84 / 216
72.助けた人魚に連れられて
しおりを挟む
手元のスイッチを押すとシュワァァァと、水が霧のように噴き出す。これはピアジェの干上がり問題を聞いたライムが「ちょうどいいのがあるよ!」と、実験工房から取り出してきた噴霧式散水ポンプだ。
『空気をタルの中に送り込んで圧縮するとね、すごい勢いで水が噴き出すんだよ』
子供たちと一緒に遊んでて発見したんだ~って言ってたっけ。元々は畑の水まき用として開発してたのを今回持たせてくれたのだ。霧状にして広範囲に撒けるので、これなら大量の水を持ち歩かなくて済むというわけ。
「乾燥問題は人魚族の永遠の問題ですから、これ売れますよぉ~。大量発注させて貰いたいくらいです」
「それは追々ね」
しかしライムがどんどん錬金術化していくような、建築・開発・交渉と、多岐に渡ってハイスペックすぎる。今度おいしいおやつでも買ってあげよう。
「あ~、虹ですよぅ、綺麗ですねぇ~」
霧によって出現した虹にキャッキャと笑うピアジェの背中を見ていた私は、こっそりため息をついた。それを目ざとく見つけたルカがいつものように小声で話しかけてくる。
(やはり不安ですか)
(あぁ、うん。あの子って本当に『一番尾』なのかなぁって)
彼女は自分の事を『一番尾』だと言ってた。それは人魚族の中でもトップの者にしか名乗れない称号らしいんだけど、それにしては「ほえほえ」とした雰囲気と行動の幼さがミスマッチすぎてどうにも信憑性がないというか、なんというか。
(実は他の人魚はニンゲンなんか大っ嫌いで、行ったら問答無用で処刑とかだったらどうする?)
(行ってみなければ分かりませんよ、楽しみですね)
どこか期待に満ち満ちた表情で海を見ているルカにもため息を一つ。実は今回、私の護衛としてついてきてくれるメンバーはグリを選ぼうかと思ってたのだ。ライムは試食の巡業、ラスプは自警団の育成が本格化するので忙しい、そしてルカには何か起こった時のために残って貰おうと。
ところがこの吸血鬼さんは恐るべきスピードで自分の仕事を終え、ちゃっかり旅の支度を整えて私の部屋の前で待ち構えていたのだ。
『以前、旅をしていた時でもさすがに海の底は難しかったので行ってみたいのです』
何か起こった時の対処マニュアルも作成したので置いていきます、と言われればダメとも言えなくて、結局押し切られる形でついてきてしまった。
「それじゃ、いよいよ潜りますよ~、えぇと、ここと、このポイントと……」
ようやく本来の目的を思い出したらしいピアジェが海までグッと寄る。まさか浦島太郎みたいにウミガメに乗せられて竜宮城に行くとかじゃないよね?
「よぉし、準備完了です。お二人とも、ジッとしてて下さいね~」
言われた通り、波打ち際にルカと二人で並んで待つ。ピアジェは目を閉じて両手をこちらにかざした。そのままブツブツと何やら唱えだす――と、青い光が彼女を取り巻き始めた。
「えぃやーっ、バブルボ~る」
気の抜けるような掛け声と共に彼女は手を押し出す。するとぼよんっと音がしてシャボン玉のような膜が私たちをすっぽり包み込んだ。内側から触ってみるとゴムのように伸び縮みする。かなり頑丈な風船の中に入っているような感じだ。
「じゃじゃーん、これが人魚秘伝のバブル魔術で~す」
「すごい、これで潜るんだ」
「空気はどうなります?」
「ご心配なく~、海中の酸素を取り込んで常に新鮮な空気を作り出しますよぉ」
ピアジェは驚く私たちに満足そうな笑みを浮かべて胸を張った。ポケットから(え、ポケットっていうか、尾びれ? そこ開いてるの?)二巻きほどある金色のチェーンを取り出したかと思うと、先端についている宝石のような青い石をドスッ! と、バブルに刺した。
「それじゃ、お連れしまーす」
「わっ、わっ」
ようやくホームに戻った人魚は、勢いよく海の下へと潜り始める。チェーンに引っ張られて私たちの乗っているバブルもざぶんっと海に飛び込んだ。倒れてしまうほどではないけど大きく揺れる。とっさに支えてくれたルカにしがみついたまま、私はおそるおそる目を開ける――と、すばらしい光景が飛び込んできた。
「ふぁぁぁ」
どこまでも広がる透き通った青の世界を、私たちは猛スピードで移動していた。バブルのすぐ側を魚の群れが並走し、頭上を大きめの平べったいエイのような生き物が飛んでいく。
前方を見れば水を得た魚、もとい人魚がドルフィンキックで引っ張ってくれている。ゆうびな尾びれから生み出される水流に乗った泡が、キラキラとバブルに当たり四方に霧散してまるで炭酸ソーダの中に放り込まれたような錯覚を覚える。
「綺麗……」
「想像以上の美しさですね」
しばらくうっとりとしていたのだけど。ふいに私はある可能性に思い当ってしまい一気に青ざめた。
「どっ、どうしよう、もしここでバブルが割れたら私たちおぼれ死ぬんじゃ?」
水深何メートルまで来てるのか分からないけど水面は遥か上だ。慌てふためくこちらとは反対に、妙に落ち着いた吸血鬼はしばらく人差し指を振っていた。と、その先端にぽよんっと泡の膜が出現する。
「ご心配なく、見て覚えましたのでいざという時は私が」
……即時ラーニングしちゃったよ、この人……。さっきのピアジェがやってた手順を真似てってこと? 相変わらずチートじみてるというか、何というか……頼もしいけど。
そんなワケで一人だけ余裕のルカは、少しだけ口の端を釣り上げてバブルの側面に手を添わせる。青い世界を見つめるその瞳はいつになく輝いているように見えた。
「御覧下さい主様、あれはこの辺りに生息するシーホースです。以前南方を旅していた時に青い種を見たことがありますが、こちらのは桃色をしているんですね。あっ、あっちは地上ではめったに見ることができない魔物です、しっかりと目に焼き付けておいた方がいいですよ!」
『空気をタルの中に送り込んで圧縮するとね、すごい勢いで水が噴き出すんだよ』
子供たちと一緒に遊んでて発見したんだ~って言ってたっけ。元々は畑の水まき用として開発してたのを今回持たせてくれたのだ。霧状にして広範囲に撒けるので、これなら大量の水を持ち歩かなくて済むというわけ。
「乾燥問題は人魚族の永遠の問題ですから、これ売れますよぉ~。大量発注させて貰いたいくらいです」
「それは追々ね」
しかしライムがどんどん錬金術化していくような、建築・開発・交渉と、多岐に渡ってハイスペックすぎる。今度おいしいおやつでも買ってあげよう。
「あ~、虹ですよぅ、綺麗ですねぇ~」
霧によって出現した虹にキャッキャと笑うピアジェの背中を見ていた私は、こっそりため息をついた。それを目ざとく見つけたルカがいつものように小声で話しかけてくる。
(やはり不安ですか)
(あぁ、うん。あの子って本当に『一番尾』なのかなぁって)
彼女は自分の事を『一番尾』だと言ってた。それは人魚族の中でもトップの者にしか名乗れない称号らしいんだけど、それにしては「ほえほえ」とした雰囲気と行動の幼さがミスマッチすぎてどうにも信憑性がないというか、なんというか。
(実は他の人魚はニンゲンなんか大っ嫌いで、行ったら問答無用で処刑とかだったらどうする?)
(行ってみなければ分かりませんよ、楽しみですね)
どこか期待に満ち満ちた表情で海を見ているルカにもため息を一つ。実は今回、私の護衛としてついてきてくれるメンバーはグリを選ぼうかと思ってたのだ。ライムは試食の巡業、ラスプは自警団の育成が本格化するので忙しい、そしてルカには何か起こった時のために残って貰おうと。
ところがこの吸血鬼さんは恐るべきスピードで自分の仕事を終え、ちゃっかり旅の支度を整えて私の部屋の前で待ち構えていたのだ。
『以前、旅をしていた時でもさすがに海の底は難しかったので行ってみたいのです』
何か起こった時の対処マニュアルも作成したので置いていきます、と言われればダメとも言えなくて、結局押し切られる形でついてきてしまった。
「それじゃ、いよいよ潜りますよ~、えぇと、ここと、このポイントと……」
ようやく本来の目的を思い出したらしいピアジェが海までグッと寄る。まさか浦島太郎みたいにウミガメに乗せられて竜宮城に行くとかじゃないよね?
「よぉし、準備完了です。お二人とも、ジッとしてて下さいね~」
言われた通り、波打ち際にルカと二人で並んで待つ。ピアジェは目を閉じて両手をこちらにかざした。そのままブツブツと何やら唱えだす――と、青い光が彼女を取り巻き始めた。
「えぃやーっ、バブルボ~る」
気の抜けるような掛け声と共に彼女は手を押し出す。するとぼよんっと音がしてシャボン玉のような膜が私たちをすっぽり包み込んだ。内側から触ってみるとゴムのように伸び縮みする。かなり頑丈な風船の中に入っているような感じだ。
「じゃじゃーん、これが人魚秘伝のバブル魔術で~す」
「すごい、これで潜るんだ」
「空気はどうなります?」
「ご心配なく~、海中の酸素を取り込んで常に新鮮な空気を作り出しますよぉ」
ピアジェは驚く私たちに満足そうな笑みを浮かべて胸を張った。ポケットから(え、ポケットっていうか、尾びれ? そこ開いてるの?)二巻きほどある金色のチェーンを取り出したかと思うと、先端についている宝石のような青い石をドスッ! と、バブルに刺した。
「それじゃ、お連れしまーす」
「わっ、わっ」
ようやくホームに戻った人魚は、勢いよく海の下へと潜り始める。チェーンに引っ張られて私たちの乗っているバブルもざぶんっと海に飛び込んだ。倒れてしまうほどではないけど大きく揺れる。とっさに支えてくれたルカにしがみついたまま、私はおそるおそる目を開ける――と、すばらしい光景が飛び込んできた。
「ふぁぁぁ」
どこまでも広がる透き通った青の世界を、私たちは猛スピードで移動していた。バブルのすぐ側を魚の群れが並走し、頭上を大きめの平べったいエイのような生き物が飛んでいく。
前方を見れば水を得た魚、もとい人魚がドルフィンキックで引っ張ってくれている。ゆうびな尾びれから生み出される水流に乗った泡が、キラキラとバブルに当たり四方に霧散してまるで炭酸ソーダの中に放り込まれたような錯覚を覚える。
「綺麗……」
「想像以上の美しさですね」
しばらくうっとりとしていたのだけど。ふいに私はある可能性に思い当ってしまい一気に青ざめた。
「どっ、どうしよう、もしここでバブルが割れたら私たちおぼれ死ぬんじゃ?」
水深何メートルまで来てるのか分からないけど水面は遥か上だ。慌てふためくこちらとは反対に、妙に落ち着いた吸血鬼はしばらく人差し指を振っていた。と、その先端にぽよんっと泡の膜が出現する。
「ご心配なく、見て覚えましたのでいざという時は私が」
……即時ラーニングしちゃったよ、この人……。さっきのピアジェがやってた手順を真似てってこと? 相変わらずチートじみてるというか、何というか……頼もしいけど。
そんなワケで一人だけ余裕のルカは、少しだけ口の端を釣り上げてバブルの側面に手を添わせる。青い世界を見つめるその瞳はいつになく輝いているように見えた。
「御覧下さい主様、あれはこの辺りに生息するシーホースです。以前南方を旅していた時に青い種を見たことがありますが、こちらのは桃色をしているんですね。あっ、あっちは地上ではめったに見ることができない魔物です、しっかりと目に焼き付けておいた方がいいですよ!」
0
あなたにおすすめの小説
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?
はくら(仮名)
恋愛
ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。
【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!
ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。
※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる