悪役令嬢を見守りたいモブ騎士の備忘録

牧野薪

文字の大きさ
上 下
3 / 3

言葉で唱えないと使えない。魔法を。

しおりを挟む
静寂に本が落下する大きな衝撃音が鳴り響いた。
読みかけの本を閉じ、音の正体を探すと、叫びを堪えてうずくまる少女がいる。

彼女が身に纏う深緑のローブから察するに、第七王都に所属する薬草学研究者だ。

急いで近くに駆け寄ると、周囲に色とりどりの形状の本が散らばり、その中央で足を手でおさえ小刻みに震えていた。自分の手を彼女の足の上にをかざし、状態を確認すると本が直撃したのだろう、足の指が骨折している。

「レイツェル大丈夫か!?」

赤色のウェーブのかかった長い髪を揺らしながら、全速力でこちらに向かってくる人物がいる。
制服から見るに第七図書館の司書だ。副館長クラスだろう。

通常、書籍は魔法で浮かせて運ぶことが多いが、散らばっている本の魔力痕跡を見る限り、彼女は本を持って歩いていたらしい。
薬学研究者はその動機から、魔力量社会のこの国では珍しく民の出自が多かった。

「直ぐに回復魔法をかける。痛みが引いて約1時間後には修復するからな。安心しろ。」

司書は片手を上げると、魔法陣を形成して回復魔法を始動させた。
『言霊指令』をしなくても、魔法が掛けられる。
間違いなく上級者だ。

骨を修復できるほどの魔力と洗練された技術。

俺は自分の無力さに拳を握る。
もし回復魔法を使えたら、彼女から痛みを少しでも早く消し去ることができただろう。
もし仲間が怪我を負ったら、その時に俺はどこまでの対処ができる?
 
本を落とした少女は自分の足元で瞬く翠色の光を物珍しそうに見ていた。

どんな状況であっても最善を尽くし自分にできることを。
Lや仲間と約束したはずだ。

 
「手伝います。」

司書は手をそのままにこちらを振り返る。
 
「君は・・よくこの図書館に来ている騎士だな。助かる。所属は?」

「『White』。3倍魔法を使えます。」

「なるほど。3倍とは珍しい。流石連携魔法が十八番の『White』だな。頼む。」


呼吸を整え、手先に魔力を入れた。
目を閉じ、視界からの情報を遮断する。感覚に集中し、指示と微力調整を行う。

「ヒール強化。回復魔法陣を3倍に。対象は私の手の平の下方。」

言霊の力を使い、感覚を頼りに魔法陣へ書き加える。成功だ。

目を開けると、本を落とした少女はこちらを見るなり息を呑んで目を丸くし驚いている。しかしそれは自分も同じだった。

見たことがある。知っているような「気」もする。他人とは思えない。
しかし、どこで?



__

第七王都図書館の客室スペース。
足の回復後、落ち着くまで、とアイリスが案内してくれた。

何故か私の論文が彼の手元にあると気付いた時、謎が深まり、手の力が抜けて落とした本は、見事に私の足を直撃。
筆舌に尽くせないほど、すごく痛かった。あのような痛みもう経験したくない。


「おまたせ。レイツェル落ち着いた?」

作業を終え、ひと段落したアイリスが、沈黙を破るようにコーヒーを入れたマグカップを手に戻ってきた。

「うん。騎士の方も協力して下さってありがとうございます。」

「こちらそ。お役に立ててよかった。」

向かいのソファーに座っていた少年が立ち上がり敬礼をする。

「自己紹介が遅れました。私は王立騎士団WHITE所属イニシャルKと申します。王都内で名前を名乗ることは、緊急時を除き基本許されていないため『K』と呼んでください。今は第七王都警備の一端を担っています。」

イニシャル?
アイリスの方を向くと、彼女は知っているらしく物珍しそうに「K」と名乗る人物を見た。

「へえ。イニシャル呼びって本当に存在するのね。私はレッド公爵家の次女で、第七王都図書館副館長のアイリス・レッド。よろしく『K』。公爵家の人間と言っても私は堅苦しいのは嫌いだからなしにしてほしい。君には名乗ったが、館長を含めここの職員は、私の出自を知らないんだ」

アイリスは、Kと名乗る人物に手を差し出した。

「よろしく、アイリス。」

アイリスはKと握手を交わすと、ふと思い出したかのように私の方へ振り返る。

「ところで、王室の財政管理職の一人から今年も薬学研究所は全体的に予算を削減すると聞いたけど。食事抜いて薬草買おうとしてないか??しっかり食べてる?」

「食べていますよ。薬草入りのごはん」

「中々に怪しいな。」

研究所の財政が厳しい今、食事を軽食で済ませているのは事実だった。

大量の薬草と消耗品である道具を購入することはもちろん、歴史を紡いで多くの研究者が携わり続いている研究だ。

魔法学が進歩して必要がなくなる未来が仮に来るとしても。先生と同じ道を辿ることになろうとも。
ここで中途半端に研究を止めたくない。

「こちらが第七王都所属薬草研究室のレイツェル。魔法では対処できない毒の研究をしている。」




しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

少女漫画の当て馬女キャラに転生したけど、原作通りにはしません!

菜花
ファンタジー
亡くなったと思ったら、直前まで読んでいた漫画の中に転生した主人公。とあるキャラに成り代わっていることに気づくが、そのキャラは物凄く不遇なキャラだった……。カクヨム様でも投稿しています。

魔法少女に就職希望!

浅上秀
ファンタジー
就職活動中の主人公アミ。彼女の幼いころの夢は魔法少女になることだった。ある日、アミの前に現れたチャンス。アミは魔法怪人団オンナノテキと闘い世界を守ることを誓った。 そんなアミは現れるライバルたちと時にぶつかり、時に協力しあいながら日々成長していく。 コンセプトは20代でも魔法少女になりたい! 完結しました … ファンタジー ※なお作者には専門知識等はございません。全てフィクションです。

モブです。静止画の隅っこの1人なので傍観でいいよね?

紫楼
ファンタジー
 5歳の時、自分が乙女ゲームの世界に転生してることに気がついた。  やり込んだゲームじゃ無いっぽいから最初は焦った。  悪役令嬢とかヒロインなんてめんどくさいから嫌〜!  でも名前が記憶にないキャラだからきっとお取り巻きとかちょい役なはず。  成長して学園に通うようになってヒロインと悪役令嬢と王子様たち逆ハーレム要員を発見!  絶対お近づきになりたくない。  気がついたんだけど、私名前すら出てなかった背景に描かれていたモブ中のモブじゃん。  普通に何もしなければモブ人生満喫出来そう〜。  ブラコンとシスコンの二人の物語。  偏った価値観の世界です。  戦闘シーン、流血描写、死の場面も出ます。  主筋は冒険者のお話では無いので戦闘シーンはあっさり、流し気味です。  ふんわり設定、見切り発車です。  カクヨム様にも掲載しています。 24話まで少し改稿、誤字修正しました。 大筋は変わってませんので読み返されなくとも大丈夫なはず。

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜

ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。 沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。 だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。 モブなのに魔法チート。 転生者なのにモブのド素人。 ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。 異世界転生書いてみたくて書いてみました。 投稿はゆっくりになると思います。 本当のタイトルは 乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜 文字数オーバーで少しだけ変えています。 なろう様、ツギクル様にも掲載しています。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

処理中です...