ある魔法薬店の昼下がり

みけの

文字の大きさ
上 下
2 / 2

後編

しおりを挟む
 いや前から魅了という作用に、ずっと思っていたことがあるのだよ。
一度使えば罪になるような、強い力を持つ魔術なら……ちょっと手を加えることで良い方向に使えないかな? と。

 おや君、ウトウトしてきたね。無理もない。5連勤の後なんだ、無理しないでそこの長椅子で眠ると良い。
処分品市で買った安物だけど寝心地が良いからおすすめだ。

 え、続きが気になって眠れそうにないって?

 はあ……、分かったよ。頑張り屋の君が安心して休めるように手っ取り早くお伝えしよう。

 僕は魅了の薬を調合し、客である令嬢に渡した。
彼女は喜んでいたさ。目をギラギラさせて訳の分からない“これで王太子ゲットだー!”とか“悪役令嬢ざまぁ!”なんて言葉を叫んでいた。

…………最近の若者の流行なのかね。

 まあ、それは置いておこう。
小躍りしている彼女に僕は、ちょっとした入れ知恵をした。実行するかどうかで彼女の良心を知りたかったから。
 
“もしお客さんがたくさんの人間に特別に思われたいなら、もっと効果的な方法がありますよ。この都のどこからでも見える、王都の飲み水全てを供給している水道浄化所。あそこのタンクに入れれば、王都の民全てがあなたの信者になりますよ”ってね。

 信者は大げさ過ぎかな。でも売り文句って大体そうだし、それを信じる人間がどう取るかなんて問題じゃない。
大勢に崇拝される、神のような存在になれるという誘惑に勝てなかったのか男爵令嬢は僕の教えに従って、浄化所に忍び込み貯水タンクに薬を投下した。
結果は上々。王都に住む全ての民が彼女に好意を抱くようになった。

で、結果……1週間もたずにかのご令嬢は、降参した。

  ま、待ってくれ……何故睨んでくる? え、端折り過ぎ? ……早く寝られて良いと思ったんだが? わざとだろ! って……考え過ぎだって。……ククク……いや笑ってないし。

 時に君、“愛”と言われてどのような答えをする?

 尊い愛? 誰よりも誰かを大切に思う愛? 全てを壊しても愛する人を欲する愛?

 つまり、人の数ほどに愛の形もそれぞれだという事さ。
だから僕は魅了の薬に、僕なりのアレンジをして渡した。

彼女に注ぐ愛は、彼らが最も信じる形で与えるようにとね。

結果かの令嬢に、様々な形で愛が注がれるようになった。
 僕が聞いた限りだと……。

 王太子の婚約者からは
“わたくしの後継になるのであれば、わたくしと同等の教養を身に着けて頂かねば!”と、彼女が幼少期から受けてきた王太子妃教育を施すべく令嬢を自邸に缶詰にした。

 そんな高度な教育が一長一短で出来る訳がない。
ほうほうの体で逃げ出せば、新しい信者が寄って来て

“お嬢様、王太子殿下などよりわたしの物になってください!”

 と家に招かれ助かったと安堵したらとんでもない変態で

“ぐへへへ……これでアンタは俺だけのものだぁ”
なんて言いながら足の腱を切って動けなくしようとする。

 そこから更に逃げ出せば、次に出会ったのは騎士団長の令息。教育から逃げた、かくまって欲しいと訴えるも
“教育? 君なら頑張れるって信じているよ。見事やり切ってご令嬢の鼻をあかしてやれ!! 気合いだ気合いだ気合いだぁーー!!”

と、熱い励ましをしながら追手に引き渡されたそうだ。

 まぁこれもほんの一例。
そんな感じで、かの男爵令嬢はあちこちで様々な愛を注がれる事になり、最初のお試しとして渡した薬以降、ここに来る事はなくなった。あれは効果が1週間しか保てないから、更に欲しいなら来店してもらうしかない。それが来なくなったのだから不要と言う事だろう。

 もしかしたら方法を変えて、そちらで挑もうとしているのかも知れないがその時は僕の作戦がダメだったというだけの話だ。


 そして数日後。
後日側近の方から、礼を言われたよ。今度はわざわざこの店まできてくださったんだ。

 “まさかこのようなやり方があるとは思いませんでした。彼女すっかり大人しくなりました。男爵からの話だと、これまでの奇行が鳴りを潜めて大人しくなったそうで。
……男爵ご夫妻も長い間、困惑されていたようです。
いきなり娘が『ここはゲームの世界で私はヒロインなの!』とか意味不明な事を言いつつ自室を不快そうに眺めて『なぁに、この家。ぼろいしだっさ! まぁヒロインの親は稼ぎが悪いって設定だったからしょうがないか。頑張って攻略対象落としてこんな場所から抜け出そう☆』といった感じの発言を繰り返していたようで。
突然の変りように、何か悪い者が取りついたのかと心配していたが、これで元に戻ってくれればありがたいとの事でした”

 察するに、男爵も娘の素行に苦しんでいたようだ。
親なのにと思わなくもないが、親だからって人間だ。突然おかしくなった子供にどう対処するかなんて、分からないし出来ないだろう。そこに他人が介入して結果、娘が痛い目を――あくまで娘自身だけが被害に遭って、それも自業自得という形――で見たという事実に、彼らが内心ほっとしたかも……。

まぁそれも僕には関係ないけど。

僕の目の前にある問題は……。

これで君は、眠れそうかな?
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

催眠術にかかったフリをしたら、私に無関心だった夫から「俺を愛していると言ってくれ」と命令されました

めぐめぐ
恋愛
子爵令嬢ソフィアは、とある出来事と謎すぎる言い伝えによって、アレクトラ侯爵家の若き当主であるオーバルと結婚することになった。 だがオーバルはソフィアに侯爵夫人以上の役目を求めてない様子。ソフィアも、本来であれば自分よりももっと素晴らしい女性と結婚するはずだったオーバルの人生やアレクトラ家の利益を損ねてしまったと罪悪感を抱き、彼を愛する気持ちを隠しながら、侯爵夫人の役割を果たすために奮闘していた。 そんなある日、義妹で友人のメーナに、催眠術の実験台になって欲しいと頼まれたソフィアは了承する。 催眠術は明らかに失敗だった。しかし失敗を伝え、メーナが落ち込む姿をみたくなかったソフィアは催眠術にかかったフリをする。 このまま催眠術が解ける時間までやり過ごそうとしたのだが、オーバルが突然帰ってきたことで、事態は一変する―― ※1話を分割(2000字ぐらい)して公開しています。 ※頭からっぽで

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私はアナタから消えます。

転生ストーリー大好物
恋愛
振り向いてくれないなら死んだ方がいいのかな ただ辛いだけの話です。

処理中です...