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2.イエネコ、お持ち帰りされちゃう

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「すみません、これはなんの集まりですか?」
「レオン第二王子が来るからみんな見に来ているんだよ。ほら、イエネコのお嬢さんは背が小さいからもっと前に行きなさい」
「ありがとう、チーターのお爺さん」

 人だかりの後ろにいたのに、チーターのお爺さんみたいに他の猫獣人さんたちもどんどん前を譲ってくれたから最前列まで来てしまった。

「私も将来、レオン様みたいに強い獅子になるの!」
「たしかにお嬢さんは強くなりそうね」

 私のように前を譲ってもらった獅子獣人の子猫と一緒に座って待っていたら、レオン王子とその護衛らしき騎士の集団が見えて来た。
 途端にわっと、人だかりが湧きたった。

「にゃー! レオン様ー!」
「ぜんぜん見えないけど多分カッコイイー!」
「こっち向いてー!」
「一緒に昼寝したいー!」
「素敵ー!」

 みんな口々に勝手なことを言いながらレオン王子に手を振った。
 獣の獅子のたてがみのように広がる立派な金髪、騎士の集団の中でもひときわ大きな身体、鋭く金に光る目、彼は王家の歴史でも類を見る強い獅子獣人と聞く。
 だからか、オスもメスも関係なく国民からは人気だ。
 そんな25歳のレオン王子がまだ一人もメス猫を侍っていないからか、彼に尻尾を振って誘う者たちも多い。

「イエネコのお姉さんは尻尾を振らなくていいの?」
「さすがに獅子の王子様に振るのは勇気がいるなぁ……」

 誘っているのはレオン王子と同じ獅子獣人、それか虎やチーターなど強い種族だ。
 イエネコは弱い分、弁えているものなのよ。

「そんなこと言って! オスもメスも度胸だよ! ほら、尻尾を振って誘いなさいな!」
「にゃお、さすが獅子獣人。子猫でも強い……!」

 うう、いくらイエネコが弱いからって知り合ったばかりの子猫に叱咤されるなんて。
 そんなことをしているうちにレオン王子がどんどん目の前に迫って来た。
 高まる歓声、聞こえる尻尾の音。
きっと彼を狙う猫獣人たちの発情フェロモンがレオン王子に向かっているのだろう。
 私たちは原始の姿を保って四つ足で歩く獣たちと違い、発情期がない。
 けれど、誘いたい相手には自然と発情フェロモンが出てしまうし、自分から出すこともできる。
 今は集まるお姉さま方(あとお兄様方もぼちぼちいる)がこぞって王子にフェロモンを当てていた。
 人だかりに漂うフェロモンに釣られてお姉さま方に手を出すオスもいるのだろうけど、

「ぐはっ!」

 しっかりと殴られている音があちこちから聞こえた。
 自分に向けられていないフェロモンに反応するのはマナー違反だ。
 マナー違反をする奴は殴られても文句は言えないのが獣人界の掟。

「ほら、イエネコのお姉さんもフェロモンを出しなさい! 玉の輿に乗るチャンスよ! 20の大人ならシャンとしなさい!」
「ひえ~」

 すでにしっかりとしている獅子の子猫に激励されるけれど、他の強そうな猫獣人たちのフェロモンで私は萎縮状態。
 イエネコは弱い分、繊細なところもあるんだよ。
 その時、ぶわっととてつもない威圧を感じた。

「ぶみゃー!」
「にゃー!」
「シャー!」
「にゃぉぉお!」

 ムカつくとつい威嚇してしまうのが私たちの性だが、感じたプレッシャーはそんな生ぬるいものじゃなかった。
 すべてを押さえつける恐怖心、そんな圧倒的な威圧が私たちに浴びせられ、歓声はたちまち悲鳴に変わった。
 威圧の出どころはレオン王子だ。

「なんか機嫌悪そうだから逃げるぞ!」
「きっと昼寝が足りてないんだな!」
「あばよ王子!」
「もっと尻尾振りたかったのにぃ~!」

 たちまちぴゅーんと散る人だかり。
 でも、私はそこから動けずへたりこんだままだった。

「ちょっと、お姉さん! 私たちも早く逃げるよ!」
「みゃお……」
「しっかりしてよ!」

 獅子の子猫が私を揺さぶるけれど、足が動かない。
 しかも、レオン王子がどんどんこちらへと近づくから余計に威圧が強まって来た。

「ぶみゃ……シャー! お姉さんに近づかないで! その威圧で怖がってるんだから!」

 獅子の子猫は私を守るように前へ立ちふさがった。
 けど、その身体も尻尾もガタガタと震えている。
 本来なら獅子の子猫が立ち向かえる威圧なんかじゃないのだ。
 どうにか立ち上がって私を守る子猫を下がらせたいのに、私の身体はまったく動かず、ゾクゾクとした感覚に支配されていた。

「来るにゃ! 王子だかなんだか知らないけど、この弱そうなお姉さんをいじめたら許さにゃいぞ! シャー! シャー!」
「大切な国民をいじめはせん。獅子の子猫よ、そこをどけ」
「嘘つくな! シャー!」

 レオン王子は震えながら立ちふさがる子猫の胴をそっと持ち上げ脇にのけ、私に向き直った。

「やはりそうか……この俺の威圧を受けてなおフェロモンを出しているな?」
「みゃお……」

 言われてから気づいたが、どうしてだか私の尻尾は誘うように揺れていた。
 さっきまでレオン王子を誘っていたお姉さま方みたいに。
 彼がすぐそばに来て余計に身体を走るゾクゾク感が強くなった。

「試したいことがある。威圧を強めるぞ」

 レオン王子はそう言って、私だけに向けた威圧を強めた。

「ふみゃっ?!」

 突然のことにとうとう私の身体はふにゃっと地面に倒れ、降参するように身体全体が見える仰向け状態になってしまった。
 さらにはゾクゾク感に甘い痺れが混じった。

「なーう、なーう」

 強者に媚びるように私の身体は勝手にくねる。
 そして甘えた声で彼を誘っていた。
 あなたに全てを委ねますからどうか可愛がってください、とでも言うように。

「やっぱりそうか……俺のここまでの威圧を受けても平気で、しかも発情するなんて……はは、いやらしいメス猫だ」
「なーうなーう」
「こんな道端でそう誘うな。すぐに可愛がってやるから安心しろ」
「みゃう」

 レオン王子は私をお姫様抱っこで抱きかかえ、立ち上がった。
 その間に獅子の子猫は騎士らしきチーターに保護されていた。

「ほらお嬢ちゃん。よく頑張ったな」
「みゃうぅ……」

 私を守ろうとしてくれた子猫は気を失ってしまったようだ。
 子猫を抱きかかえるチーター騎士にレオン王子が問いかけた。

「逃げ遅れた者たちの保護は終わったな?」
「アンタに威嚇して立ち向かったこの子猫が最後でさぁ。いや、ほんとはそこのお嬢さんで最後だけど」
「彼女の保護は俺がする。こいつは俺の獲物だ」

 王子の部下らしき騎士のチーターがため息を吐いたのが見えた。

「はぁ……ムラっとすると威圧する癖やめてくださいよね。可愛いメス猫ちゃんたちがみーんな逃げちまったじゃねーか」
「仕方ないだろう。あれだけの発情フェロモンを一度に向けられてはこちらも勝手に反応する」
「アンタの腕の中のメス猫ちゃん……本当に任せていいんすか? その子、イエネコですよ? しかも白毛は弱いってのが相場だ」
「おいおい、これだけ俺に発情しているんだ。放り出す方が可哀想だろう」
「とか言って、カワイ子ちゃんを見つけてウキウキしているくせに……あーあ、可愛いイエネコちゃんなのに可哀想になぁ……これからサドな獅子王子にいじめられるんだから」
「本人が嫌がるようなことはしない主義だ。彼女だってこれほど発情しているんだからこれは合意だろう。な? 俺の可愛いメス猫……そういえばまだ名前を聞いてなかったな。名は?」
「メルですにゃ、王子様」

 すでに歩き出した王子に甘えた声で答えた。
 さっきからずっと威圧を向けられ、私はもう自分では歩けそうにないくらいにクラクラし、彼の分厚い胸板に思わずスリスリしてしまう。
 王子も「にゃふ♪」と嬉しそうに鳴き、ぐりぐりと顔を私の顔に寄せて囁いた。

「メルか、可愛い名だ。俺のことはレオンと呼べ。ほら、今すぐ呼べ」
「レオン様……」
「そうだ。これからも俺のことは名で呼ぶように。メル、今から君を俺の居室へ連れて行くが構わないな?」

 問いかけと同時に強まる威圧。
 こんなの抗えない。

「みゃ……どうぞレオン様の好きにしてください…………」

 私は彼の腕に尻尾を絡め、意識的に発情フェロモンを出しながら誘った。
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