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11-リビングデッド・ハート

114.少女、舐められる。

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 それに出会ったのは、白い大地まであと数十分と迫った頃だった。

「鳥?」

 師匠の後ろから身体をググッと傾けると、前方の海上に真っ白で大きな鳥が複数見えた。円を描くように旋回しこちらをジッと見下ろしている。
 その数、さん、しぃ――五羽。
 はばたく度にキラキラとした結晶が翼から零れ落ちては海上に幻想的な光を落としていた。

「大丈夫だ、行ってくれ」

 少しためらったユキヒョウの首筋を優しく叩きオズワルドが促す。その優美なダンスの輪の下を通過しながらニチカは感嘆の声を上げた。

「綺麗、ホワイトローズに生息してる鳥?」
「何を呑気な事を、俺たちが招待されてなかったらこの時点で八つ裂きだぞ」
「えっ」

 不穏な発言にもう一度見上げる。
 鋭い鉤爪はギラリと光り、瞳孔のない目玉は氷で出来ているようだ。そこに生気は感じられず、一度気づいてしまえば規則正しすぎる動きは不気味な物に感じられた。

「警備兵ってこと?」
「雪と氷で出来た魔導人形だ」

 師匠はそちらを見ようともせず俯いたままだった。緊張しているのかその口調は固い。
 警戒網を通過し、しばらくその背中を見つめていたニチカはトンと額をつけた。

「……ごめんね」
「、何が」
「私の精霊探しにつき合わせちゃって」

 気が進む場所ではないのだろう。だが元の大陸で待っていてくれとも言えない。何せ警備の堅固さは今しがた目にした通りだ。師匠のツテがなければとても一人でなど入り込めないに違いない。
 ところがそれを聞いた彼は機嫌悪そうに否定した。

「何を馬鹿なことを。精霊探しも一つの理由ではあるが、それ以上に俺の個人的な用があるんだ。お前なんかついでだ、ついで」

 照れ隠しなのか本心なのかは知らないが、その言い方で少しだけ心が軽くなる。

「うん、ありがと」

 素直になることを決めた少女は、それを純粋な優しさから来る発言なのだと思うことにした。
 そうすれば師匠は決まり悪げに黙り込み、ぷいっと前方を向いてしまう。その頬が少しだけ赤くなっているのに気づき、笑いそうになる。

(やっぱり、優しいんだよね)

 今まで反発していたのが嘘のように受け入れられる。もっと早く素直になればよかった。そうしたら

(そした、ら?)

 どうなっていたと言うのだろう。
 埋めた心が土の下でもがいている。まだだ、まだ、あせってはいけない。

「(くるしい)」

 声を出さずに口だけを動かす。
 曇天の空からはひらりひらりと雪の花弁が落ち始めていた。

***

 降り始めた雪は少しずつ量を増し、ようやくホワイトローズの地へ足を付けた時には本降りになっていた。

「到着!」
「とんでもなく早いな。お前のおかげだ、お疲れさん」

 オズワルドがユキヒョウのアゴの下をなでてやると、少しだけ目を細めた機体はゴロゴロと喉を鳴らした。
 それにしても、とニチカは緊張したように振り返る。
 白く染まった港町はとても静かで、道行く人たちが興味深そうに、あるいは不審そうにこちらに視線を向けている。

 だがわざわざ立ち止まって声をかけてくるような物好きは居らず、どの人も足早に過ぎていく。その髪はみな一様に透き通るような銀髪で、服も白と青を基調にしたものが多いようだ。

 黒尽くめのオズワルドと、ブロニィ村でもらった赤いマントを羽織っている自分がひどく浮いているような気がして、少女は居心地の悪いものを感じた。

「みんな真っ白だね」
「よその血が一切入ってこないからな」

 その時、人波を抜け出してこちらに向かってくる影があった。
 小柄な少年だ。見たところ中学生くらいなのだが、詰襟の白い服を着ているところや、横に流した前髪が、何より眉間の間に刻んだ皺が神経質そうな印象を与える。
 手元の羊皮紙とこちらを見比べた後、少年は緑の瞳をまっすぐに向けてハキハキとしゃべりだした。

「魔女シャルロッテさんの代理で来られたオズワルドさんとニチカさんですね?」
「そうだ」
「吹雪《ふぶき》と申します。当主、白魔《はくま》様の使いでお迎えに上がりました」

 吹雪と言うらしいその少年は、軽く頭を下げると踵を返して足早に歩き出した。

「それでは城へご案内いたします。着いてきて下さい」

 その後を追おうとすると、少年は思い出したように「あ」と小さく声をあげた。

「その旅客機は連れて行くことはできません、置いていくか、あちらの大陸へ返すかして頂けますか」

 どうしようと迷っていると、会話を聞いていたのだろうか、ユキヒョウはバサッと羽ばたいた。粉のような雪が舞い上がり、港にいた人たちがどよめく。

「あ、ありがとねーっ! ミームにもよろしく!」

 ユキヒョウはその言葉にうなずくように空中でくるっと一回転したかと思うと、すばらしいスピードで帰っていった。

「賢くていい子だったなぁ」
「おい、行くぞ」

 すでに歩き出している師匠たちの後を慌てて追う。先を歩きながら吹雪は淡々と説明をした。

「よろしいですか、本来ならば他の地の者をこの大陸に入れることは一切ありません。今回は特例ということで許可が下りたのです。くれぐれも勝手な行動は謹んで頂きますようお願いします」
「は、はーい」
「勝手に歩き回らない、余計な詮索をしない、不必要に住民に話しかけるのもご法度です。ご自分の立場をわきまえて下さい」

 まるで風紀委員のようにつらつらを禁則事項を挙げていく少年に、オズワルドは早くも口を変な風に歪ませていた。頼むから食ってかからないで下さいお願いします。

「街を出たところにクーガルーを停めてあります」
「クーガルー?」

 謎の単語に首を傾げるが、街を出たところでその生き物が足を踏みならしていた。
 ワラビーとダチョウを足して二で割って白い塗料をぶっかけたような、そんな不思議生物だ。黒い頭巾を被せられ目のところに穴が開いている。

 ホウェールやユキヒョウが飛行船ならば、こちらは陸上特化型と言ったところだろうか。たくましい脚で爆走してくれることだろう。……できれば穏やかだとありがたいのだが。

「よくしつけてありますので暴走する事はないと思います。ただ舐められないようにしてください」
「ベロっと?」
「……」
「……」
「…………あっ、見下されるの方ね! わ、判ってるわよ! 大丈夫大丈夫」
「うん、ダメだな」
「ダメですね」

***

 吹雪に助けてもらいながら、なんとかクーガルーの鞍にまたがる。
 よくしつけられているのは本当だった。そして舐めた相手を下に見るのも本当だった。

「ちょっ、ひあっ! 大人しくしてええええ!!!」

 まるで跳ね馬のようなクーガルーは、完璧なまでにニチカの事を見下していた。わざとお尻を跳ね上げて楽しんでいる。

「このぉぉ!」

 なんとか手綱を取ろうとするのだが、ますます楽しそうに反復横跳びなんぞ始めたりする。シェイクされて脳みそが溶けだしそうな気分だ。

 見かねた吹雪がたしなめて、ようやく乗っているクーガルーは大人しくなった。
 なった……ような気はするが、やっぱりガクガクしている。この、やめろ。

「だから舐められるなと言ったんだ、最初に会った時、先に目を逸らしただろう。それで下に見られたんだ」
「そ、そん、そんな、知るわけ、ないでしょ、さき、先に、言ってよ」

 横に並んだ師匠のクーガルーは大人しいもので、従順に乗り手の指示に従っている。交換してくれないかと言いかけたが、そちらのクーガルーと目が合いフッと笑われたような気がした。やめておこう。

 そのまま一行は灰色の森の中を進んでいく。木々の隙間から果てなく続く雪原が広がっていて、晴れてさえいればさぞ良い景色なのだろうと惜しむ。あいにく今日はうす暗い天気でどんよりとしていた。

 ふと、今さらながらあまり寒くないことに首を傾げる。自分の恰好はマントを羽織っているとは言え中央大陸の時そのままで、足などスカートからむき出しだ。
 なぜだろうと思っていると、クーガルーの体温がじんわりと暖かいことに気づいた。まるでホットカーペットにまたがっているようだ。

「なるほど、暖房付きなのね。それにこの国も思ったより寒くないし」
「ホワイトローズは極寒の地だと思ったか? 確かにもっと西に行けば凍えるような寒さだが、この辺りの地下には水脈が通ってる、その影響で地表の温度が少しだけ高いんだ。だから他の地域に比べて少しは暮らしやすい。人も集まる」
「その水脈って、温泉?」
「あぁ、そこらに深い穴でも開ければ噴き出すんじゃないか?」
「どのくらい?」
「俺の計算だと3000m」
「無茶言わないでよ」

 その言葉に少し前を行く吹雪がため息をついた。

「やめてくださいよ、数週間前に山の方でそれをやったバカが居まして、大騒ぎだったんですから」
「へぇ、じゃあ温泉できたんだ? 誰がそんなことを?」
「知りませんよ! 何の許可も出してないのに、夜更けにいきなりドーンですよ。慌てて行ってみたら誰も居ないしで」

 何が目的であんなところに穴あけたんだか、とブツブツ言う吹雪には悪いが、ニチカは心のメモにその情報を書き留めた。
 もしかしたら水の精霊が関係しているかもしれない。監視の目を盗んでなんとか行けないだろうか。……いや、温泉に入りたいというわけではない。ないったらない。

 そのまま進む事半刻。曲がりくねった木々の向こうに見えてきたのは、背景に溶け込みそうなほど白いそびえ立つ城だった。吹雪が振り返り到着したことを告げる。

「あちらが現当主、白魔様のお住まいです。お二方にはしばらくあそこに滞在して頂く事になります」

***

 恐ろしく高い、切り立った崖の中腹に穴が一つ開いていた。

 その中で丸くなる黒竜と白いフードをかぶった少年ファントムは惰眠をむさぼっていた。
 ところがピクッと何かを感じ取った少年は目をこすりながら上体を起こす。すぐに黒竜ヴァドニールも首をもたげ主人の様子を伺う。

「……最後の魔水晶が、破壊された」

 寝起きでぼやけた口調のまま、ファントムは状況を理解しようと意識を遠い北の地へ飛ばす。最後の魔水晶【傲慢】を落としたはずのホワイトローズへ。

 しばらく目を閉じていた少年は、ふいに口の端を歪ませたかと思うと再び黒竜の弾力のある背へと倒れ込む。心底楽しそうな声がその口から漏れ出した。

「あぁ、ふふ、そういうことか。まったくあの男、やってくれるよなぁ」

 どうやら魔水晶が破壊されたというのに、彼のお気に召す展開になったらしい。
 主人に絶対服従を誓っているヴァドニールは、ジッと次の言葉を待った。それに気づいたファントムは肩越しに振り返り、しなやかな指先を唇に当てる。

「まぁ聞いてよ。これがまた傑作でさぁ……」
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