血の記憶

甘宮しずく

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遺恨

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 真夜中過ぎ、クッションを枕に眠っていた晃聖は涙のからむうめき声で目覚めた。いつか聞いたことのある母親を呼ぶ声。
 今の彼には、悲痛な叫びに聞こえた。

 晃聖はすぐさま灯かりを点け、彼女を抱き寄せた。

 蒼依は命綱でも見つけたかのように、しがみついてきた。夕方、涙が涸れるほど泣いたのに、新たな涙があふれている。

 彼女の悲しみは終わっていないのだ。母親の最後の瞬間を繰り返し夢に見、未だ苦しんでいる。
 蒼依を救いたかった。それには、蒼太の存在がどうしても必要だ。

 晃聖は決意も新たに、蒼依を起こしにかかった。
 「蒼依、起きろ。夢だ。蒼依」優しく揺さぶり、目尻に流れる涙をぬぐってやった。「蒼依!」

 ようやく彼女が濡れた目を開けた。

 「夢なんだ」

 いつもの条件反射か、蒼依は一瞬、体を硬くした。
 だが顔を覆って盛大なため息をつき、もたれかかってきた。

 蒼依が気を許して、頼ってくれたのがわかった。なんとも言えない喜びだった。このまま彼女を抱き上げて、踊り出したい気分だ。
 蒼依を大事に胸を抱え、幸せに酔いしれる。

 すると、彼女も両腕を晃聖の首に回してきた。ブラも着けていないやわらかいぬくもりが、彼の胸を押してくる。

 一気に鼓動が跳ね上がった。すべての感覚が胸に集中し、彼女を掴む手に力がこもる。

 このまま抱き寄せたい。いや、まだ早い。
 乱れる心臓に合わせ、感情も乱れる。
 「蒼依?」声の調子まで変だ。

 蒼依が少し身体を引き、彼を見上げた。

 密着していた身体が離れ、全身がやわらかな乳房を恋しがる。彼女の顔を見て、さらに自制心を試される羽目になった。

 蒼依は息をつめ、待っていた。ためらいがちな指先が、胸から喉をなぞり唇を撫でる。

 生唾を呑んだ。彼女が欲しくて、身震いがする。唇から手を引きはがし、強く指をからめた。
 「蒼依!」自分を叱咤した。「寝たほうがいい」

 「夢のあとは眠れないの」蒼依が甘くささやく。再び彼に擦り寄ろうとした。

 慌てて腕の長さの分だけ彼女を引き離した。

 たちまち蒼依が傷ついた表情を浮かべた。布団を掴んで、もぐり込もうとする。

 「俺もこうしていたいけど、自制心が危ないんだ。必死に闘ってるんだよ」

 蒼依が逃げるのをやめて、再び目を合わせてきた。
 「闘わなくてもいいんじゃない?」いつか彼を誘惑した女が腕の中にいた。

 そうできたら、どんなにいいか。
 だがあのとき、誘いに乗ったがために別れが待っていた。二度と同じ間違いを犯してなるものか。
 「いつかそのときがきたら。だけど、今はだめだ」

 「そうなの?」

 「そうだ。さぁ、横になって」しぶる彼女に布団をかけ直し、彼女の手を握る。
 「いいか?こうして一緒にいられるだけでも、俺にとっては夢みたいなんだ。焦って、またきみを失う羽目になるのは二度とごめんだ」態度でも気持ちを伝えようと、ゆっくりと頭を撫でる。
 「今はこの関係を大切にしたい。時間をかけて、変わった俺を見てくれ。そして、ずっといてもいいと思えるくらい信用してもらえたら、きみをいただく」ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 蒼依が目をショボショボさせながら、笑った。落ち着きを取り戻し、眠気が戻ってきたのだろう。

 「さあ、手を握っててやるから、寝ろよ」

 蒼依が唇に笑みを浮かべたままコトリを眠りに落ちた。細く途切れていた信頼の糸が、つむがれ始めた瞬間だった。





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