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2.そうだ、専門家に聞いてみよう
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魔術の開発には時間がかかる。
0から新たな魔法を作るとなると3カ月なんかじゃ足りず、最低1年は必要だ。
今回は既存の魔法をより強くする方向でやっていき、どうにか間に合わせるしかない。
「うーん、でも強力な自白魔法なんて私よりもっと前に出来てておかしくないでしょ。今の魔法が最適だから今の形になったわけで……」
ちなみに魔法も魔術も言葉に違いはない。
従来は「魔法」という言葉を使っていたが、国内で流行った小説で「魔法使い」が人気となり、そのイメージに引っ張られてしまうので「魔術師」という言葉に変えただけのことだ。
「下手に今の形を崩すとどう魔法が変化するか……あんまりやりすぎると精神崩壊を起こさせちまうんだよなぁ……」
相手が精神崩壊すると、どんなふうに暴走するか分かったもんじゃない。
そもそも自白魔法なんてこれまで縁が無かったのにいきなり強化できるわけもない。
「よし。専門家に聞くか」
ということで、諸々の許可を取って騎士団に赴いた。
待っていたのは騎士団員らしく筋肉がしっかりとついた長身の男。
他の女たちに比べて背の高い私ですら彼の身体にすっぽりと収まりそうなほどデカい。
だけどむさくるしい印象は無く、むしろ瞳と同じこげ茶の髪は短く刈り揃えられていて爽やかだ。
年齢は私と同じくらい、20代後半か30代前半だろうか。
「エニー・イルド開発部門長ですね? お待ちしておりました」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。髪の女神にお会いできるなんて光栄です」
「次にその呼び方をしたら魔法をぶっ放しますよ」
「あれ? 名誉なことなのに気に入ってないんですか? 騎士団でも議会でもあなたの名前は有名ですよ。ハゲの救済者だって」
「不本意です」
どこにでも頭髪で悩む人はいる。
それは分かっているけれど、良い年したおっさんたちに「君のおかげだよ!」と頭を見せられるこっちの気持ちも分かってほしい。
しきりに髪をふぁさ……とするリーディン室長はその筆頭だ。
そもそも、頭髪増強呪文は不本意にショートカットとなってしまった姫の髪を治すために開発したものだ。
ハゲのおっさんたちのためじゃない。
「私の上司からもイルド開発部門長にはお礼を伝えるように言われていたのですが……」
「結構です。元々、姫様のために作った呪文です。礼は姫様に言ってください」
「そう伝えておきましょう」
「それと、私は名ばかりの部門長です。イルドで結構」
「ではエニーさんと呼びますね」
筋肉バカらしく話を聞かない奴だ。
呼び方で気づいたが、私は彼の名前を知らない。
尋ねるより先に彼が言った。
「私のことはカイザとお呼びください」
「あの……家名は?」
「お互い名前を呼びあう方が友好を深められるでしょう」
今日だけの付き合いだから深める友好なんてない。
けど、彼が言おうとしないならこれ以上は聞かない方がいいみたいだ。
挨拶もそこそこに、私とカイザは騎士団の本部とは離れた小屋に入った。
「エニーさんは強力な自白魔法を開発するために来たんでしたよね」
「ええ。私は自白をさせることについては詳しくないのでそこから知りたくて」
「拷問の話も出るので気分を悪くするかもしれませんよ」
「構いません」
答えた途端にカイザの表情が変わった。
それまでは騎士らしい溌溂とした表情だったけれど、陰のある理知的なものになった。
ようやくそこで悟った。
この人はただの筋肉バカじゃない、と。
「自白に必要なのは緊張と緩和です。相手に負荷をかけ、極限まで高めた時に少しだけ緩める。すると、気を緩めた相手がポロリと話してしまう。あとはそこから広げていきます」
「現存する自白魔法の構造も同じです。精神的負荷を感じさせ、話した方が楽になると錯覚させることで自白させる。ただ、今より強力な魔法にするとしたら、もっと精神的負荷をかけなくちゃいけません」
「ならば、精神的負荷を強くすればよろしいのでは?」
「そうすると精神崩壊を引き起こします。不用意にやるべきことではありません」
「なるほど。エニーさんは今の自白魔法についてどう思いますか?」
騎士と魔法について語り合うなんて初めてのことだ。
けど、聞かれたので答えた。
「正直なところ、もっと強力なものが作れるのだとしたらすでにあるはずです。けれど無いってことは今のバランスが最適なのでは、と。だから、効果を強めるとしたらそのバランスを崩すしかなく、困っています。ましてや絶対に解けない自白魔法なんて……」
「私の部署の要望でだいぶ困らせているみたいで申し訳ないですね」
「やっぱり諜報部が絡んでいましたか」
「ここではいいですけど、あまり大声で部署の名前を出さないでください。ああ、それと私を外で見かけたら一介の騎士として扱ってください」
諜報を専門とする人間らしい秘密主義だ。
見た目はただの筋肉バカなのに。
と思っていたらカイザがにこやかに言ってきた。
「外での私は他の騎士と同じ、ただの筋肉バカですから」
「…………諜報部は敵国だけじゃなくて身内のことも調べ上げるんですね。しかもくだらないことを」
「リーディン室長から聞いたのですよ。あなたが我々に失礼な口を利くかもしれないって」
「あの金髪ふぁさ男め……」
今度は脱毛魔法を開発しよう。
口の軽い室長への報復はともかく、目の前の男には私の口の悪さも伝わっているらしい。
それなら話は早い。
「絶対に解けない自白魔法なんて夢物語だって分かりますよね?」
「その夢物語を叶えて欲しいからあなたにお願いしているんですよ。ああ、それと絶対に死なない肉体も叶えたいところですが、そちらの研究はかなり昔にお蔵入りしましてね」
絶対に死なない肉体を作ってから頼めって言って断ろうと思ったのに先手を打たれた。
そんなことまで室長から聞いていたみたいだ。
カイザは陰のある笑みを浮かべたまま言った。
「今の自白魔法だと我々のような訓練された諜報員には効きづらいです。なので、もっとかける負荷を強くしても構いませんよ」
「あなたが構わなくてもこちらが構うんです。負荷を強くすれば精神崩壊を起こす可能性も高くなるって言っているでしょうが」
「だから、精神崩壊を起こしても構わないと言っているんです」
「は?」
0から新たな魔法を作るとなると3カ月なんかじゃ足りず、最低1年は必要だ。
今回は既存の魔法をより強くする方向でやっていき、どうにか間に合わせるしかない。
「うーん、でも強力な自白魔法なんて私よりもっと前に出来てておかしくないでしょ。今の魔法が最適だから今の形になったわけで……」
ちなみに魔法も魔術も言葉に違いはない。
従来は「魔法」という言葉を使っていたが、国内で流行った小説で「魔法使い」が人気となり、そのイメージに引っ張られてしまうので「魔術師」という言葉に変えただけのことだ。
「下手に今の形を崩すとどう魔法が変化するか……あんまりやりすぎると精神崩壊を起こさせちまうんだよなぁ……」
相手が精神崩壊すると、どんなふうに暴走するか分かったもんじゃない。
そもそも自白魔法なんてこれまで縁が無かったのにいきなり強化できるわけもない。
「よし。専門家に聞くか」
ということで、諸々の許可を取って騎士団に赴いた。
待っていたのは騎士団員らしく筋肉がしっかりとついた長身の男。
他の女たちに比べて背の高い私ですら彼の身体にすっぽりと収まりそうなほどデカい。
だけどむさくるしい印象は無く、むしろ瞳と同じこげ茶の髪は短く刈り揃えられていて爽やかだ。
年齢は私と同じくらい、20代後半か30代前半だろうか。
「エニー・イルド開発部門長ですね? お待ちしておりました」
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。髪の女神にお会いできるなんて光栄です」
「次にその呼び方をしたら魔法をぶっ放しますよ」
「あれ? 名誉なことなのに気に入ってないんですか? 騎士団でも議会でもあなたの名前は有名ですよ。ハゲの救済者だって」
「不本意です」
どこにでも頭髪で悩む人はいる。
それは分かっているけれど、良い年したおっさんたちに「君のおかげだよ!」と頭を見せられるこっちの気持ちも分かってほしい。
しきりに髪をふぁさ……とするリーディン室長はその筆頭だ。
そもそも、頭髪増強呪文は不本意にショートカットとなってしまった姫の髪を治すために開発したものだ。
ハゲのおっさんたちのためじゃない。
「私の上司からもイルド開発部門長にはお礼を伝えるように言われていたのですが……」
「結構です。元々、姫様のために作った呪文です。礼は姫様に言ってください」
「そう伝えておきましょう」
「それと、私は名ばかりの部門長です。イルドで結構」
「ではエニーさんと呼びますね」
筋肉バカらしく話を聞かない奴だ。
呼び方で気づいたが、私は彼の名前を知らない。
尋ねるより先に彼が言った。
「私のことはカイザとお呼びください」
「あの……家名は?」
「お互い名前を呼びあう方が友好を深められるでしょう」
今日だけの付き合いだから深める友好なんてない。
けど、彼が言おうとしないならこれ以上は聞かない方がいいみたいだ。
挨拶もそこそこに、私とカイザは騎士団の本部とは離れた小屋に入った。
「エニーさんは強力な自白魔法を開発するために来たんでしたよね」
「ええ。私は自白をさせることについては詳しくないのでそこから知りたくて」
「拷問の話も出るので気分を悪くするかもしれませんよ」
「構いません」
答えた途端にカイザの表情が変わった。
それまでは騎士らしい溌溂とした表情だったけれど、陰のある理知的なものになった。
ようやくそこで悟った。
この人はただの筋肉バカじゃない、と。
「自白に必要なのは緊張と緩和です。相手に負荷をかけ、極限まで高めた時に少しだけ緩める。すると、気を緩めた相手がポロリと話してしまう。あとはそこから広げていきます」
「現存する自白魔法の構造も同じです。精神的負荷を感じさせ、話した方が楽になると錯覚させることで自白させる。ただ、今より強力な魔法にするとしたら、もっと精神的負荷をかけなくちゃいけません」
「ならば、精神的負荷を強くすればよろしいのでは?」
「そうすると精神崩壊を引き起こします。不用意にやるべきことではありません」
「なるほど。エニーさんは今の自白魔法についてどう思いますか?」
騎士と魔法について語り合うなんて初めてのことだ。
けど、聞かれたので答えた。
「正直なところ、もっと強力なものが作れるのだとしたらすでにあるはずです。けれど無いってことは今のバランスが最適なのでは、と。だから、効果を強めるとしたらそのバランスを崩すしかなく、困っています。ましてや絶対に解けない自白魔法なんて……」
「私の部署の要望でだいぶ困らせているみたいで申し訳ないですね」
「やっぱり諜報部が絡んでいましたか」
「ここではいいですけど、あまり大声で部署の名前を出さないでください。ああ、それと私を外で見かけたら一介の騎士として扱ってください」
諜報を専門とする人間らしい秘密主義だ。
見た目はただの筋肉バカなのに。
と思っていたらカイザがにこやかに言ってきた。
「外での私は他の騎士と同じ、ただの筋肉バカですから」
「…………諜報部は敵国だけじゃなくて身内のことも調べ上げるんですね。しかもくだらないことを」
「リーディン室長から聞いたのですよ。あなたが我々に失礼な口を利くかもしれないって」
「あの金髪ふぁさ男め……」
今度は脱毛魔法を開発しよう。
口の軽い室長への報復はともかく、目の前の男には私の口の悪さも伝わっているらしい。
それなら話は早い。
「絶対に解けない自白魔法なんて夢物語だって分かりますよね?」
「その夢物語を叶えて欲しいからあなたにお願いしているんですよ。ああ、それと絶対に死なない肉体も叶えたいところですが、そちらの研究はかなり昔にお蔵入りしましてね」
絶対に死なない肉体を作ってから頼めって言って断ろうと思ったのに先手を打たれた。
そんなことまで室長から聞いていたみたいだ。
カイザは陰のある笑みを浮かべたまま言った。
「今の自白魔法だと我々のような訓練された諜報員には効きづらいです。なので、もっとかける負荷を強くしても構いませんよ」
「あなたが構わなくてもこちらが構うんです。負荷を強くすれば精神崩壊を起こす可能性も高くなるって言っているでしょうが」
「だから、精神崩壊を起こしても構わないと言っているんです」
「は?」
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