上 下
99 / 156
9-みみとしっぽの大冒険

99.少女、感涙する。

しおりを挟む
「うそだぁぁぁ」

 風の里を出た辺りというと、ちょうどウルフィが誘拐されて動揺していた頃だろうか。

「ホントのホントに? 言ってた?」
「まさか当てもなく闇雲に歩いてるとでも思ってたのか……」

 どうやらその時から水の国に向かっていたらしい。偶然通りかかったテイル村に土の精霊が居たのはただの偶然だったそうだ。

『やーっぱニチカちゃんて、しっかりしてるようでどっか抜けてるよね』
「うぅ……」

 ランバールのからかうような声に顔を覆う。確かに目的地くらいは聞いておくべきだった。

『で、センパーイ。さっきから気になってたんスけど、その背嚢に入ってるイヤな臭いの物、そろそろ説明してもらってもいいっスかー?』

 一瞬顔をしかめたオズワルドだったが、素直にフルルから取り返したディザイアを取り出す。

「魔女協会が秘密裏に作っている新武器だそうだ。調べる時間がなくて大した説明は出来そうにない」
『ふーん、闇のマナの残滓がするけど……それにしちゃ異質というか』

 魔術に鼻が利く半精霊は、視覚だけでなく嗅覚でさえ感じ取れるらしい。魔の匂いが実際の鼻で感じるものかどうかは知らないが。
 そこである事を思い出した少女は、おずおずと切り出した。

「ねぇそれ、私たちが撃っても何も出なかったでしょ? でもさっきフルルが引き金を引いたらちゃんと弾が発射されてたの。水鉄砲みたいな威力だったけど」
「そうなのか?」

 こちらにきちんと視線を向けてくれる師匠に勇気づけられ、自分なりに考えた仮説を口にする。

「で、思ったんだけど、もしかしたらそれ、強い想い……それもマイナス方面の感情に反応してるんじゃないかなって」

 怪訝そうな顔をしたオズワルドに、フルルが放った銃弾の効果を伝える。
 あの時彼女は弟がイケニエに捧げらる事にひどく落ち込んでいたはずだ。そして命中したドブネズミは気力を失ったかのようにへたり込んでいた。

「想いを弾に変えるって解釈できないかな」
「……」

 仮説としては悪くない。それに、この武器の名前を聞いた時点で予測するべきだった。

「欲望《ディザイア》……か」
「え」

 カチンと言う撃鉄の音に少女が顔を上げたときには、すでにオズワルドは発砲していた。飛び出した闇色の弾がニチカの太ももに当たりビシャリと飛散する。

「ちょっと何――」

 慌てて拭おうとした瞬間、ぞわりとした官能的な疼きが背を走る。それはごく弱い物だったが動きを鈍らせるには十分だった。

「な、なっ……」
『え、どしたの?』

 ぺたんと座り込んだ少女は身を守るように両腕を体に巻きつける。
 あの銃は欲望や恨みを弾に変えて撃つもので、つまり自分がこんな状態になってしまってると言うことはつまり

「こっ、こんな時になに考えてるのよバカぁーっ!」

 新しいオモチャでも見つけたかのように銃を見ていた男は、ムッとした表情で振り返った。

「バカとはなんだ。実証実験だ、弟子なら付き合え」
「了承もなしにやるなって言ってんの!」

 幸い、効果の方はごく弱かったらしくすぐに回復できた。
 空気を読んだらしいランバールが『ほら、センパイってそういう人だから』と慰めてくれた。色んな意味で涙が出そうになる。

「なるほどな、そうなるとこの横に彫られた陣が活きてくるわけか……」

 ブツブツ呟きだしたオズワルドはもう自分の世界に入ってしまっている。

(なんでよりによってえっちな考えを……いや、憎しみとか撃ち込まれても困るけど。私に対して?ってことじゃないよね。うん、ないない。この人に限って私に欲情するとかあり得ないって)

 ため息をついているとランバールが「じゃ、そういうわけだから」と話を締めくくる。ハッと我に返ったニチカは素直に謝った。

「ごめん。もういっかい良い?」

 先ほど人の話と目的地はしっかり把握すると決めたばかりなのだ。
 するとあのニカッと笑う顔が見えるような声でランバールは繰り返した。

『だからー、オレも今から生身でそっち追いかけるからヨロシクね』
「え、えええっ!?」

 予想外だが嬉しい話に思わず立ち上がる。

「本当に?」
『うん。実は風の里と水の国との間に連絡網を敷いといた方が良いんじゃないかって話になって』

 聞くと、すでに炎の桜花国や魔法学校エルミナージュと言った主要国にはポータルを設置したらしい。それによって相互の連絡が可能になっているとのことだ。

「でも、それって風の精霊クラスの力があって初めて声を届けられるんじゃなかったっけ?」
『それがさぁ、ロロ村に居たマキナって覚えてる? 彼がすんごい装置を作ってここまで持ち込んできたんだよ。なんでもキ、キカイ? とか言うのとマナを組み合わせた新技術らしくて。やー、あれはビックリしたわ。半分以下の魔力で倍の出力が出せるんだから』
「マキナ君が!?」
『ニチカちゃんには世話になったし、自分なりの方法で最大限の支援をしたいって言ってたよ。彼も君の使命を知ってすごく驚いてた』
「そっか……」

 少しだけ微笑んで彼の優しい笑顔を思い出す。
 スミレとは上手くいっているのだろうか、いや上手くいっているに違いない。お互いを見やるあの優しい眼差しはそうそう壊れないだろうから。

 マキナがあれだけ魔力に頼るのを避けていたのに、複合させた技術を開発したのは、自分を思って実用性を優先してくれたからだろうか。そうならば嬉しい。

『設置したらすごいよー、精霊の巫女のウワサを聞いた人たちから続々問い合わせが来てる。由良姫はもちろんだし、グリンディエダ校長とか、メリッサちゃんとか、あと名前は忘れたけどホウェールの操舵手の女の子とか、やたらとハイテンションで君を崇拝してるお嬢様とか』

 懐かしい名前の数々に暖かい気持ちになる。これまでの軌跡は無駄では無かったのだと思える。

『もちろん通信権限は風のマナにあるわけだから、魔女協会とかの怪しい通信があればたちどころに傍受できるわけで――あれ、泣いてる?』
「う、ううんっ。なんでもない!」

 単純に嬉しかった。通り過ぎてきた人たちが背中を押してくれているみたいだ。
 じんわりと胸の辺りに暖かさが広がっていくようで、ギュッと抑え込む。そうでもしなければ叫び出してしまいそうだった。

 落ち着いたところで今後の事を話し合う。ランバールは支度を済ませたらすぐにでも後を追ってくるそうだ。風の恩恵があるからホウキで爆走してくるという。先に出立して構わないとのことだった。

「大丈夫? 私たちがどこにいるとか」
『ヘーキヘーキ、ニチカちゃんの甘い香りはこっからでも大体の方角が分かるくらいだから』
「……私、臭う?」

 自分の身体をくんくんと嗅ぎ始める少女に笑いそうになる。

 だが同時に不安も感じた。
 彼女の魔力は日に日に増しているようで、風の里で別れた時とは比べ物にならないくらい……とまでは言わないが、通常ではあり得ない増え方をしている。
 魔導師が毎日寝ずの訓練をしてもここまでの急激な成長はありえないだろう。

(精霊の力を集めてるとはいえ、それは魔導球との間にパイプを作っているだけだ。本人の魔力は変化するはずもない……)

「ラン君?」

 声が途切れたのを不思議に思ったのだろう。少女が辺りを見回した。慌てて返事をする。

『ゴメンここ。そうだ、そのディザイアの事も、出る前に各国へ連絡しておくよ』

 そういうと安堵したようにニコッと笑う。この場に実体がないのが悔やまれるような笑顔だった。

「ありがとう、警戒するように伝えて欲しいな」
『オッケー。ところでずーっと気になってたんだけどさ』
「うん?」

『なんで猫耳つけてんの?』

 ニチカはハッと頭に手をやる。
 もふっとした感触に一気に熱が上がっていくのを感じた。
しおりを挟む

処理中です...