11 / 42
#11 変化してゆく学園生活(4)
しおりを挟む
「――なぁ、ライラ・トゥーリエント」
一人、ホールの端へと移動したライラの背に声がかかった。びく、と振り返るとレオナルドが怖い顔をして立っていた。
「レオナルド君。あの、さっきは、かばってくれてありがとう」
レオナルドはかばったということを否定せず、ムスッとしている。ライラのことを嫌っているのに、助けてくれた事実が不思議だった。
「……その、か、体は」
「体?」
「あいつに、かけられてただろ、《魅惑》」
その言葉には怒気と苛立ちが滲んでいた。魅惑の術自体は淫魔でなくとも扱える魔術だが、精度や効力において格段の――それこそ比べようにもならない程の違いがある。
《魅惑》を嫌っているからこそ、自分を助けてくれたのだとライラは理解した。
「うん、大丈夫。……先生が《魅惑》かけてきてたの、よく分かったね」
どうやら今は会話しても許してくれるようだ。ライラはレオナルドを真っ直ぐ見上げた。しっかりと目が合い、気まずげに目を逸らしたのはレオナルドだった。
「それぐらい分かる。聞きたいのは、底知れない魔力を持つデヴォンの《魅惑》に、どうしてお前はかからなかったんだ? 淫魔とはいえ、上位の存在の《魅惑》にはかかるもんだと思っていたが、そうじゃないのか?」
レオナルドはライラが《魅惑》にかからなかったことが不思議で喋りかけてきたらしい。確かに不自然だろう。でも《魅惑》にかからない特異体質だと、これ以上異質さを知られるのは避けたい。父たちにも、他言しないように言われている。
「えーと。淫魔だって《魅惑》や《催淫》にかかるよ。ただ、今回はかからなかっただけで……運が良かったのかな」
誤魔化すように笑ったが、レオナルドは懐疑的な目でライラを見ている。彼は思い切り息を吸い込むと、目を瞑って大きく息を吐いた。バチリと目を開け、ライラ見据える。
「なぁ、お前何なんだ?」
「え、なに……」
そんなことを言われても意味が分からない。困惑したライラ以上に、困り果てて途方に暮れた目をしているのはレオナルドの方だ。
レオナルドが一歩近づいてくる。
――逃げなければ。頭の中で思うのに、足はそこに縫い止められたように動かない。
(囚われてしまう)
レオナルドが更に一歩近づき、手を伸ばした。首を絞められるのかと思ったのに、その手は頬に伸び――
「ライラー!」
二人の間の緊張をぶち壊すように、キャロンがライラに抱きついてきた。
「先程は大丈夫でしたの!? あんなことが出来るなんてビックリしましたけど、本当に怪我してません? ああ、ほんと、ありがとうライラ。でもあんな危険なことしないでくださいね、可愛らしい貴方に何かあったら私……っ。……あら? そこにいるのはレオナルド・ウォーウルフ君ですか? 貴方にも、ありがとうと言っておきますわ。でもその手は何かしら」
キャロンはとても礼を言っている口調ではなく、むしろレオナルドを睨んでいた。
「またライラを虐めていらっしゃるの?」
「違うよ、心配してくれてたんだよ」
(心配だけじゃないけれど)
ライラはそう言ったがキャロンは納得しないまま、レオナルドを睨み付ける。レオナルドは興味を失くしたように二人の傍から離れて行った。
「ライラ? 本当に大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよキャロンちゃん。ありがとう。でも本当に何もなかったよ」
「あの方、以前ライラをなじっていたじゃありませんか。……ライラが、教室で微妙な立場になったのもあの方のせいでしょう。それに流された私たちも悪いのですけど」
「うん、まぁ、そうだね」
「ごめんなさい、ライラ」
「何で謝るの? 別に何かされた訳じゃないし、レオナルド君が淫魔を嫌いだっていうなら仕方ないんだと思う。レオナルド君が相当強い魔族だっていうのは、私でも分かるもん……クラスがあんな風になっちゃうのも無理ないよ。今は、こうしてキャロンちゃんといるんだし、それでいいの」
「でも……」
「それに、レオナルド君って悪い魔族じゃないと思う。さっきだって、嫌いな私を助けようとしてくれたし。根は優しいんだよ、きっと」
「ライラ、本気で言ってますの?」
「え? うん」
「貴方って……」
キャロンは呆れたように呟き、優しく笑った。
授業はまだ終わっていないが、レオナルドはホールの外へ出て行ったようだ。
(何故さっき囚われると思ったんだろう)
レオナルドに見つめられると上手く体が動かない。胸にほんの少し熱が灯る。
(変なの)
それは嫌われているからだろうか――と考えた。
〇
肝が冷えた。
デヴォンとかいう似非教師が何かの手違いで上位の火焔を作った。レオナルドがかばいに行かなくても、奴が吸収魔術を発動させて大事には至らなかっただろう。驚いたのは、自分と同時に動いた奴がいたからだ。お世辞にも上手いと言えない魔術を披露したばかりのライラが、その火焔を殴り飛ばした。魔術は発動していなかった。素手で怪我無くあんな芸当が出来るのは、戦闘魔族の中でも上位である。防護は確かにしていなかった。
それだけでも問題だったが、レオナルドが許せないのは次に起こったことだ。
(似非教師、あろうことか《魅惑》をかけてきやがった)
他の生徒は気付いていないだろうが、デヴォンは強い出力で《魅惑》をかけていた。研究材料としてのライラが相当魅力的な素材だったのだろう。許せることではない。
淫魔たちがどうなろうと、俺には関係ない――と自分に言い聞かせても、レオナルドの怒りは爆発しかねない領域まで膨れ上がり、体が勝手に動いていた。《魅惑》にかかっているだろうライラを引き離す。状態確認に振り返ると、当のライラはケロリとしていた。
――今の魅惑がかからないのか!?
魔力の低いライラが、デヴォンのあの魅惑に打ち勝てる訳がない。何故だ。
後で問うてみると「運が良かったかな」などと言った。運などでどうにかなる問題じゃない。そして入学式以降、人型では初めて見る笑顔を見せた。ただ、狼姿のときに見せる笑顔とは違ってよそよそしい。それが至極じれったかった。自分のせいだとは分かっている。
花のような、蜜のような、形容しがたい天上の匂いがする。間違いなく目の前の女の香り。大きく息を吸い込んだ。狼のときと同じく、くらくらと酩酊しそうになった。
――お前は何だ。
自分を吹き飛ばしかねない甘美な誘い。これが《魅惑》でなくて何なのだろう。この状況下でも《魅惑》をかけてくるのか。しかし目の前のライラは、意図的にそうやってないことぐらいは分かってきた。
――無意識にしているのか? 俺がここまでまいっているのに、クラスの奴らが引っかからないのはおかしい。俺だけに向けている? 何故?
ライラはレオナルドを見て困った顔をしていた。当惑しているのはレオナルドの方だというのに。
――誘いに、乗ってやったら、こいつの思う壺なんだろうか。……もし、そんな気がなかったのなら、驚くのだろうか。傷つくんだろうか。
一歩、彼女に近づく。
――トゥーリエント家の淫魔だ。……傷つく筈ない。おそらく。
もう一歩、近づいて彼女に触れようとした。向こうは呆然としてこちらを見ている。
あと少しのところで邪魔が入った。フォレスト家の女だ。魔力が高い訳でもないのに、何となく苦手なタイプだと認識している。そいつがレオナルドを責める言葉を吐いた後、それをかばったのは驚くことにライラだった。
――どうして俺をかばう? 俺がお前を嫌いだというのは知ってるだろうに。
入学式のあの日、初対面のライラにぶつけた言葉と嫌悪を忘れているはずはない。
レオナルドは耳がいい。遠く離れた場所にいても、聞こうとさえ思えば声を拾える。だから、ライラがレオナルドのことを「根は優しい」と言ったことも聞こえていた。
――そうか、馬鹿なのか。
ちりりと胸を焦がす痛みは気のせいだ。
キャロンという友達もできたようだし、今日は来ないんじゃないか、と思っていたが違った。昼休みになるとライラはすぐ教室を出た。今日も学園の外れに行くつもりなのだ。
レオナルドは急いで昼食を食べ、屋上へと上がり、狼となって会いに行く。
水色の狼を見たライラは嬉しそうに顔を綻ばせる。天真爛漫で、レオナルドには絶対見せない笑みだ。多分クラスの奴も知らない――けれど、それも時間の問題だろう。今日の出来事で、ライラに対する見方は変わった筈だ。
(それに、可愛……いやいや)
水色の狼に対してライラは無防備だ。近寄って、彼女の体を囲むように座っても動じない。むしろ嬉しそうに身を預けてくる。所有欲の表れだと言って良かった。
上半身を狼の体に預けたライラは、うっとりとした心地で美しい毛並みを撫でていた。
「狼さん、さっきの授業でびっくりしたことが起きたよ」
『ふうん』
「前に、私のこと嫌いって言った人のこと覚えてる? その人がね、私のこと助けようとしてくれたの。びっくりしたー」
『……本当は嫌いじゃないんじゃないか?』
「えーそれはどうだろう? 多分ねぇ、よっぽど淫魔とか淫魔の魅惑が嫌いなんだろうね。だから許せなかったんだと思う、先生を」
『お、おう』
「嫌いなはずの私まで助けようとするんだもん。たぶん、優しい魔族だよね。それが分かって、良かったかなぁ」
『……本当に嫌いだったら、助けないと、思うが』
「そう思うでしょ? だから、律儀な性分なんだろうね」
『……』
ライラはのほほんと笑っている。レオナルドは二の句が継げなかった。
「狼さんはなんだか納得いってない?」
ライラの言葉に、勢いよく首を縦に振る。
「私ね、世間知らずだけど、自分に向けられる嫌悪が分からないほど鈍感でもないんだよ。あ、でも、今日はいつもみたいな敵意は無かったかも。何でだろう?」
きょとんとするライラからは、変わらず甘美な匂いがする。狼の自分はそれがうっとりとして心地よかった。
――正体を明かすなら、いつかバレるかもしれないのなら、傷が浅いうちに、今言った方がいいんじゃないか? そして謝罪と、ライラの無自覚かもしれない《魅惑》について問い質す。狼のときは笑うくせに、レオナルドのときは目も合わせようとしないのが腹立つ、と言うか、寂しいのだ。普段からその笑顔を俺に――
「ライラ、こんなところにいましたの?」
また邪魔が入った。
一人、ホールの端へと移動したライラの背に声がかかった。びく、と振り返るとレオナルドが怖い顔をして立っていた。
「レオナルド君。あの、さっきは、かばってくれてありがとう」
レオナルドはかばったということを否定せず、ムスッとしている。ライラのことを嫌っているのに、助けてくれた事実が不思議だった。
「……その、か、体は」
「体?」
「あいつに、かけられてただろ、《魅惑》」
その言葉には怒気と苛立ちが滲んでいた。魅惑の術自体は淫魔でなくとも扱える魔術だが、精度や効力において格段の――それこそ比べようにもならない程の違いがある。
《魅惑》を嫌っているからこそ、自分を助けてくれたのだとライラは理解した。
「うん、大丈夫。……先生が《魅惑》かけてきてたの、よく分かったね」
どうやら今は会話しても許してくれるようだ。ライラはレオナルドを真っ直ぐ見上げた。しっかりと目が合い、気まずげに目を逸らしたのはレオナルドだった。
「それぐらい分かる。聞きたいのは、底知れない魔力を持つデヴォンの《魅惑》に、どうしてお前はかからなかったんだ? 淫魔とはいえ、上位の存在の《魅惑》にはかかるもんだと思っていたが、そうじゃないのか?」
レオナルドはライラが《魅惑》にかからなかったことが不思議で喋りかけてきたらしい。確かに不自然だろう。でも《魅惑》にかからない特異体質だと、これ以上異質さを知られるのは避けたい。父たちにも、他言しないように言われている。
「えーと。淫魔だって《魅惑》や《催淫》にかかるよ。ただ、今回はかからなかっただけで……運が良かったのかな」
誤魔化すように笑ったが、レオナルドは懐疑的な目でライラを見ている。彼は思い切り息を吸い込むと、目を瞑って大きく息を吐いた。バチリと目を開け、ライラ見据える。
「なぁ、お前何なんだ?」
「え、なに……」
そんなことを言われても意味が分からない。困惑したライラ以上に、困り果てて途方に暮れた目をしているのはレオナルドの方だ。
レオナルドが一歩近づいてくる。
――逃げなければ。頭の中で思うのに、足はそこに縫い止められたように動かない。
(囚われてしまう)
レオナルドが更に一歩近づき、手を伸ばした。首を絞められるのかと思ったのに、その手は頬に伸び――
「ライラー!」
二人の間の緊張をぶち壊すように、キャロンがライラに抱きついてきた。
「先程は大丈夫でしたの!? あんなことが出来るなんてビックリしましたけど、本当に怪我してません? ああ、ほんと、ありがとうライラ。でもあんな危険なことしないでくださいね、可愛らしい貴方に何かあったら私……っ。……あら? そこにいるのはレオナルド・ウォーウルフ君ですか? 貴方にも、ありがとうと言っておきますわ。でもその手は何かしら」
キャロンはとても礼を言っている口調ではなく、むしろレオナルドを睨んでいた。
「またライラを虐めていらっしゃるの?」
「違うよ、心配してくれてたんだよ」
(心配だけじゃないけれど)
ライラはそう言ったがキャロンは納得しないまま、レオナルドを睨み付ける。レオナルドは興味を失くしたように二人の傍から離れて行った。
「ライラ? 本当に大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよキャロンちゃん。ありがとう。でも本当に何もなかったよ」
「あの方、以前ライラをなじっていたじゃありませんか。……ライラが、教室で微妙な立場になったのもあの方のせいでしょう。それに流された私たちも悪いのですけど」
「うん、まぁ、そうだね」
「ごめんなさい、ライラ」
「何で謝るの? 別に何かされた訳じゃないし、レオナルド君が淫魔を嫌いだっていうなら仕方ないんだと思う。レオナルド君が相当強い魔族だっていうのは、私でも分かるもん……クラスがあんな風になっちゃうのも無理ないよ。今は、こうしてキャロンちゃんといるんだし、それでいいの」
「でも……」
「それに、レオナルド君って悪い魔族じゃないと思う。さっきだって、嫌いな私を助けようとしてくれたし。根は優しいんだよ、きっと」
「ライラ、本気で言ってますの?」
「え? うん」
「貴方って……」
キャロンは呆れたように呟き、優しく笑った。
授業はまだ終わっていないが、レオナルドはホールの外へ出て行ったようだ。
(何故さっき囚われると思ったんだろう)
レオナルドに見つめられると上手く体が動かない。胸にほんの少し熱が灯る。
(変なの)
それは嫌われているからだろうか――と考えた。
〇
肝が冷えた。
デヴォンとかいう似非教師が何かの手違いで上位の火焔を作った。レオナルドがかばいに行かなくても、奴が吸収魔術を発動させて大事には至らなかっただろう。驚いたのは、自分と同時に動いた奴がいたからだ。お世辞にも上手いと言えない魔術を披露したばかりのライラが、その火焔を殴り飛ばした。魔術は発動していなかった。素手で怪我無くあんな芸当が出来るのは、戦闘魔族の中でも上位である。防護は確かにしていなかった。
それだけでも問題だったが、レオナルドが許せないのは次に起こったことだ。
(似非教師、あろうことか《魅惑》をかけてきやがった)
他の生徒は気付いていないだろうが、デヴォンは強い出力で《魅惑》をかけていた。研究材料としてのライラが相当魅力的な素材だったのだろう。許せることではない。
淫魔たちがどうなろうと、俺には関係ない――と自分に言い聞かせても、レオナルドの怒りは爆発しかねない領域まで膨れ上がり、体が勝手に動いていた。《魅惑》にかかっているだろうライラを引き離す。状態確認に振り返ると、当のライラはケロリとしていた。
――今の魅惑がかからないのか!?
魔力の低いライラが、デヴォンのあの魅惑に打ち勝てる訳がない。何故だ。
後で問うてみると「運が良かったかな」などと言った。運などでどうにかなる問題じゃない。そして入学式以降、人型では初めて見る笑顔を見せた。ただ、狼姿のときに見せる笑顔とは違ってよそよそしい。それが至極じれったかった。自分のせいだとは分かっている。
花のような、蜜のような、形容しがたい天上の匂いがする。間違いなく目の前の女の香り。大きく息を吸い込んだ。狼のときと同じく、くらくらと酩酊しそうになった。
――お前は何だ。
自分を吹き飛ばしかねない甘美な誘い。これが《魅惑》でなくて何なのだろう。この状況下でも《魅惑》をかけてくるのか。しかし目の前のライラは、意図的にそうやってないことぐらいは分かってきた。
――無意識にしているのか? 俺がここまでまいっているのに、クラスの奴らが引っかからないのはおかしい。俺だけに向けている? 何故?
ライラはレオナルドを見て困った顔をしていた。当惑しているのはレオナルドの方だというのに。
――誘いに、乗ってやったら、こいつの思う壺なんだろうか。……もし、そんな気がなかったのなら、驚くのだろうか。傷つくんだろうか。
一歩、彼女に近づく。
――トゥーリエント家の淫魔だ。……傷つく筈ない。おそらく。
もう一歩、近づいて彼女に触れようとした。向こうは呆然としてこちらを見ている。
あと少しのところで邪魔が入った。フォレスト家の女だ。魔力が高い訳でもないのに、何となく苦手なタイプだと認識している。そいつがレオナルドを責める言葉を吐いた後、それをかばったのは驚くことにライラだった。
――どうして俺をかばう? 俺がお前を嫌いだというのは知ってるだろうに。
入学式のあの日、初対面のライラにぶつけた言葉と嫌悪を忘れているはずはない。
レオナルドは耳がいい。遠く離れた場所にいても、聞こうとさえ思えば声を拾える。だから、ライラがレオナルドのことを「根は優しい」と言ったことも聞こえていた。
――そうか、馬鹿なのか。
ちりりと胸を焦がす痛みは気のせいだ。
キャロンという友達もできたようだし、今日は来ないんじゃないか、と思っていたが違った。昼休みになるとライラはすぐ教室を出た。今日も学園の外れに行くつもりなのだ。
レオナルドは急いで昼食を食べ、屋上へと上がり、狼となって会いに行く。
水色の狼を見たライラは嬉しそうに顔を綻ばせる。天真爛漫で、レオナルドには絶対見せない笑みだ。多分クラスの奴も知らない――けれど、それも時間の問題だろう。今日の出来事で、ライラに対する見方は変わった筈だ。
(それに、可愛……いやいや)
水色の狼に対してライラは無防備だ。近寄って、彼女の体を囲むように座っても動じない。むしろ嬉しそうに身を預けてくる。所有欲の表れだと言って良かった。
上半身を狼の体に預けたライラは、うっとりとした心地で美しい毛並みを撫でていた。
「狼さん、さっきの授業でびっくりしたことが起きたよ」
『ふうん』
「前に、私のこと嫌いって言った人のこと覚えてる? その人がね、私のこと助けようとしてくれたの。びっくりしたー」
『……本当は嫌いじゃないんじゃないか?』
「えーそれはどうだろう? 多分ねぇ、よっぽど淫魔とか淫魔の魅惑が嫌いなんだろうね。だから許せなかったんだと思う、先生を」
『お、おう』
「嫌いなはずの私まで助けようとするんだもん。たぶん、優しい魔族だよね。それが分かって、良かったかなぁ」
『……本当に嫌いだったら、助けないと、思うが』
「そう思うでしょ? だから、律儀な性分なんだろうね」
『……』
ライラはのほほんと笑っている。レオナルドは二の句が継げなかった。
「狼さんはなんだか納得いってない?」
ライラの言葉に、勢いよく首を縦に振る。
「私ね、世間知らずだけど、自分に向けられる嫌悪が分からないほど鈍感でもないんだよ。あ、でも、今日はいつもみたいな敵意は無かったかも。何でだろう?」
きょとんとするライラからは、変わらず甘美な匂いがする。狼の自分はそれがうっとりとして心地よかった。
――正体を明かすなら、いつかバレるかもしれないのなら、傷が浅いうちに、今言った方がいいんじゃないか? そして謝罪と、ライラの無自覚かもしれない《魅惑》について問い質す。狼のときは笑うくせに、レオナルドのときは目も合わせようとしないのが腹立つ、と言うか、寂しいのだ。普段からその笑顔を俺に――
「ライラ、こんなところにいましたの?」
また邪魔が入った。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
「触るな!」
だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
「突き飛ばしたぞ」
「彼が手を上げた」
「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした
星ふくろう
恋愛
カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。
帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。
その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。
数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。
他の投稿サイトでも掲載しています。
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる