血の記憶

甘宮しずく

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望月蒼一郎

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 望月家を出てからも、蒼依の動揺は収まらなかった。またひとり腕の中で死なせてしまうところだった。あの瞬間を思い出すと、未だ震えがぶり返してくる。
 望月家に引っ越したくないが、それを伝えることを考えると身がすくんでしまう。また発作を起こし、今度こそ死んでしまうかもしれない。そしたら私が殺したも同然だ。

 それなら祖父と暮らす?大きな塊が喉につっかえた。それはふたりとの別れを意味している。ようやく見つけた、よりどころを失う不安。身体の一部をもぎ取られるような苦痛が身をさいなんだ。
 今やふたりは大切な存在だ。

 蒼依は重い足取りでアパートの階段をあがっていった。

 「蒼依!」
 切れかかってチカチカするライトの下に、晃聖が立っていた。

 不安からか、交互に現れる闇に彼が消えてしまいそうな気がする。半ば走り、彼の胸に飛び込んだ。

 晃聖ががっちりと彼女を受け止めた。

 大きな温もりが蒼依を満たす。だけど、まだ足りない。
 蒼依は顔を彼の胸に埋め、両手を腰に回した。

 「きみがいないから心配した」くぐもった声が頭上から聞こえてきた。

 両頬を包まれ、焦げつきそうな視線を受けとめる。晃聖の唇が降ってきて、キスが始まった。

 互いを失うかもしれない強迫観念に駆られ、事態は一気に進もうとしていた。



 鍵を開ける間も晃聖は彼女の肩を抱いて放さなかった。
蒼依を待っていた三時間余り、一年前の失踪が頭をよぎりどんなに不安だったことか。
 部屋にあがると、彼女の顔を仰向けてがむしゃらに唇を奪った。

 蒼依がしがみついてきた。晃聖の重い鼓動が、蒼依のそれと重なる。

 信頼を取り戻すまでは一線を越えないという誓いも忘れ、晃聖はせわしなくTシャツの下に手を入れた。蒼依を求める気持ちが強烈すぎて、手が震える。誓いを思い出せたとしても、止められる自信はなかった。

 衣類はたちまち床に散らばり、ふたりはもつれ合うようにベッドにたどり着いた。

 晃聖は細い身体を押さえつけ、手を這わせた。鼻息も荒く乳房にむしゃぶりつく。つまんでは転がし、濃厚なキスで痕を残す。夢中で歯を立てる姿は、まるで飢えた獣だ。

 蒼依がうわ言ように彼の名を呼んでいる。

 晃聖は乳房から顔を上げ、彼女を見下ろした。

 とろけた顔が、彼を待ちわびているようだ。

 「蒼依」愛しくてたまらない。彼女と固く結びつき、二度と放したくない。
 晃聖は彼女の反応を見ながら、さらに愛撫の手を進めた。やわらかな襞を拡げ、ぐるりと撫でる。

 蒼依が息を呑み、目を閉じた。顔は上気し、唇は半開きだ。

 晃聖は唇を合わせ、舌を入れた。下の口にも指で刺激を送り込む。クチュクチュと水音が立ち始め、有頂天になった。

 「お願い」うれしいことに、蒼依がおねだりしてきた。
 遠慮がちな手が彼の昂ぶりに触れる。張りつめた亀頭を撫でられ、身震いがした。

 我慢できない。今すぐひとつになりたい。求め合う指を絡め、熱い視線を合わせ、荒い吐息が交わる。
 みなぎる先端が肉襞をかき分け、彼女を征服していく。男に慣れていないそこはきつい。

 蒼依は辛そうに眉をしかめながらも、貪欲に彼を呑み込んでいった。

 ようやく一体となれた満足感は格別だった。身体を引き、自分のものが彼女と繋がっていく様を目でも堪能する。大きく脚を拡げ、荒い呼吸に胸を上下上下させる姿は、他に何も考えられなくなるくらい扇情的だ。

 「俺に手を回して」

 蒼依がしがみついてくる。

 「もっと強く」
 自分でも彼女の腰をつかみ、深いストロークを開始した。ぎりぎりまで引き抜き、深々と交わる。

 蒼依が艶のある声をあげた。

 もっとその声を聞きたくて、夢中で彼女を揺さぶった。
 その瞬間は初めてのときをはるかにしのぐ激しさでおとずれた。怖くなるほど強烈で、切なくなるほど感動に満ちていた。
 晃聖はセックス以上の、結ばれることの本当の意味をようやく知った。



 鼓動が落ち着いたあともふたりは手足を絡め、じっと抱き合っていた。
 晃聖を嫌う理由も、彼から逃げる必要もない。蒼依は心地よい疲労感に包まれ、一年前には叶わなかったまどろみの世界をさまよった。

 「二度と黙って消えたりしないって約束してくれ」晃聖が静寂を破った。

 睡魔は一気に吹き払われ、深刻な現実に引き戻された。衝動的に体を重ねてしまったが、なおさら事態をややこしくしてしまったのかもしれない。
 その証拠に胸騒ぎは依然として晴れず、焦燥感は切ないうずきとなって居座っている。熱が冷めるにしたがって、はかなさはより一層確かなものになりつつあった。

 「ずっと、そばにいたい」

 晃聖が彼女を抱き込み、力を入れた。

 蒼依も彼にすがりつく。
 そう約束できたらどんなにいいか。不確かな未来に彼女は怯えた。

 「どうした?」まるで彼女の不安を察知したみたいに、晃聖が訊いてきた。

 「私、幸せに慣れていないみたいで、なんだか不安」

 「心配いらないよ」晃聖はまだ自分を責めていたようだ。蒼依の腕にうっすら残った傷痕をさすった。
 「大丈夫。俺にはきみしかいない。二度とあんな目には遭わせないから」

 懸命に不安を取り除こうとしてくれていたが、相手が悪すぎる。ふたりの間には絶大な力を持つ祖父が立ちはだかっている。あれほどの執着を見せた彼が、簡単に諦めるとは思えなかった。

 「さっきはどこに行ってた?」いよいよ晃聖が核心に迫ってきた。

 だけど言いたくない。話せばこのひとときの平和は消滅し、出口のない堂々巡りが始まる。せめて今だけは何もないふりをして、幸せに浸りたかった。

 「今は話したくないの。でも明日、相談したいことがあるから兄とあなたの意見を聞かせてくれる?」

 「その席に俺がいていいのか?」

 「もちろん」
 望月家に移り住む条件として、彼のことも入っているのだから当然だ。

 晃聖は心からうれしそうな顔をした。胸に載せた彼女に頬ずりし、反転して組み敷いた。
 「今夜は泊まっていく」妖しい笑みを浮かべ、我が物顔で宣言する。
 彼女の返事も聞かないうちに、唇に喰らいついた。

 蒼依は胸に巣くう恐れを忘れた。




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