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9-みみとしっぽの大冒険
95.少女、おさわりする。
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大げさなほどに叫んだ彼女はバッと低い体勢で振り返る。と、こちらの姿を見て脱力したようにヘタリと座り込んだ。
「なンだ、ネコ族か」
「いや、違うんだけど……」
その言葉でニチカの顔をまじまじと見た少女は、立ち上がると「あーっ!!」と指を差してきた。
「アンタ! ロロトと一緒にいた奴じゃん!」
「やっぱり! あなたあの時の白いオオカミでしょ?」
確か名前は……と、記憶を手繰り寄せる。
「そう、フルル!」
「っ……」
悔しそうな顔をしたフルルは、ぷいっとそっぽを向いた。
元いた世界で言うと中学生ぐらいだろうか。頭一つ分小さいところにある耳を撫でたくなる衝動が沸き上がる。
「フン、弱虫ロロトの仲間がアタシに何の用なのさ」
トゲを含んだ声にハッとする。いけない、ここで撫でくり回したらきっとこの子は怒るに違いない。なんとなく直感的に悟る。
「え、えぇっとその、なんで銃を持って行ったのかなぁって」
そう言うとフルルは右手に持っていたディザイアを見下ろし、重い溜息をついた。
「今夜、アタシの弟がグラグラ様に捧げられるんだ」
「!」
やはりネコ族の情報は正しかったのだ。イヌ族はイケニエを山へ放り込もうとしている。壁に背中を預けたフルルは、手の中の銃身をじっと見つめた。
「ついに来たかって感じではあるけど……その前にこいつで倒してやろうと思ってね」
「グラグラ様を倒すつもりなの!?」
思わず息を呑むと、彼女はこちらをにらみつけてきた。
「声が大きいよ! 誰に聞かれるか分かったもんじゃ――まぁ別にバレたところで良いけどさ。成功したらそのまま村を出るつもりだし」
笑えばきっと可愛いだろうに、フルルはずっと眉間にしわを寄せている。きっと本当に弟が大切なのだろう。元の世界に妹を残してきたニチカにもその気持ちは痛いほど分かる。わかる、が
「だからさ、悪いけどこの銃もう少しだけ貸してくれないかな。武器って呼べるような物なんかアタシ他に持ってなくて」
あぁダメだ。こんな気持ちになってしまってはいけないというのに。かくも本能は理性を押しのける。
震える手を彼女の手に乗せたニチカは、ゆっくりと口を開いた。
「……わかった。でも一つだけ条件があるの」
不可解そうな顔を上げた白オオカミは、妖しい熱を帯びた瞳にぶつかった。
「その耳、一回だけ触らせて?」
***
盛大な水しぶきを夕焼け空に散らせながら、少女が湖に叩き落される。ブハッと顔を出した弟子に向かって、師匠は叫んだ。
「馬鹿かお前はっ!! なんでそう……っ、このっ……馬鹿が!!」
「いきなり水に突き落すとかひどくない!? 風邪ひいたらどうすんのよっ」
「おさわり一回で銃を貸し出したお前が言うなっ!」
ギクッとして這い上がろうとした手が滑る。ようやく地上に上がったニチカは涙目で力説した。
「だって仕方ないじゃない!? あの耳! 色! 理想的な形が目の前にあったのよ!? もふもふ撫で撫でするなっていう方が鬼だわ!」
「知るか!! 銃を取り戻す最大のチャンスをお前……耳って、もふもふって……」
手で額を覆うようにして絶句したオズワルドの横で、ウルフィがほへぇと感心したような声を出す。
「すごいねぇ~、フルルは頭触られるのホントに嫌がるんだよ。昔、撫でようとしたら半殺しにされたもん」
「彼女、幼なじみだったのね」
炎と風魔法を複合させ、洋服を乾かしながらそちらを向く。ウルフィの話を聞いてようやく彼女の態度に合点がいった。心配そうに山へと目を向ける。
「グラグラ様を倒すだなんて、本気かしら」
「フルルは言ったことはやるよ。……行かなきゃ」
「あ、ウルフィ!」
駆けだしたオオカミの後を追おうと、あらぬ方向を向いている師匠の袖を引っ張る。
「ほら、早く追いかけようよ」
「知るかよ……アイツのことは自分で決着つけさせれば良いだろうが」
「ダメ! 行くの!」
何だかんだ言いながらも走り出してくれるオズワルドに内心ホッとする。正体不明の山神様の元へ行くのだ、助けは多い方が良いに決まってる。いや決して怖いとかじゃなくて。
***
ウルフィの記憶を頼りに山までやってきた一行は、異様な雰囲気に包まれた場に硬直した。
「なんか、いやぁーな雰囲気……」
待ちかまえている洞穴からは、おどろおどろしい空気というか、本能的によくない物だと感じる気配が流れ出ている。辺りのほの暗さも手伝って不気味さは五割増しだ。
「この穴の中に『グラグラ様』とやらが居るんだろ? 爆弾投げ込んで爆殺じゃだめなのか」
「どうしてそう荒っぽい解決法が出てくるかなぁ。まだグラグラ様が悪者かどうか、もっと言えば実在してるかどうかも謎なんだから」
「そうだよ! フルルも先に入ってるかもしれないんだし!」
物騒な意見を却下して、そっと中を覗き込む。ゆるやかな傾斜がついているようで降りていくのは問題なさそうだ。
「こ、こんにちはー……」
ちはー ちはー ちはー
反響した声が暗闇に吸い込まれていく。何とか話し合いで解決できないだろうか。
「あのー、相談がありまして、あなたに捧げられる予定のイケニエの話なんですけどー」
『……』
穴の中の誰かに聞かれているという感覚はあった。しかしその『誰か』からの返答はない。
「入ってこいってことなのかな?」
結局一行は中に入って散策することにした。魔導球を出し、杖の先に明かりを点けてから十分に警戒しつつ中へ入っていく。
そして目の前に広がってきた光景に思わず声が漏れた。
「うーわぁぁ……」
洞穴の中は想像していたよりもはるかに広かった。自分の出した声が反響してゆくのに気づいて慌てて口を抑える。
グラグラ様の棲み処は、高さのあるホール状になっていた。一軒家がまるまる入りそうな空間があり、壁を見るとずらっと穴が空いていてさらに先に進めるようになっている。まるでアリかモグラの巣のようになっていたのだ。
これを一つ一つ調べていかなければならないのだろうか?
「どれが当たりなんだろう」
「もう少ししたらイケニエが村から運ばれてくるんだろう? それを山神が回収しに来たところを叩くとかしたらどうだ」
「えー、危険じゃない? 先に接触しておきたいし」
話し合った結果、鼻も効いて足の速いウルフィと、探査能力のあるオズワルドが横穴を片っ端から調べていくことになり、ニチカは入り口近くに潜んでイケニエ待ちの係になった。こちらからの合図があれば、即こちらに戻ってくるということを決め二人は出かけて行った。
一人残された少女は入り口付近の大き目の石に腰掛けて待つ。
「……」
だがしかし、やることがなければ時が経つのは遅い。最初は緊張していたニチカだが次第にそわそわし出した。
(言っちゃ悪いけどヒマだな。それによく考えたら何も私をここに残さなくたって、何か探知系の魔女道具を置いていけばよかったんじゃ? ほら、いつもキャンプの時に使うアラーム……って音が鳴っちゃまずいか。それにその範囲内に受信機が無いとダメって言ってたっけ。んー、でもそうしたら風系統のマナに追加で魔力を与えられれば改善できないかな? 帰ってきたらオズワルドに提案してみよ)
「うっ?」
物思いにふけっていたその時、何気なく手を置いた石がグラリと動いた。
「なにこれ、動く……」
グッと押してみようとしたその時、急に手ごたえがなくなって身体が傾く。
「うっ、うわああああ!?」
ガラガラと急速に崩れた石たちと一緒に、ニチカは暗く深い穴へと落ちていった。
***
カラリ、と小石の崩れる音で目を開ける。否、開けたつもりだ。
つもりというのは、辺りは深い深い闇でまぶたを閉じても開けてもさして変わりがないのだ。
「……『明かりよ』」
光のマナに呼びかけると、指先にほわりと暖かな光の蝶が一匹だけ宿る。
立ち上がり頭上に視線を向けるが、この弱々しい光ではどの高さから落ちてきたかも検討がつけられなかった。落ちた時に擦りむいたのか、左腕が多少ひりついたが他に大きな怪我もないようだ。
(ってことは、それほど落下はしてないのかな?)
腰のホウキを外し、巨大化させて上へ戻ろうとした――その時だった。
「ん?」
上ではなく、暗闇の広がる通路の先から声が聞こえたような気がしてそちらを見やる。聞き覚えのあるような、少し高めの声だ。
上と右をしばらく見比べていたニチカだったが、ホウキの代わりに杖を構えると洞穴の奥へと歩き出した。
「なンだ、ネコ族か」
「いや、違うんだけど……」
その言葉でニチカの顔をまじまじと見た少女は、立ち上がると「あーっ!!」と指を差してきた。
「アンタ! ロロトと一緒にいた奴じゃん!」
「やっぱり! あなたあの時の白いオオカミでしょ?」
確か名前は……と、記憶を手繰り寄せる。
「そう、フルル!」
「っ……」
悔しそうな顔をしたフルルは、ぷいっとそっぽを向いた。
元いた世界で言うと中学生ぐらいだろうか。頭一つ分小さいところにある耳を撫でたくなる衝動が沸き上がる。
「フン、弱虫ロロトの仲間がアタシに何の用なのさ」
トゲを含んだ声にハッとする。いけない、ここで撫でくり回したらきっとこの子は怒るに違いない。なんとなく直感的に悟る。
「え、えぇっとその、なんで銃を持って行ったのかなぁって」
そう言うとフルルは右手に持っていたディザイアを見下ろし、重い溜息をついた。
「今夜、アタシの弟がグラグラ様に捧げられるんだ」
「!」
やはりネコ族の情報は正しかったのだ。イヌ族はイケニエを山へ放り込もうとしている。壁に背中を預けたフルルは、手の中の銃身をじっと見つめた。
「ついに来たかって感じではあるけど……その前にこいつで倒してやろうと思ってね」
「グラグラ様を倒すつもりなの!?」
思わず息を呑むと、彼女はこちらをにらみつけてきた。
「声が大きいよ! 誰に聞かれるか分かったもんじゃ――まぁ別にバレたところで良いけどさ。成功したらそのまま村を出るつもりだし」
笑えばきっと可愛いだろうに、フルルはずっと眉間にしわを寄せている。きっと本当に弟が大切なのだろう。元の世界に妹を残してきたニチカにもその気持ちは痛いほど分かる。わかる、が
「だからさ、悪いけどこの銃もう少しだけ貸してくれないかな。武器って呼べるような物なんかアタシ他に持ってなくて」
あぁダメだ。こんな気持ちになってしまってはいけないというのに。かくも本能は理性を押しのける。
震える手を彼女の手に乗せたニチカは、ゆっくりと口を開いた。
「……わかった。でも一つだけ条件があるの」
不可解そうな顔を上げた白オオカミは、妖しい熱を帯びた瞳にぶつかった。
「その耳、一回だけ触らせて?」
***
盛大な水しぶきを夕焼け空に散らせながら、少女が湖に叩き落される。ブハッと顔を出した弟子に向かって、師匠は叫んだ。
「馬鹿かお前はっ!! なんでそう……っ、このっ……馬鹿が!!」
「いきなり水に突き落すとかひどくない!? 風邪ひいたらどうすんのよっ」
「おさわり一回で銃を貸し出したお前が言うなっ!」
ギクッとして這い上がろうとした手が滑る。ようやく地上に上がったニチカは涙目で力説した。
「だって仕方ないじゃない!? あの耳! 色! 理想的な形が目の前にあったのよ!? もふもふ撫で撫でするなっていう方が鬼だわ!」
「知るか!! 銃を取り戻す最大のチャンスをお前……耳って、もふもふって……」
手で額を覆うようにして絶句したオズワルドの横で、ウルフィがほへぇと感心したような声を出す。
「すごいねぇ~、フルルは頭触られるのホントに嫌がるんだよ。昔、撫でようとしたら半殺しにされたもん」
「彼女、幼なじみだったのね」
炎と風魔法を複合させ、洋服を乾かしながらそちらを向く。ウルフィの話を聞いてようやく彼女の態度に合点がいった。心配そうに山へと目を向ける。
「グラグラ様を倒すだなんて、本気かしら」
「フルルは言ったことはやるよ。……行かなきゃ」
「あ、ウルフィ!」
駆けだしたオオカミの後を追おうと、あらぬ方向を向いている師匠の袖を引っ張る。
「ほら、早く追いかけようよ」
「知るかよ……アイツのことは自分で決着つけさせれば良いだろうが」
「ダメ! 行くの!」
何だかんだ言いながらも走り出してくれるオズワルドに内心ホッとする。正体不明の山神様の元へ行くのだ、助けは多い方が良いに決まってる。いや決して怖いとかじゃなくて。
***
ウルフィの記憶を頼りに山までやってきた一行は、異様な雰囲気に包まれた場に硬直した。
「なんか、いやぁーな雰囲気……」
待ちかまえている洞穴からは、おどろおどろしい空気というか、本能的によくない物だと感じる気配が流れ出ている。辺りのほの暗さも手伝って不気味さは五割増しだ。
「この穴の中に『グラグラ様』とやらが居るんだろ? 爆弾投げ込んで爆殺じゃだめなのか」
「どうしてそう荒っぽい解決法が出てくるかなぁ。まだグラグラ様が悪者かどうか、もっと言えば実在してるかどうかも謎なんだから」
「そうだよ! フルルも先に入ってるかもしれないんだし!」
物騒な意見を却下して、そっと中を覗き込む。ゆるやかな傾斜がついているようで降りていくのは問題なさそうだ。
「こ、こんにちはー……」
ちはー ちはー ちはー
反響した声が暗闇に吸い込まれていく。何とか話し合いで解決できないだろうか。
「あのー、相談がありまして、あなたに捧げられる予定のイケニエの話なんですけどー」
『……』
穴の中の誰かに聞かれているという感覚はあった。しかしその『誰か』からの返答はない。
「入ってこいってことなのかな?」
結局一行は中に入って散策することにした。魔導球を出し、杖の先に明かりを点けてから十分に警戒しつつ中へ入っていく。
そして目の前に広がってきた光景に思わず声が漏れた。
「うーわぁぁ……」
洞穴の中は想像していたよりもはるかに広かった。自分の出した声が反響してゆくのに気づいて慌てて口を抑える。
グラグラ様の棲み処は、高さのあるホール状になっていた。一軒家がまるまる入りそうな空間があり、壁を見るとずらっと穴が空いていてさらに先に進めるようになっている。まるでアリかモグラの巣のようになっていたのだ。
これを一つ一つ調べていかなければならないのだろうか?
「どれが当たりなんだろう」
「もう少ししたらイケニエが村から運ばれてくるんだろう? それを山神が回収しに来たところを叩くとかしたらどうだ」
「えー、危険じゃない? 先に接触しておきたいし」
話し合った結果、鼻も効いて足の速いウルフィと、探査能力のあるオズワルドが横穴を片っ端から調べていくことになり、ニチカは入り口近くに潜んでイケニエ待ちの係になった。こちらからの合図があれば、即こちらに戻ってくるということを決め二人は出かけて行った。
一人残された少女は入り口付近の大き目の石に腰掛けて待つ。
「……」
だがしかし、やることがなければ時が経つのは遅い。最初は緊張していたニチカだが次第にそわそわし出した。
(言っちゃ悪いけどヒマだな。それによく考えたら何も私をここに残さなくたって、何か探知系の魔女道具を置いていけばよかったんじゃ? ほら、いつもキャンプの時に使うアラーム……って音が鳴っちゃまずいか。それにその範囲内に受信機が無いとダメって言ってたっけ。んー、でもそうしたら風系統のマナに追加で魔力を与えられれば改善できないかな? 帰ってきたらオズワルドに提案してみよ)
「うっ?」
物思いにふけっていたその時、何気なく手を置いた石がグラリと動いた。
「なにこれ、動く……」
グッと押してみようとしたその時、急に手ごたえがなくなって身体が傾く。
「うっ、うわああああ!?」
ガラガラと急速に崩れた石たちと一緒に、ニチカは暗く深い穴へと落ちていった。
***
カラリ、と小石の崩れる音で目を開ける。否、開けたつもりだ。
つもりというのは、辺りは深い深い闇でまぶたを閉じても開けてもさして変わりがないのだ。
「……『明かりよ』」
光のマナに呼びかけると、指先にほわりと暖かな光の蝶が一匹だけ宿る。
立ち上がり頭上に視線を向けるが、この弱々しい光ではどの高さから落ちてきたかも検討がつけられなかった。落ちた時に擦りむいたのか、左腕が多少ひりついたが他に大きな怪我もないようだ。
(ってことは、それほど落下はしてないのかな?)
腰のホウキを外し、巨大化させて上へ戻ろうとした――その時だった。
「ん?」
上ではなく、暗闇の広がる通路の先から声が聞こえたような気がしてそちらを見やる。聞き覚えのあるような、少し高めの声だ。
上と右をしばらく見比べていたニチカだったが、ホウキの代わりに杖を構えると洞穴の奥へと歩き出した。
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