転生したら悪役令嬢の白豚パパでした!?~うちの子は天使で元恋人は最強騎士です?オーラを見極め幸せを掴め!~

緒沢利乃

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婚約破棄編

セシル、月を見る

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窓辺に腰かけ、満月になろうとしている黄金の月を眺める。
これから暑くなる季節を迎える。
夜風が少し湿っていて温く感じた。

「……セシル?」

「ああ……戻ってきたのか」

寮で同室のルーカスは、長期休暇で明日辺境にある実家へ旅立つ前に、愛馬の世話をしてきたらしい。
マメな男だ。

「何を見ている?」

逞しい腕を僕の頭の上の窓枠にかけ、上から覗き込むように顔を近づけてくる。
やや頬が熱くなった気がした僕は、ツンと横を向いた。

「月だよ。明日は満月だ」

「……そうか」

明日の満月は一人で眺めることになるだろう。

「セシルは、今年も帰らないのか?」

「ああ。王都にはあの人がいるし、領地に帰ってもあの人が追いかけてくるからな」

ふーっと息を吐き煩わしい現実を払うように頭を軽く振った。

領地には厳しいが尊敬する父がいて、大らかで優しい兄がいる。
できるなら、夏のひと時を父や兄と一緒に過ごしたいが……どうせあの人が邪魔をするのに決まっている。

「ずいぶんと手紙が届いていたようだか」

「いつものことさ」

愛していると書き、僕のためと書き、何かを押し付けてくる厄介な手紙だ。
学園の寮に入り、最初の一年で返事を書くことを止め、次の一年で読むことを諦めた。
今はもう、手紙の封を切ることもない。

父と兄からの手紙には、ちゃんと返事を書いている。なんだったら兄の婚約者にも季節の挨拶状を送っている。

「ここは親族といえど正式な許可がなければ面会ができないから、よかったよ」

あの人からの面会はすべて断っている。
身分を笠にきて、担当の職員に当たり散らしたらしいが、父から正式に面会拒否の許可は取っている。
文句があるならハーディング侯爵本人に言えばいい。
あの人には無理だろうけど……。

「俺も寮に残れればよかったが……」

僕よりも頭一つ高い背に、剣の稽古をかかさない鍛えられた体の男が、雨に濡れた子犬の雰囲気を醸し出すのはやめてくれないか。
こっちの胸がきゅうんと痛くなる。

「無理しなくていいよ。辺境伯の夏の特訓は有名だよ。むしろ、怪我をしないで。せめて手紙を、休暇が終わるまでに一度くらいは手紙を送ってよ」

君は無口だし、手紙もマメに書くような人じゃないけど、僕のために苦手なことに挑戦してほしい。

「ああ……いくらでも書くさ」

苦い顔をしてるくせにとクスクス笑えば、その逞しい両腕にそっと抱きしめられる。

「帰ってきて。ちゃんと僕のところに帰ってきてね」

「ああ。心配するな。辺境伯恒例の訓練だ。俺にとってはガキの頃から遊んだ山ン中だし。それより、セシル。お前こそ風邪ひくなよ? こんなに細くて、いつか消えちまうかもと心配だ」

クスクスと笑いを零すと、ルーカスは呆れたようにため息を吐いた。

「手も足もこんなに細くて。指だって華奢だ。首も細くて……色も白い。とても……とてもキレイだ」
「……ルーカス」

そっと重なった僕たちの唇。
恋人同士の暫しの別れを惜しむのを見守るのは、ほんのちょっぴり欠けた月だけだ。




◆◇◆◆◇◆◆◇◆◆◇◆

婚約破棄編、終わり
次回から新章です。
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