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第3章 俺たちの楽園

10 冥王竜

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 サーシャは『正義の味方』に憧れている。

 そう、勧善懲悪ものの小説や劇などに出てくるヒーローである。

 女の子が興味を示すような人形遊びであったり、おしゃれな服や小物などには目もくれなかった。
 世界の愛と平和を守る正義のヒーローになるのだ、と剣の修業ばかりしていた。

 やがて、彼女は冒険者になり、Sランクにまで上り詰めた。

 そして──伸び悩んだ。

 冒険者にも、モンスターにも、上には上がいる。
 世界には信じられない強者が多く存在する。

 常識的なレベルでいえば、サーシャは一流の剣士である。
 だが、その上には──常識では計れないレベルの猛者がいるのだ。

 彼らはSSランク、あるいはSSSランクと呼ばれていた。

 人の限界を超越したパワーやスピードを持つ者。
 人知を超えた魔法能力を備えた者。
 神や竜のような超常の存在に選ばれ、力を与えられた者。

 いずれも、サーシャには太刀打ちできない相手だった。

 必要なのは『壁』を超える力。
 人という種の限界を乗り越えた先にある力。

 その力に、サーシャはどうしてもたどり着けなかった。

 ヒーローとは最強の存在だ。
 どんな『悪』が現れようと、圧倒的な力でこれを駆逐する者だ。

 そんな存在になりたい彼女にとって、自身の限界を知ることは悲しみと絶望しかもたらさなかった。



 竜神ヴィレーザに突然選ばれたのは、そんなある日のことだった。
『汝と我は波長が合うようだ。ゆえに現れた』

 ヴィレーザはただそう告げた。

『……平たく言えば、気が合いそうだからなんとなく会いに来た、ってこと?』
『そ、そうとも言うな』
『神様ってけっこうアバウトなんだね、あはは』
『願いを言ってみろ。汝はなかなか面白い魂を持っている。我が力を受けて、それがどこまで強まるか──どこまでも加速していくのか、興が湧いた』
『私の願い? そんなの決まってるよ』

 サーシャは告げる。
 己の願いを。

 そして、ヴィレーザは、『竜の力』を授けてくれた。

 サーシャは──人の限界を超えた。

 竜の力に起因する剣技は、それまで太刀打ちできなかったSSランクやSSSランクのモンスターをも一撃で葬った。
 竜に騎乗する資格を得て、攻撃のバリエーションにも大きな幅ができた。

 サーシャは、またたく間に実績を積み上げ、SSランクへ──さらにその上のSSSランクにまで、わずか半年で到達した。

 日に日に強くなる自分が嬉しかった。
 今までとは比べ物にならない強敵との戦いに、充実感を覚えた。
 あらゆる悪を討ち、人々を守り、自分は今、まぎれもなく正義の味方として戦っているのだと実感できた。

「だから──」

 サーシャは冥王竜ドゥーガルの巨体を見据える。

 すさまじい威圧感に全身が震える。

 これは、悪だ。
 巨悪だ。

 村の人々を襲い、殺そうとする邪悪の手下。

 だから、私が倒す。

 込み上げる衝動のままに、サーシャは竜を羽ばたかせた。

「私が上空から攻撃してみる!」

 上空数百メートルまで一気に飛翔する。
 鞘から剣を抜き放ち、上段に掲げた。

「フルパワーで叩きこんであげる──」
「ほう、これは竜気りゅうきか。ヴィレーザから力を授かっているようだな」

 冥王竜がうなった。

「いっけぇぇぇぇぇぇぇっ、竜滅刃ヴィレーザロスト!」

 風を切り、剣風がドゥーガルの頭部に撃ちこまれる。

「えっ……!?」
「竜気を操るのが自分だけだと思ったか? 俺の全身は無意識に放出される竜気によって、常に守られている」

 サーシャの渾身の奥義は、ドゥーガルに傷一つ与えていなかった。

「竜族だけが持つ莫大なエネルギー『竜気』。貴様はヴィレーザからそれを操るスキルを授かっている。だが竜族であるこの俺も──当然ながら竜気を操ることができるのだ」

 冥王竜が勝ち誇ったように告げる。

「人間である貴様の、借り物の竜気とは違う! 俺の──本物の竜気を受けよ!」

 その巨体から黒い閃光がほとばしり、無数の光の矢となって発射される。

「これは──!?」

 竜気。
 しかも光の矢の一つ一つが、おそらくはサーシャの『竜滅刃ヴィレーザロスト』に匹敵するほどの威力だ。

「きゃああああぁぁっ……!」

 青竜ごと彼女は吹き飛ばされた。
 地面に叩きつけられる寸前、マルティナが衝撃吸収魔法を唱え、なんとか墜死だけは免れる。

「はあ、はあ、はあ……」

 サーシャは荒い息をついていた。

 いや、仲間たちも同様だ。
 周囲に吹き荒れた光の矢は、アルフレッドが防御魔法を使ってどうにかしのいだらしい。

 だが、それだけでほとんどの魔力を使いきった様子だった。

「ちっ、攻撃力の桁が違うな……」

 ドノバンがうめいた。

「強すぎる──」

 マルティナが息を飲む。

「私は、まるで戦いに入っていけない……」

 呆然とした様子のマキナ。

 今の一連の攻防だけで、全員が悟っていた。

 攻撃力があまりにも違いすぎる。
 これでは近寄ることすらできないし、次の攻撃でおそらくは全滅する──。

「くっくっく、小手調べのつもりだったが、少々やりすぎてしまったか?」

 ドゥーガルは余裕の様子だった。

「何せひさびさの戦いでパワーが有り余っているからな。ちなみに貴様ら人間の基準で行けば、SSSSSSSSSランクくらいは確実か?」
「……随分と自信たっぷりだね」

 サーシャは唇を噛んだ。

 だが、大言壮語というわけでもない。
 今まで出会ったどんなモンスターよりも、こいつは強い。

 あまりにも強すぎる。

「だからって──私は諦めないからね」

 これだけの力の差を見せつけられて、なお。

 サーシャの闘志は萎えない。
 むしろ、さらに燃え盛っていた。

「どんな悪であろうと必ず討ち、人々を守る──」

 それこそが、正義のヒーローなのだから。

 と──、

「サーシャ、これを使え!」

 背後から声がした。
 振り返ると、彼女の前に光り輝く剣が出現する。

 刃も、柄も、すべてが黄金でできた細身の美しい長剣だ。

「『輝ける聖王剣クラウソラス』──一定時間、所持者の攻撃に追加ダメージを発生させる、神の武具だ」

 地上から、カイルが静かに告げた。
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