血の記憶

甘宮しずく

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友情

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 このところ蒼依の心は弾んでいた。そんな気分はひかえめではあるが職場でも表れた。営業スマイルが難なくできるのだ。

 ある日、結城綾が親し気な笑顔で隣りに座った。
 「最近、調子よさそうね。何かいいことあった?」

 晃聖の指摘が証明された瞬間だった。

 「どうしてそう思うんですか?」とぼけてみせたが、成功しているのかどうか自信がない。すべてを見透かされているようで、落ち着かなかった。

 思い返してみれば、母が亡くなるまでは開けっぴろげだった。おかしければ声を上げて笑い、父が出て行ったときは怒り狂った。
 十五歳の春のことだ。その日を境に生活は一変した。そのときも感情的に母を問いつめた。
 だが母は、彼女以上に混乱するばかりで、何も教えてくれなかった。たぶん、母にもわからなかったのだろう。だから、兄に怒りをぶつけた。

 蒼依より三つ年上の蒼太は、彼女ほどではなかったが、やはり戸惑っていた。父が姿を消した理由が、どうしてもわからなかったからだ。

 それまでの両親は、子どもたちが呆れるほど仲が良かった。『その分じゃもうひとり家族が増えそうだ』と兄がからかうぐらいだった。

 それなのに、幸せは突然終わった。
 兄は父の姿を求めて街をさまよい、蒼依は打ちひしがれる母を慰めながら、肩を寄せ合って暮らした。

 そして、兄はとうとう父を見つけ出した。
 だが、母に知らせるわけにはいかなかった。なぜなら、父は派手な水商売風の女と一緒だったからだ。父とその女が古びたアパートへ入っていったことを、父親似の顔を怒りに歪め話してくれた。
 母以外の女の肩を抱いた父の姿は、兄にも悪影響を及ぼしたようで、それ以来、蒼太はすっかり変わってしまった。

 「ごめんね。余計なお世話だよね?」

 蒼依ははっと視線をあげた。

 申し訳なさそうに綾が見ている。

 どうやら考えごとに没頭し過ぎたようだ。蒼依はかぶりを振って、笑みを見せた。
 「ぜんぜん。新しい友だちができたのがよかったのかも、って考えていたんです」

 「よかった」綾は物思わしげに、彼女を見つめている。
 「困ったことがあったら、いつでも声をかけてね」蒼依の腕をそっと叩き、立ちあがった。

 「あの……」綾を引き留めた。
 彼女なら胸に抱える不安や孤独をわかってくれるかもしれない。
 だが、言葉は出てこなかった。これまで話すまいと習慣づけてきたことを、そう簡単に変えられるわけがない。
 蒼依はお礼を言って、ごまかした。





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