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回想・3
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「ボンズ嬢、この書類を明日までにまとめてもらえるかな」
「はい殿下!」
殿下から差し出された書類を、浮き立つ思いで受け取る。
理由はともあれ、役得なことには変わりがない。わたしは殿下と一緒に進行役としての仕事をしている。否、殿下と過ごせる時間をおおーいに、満喫している。
なにしろ殿下のお近くにいられるのだ。まさに空気すらも清浄化される。
「いつもありがとう」
とお礼を言って下さる殿下(うちのくそ親否、男爵は何をしてもらってもお礼なんて言わない。だから出世できないんじゃね? は脳内での呟きだ)。
「ごめん、ここ教えてもらっても良いかな? 僕はどうも細かなところに配慮が足りなくて、婚約者にも色々言われてるから」
と、少し恥ずかしそうに俯いて頬を赤らめる殿下(このお顔見れるのきっとレアね? ありがとーございまーす!)。
「お疲れさま。君がすごくて助かっているよ」
「恐縮です……」
淑女らしく控えめに返しながらも、頭の中ではお祭りが起きていた。
わたしがすごい? すごいのは貴方です!!
わたしのような下々の者にまで、お情けを下さる慈悲深い貴方様だからこそです!!
どうせなら楽しまなきゃ損だ!! って感じに、殿下といれる時間をこれでもかと楽しむ事にしている。
幸い男爵達も乗り気だった。王子にわたしの――つまりわたしの親である自分をアピール出来ると踏んでいるんだろう。役割を理由にしたら、帰りが遅くなっても何も言わない。御者に嫌味を言われるけどそんなもんは右から左だ。全身で今を楽しもう! と思う。
―――時折ズキリ、と痛む胸には気付かない振りをして。
「あんな王子のどこが良いんだか……平民の感覚って分からないわね」
「止めて、聞こえたら怖いよ! 仮にも王子なんだし」
「良いでしょう? みんな影で言ってる事ですもの」
そんなやり取りが聞こえたのは、校舎の中からだった。
わたしがいるのは校舎の外。窓のある中は廊下だ。声の主たちはどうやら廊下で会話をしているらしい。
話の中の“仮にも王子”と言うフレーズにピタリと足が止まる。
咄嗟にメモを取り出し、書く振りをしながら壁にもたれた。
わたしはこれから、メモをするのに夢中になる。
だから中でどんな話をしていようが聞いていないとしか言えない。
廊下での会話は続く。
「リシェンヌ嬢が思いを寄せているのは別の方でしょう? 確か伯爵家のご三男」
「そう、今公爵家で執事をされているのよね」
「そうそう! うちの使用人とあちらの使用人に交流があって、それで知ったのだけど定例のお茶会の場で、王子の目の前で執事に口づけたとか」
「なんてはしたない……! そのような事がまかり通るなんて」
「それだけ公爵家が怖いのよ、皆。あなたも知っているでしょう? リシェンヌ嬢の成績。あれ教師側の捏造ってこと。『殿下が婿入りすればどうせ仕事全部してくれるからそれでいい』って」
「じゃあ王子は婿入りしたら針の筵で、ひたすらこき使われるだけなの?」
「私の兄や弟だったら、耐えられないわ……」
「そういう時の為の第3王子、って事よね……」
結局誰にも見咎められず、おしゃべり娘達にも気づかれないまま予鈴の音とともに話は終わった。
おしゃべり娘達は立ち去ったけど、わたしはメモを持ったまま動けなかった。渦巻く怒りに全身が震えている。
つまり……ご婚約者であるリシェンヌ嬢には、他に好きな人がいて、殿下の目の前でもいちゃ付いてるの?
しかもすごいと思っていた成績も、公爵家の権力で捏造されているもので、実際は違っていて?
公爵家に婿入りした殿下に待っているのは愛のない、ひたすらみじめに傷つけられる日々ってこと?
こっちは胸の痛みを誤魔化しながら一緒にいるんだ。優秀なご令嬢と結婚して幸せになると思ってたのに……蓋を開ければそれ?
「……冗談じゃ、ない……」
「はい殿下!」
殿下から差し出された書類を、浮き立つ思いで受け取る。
理由はともあれ、役得なことには変わりがない。わたしは殿下と一緒に進行役としての仕事をしている。否、殿下と過ごせる時間をおおーいに、満喫している。
なにしろ殿下のお近くにいられるのだ。まさに空気すらも清浄化される。
「いつもありがとう」
とお礼を言って下さる殿下(うちのくそ親否、男爵は何をしてもらってもお礼なんて言わない。だから出世できないんじゃね? は脳内での呟きだ)。
「ごめん、ここ教えてもらっても良いかな? 僕はどうも細かなところに配慮が足りなくて、婚約者にも色々言われてるから」
と、少し恥ずかしそうに俯いて頬を赤らめる殿下(このお顔見れるのきっとレアね? ありがとーございまーす!)。
「お疲れさま。君がすごくて助かっているよ」
「恐縮です……」
淑女らしく控えめに返しながらも、頭の中ではお祭りが起きていた。
わたしがすごい? すごいのは貴方です!!
わたしのような下々の者にまで、お情けを下さる慈悲深い貴方様だからこそです!!
どうせなら楽しまなきゃ損だ!! って感じに、殿下といれる時間をこれでもかと楽しむ事にしている。
幸い男爵達も乗り気だった。王子にわたしの――つまりわたしの親である自分をアピール出来ると踏んでいるんだろう。役割を理由にしたら、帰りが遅くなっても何も言わない。御者に嫌味を言われるけどそんなもんは右から左だ。全身で今を楽しもう! と思う。
―――時折ズキリ、と痛む胸には気付かない振りをして。
「あんな王子のどこが良いんだか……平民の感覚って分からないわね」
「止めて、聞こえたら怖いよ! 仮にも王子なんだし」
「良いでしょう? みんな影で言ってる事ですもの」
そんなやり取りが聞こえたのは、校舎の中からだった。
わたしがいるのは校舎の外。窓のある中は廊下だ。声の主たちはどうやら廊下で会話をしているらしい。
話の中の“仮にも王子”と言うフレーズにピタリと足が止まる。
咄嗟にメモを取り出し、書く振りをしながら壁にもたれた。
わたしはこれから、メモをするのに夢中になる。
だから中でどんな話をしていようが聞いていないとしか言えない。
廊下での会話は続く。
「リシェンヌ嬢が思いを寄せているのは別の方でしょう? 確か伯爵家のご三男」
「そう、今公爵家で執事をされているのよね」
「そうそう! うちの使用人とあちらの使用人に交流があって、それで知ったのだけど定例のお茶会の場で、王子の目の前で執事に口づけたとか」
「なんてはしたない……! そのような事がまかり通るなんて」
「それだけ公爵家が怖いのよ、皆。あなたも知っているでしょう? リシェンヌ嬢の成績。あれ教師側の捏造ってこと。『殿下が婿入りすればどうせ仕事全部してくれるからそれでいい』って」
「じゃあ王子は婿入りしたら針の筵で、ひたすらこき使われるだけなの?」
「私の兄や弟だったら、耐えられないわ……」
「そういう時の為の第3王子、って事よね……」
結局誰にも見咎められず、おしゃべり娘達にも気づかれないまま予鈴の音とともに話は終わった。
おしゃべり娘達は立ち去ったけど、わたしはメモを持ったまま動けなかった。渦巻く怒りに全身が震えている。
つまり……ご婚約者であるリシェンヌ嬢には、他に好きな人がいて、殿下の目の前でもいちゃ付いてるの?
しかもすごいと思っていた成績も、公爵家の権力で捏造されているもので、実際は違っていて?
公爵家に婿入りした殿下に待っているのは愛のない、ひたすらみじめに傷つけられる日々ってこと?
こっちは胸の痛みを誤魔化しながら一緒にいるんだ。優秀なご令嬢と結婚して幸せになると思ってたのに……蓋を開ければそれ?
「……冗談じゃ、ない……」
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