【完結】王都のカジノから

みけの

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【カジノの貴賓室】・5

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 長年の鬱屈を吐き出した反動か、疲れがドッと体にきている。
あの頃の苦痛だった日々を思い起こした事も原因だろう。

 あの後も順調ではなかった。誰も知り合いがいない場所で1から始めるのだから。
前世の記憶があるとはいえジョーン、いえジョーは元王子でわたしは元男爵令嬢。それがなくなればもはや丸腰の非戦闘状態。それがこれほど不安を誘うものとは思わなかった。
 そして……家族や婚約者には恵まれなかったが、人としては恵まれていたのだと痛感した。

 でも……辛い時はあの、辺境に置いてかれた時の事を思い出す。

 わたしとジョーはその時、初めてお互いに触れ抱き締め合った。バカップルを演じている時でも、わたし達は距離を取っていた。
 暖かい胸に頬を当て、自分より大きい背中に腕を回す。わたしより少し後にジョーの腕も回され、ギュ、と抱きしめられる。
人の温かさは、大事な人の温かさは優しいものだと感じた。
 
「終わったね」
「終わりました」
「これからも大変だ。でも……幸せになろう」
「はい、絶対に幸せになりましょう」
何を犠牲にしても陥れても、自分の幸せを求めよう。

―――ジョーと一緒に誓った約束は、決して破る事など出来ない。
 だからこれは、わたしだけが納得すれば良いだけの……復讐だ。
  
 目の前にいるのは元王子殿下で、今は殿下ではなく私の相棒・ジョーの元婚約者の女公爵。
 そして素っ裸に縄で縛られた男。女公爵が愛した相手。
自分が使える主が求めているのが、婚約者の王子ではなく自分だという優越を捨てたくない為にその愚行を諫めなかった家来。
 こいつ、どうしてカジノなんかに来てたんだろう? ジョーが言うに執事としては優秀な筈。
 困窮している婚家の為に、少しでも工面しようとして無理したってところかな?
でもそんなのはいらない情報だ。あんただって加害者側だから。

「話が長くなってすいませんでした。でもそれにお付き合い頂けたリシェンヌ女公爵様の御慈悲に感謝いたします。
 お待たせしました、さあ、こちらの貴方様のダーリンをお引渡し致しましょう!!」

 にこやかに告げるも、ゆでだこの様に顔を真っ赤にし、睨みつける女公爵と口元が緩みまくって仕方がないわたし。
 
従業員に指示して縄を解いてもらう。間髪入れず女公爵が駆け寄った。

「カイル!!」

カイルと呼ばれた元執事と女公爵はひしと抱き合った。

「マリオン! 申し訳ありません……!」

 マリオン? ……ああ女公爵の名前ね。
真名で呼び合えるって事は2人の仲は良好なのね。……良い事だわ。


 堕とすなら一度に済ませたいものね!

 やっと最愛が解放された事で心に余裕が出来たのか、リシェンヌは――ああ呼び捨てになっちゃった。まぁ心でなら良いか?――わたしをギロッと睨んできた。
「お前……いかさまなど使ってはいないわよね!!」
「ははっ! いかさまも使えますけどね、それやったら貴方の旦那様は到着を待たずに今頃どこかの機関に売り渡されたでしょうね!?」
「っなっ!」
「……とまあ、無駄話に時間を使いたくないのは、貴方も一緒でしょう。あちらの元執事様で今は貴方の補佐ですか? がわたしに負けた分の支払いは、別のお方にして頂けます?」

「……お前じゃない?」

 気の抜けた声。……良いのかな? そんな悠長にしていて。
「ええ。受け取り先は全て、別のお方にお願いします。と言うか元手を貸してくださったのがその方だったので」
「誰よ!!」

 イラついてるなぁ。
リシェンヌと普通? に会話するのは初めてだけど、こいつが尊大でいられるのはわたしが平民だからだ。
 どんな大金だろうと、払ってしまえばそれまで。後はねぐらを突き止めて刺客に襲わせて奪えば良い。ついでに仕返しに痛めつけてやろう、平民が何を言っても貴族である自分に害はない―――って思っているに違いない。

 でも、少し疑問に持ってもらいたかったかな。

 何故日銭で生きるしがない平民で元罪人のわたしが、こんな王都でも1,2を争うカジノに来れたのか?
 そして今わたしはドレス姿。指に首にジャラジャラとアクセサリーを付けていることに違和感はないのか?
 
リシェンヌの前を通り抜け、隣の続き部屋への扉にノックをしていった。

「アリソン辺境伯様、辺境伯夫人、交替です」
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