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アリーシャ
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「だめだ。結婚は許さない」
残酷に告げた王の言葉にその周りにいる側近も頷く。
「聖女からの用だと聞いたから話を聞いたのにそんなことか」
もう話は終わりだと言わんばかりに王は手を振った。
「レイ…ごめんね、私が聖女になってしまったせいで」
平民だったアリーシャが聖女と呼ばれるようになったのは4年前の事だった。
目の前で魔力が暴走した少年を抱きしめ、その荒ぶった魔力を沈めた。
聖女とは自在に魔力を操れる者の事を言う。
他人や地から魔力を吸収することが出来、また逆に与えることも可能だ。元々の魔力が高いのはもちろんの事だが、自由に魔力を操ることで人間離れした力を手にする。聖女は男性と交わったその瞬間からその力を失うと言われているのだがその境界は不明だ。話せば失う、触れれば失う、気持ちを交わせば失う、性的に交われば失う、結婚すれば失う。様々な説が立っている。
だがそれらはほとんど事実無根のものだった。
ただ唯一結婚をすれば失うというものは分からないのだが。
「貴女のせいではない」
レイは涙ぐむアリーシャを慰めるように頬を撫でた。
2人の出会いは4年前ちょうどアリーシャが聖女と呼ばれるようになった時だった。
外の世界とはほとんど断絶した空間に閉じ込められていたアリーシャに付けられた護衛がレイだったのだ。
聖女の宮とは名ばかりのただアリーシャを閉じ込めて都合の良い駒にする為の宮殿。1日に3度食事が運び込まれる時以外はずっと1人で閉じ込められていた。その期間はたった1ヶ月。しかし平民だった彼女はすぐに限界が来た。
外に出たい!
誰かと話したい!
その願いを叶えるために地の精霊がアリーシャを迎えに来た。…聖女の宮を破壊して。
「聖女の宮が破壊された!」
まさかアリーシャが(正確には彼女のために地の精霊がだが)破壊してしまったとは思っていない騎士達は侵入者を疑った。
しかしもちろん侵入者などいるわけもなく、侵入者の逃走を阻むことが出来なかったということになっていた。
これによりアリーシャに1人護衛が付けられることになったのだ。もちろん宮にはたくさんの騎士がいる。しかし彼らは宮の周りに並んでいるのであってアリーシャと顔を合わせることは滅多になかった。
話し相手ができる!
アリーシャは喜んだ。しかしレイは寡黙だった。
「あなた名前は?」
「…レイ・ルートベルです」
「レイね!私はアリーシャ」
「存じております」
「ねぇレイ!今日は晴れてるね」
「ええ」
「貴方は大きいわね、身長は何センチあるの?」
「185です」
自分の声に応えてくれる相手がいる。
それだけでアリーシャは嬉しかった。
だけど
「ねぇレイ、私はいつ外に出られるのかな」
「…」
「あそこに行きたいなぁ」
活気のある街並みを見下ろして言うアリーシャをレイはただ無言で見つめるだけだった。
外で自由になりたいアリーシャの気持ちは変わらない。
その日からレイの態度が変わった気がする。
一言二言しか無かった応えが増えて、彼から話しかけられることもあった。
「アリーシャ様、こちらへ」
突然の事だった。窓をぼーっと眺めていたアリーシャの手をレイが取った。
困惑しながらもレイに着いていく。
彼は窓を開けるとアリーシャを抱き上げる。
「え、えぇえ?」
「捕まっていてください」
そう告げられた次の瞬間にはふわりと体が宙を舞い、窓の外へ飛び出していた。
「きゃあああああああ!」
アリーシャがいた場所は3階。
そこから飛び降りたのでは命がないだろう。
アリーシャはついにここで閉じ込められる生活が嫌になって心中でもする気になってしまったのかと思うが、すぐに音を立てずにレイは着地した。
「…へ?」
「防音魔法をかけてありますから貴方の悲鳴は聴こえていません。それにあそこには身代わりを置いてきました。」
飄々とそう説明するレイにアリーシャはただただ目を見開いているだけだった。
「外に出たいのでしょう?」
「あ…」
そう言われて初めてアリーシャはレイが自分のために外に飛び出してくれたことに気がついた。
「どうして…」
レイは王の命令でアリーシャに付いた護衛のはずだ。それがどうして自分を連れ出してくれたのだろうか。
「貴女があそこへ行きたいと言ったから」
ただそれだけで彼はアリーシャを連れ出してくれたのか。
溢れ出る涙を彼女は止められなかった。
「レイ!懐かしい!あそこは串焼きが売っている広場なの!とっても美味しいんだよ!」
今日は買えないけれど…とアリーシャが肩を落とすとレイは串焼きの屋台に近付いた。
「串焼き1本下さい」
「はいよ!」
串焼き屋の気のいいおじちゃんは閉じ込められているはずのアリーシャの姿を視認したがただお嬢ちゃん楽しめよ!とだけ言ってくれた。聖女がいると騒げばアリーシャが困ることを分かってのことだろう。
レイはおじさんから串焼きを受け取ると無言でアリーシャへ差し出した。
「で、でもこれは貴方のお金でしょう?」
アリーシャが慌てて拒否するとレイは眉間に皺を寄せた。
「貴女を閉じ込めることで得たお金です。貴女のために使います。」
それに大した金額ではありませんしとレイはアリーシャに串焼きを押し付けた。
「あ、ありがとう」
頑なに差し出すレイから串焼きを受け取ると、頬張った。
「美味しい…」
こんなに美味しかったっけ?
アリーシャは静かに涙を流した。
レイはそんな彼女を抱き上げ、人目のない隅の方へと運び、彼女の背中をさすった。
「今日はありがとうレイ!とっても楽しかった!」
アリーシャがお礼を伝えると、レイは目を伏せた。
「お礼を言われることではありません。私は貴方を閉じ込められているのですから。」
「いいえ、今日だけじゃない。いつもありがとう。」
あそこでアリーシャと話をしてくれるのはレイだけだった。少ししか話さないとはいえ、それが彼女にとっては本当に嬉しかったのだ。
それに今回のように聖女を連れ出すと、最悪死刑だ。彼はそれを知っていながらアリーシャを連れ出してくれた。
だからありがとうとアリーシャが言うとレイは泣きそうな顔をした。
その日からアリーシャとレイの距離は更に縮まった。元々口数が少ない方らしいレイは饒舌になることはなかったが、徐々に自分のことを話してくれるようになった。
自分が天涯孤独であること。
アリーシャの護衛の選抜にはたまたま勝ったというだけだったこと。
そして…外の世界に恋焦がれるアリーシャを好きになっていたこと。
アリーシャからの気持ちは求めない。ただ自分が好きで仕えているだけだと言うレイの唇をアリーシャは自分のそれでふさぎ、私も好き!と伝えた。両想いであることを確かめ抱き合った直後に聖女の力が消えていないかと問うレイにアリーシャは慌てて確かめたのだが、力は無くなるどころか増している気がするのだった。
「アリーシャ様、私と家族になってくれませんか?」
ある日レイは突然言った。
だがその表情はプロポーズには相応しくない顔が青ざめ、落ち込んでいるようにすら見えた。
「レイ…どうしたの?」
そんな彼を見過ごせるはずもなく、アリーシャは尋ねた。
彼は唇を震わせ、残酷な事実をアリーシャに告げた。
「貴女の両親が…何者かに殺されました。恐らく王の手先かと。」
「どう…して…私はここにいるじゃない。逃げてないのに。」
アリーシャを聖女の宮へ連れていく時、王は彼女の家族を人質に取り脅したのだった。
お前が一緒に来なければ両親の命はないと。
「お2人が貴女を連れ戻したいと何度も仰っていたそうです。貴女を連れ去られた日の出来事を全て街中の人に洩らしたと。」
まさか王家の評判を気にして王は2人を殺したのか。
アリーシャは唇を噛み締めた。
「私のせいで…」
握りしめた拳の上からレイが手を重ねた。
「貴女のせいではありません。」
唇から伝う血をレイは指で拭った。
「お2人は貴女が幸せになることを望んでいるのです。そんなふうに自分を責めて欲しいわけがありません」
レイのその言葉にアリーシャの涙腺は崩壊した。
なんで私は聖女なの!
なのになんでこんなに無力なの!
もう嫌よこんなの!
1人はいやだ!
そう叫ぶアリーシャを抱きしめ、貴女のせいではありません。貴女には私がいます。とレイは何度も口にした。
「アリーシャ様、家族になりましょう。私は貴女を幸せにします。」
「一人に…しない?」
「ええ、幸い私は強いです。貴女のためなら誰にも負けません。ずっと貴女の傍を離れません。私と家族になってください」
そう言って自分の背中を撫でてくれるレイをアリーシャが断れるはずもなく。
「はい!私と一緒にいて下さい。」
涙を流しながら応えたのだった。
「アリーシャ様、2人で逃げませんか?」
レイは驚くアリーシャの手を取り、続けた。
「人質となっていた貴女の御家族はあの愚か者に殺されてしまいました。貴女がここにいてやる義理はありません。」
「それもそうだね…」
なぜ自分はここにいる気でいたのだろうと監禁生活に慣れてしまったアリーシャは身震いした。
そんな彼女にレイは隣国に伝手があるのですと言う。
「お願い。ここから連れ出して!」
そう言ってレイの手を握り返した瞬間にアリーシャの足は地面から離れる。
最初は驚いたのだが、何度も抱き抱えてくるレイのおかげでもう慣れたものだった。
「レイ、久しぶりだな」
レイがアリーシャを下ろしたのは王の目の前だった。それも隣国の。
いや、もちろん何度かアリーシャを下ろしてはいたのだが馬車から出てからはずっと抱えられていたのだ。
「お久しぶりです。お世話になります。」
「よいよい。私とお前の仲ではないか。」
どんな仲だろう。
アリーシャは一人突っ込む。
「そちらが聖女か」
「えぇ」
「聖女アリーシャです。このような格好で失礼しました。」
いきなり出てきたアリーシャは勿論正装ではない。それはレイにも言えることなのだが全く悪びれた様子がない。伝手があるとは言っていたがまさか王だったなんて。
「レイ、聖女が驚いている。説明はしたのか?」
「今からします」
「分かった」
またな、と言って手を振る王に頭を下げると再びレイに抱えられた。
「えっとここは…」
アリーシャが通されたのは神殿の白く、だが煌びやかな部屋だった。
「今日からここが貴女の…そして私の部屋です。」
「わ、私とレイの!?」
「私は貴女の護衛であり夫ですから」
レイは堂々と告げる。
「え、ええと、陛下にはお伝えしたのですか?」
アリーシャが尋ねるとレイは顔を逸らす。どうやらまだ伝えていないらしい。
「貴女を…1人にはできません。」
アリーシャは聖女であるため、決して弱くはないことをレイは知っている。
彼が心配しているのはアリーシャの精神面だろう。
「ありがとうレイ」
正直アリーシャは両親を失った悲しみから全く抜け出せていない。1人になった瞬間に溢れてしまう涙にレイは気付いていた。
「アリーシャ様、貴女はここでまた聖女として活動することなります。…大丈夫ですか?」
「うん。私人の役に立てるなら続けたいとは思ってたから」
アリーシャが大丈夫、と言うとレイは安心したように胸をなでおろした。
あんな風に閉じ込めたりしなければ聖女の仕事なんていくらでもしようと思ってたのに。
「仕事はいつからあるの?」
「貴女が十分に休息を取ってからで大丈夫ですよ」
「今にも私の力を必要としてる人はいるんだね?」
曖昧な言い方にアリーシャは勘づく。
「えぇ、ですけど貴女の体調が1番ですから。」
陛下にも許可は取っていますとレイは苦笑した。
「レイさえよければ今から行くよ」
「私は大丈夫です」
レイの返事に頷くと患者の元へ向かうのだった。
「アリーシャ様大丈夫ですか?」
魔力に悩まされている人は思ったよりも多く、立て続けに治療していたアリーシャは疲れきっていた。
「う、ん。ちょっと眠い。」
こくんこくんと前後に揺れるアリーシャの頭を支えると軽く持ち上げた。
「部屋に運びますから寝ててください。」
労わるようにアリーシャの体を優しく包み込むレイの腕の中でアリーシャは眠りに落ちるのだった。
アリーシャとレイの結婚式はすぐに行われた。
「聖女様、お綺麗です!」
1番に身の回りの世話をしてくれた侍女サラにヴェールを被せてもらうとアリーシャにこりと笑った。
「ありがとう」
その拍子にぽろりとこぼれた涙を見て、サラの目にも涙が浮かぶ。
お母さん、お父さん私幸せになります。
「アリーシャ様、準備は出来ましたか?」
外から声をかけられて慌てて答える。
「うん!」
ドアを力強く開くと白の正装をしたレイが手を差し伸べていた。
「行きましょう、私の聖女様」
普段はあまり見せない柔らかい笑みを浮かべアリーシャを誘う。
「…っはい!」
2人は手を取り合い光の中を歩いた。
聖女の力を失った国はその民から怒りをかい、暴動が起きた。
その後も国は立て直すことなく、聖女のいる国の下に入ったという。
残酷に告げた王の言葉にその周りにいる側近も頷く。
「聖女からの用だと聞いたから話を聞いたのにそんなことか」
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「レイ…ごめんね、私が聖女になってしまったせいで」
平民だったアリーシャが聖女と呼ばれるようになったのは4年前の事だった。
目の前で魔力が暴走した少年を抱きしめ、その荒ぶった魔力を沈めた。
聖女とは自在に魔力を操れる者の事を言う。
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だがそれらはほとんど事実無根のものだった。
ただ唯一結婚をすれば失うというものは分からないのだが。
「貴女のせいではない」
レイは涙ぐむアリーシャを慰めるように頬を撫でた。
2人の出会いは4年前ちょうどアリーシャが聖女と呼ばれるようになった時だった。
外の世界とはほとんど断絶した空間に閉じ込められていたアリーシャに付けられた護衛がレイだったのだ。
聖女の宮とは名ばかりのただアリーシャを閉じ込めて都合の良い駒にする為の宮殿。1日に3度食事が運び込まれる時以外はずっと1人で閉じ込められていた。その期間はたった1ヶ月。しかし平民だった彼女はすぐに限界が来た。
外に出たい!
誰かと話したい!
その願いを叶えるために地の精霊がアリーシャを迎えに来た。…聖女の宮を破壊して。
「聖女の宮が破壊された!」
まさかアリーシャが(正確には彼女のために地の精霊がだが)破壊してしまったとは思っていない騎士達は侵入者を疑った。
しかしもちろん侵入者などいるわけもなく、侵入者の逃走を阻むことが出来なかったということになっていた。
これによりアリーシャに1人護衛が付けられることになったのだ。もちろん宮にはたくさんの騎士がいる。しかし彼らは宮の周りに並んでいるのであってアリーシャと顔を合わせることは滅多になかった。
話し相手ができる!
アリーシャは喜んだ。しかしレイは寡黙だった。
「あなた名前は?」
「…レイ・ルートベルです」
「レイね!私はアリーシャ」
「存じております」
「ねぇレイ!今日は晴れてるね」
「ええ」
「貴方は大きいわね、身長は何センチあるの?」
「185です」
自分の声に応えてくれる相手がいる。
それだけでアリーシャは嬉しかった。
だけど
「ねぇレイ、私はいつ外に出られるのかな」
「…」
「あそこに行きたいなぁ」
活気のある街並みを見下ろして言うアリーシャをレイはただ無言で見つめるだけだった。
外で自由になりたいアリーシャの気持ちは変わらない。
その日からレイの態度が変わった気がする。
一言二言しか無かった応えが増えて、彼から話しかけられることもあった。
「アリーシャ様、こちらへ」
突然の事だった。窓をぼーっと眺めていたアリーシャの手をレイが取った。
困惑しながらもレイに着いていく。
彼は窓を開けるとアリーシャを抱き上げる。
「え、えぇえ?」
「捕まっていてください」
そう告げられた次の瞬間にはふわりと体が宙を舞い、窓の外へ飛び出していた。
「きゃあああああああ!」
アリーシャがいた場所は3階。
そこから飛び降りたのでは命がないだろう。
アリーシャはついにここで閉じ込められる生活が嫌になって心中でもする気になってしまったのかと思うが、すぐに音を立てずにレイは着地した。
「…へ?」
「防音魔法をかけてありますから貴方の悲鳴は聴こえていません。それにあそこには身代わりを置いてきました。」
飄々とそう説明するレイにアリーシャはただただ目を見開いているだけだった。
「外に出たいのでしょう?」
「あ…」
そう言われて初めてアリーシャはレイが自分のために外に飛び出してくれたことに気がついた。
「どうして…」
レイは王の命令でアリーシャに付いた護衛のはずだ。それがどうして自分を連れ出してくれたのだろうか。
「貴女があそこへ行きたいと言ったから」
ただそれだけで彼はアリーシャを連れ出してくれたのか。
溢れ出る涙を彼女は止められなかった。
「レイ!懐かしい!あそこは串焼きが売っている広場なの!とっても美味しいんだよ!」
今日は買えないけれど…とアリーシャが肩を落とすとレイは串焼きの屋台に近付いた。
「串焼き1本下さい」
「はいよ!」
串焼き屋の気のいいおじちゃんは閉じ込められているはずのアリーシャの姿を視認したがただお嬢ちゃん楽しめよ!とだけ言ってくれた。聖女がいると騒げばアリーシャが困ることを分かってのことだろう。
レイはおじさんから串焼きを受け取ると無言でアリーシャへ差し出した。
「で、でもこれは貴方のお金でしょう?」
アリーシャが慌てて拒否するとレイは眉間に皺を寄せた。
「貴女を閉じ込めることで得たお金です。貴女のために使います。」
それに大した金額ではありませんしとレイはアリーシャに串焼きを押し付けた。
「あ、ありがとう」
頑なに差し出すレイから串焼きを受け取ると、頬張った。
「美味しい…」
こんなに美味しかったっけ?
アリーシャは静かに涙を流した。
レイはそんな彼女を抱き上げ、人目のない隅の方へと運び、彼女の背中をさすった。
「今日はありがとうレイ!とっても楽しかった!」
アリーシャがお礼を伝えると、レイは目を伏せた。
「お礼を言われることではありません。私は貴方を閉じ込められているのですから。」
「いいえ、今日だけじゃない。いつもありがとう。」
あそこでアリーシャと話をしてくれるのはレイだけだった。少ししか話さないとはいえ、それが彼女にとっては本当に嬉しかったのだ。
それに今回のように聖女を連れ出すと、最悪死刑だ。彼はそれを知っていながらアリーシャを連れ出してくれた。
だからありがとうとアリーシャが言うとレイは泣きそうな顔をした。
その日からアリーシャとレイの距離は更に縮まった。元々口数が少ない方らしいレイは饒舌になることはなかったが、徐々に自分のことを話してくれるようになった。
自分が天涯孤独であること。
アリーシャの護衛の選抜にはたまたま勝ったというだけだったこと。
そして…外の世界に恋焦がれるアリーシャを好きになっていたこと。
アリーシャからの気持ちは求めない。ただ自分が好きで仕えているだけだと言うレイの唇をアリーシャは自分のそれでふさぎ、私も好き!と伝えた。両想いであることを確かめ抱き合った直後に聖女の力が消えていないかと問うレイにアリーシャは慌てて確かめたのだが、力は無くなるどころか増している気がするのだった。
「アリーシャ様、私と家族になってくれませんか?」
ある日レイは突然言った。
だがその表情はプロポーズには相応しくない顔が青ざめ、落ち込んでいるようにすら見えた。
「レイ…どうしたの?」
そんな彼を見過ごせるはずもなく、アリーシャは尋ねた。
彼は唇を震わせ、残酷な事実をアリーシャに告げた。
「貴女の両親が…何者かに殺されました。恐らく王の手先かと。」
「どう…して…私はここにいるじゃない。逃げてないのに。」
アリーシャを聖女の宮へ連れていく時、王は彼女の家族を人質に取り脅したのだった。
お前が一緒に来なければ両親の命はないと。
「お2人が貴女を連れ戻したいと何度も仰っていたそうです。貴女を連れ去られた日の出来事を全て街中の人に洩らしたと。」
まさか王家の評判を気にして王は2人を殺したのか。
アリーシャは唇を噛み締めた。
「私のせいで…」
握りしめた拳の上からレイが手を重ねた。
「貴女のせいではありません。」
唇から伝う血をレイは指で拭った。
「お2人は貴女が幸せになることを望んでいるのです。そんなふうに自分を責めて欲しいわけがありません」
レイのその言葉にアリーシャの涙腺は崩壊した。
なんで私は聖女なの!
なのになんでこんなに無力なの!
もう嫌よこんなの!
1人はいやだ!
そう叫ぶアリーシャを抱きしめ、貴女のせいではありません。貴女には私がいます。とレイは何度も口にした。
「アリーシャ様、家族になりましょう。私は貴女を幸せにします。」
「一人に…しない?」
「ええ、幸い私は強いです。貴女のためなら誰にも負けません。ずっと貴女の傍を離れません。私と家族になってください」
そう言って自分の背中を撫でてくれるレイをアリーシャが断れるはずもなく。
「はい!私と一緒にいて下さい。」
涙を流しながら応えたのだった。
「アリーシャ様、2人で逃げませんか?」
レイは驚くアリーシャの手を取り、続けた。
「人質となっていた貴女の御家族はあの愚か者に殺されてしまいました。貴女がここにいてやる義理はありません。」
「それもそうだね…」
なぜ自分はここにいる気でいたのだろうと監禁生活に慣れてしまったアリーシャは身震いした。
そんな彼女にレイは隣国に伝手があるのですと言う。
「お願い。ここから連れ出して!」
そう言ってレイの手を握り返した瞬間にアリーシャの足は地面から離れる。
最初は驚いたのだが、何度も抱き抱えてくるレイのおかげでもう慣れたものだった。
「レイ、久しぶりだな」
レイがアリーシャを下ろしたのは王の目の前だった。それも隣国の。
いや、もちろん何度かアリーシャを下ろしてはいたのだが馬車から出てからはずっと抱えられていたのだ。
「お久しぶりです。お世話になります。」
「よいよい。私とお前の仲ではないか。」
どんな仲だろう。
アリーシャは一人突っ込む。
「そちらが聖女か」
「えぇ」
「聖女アリーシャです。このような格好で失礼しました。」
いきなり出てきたアリーシャは勿論正装ではない。それはレイにも言えることなのだが全く悪びれた様子がない。伝手があるとは言っていたがまさか王だったなんて。
「レイ、聖女が驚いている。説明はしたのか?」
「今からします」
「分かった」
またな、と言って手を振る王に頭を下げると再びレイに抱えられた。
「えっとここは…」
アリーシャが通されたのは神殿の白く、だが煌びやかな部屋だった。
「今日からここが貴女の…そして私の部屋です。」
「わ、私とレイの!?」
「私は貴女の護衛であり夫ですから」
レイは堂々と告げる。
「え、ええと、陛下にはお伝えしたのですか?」
アリーシャが尋ねるとレイは顔を逸らす。どうやらまだ伝えていないらしい。
「貴女を…1人にはできません。」
アリーシャは聖女であるため、決して弱くはないことをレイは知っている。
彼が心配しているのはアリーシャの精神面だろう。
「ありがとうレイ」
正直アリーシャは両親を失った悲しみから全く抜け出せていない。1人になった瞬間に溢れてしまう涙にレイは気付いていた。
「アリーシャ様、貴女はここでまた聖女として活動することなります。…大丈夫ですか?」
「うん。私人の役に立てるなら続けたいとは思ってたから」
アリーシャが大丈夫、と言うとレイは安心したように胸をなでおろした。
あんな風に閉じ込めたりしなければ聖女の仕事なんていくらでもしようと思ってたのに。
「仕事はいつからあるの?」
「貴女が十分に休息を取ってからで大丈夫ですよ」
「今にも私の力を必要としてる人はいるんだね?」
曖昧な言い方にアリーシャは勘づく。
「えぇ、ですけど貴女の体調が1番ですから。」
陛下にも許可は取っていますとレイは苦笑した。
「レイさえよければ今から行くよ」
「私は大丈夫です」
レイの返事に頷くと患者の元へ向かうのだった。
「アリーシャ様大丈夫ですか?」
魔力に悩まされている人は思ったよりも多く、立て続けに治療していたアリーシャは疲れきっていた。
「う、ん。ちょっと眠い。」
こくんこくんと前後に揺れるアリーシャの頭を支えると軽く持ち上げた。
「部屋に運びますから寝ててください。」
労わるようにアリーシャの体を優しく包み込むレイの腕の中でアリーシャは眠りに落ちるのだった。
アリーシャとレイの結婚式はすぐに行われた。
「聖女様、お綺麗です!」
1番に身の回りの世話をしてくれた侍女サラにヴェールを被せてもらうとアリーシャにこりと笑った。
「ありがとう」
その拍子にぽろりとこぼれた涙を見て、サラの目にも涙が浮かぶ。
お母さん、お父さん私幸せになります。
「アリーシャ様、準備は出来ましたか?」
外から声をかけられて慌てて答える。
「うん!」
ドアを力強く開くと白の正装をしたレイが手を差し伸べていた。
「行きましょう、私の聖女様」
普段はあまり見せない柔らかい笑みを浮かべアリーシャを誘う。
「…っはい!」
2人は手を取り合い光の中を歩いた。
聖女の力を失った国はその民から怒りをかい、暴動が起きた。
その後も国は立て直すことなく、聖女のいる国の下に入ったという。
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