血の記憶

甘宮しずく

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 「逃げられたな」慎司が横に並んで、一緒に蒼依を見送った。

 「ダンスは踊ったさ」

 「ダンス!?」慎司が突拍子もない声をあげた。「あれがダンス?きみらは突っ立って、ただにらみ合ってただけだろ?柔道でも始めるのかと思ったよ」

 晃聖は言葉もなく、苦笑した。自分でもあれは完敗だと思う。

 「まいったよ。彼女には……」慎司が今、逃げてきた客をチラリと振り返る。「俺は降りる。時間をかけるだけ無駄だ」

 「男性不信どころか、嫌ってるよな?」晃聖はつぶやいた。

 「だから諦めろって。どう見たって、脈なしだろ?もしかしたら、意外や意外、レズかもよ。彼女たちに聞けば、何かわかるんじゃないか?」

 晃聖は慎司とふたりして、しらけきった裕美たちのボックスについた。

 「蒼依ちゃんって、誰にでもあんな感じ?」慎司は馴れ馴れしくそう呼び、ずけずけ訊いた。

 「ううん」裕美が答える。「けど、自分から話に入ってくる方でもないかな。いつもちょっと距離を置いて、静観している感じ。あんなに怒ったの初めて見た」

 「でも話しかけると、ちゃんと相手してくれるよ」すかさず静香がフォローを入れる。

 「それって、女の子しかダメってことかな?」晃聖は黙っていられず、口を挟んだ。

 「はあ?」加奈が目を丸くする。

 「その……、恋愛対照として」

 彼女たちが吹き出した。

 言い出しっぺの慎司までもがニマニマしている。

 「蒼依さんなら私、抱かれていいかも」静香がうっとりと天井を見上げた。

 「そんなわけないじゃん」加奈が一刀両断で否定する。

 「絶対、何かあったんだって」祐美が生真面目な顔で答えた。

 「何があったかわからないの?」晃聖は質問を続けた。誰に笑われようが、構わない。

 「さあ?」仲間内で確認し合っている。

 「訊いたことないの?女の子ってそういう話、好きでしょ?」慎司も横から口を出してきた。

 「あるに決まってるでしょ」そう答えたのは加奈だ。「うちの社員のほとんどが彼女に興味津々よ。だけど、みんなはぐらかされるの」

 「だいたい、いつも自分のことは話さず、聞き役だもんね」祐美が話を引き取った。「聞き上手だから、私も悩みを聞いてもらったくらいよ」

 「しかも仕事ができて、美人で、ミステリアス。憧れるわ~」加奈がしみじみつぶやく。

 「私たち、きっと嫌われちゃったね?」静香がしょんぼり締めくくった。

 三人は再び沈黙に沈んだ。賑やかな店内で、ここだけお通夜のようだ。

 「きみら確かイベントコンパニオンだよね?どこの会社?」

 「それが何?」裕美が即座に警戒した。「何でそんなこと聞くの?」

 「たぶん彼女、もう来てくれないだろうから、謝りに行こうと思ってさ」

 「言いたくない」残るふたりと目配せを交わした。「清算してくれる?」

 「僕が持つ、って言ったろ」晃聖は言った。

 慎司はそれで構わない、とばかりに黙っている。

 「おごってもらいたくない」加奈が言った。「蒼依さんにいやな思いさせたのに、私たちだけいい思いをしたくないもん」

 「いやな思いをしたのは、きみらも一緒だろ?」晃聖は譲らなかった。「彼女を怒らせたのは俺だから、俺が責任を取る」

 再び三人は目配せを交した。
 「わかった」祐美が代表して、答えた。

 慎司は常連客をいっぺんに三人も失ったかもしれない。それほど気まずい別れだった。
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