上 下
1 / 4
第1章 お菓子

01:クリキントン

しおりを挟む
私が前世の記憶を取り戻したのは、5歳の頃であった。

遠くへ仕事にでかけていた父が、王都で流行しているという菓子「クリキントン」を買ってきたのである。

・・・。

もう一度言おう、「クリキントン」を買ってきたのである。

宝石商の営業人として、家を離れる父は、帰省する際に必ずお土産を買って帰ることが恒例となっていた。


宝石商を担う一族は、保有するその広大な自治区から、めったに外の世界へ出ることはない。

この世界で唯一、一切の魔力を持たない私たちは、
モンスターが潜む危険な「ダンジョン」を『身体能力』による実力でクリアし、
宝石を含めたドロップ品の販売を生業としていた。
(魔法を使用しないドロップ品は希少価値が高い)

しかし、魔法攻撃から身を守る術がなく、防衛のため、また差別から遠ざかるため、
自治区として王都から承認されている。

そんなこともあり、様々なお土産を買ってくる父だったが、お菓子を買ってくることは「クリキントン」が初めてのことだった。


「いやあ、最近不思議な名前の菓子が流行っていると聞いてはいたのだがね、どうも見た目が気味悪そうだし、口にはしなかったのだけれども、王都の人々がうまいのなんのというから、一口食べてみたんだ。これが絶品でね。温かくないお菓子でこんなにもうまいものがこの世に存在する、いや、誕生するなんて思いもしなかった。母さんとルカにも食べてほしくって。」

お気に入りのホーム着に着替え、上機嫌な父は、そう照れ笑いしながら、包みをほどき、木箱のふたを開けた。

「お菓子!!なにかしら!」

甘いものが大好きな私は、自分の身長より高いテーブルに駆け寄って中身を見ようとピョンピョン飛び跳ねて一生懸命だったことを今でも覚えている。

「まあ、不思議な名前の菓子ねえ。お母さんも初めて聞く響きだわ。」

台所で父の大好きなカボチャスープを作っていた母がこちらを振り返る。約半年ぶりの帰省だ。料理を作る母の姿はどこか嬉しそうだった。

「クリキントンだよ。面白い名前だろう?ルカ」

そう言って父は私ににこりと笑った。

「くりきん?うん!へんななまえー」

でも、なぜだろう。どこか懐かしい気がするのは…。

流行ものに敏感なメアリーが何時ぞや話していたのだろうとその時は納得していた。

「噂によると、このお菓子のレシピを考えたのは、第六王国シャーロット公爵の末娘である、クラリス様だそうだ。しかも、クラリス様はルカと同じ5歳だそうだよ。」

母が驚いたように振り返る。

「まあ、5歳の女の子がお菓子のレシピを!!シャーロット一族は皆優秀で名高いと聞くけれど、クラリス様もまた素敵な才能をお持ちなのね。」

シャーロット家は、この世界で国王一族と匹敵もしくは次に並ぶという勢力を持った一族で、皆、容姿端麗、高い才能と博識を持っていることで知られている、超名門一族だ。

外の世界のことはよく知らないが、平民からも憧れの注目を集めているらしい。

その時、何も知らなかった私はただただ、何故か懐かしい見た目とほのかに甘い香りのするお菓子に釘付けで、どんな味がするのだろうとワクワクしていた。

それを見かねた父が私の頭をわしゃわしゃなでる。

「ルカは本当に甘いものが大好きだな。ごはんまえだけど、一口食べてみるか?母さんいいかい?」

「仕方ないわね‥あまり気が進まないけど・・今回は特別よ?」

「わあ!かあさまありがとう!」

母が薄くスライスした栗きんとんを小皿に載せる。

「宝石の神よ。我らに今日も糧を_いたたきますっ!」



ぱくっ。

おいしーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

マロンの独特の甘みと、ほんのり上品な甘さ控えめの「餡」が絶妙にマッチしているわ!

え・・。

「餡・・・?」


ずんと重い衝撃。脳内に響くブレーキ。



フッと目の前が真っ暗になった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

獣人公爵様に溺愛されすぎて死にそうです!〜乙女ゲーム攻略ダイアリー〜

神那 凛
恋愛
気づくと異世界乙女ゲームの世界! メインキャラじゃない私はイケメン公爵様とイチャ甘ライフを送っていたら、なぜかヒロインに格上げされたみたい。 静かに暮らしたいだけなのに、物語がどんどん進んでいくから前世のゲームの知識をフル活用して攻略キャラをクリアしていく。 けれどそれぞれのキャラは設定とは全く違う性格で…… 異世界溺愛逆ハーレムラブストーリーです。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

悪役令嬢に転生したら溺愛された。(なぜだろうか)

どくりんご
恋愛
 公爵令嬢ソフィア・スイートには前世の記憶がある。  ある日この世界が乙女ゲームの世界ということに気づく。しかも自分が悪役令嬢!?  悪役令嬢みたいな結末は嫌だ……って、え!?  王子様は何故か溺愛!?なんかのバグ!?恥ずかしい台詞をペラペラと言うのはやめてください!推しにそんなことを言われると照れちゃいます!  でも、シナリオは変えられるみたいだから王子様と幸せになります!  強い悪役令嬢がさらに強い王子様や家族に溺愛されるお話。 HOT1/10 1位ありがとうございます!(*´∇`*) 恋愛24h1/10 4位ありがとうございます!(*´∇`*)

魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!

蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」 「「……は?」」 どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。 しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。 前世での最期の記憶から、男性が苦手。 初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。 リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。 当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。 おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……? 攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。 ファンタジー要素も多めです。 ※なろう様にも掲載中 ※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。

ブラック・スワン  ~『無能』な兄は、優美な黒鳥の皮を被る~ 

ファンタジー
「詰んだ…」遠い眼をして呟いた4歳の夏、カイザーはここが乙女ゲーム『亡国のレガリアと王国の秘宝』の世界だと思い出す。ゲームの俺様攻略対象者と我儘悪役令嬢の兄として転生した『無能』なモブが、ブラコン&シスコンへと華麗なるジョブチェンジを遂げモブの壁を愛と努力でぶち破る!これは優雅な白鳥ならぬ黒鳥の皮を被った彼が、無自覚に周りを誑しこんだりしながら奮闘しつつ総愛され(慕われ)する物語。生まれ持った美貌と頭脳・身体能力に努力を重ね、財力・身分と全てを活かし悪役令嬢ルート阻止に励むカイザーだがある日謎の能力が覚醒して…?!更にはそのミステリアス超絶美形っぷりから隠しキャラ扱いされたり、様々な勘違いにも拍車がかかり…。鉄壁の微笑みの裏で心の中の独り言と突っ込みが炸裂する彼の日常。(一話は短め設定です)

使えないと言われ続けた悪役令嬢のその後

有木珠乃
恋愛
アベリア・ハイドフェルド公爵令嬢は「使えない」悪役令嬢である。 乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに、最低限の義務である、王子の婚約者にすらなれなったほどの。 だから簡単に、ヒロインは王子の婚約者の座を得る。 それを見た父、ハイドフェルド公爵は怒り心頭でアベリアを修道院へ行くように命じる。 王子の婚約者にもなれず、断罪やざまぁもされていないのに、修道院!? けれど、そこには……。 ※この作品は小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

処理中です...