ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ

文字の大きさ
上 下
113 / 156
10-水面にて跳ね空

113.少女、受けとる。

しおりを挟む
「前にシーサイドブルーで乗った個体じゃないか?」

 師匠の言う通り、あのうっとりするほど優雅な飛び方はマリアだ。
 彼女はそのままサリューン近辺の陸地に着陸したかと思うと体勢を低くする。しばらくすると甲板からたくさんの人が降りてきた。

 乗客が皆、湖を渡る連絡船へと乗り換える中、キラッと光った何かが猛スピードでこちらに向かってくる。翼のある……四つ足の獣だろうか?

「おーい、こっちこっち」

 ランバールが片手を上げて合図すると、その大きな生き物は翼を羽ばたかせ目の前に降り立った。雪のように白い身体に黒色のブチ。しなやかで長い尻尾をくねらせ、なめらかな毛並みが朝日を反射し光り輝いている。ネコ科のようだがライオンともトラとも違うようだ。
 その背中から小柄な人物が降り立つ、勝ち気そうな顔は見覚えのある物だった。

「ミーム!」
「ニチカ! 久しぶり、元気だったか?」

 相変わらず短い髪を跳ねさせた少女は嬉しそうに手を取る。
 思わぬ人物との再会にニチカは笑顔で手を握り返した。

「元気元気! こんなところで会えると思わなかった!」
「アタシもさ」

 そこの緑の兄サンに呼ばれたんだ、とミームは朗らかに笑う。
 どうやらここ2、3日で動いていたのはオズワルドだけでは無かったようだ。

「あのぉ……それで、その子は?」

 さきほどから彼女の傍でジッと立っているネコ科の生き物は、水に濡れるのが嫌なのか時折足をプルプルッと振っている。翼が有るのでこれも旅客機なのだろうと予想は着くが、どうにも他の種には感じない気品というか、気高さを感じさせた。

「コイツはホウェール航空組合の中でも特に上客にしか貸してない最高ランクでさ、タイプはレパード。ユキヒョウだよ」

 ほら挨拶、と首筋を優しく叩かれユキヒョウが優雅に上半身を低くしお辞儀のような物をする。その背中には二人乗り用の鞍が取り付けられていた。

「この子、1日半くらいだったら一度も降りずに飛び続けられるんだ。スピードも速いしあっという間に向こう岸まで運んでくれるはずだよ」

 オマケに賢いので操作もまったく必要ないという。すでにルートは言い含めてあるそうだ。ただ時たま乗りながらで良いから水分補給だけさせてやってくれと彼女は言う。

「ほんとに良いの? こんなすごい子を貸してもらって」

 そう言うと、ミームは豪快に笑ってニチカの肩を叩いた。

「何いってんだ。言っただろ? アンタたちならいつでもタダで乗せてやるってさ」

 そして少しだけ真剣な顔をしたかと思うとこう続けた。

「マナのバランスが崩れたせいでマモノが暴れてる。運送業としてはありがたいけど人が満足に道を歩けないっていうのはやっぱりなんか違うんだ。頼んだよ巫女さん」

***

 ユキヒョウに乗って出発した師弟を見送り、残された者たちは振っていた手を降ろした。その顔に浮かぶ不安な色を各人隠しきれはしていなかったが、それでも無理に明るく振舞った。

「あ~あ行っちゃった。やっぱりオレもホウキに乗って追いかけよっかなー」
「やめといた方が無難よ。あっちから許可が出たのはオズちゃんと他に一名だけなんだから。ランランが死にたいっていうんなら別だけどね」
「おー、こわ」

 その目にギラリとした光が宿るのを見て、シャルロッテは先回りで封じることにした。

「肉体を捨ててまで追うっていうんなら、私が止めるわよ半精霊さん」
「てへ、バレました?」

 ふざけているのか本気なのか悟らせないのは相変わらずのようだ。
 話の流れにイマイチ乗れないと判断したのか、ミームは肩にかけていた荷物を背負い直すと手をピッと額に当てた。

「じゃ、アタシはこれで」
「おっ、届けてくれてあんがと~」

 ランバールは徒歩でホウェールの元へと帰っていく操舵手を見送る。
 シャルロッテはその背中にからかう様な響きを投げた。

「で、ニチカちゃんには告白できたの?」

 半精霊は振っていた手をゆっくりと止め、そのまま降ろさず髪を無造作にかき乱す。彼はそのまま振り返らず静かに口を開いた。

「……知ってたんスか」
「これでも女やって長いからね。見てれば分かるわよ」

 なら結果も分かってんでしょ、と小さく返ってくる。シャルロッテはあえて無言のまま続きを促した。

「あーハイハイ、振られましたよ。しかも無意識下レベルで拒否されましたー!」

 ヤケになったように青年が背中からバッタリ倒れこむ。水しぶきが跳ね波紋が広がった。

「なんだよーもー、あのタイミングで行けば絶対オレの事好きになってくれると思ったのに~!!」

 まるでダダっこのように両手足をバタつかせる様子にケラケラ笑ってやる。
 そうしてやることがこの青年への一番の慰めになると分かっていたから。

「っごい良いシチュエーションだったんスよ! 高台で誰も居なかったし、良い雰囲気にするために時間調整とかしてたし!」
「あなた、案外ロマンチストよねぇ」

 そのロマンチストは想いを告げて引き寄せた時のことを思い出す。


 それまで流されかけていた少女の瞳に初めて動揺が走ったのだ。「違う」と。
 言葉にこそしなかったが、強ばった身体と、何よりもその瞳が雄弁だった。

(あ、ダメだ、これ)

 ――……な~んて、今言うことじゃないよねぇ ゴメン

 強引に押し切ることも出来たが、結局その場の雰囲気を和ませるようにおどけてしまった。

 ――あ……ごめん、ランくん、ごめんなさ……っ

 それでも修正は効かず、傷つけてしまった事に気づいた少女が謝りだす。
 それが地味に追撃だった。とは言わなかったが。


「あんな顔されちゃオレだって傷つくってのー! オレはニチカちゃんを泣かせたかったわけじゃないんだよぉぉ」

 相手を想うからこそ身を引いた。つまり、それほどまでに本気になってしまった。
 青年は上体を起こすと、今はもう小さな点になってしまった想い人を見やる。

「あきらめない、今回はタイミング悪かっただけであって、もっと時間かければあんなデリカシー無し男、余裕で勝てるし」
「まぁ、ガンバッテー」
「ロッテ先輩棒読みやめてー!」

 そんなことより、と身も蓋もない切り返しでシャルロッテは言う。

「二人が無事に帰って来られるかどうかが最優先じゃない?」
「……そっスね」

 気持ちを恋愛モードから切り替えたランバールは、湖の表面を駆けていく緑のマナ達に願った。

 ――流れよ大気 追い風を、さらなる追い風を

***

(あ……)

 風の流れが変わり、背中を押されるような感覚にニチカは思わず振り返る。
 サリューンは遥か遠く小さくなっていたが、確かにその想いは感じることが出来た。

「ラン君が、後押ししてくれてる」

 ぽつりと呟いた言葉にも、前に座るオズワルドは無反応だった。心なしかその横顔は青ざめているように見える。

「オズワルド?」
「……」
「ねぇ」

 このやりとりも何度目だろうか、反応を諦めた少女は改めて小型飛行船『レパード』を見下ろした。
 滑らかに水面スレスレを翔けるユキヒョウは出発してから全くスピードが落ちていない。翼を動かすのは最低限で、飛ぶというよりは滑空していると言った方が近いのだろうか。振動はほとんどなく最上級クラスだと言うのも頷けた。

 しばらく水面を見つめていると、サリューンの輝くように澄んだ水が少しずつ重たい色に変わっていく。大陸の切れ目、湖と海との境目が目前に迫っていた。

「ニチカ」
「ん?」

 久しぶりに聞いた男の声は少しだけ掠れていて、散々ためらった言葉をやっとの事で押し出したような声だった。

「持ってろ」

 シャラッ

「わっ、わっ、っとぁー!!」

 いきなり放り投げられた何かを海に落とす直前でパシッと捕まえる。ネックレス、だろうか? 繊細な銀のチェーンをたぐり寄せると、ペンダントトップの代わりに青い美しい石のはまった指輪が付いていた。
 ギョッとした少女は間髪入れずに目の前の背中に尋ねる。

「今度は何の装置!?」

 ガクッと肩を落とした師匠は、持ち直すのにしばらく時間がかかった。

「あの?」
「……そうだな、装置だな。まったくこれっぽっちも意味を持たない単なる魔女道具だ」
「う、うん?」
「今まで通信に使ってた青い髪留めを覚えているか?」

 やや投げやりな問いかけに、ニチカは頷いた。

「マリアのところで初めて魔法を使った時と、風の里でのレースの時に付けたあの綺麗なやつでしょ?」
「あぁ。あの石をカットして内部反射率を高めてみた。入射と出射の角度を一定にすることでブレを抑えて――」
「ちょちょちょ、待った。つまり……えーとこれは」

 目眩を覚える前に難しい説明を遮る。
 そんな少女を肩越しに見ていたオズワルドはフッと笑った。
 少しだけ眉尻を下げた、包み込まれるような暖かい笑顔だった。

「お守《まも》りだ。持っとけ」
「わ、わかった」

 また新たな顔を見たことで少女の心拍数は跳ね上がる。
 シャラリと首にかけると、ほとんど聞き取れないくらいの声が届いた。

「緑じゃなくて悪かったな」
「? 私、この青好きだよ? 吸い込まれそうでまるで――」

 そこでハッと気づき言いよどんでしまった。
 不自然にならないギリギリのタイミングで次の言葉を押し出す。

「そ、空みたいな色で」

 あなたの目みたい。とは言えず言葉をすり替える。
 石と同じ色の眼差しを向けたオズワルドは、手を伸ばすとニチカの髪をくしゃりと撫でた。

「離れるなよ」
「っ……」
「死にたくなければな」

 これから向かう北の封鎖国『ホワイトローズ』
 最後の精霊が居るところがこの男の故郷だというのは、何かの偶然なのだろうか。

 ニチカは言い知れぬ不安を抱えたまま、胸元の指輪をギュッと握り締めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜

梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。 そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。 実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。 悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。 しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。 そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...