの、肩がすれ違っただけで“わざとやったんだろう”等、悪い解釈などどのようにでも出来るでしょう。
 そしてそれらを王女殿下が“正当”とご判断されたのなら、申し上げる事はございません』
『往生際が悪いわよ!』
『婚約破棄をお受け致します。……では失礼いたします』
 深く一礼し、背を向けた。

 そして予想通り、私は……、いや、もう俺、で良いか。
予想通り父に、言い分など聞かれもせず殴られ、勘当されたのである。



 
 
 

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