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9-みみとしっぽの大冒険

92.少女、猫集会に出る。

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 子供たちに別れを告げ、一行は村まで降りて行った。
 テイル村は舗装するという考えがないのか、草が踏み倒されている箇所がかろうじて道と呼べるような物らしい。露店が並ぶ活気あふれるメインストリートを歩くと住人から物珍しそうな顔で見られた。そんな中、彼らの姿を見ていたニチカはあることに気づいた。

(犬や猫だけじゃないんだ)

 ウサギや鳥、はたまたなんの生き物か判断に困る珍しい耳をつけた者もいる。
 道脇の赤と白のボーダー模様の露天の前を通りかかったとき、中からお嬢ちゃん!と声をかけられた。そちらを向くとリンゴがすぐ目の前に迫っていて慌ててキャッチする。そーっとリンゴの影から覗くと犬のような垂れ耳のおばさんが笑っていた。

「可愛い旅人さんにあげる。うちのは美味いよ」
「あ、ありがとうごさいます……」
「そんなおどおどしなくったって誰も取って食いやしないよ。この村の住人同士の争いは御法度なんだから」

 その言葉を証明するように、すぐ側を追いかけっこをしている子供たちが通り過ぎて行く。ネコを追っているのはなんと小さなネズミで、飛びつくようにネコを捕まえると二人は転げるように笑い合った。

「不思議な光景だろう? だけどこの村じゃこれが普通なんだ。例え外では補食関係であろうとも、この村に一歩入れば仲間同士。外で迫害されてきた者たちが寄り添いながら慎ましく生きる桃源郷なんだよ、ここは」
「寄り添って生きている……」

 この世界のことはまだよく分からないが、どうも普通の動物と彼らのようなヒトの言語を操る種族は別の生き物らしい。
 長耳族《ハーゼ》と呼ばれる彼らはこれまでの旅の中では会うことはほとんどなかった。唯一、由良姫の治める桜花国でのみ見かけたが、あとは上手く隠しているのか遭遇することはなく、ここまで来ていたのだが……

「やっぱり、差別の対象だったりするの?」

 貰ったリンゴをしゃくりとかじりながらオズワルドに尋ねると、彼は何でもないことのようにそっけなく答えた。

「差別というか、便利な種族なんだ。ハーゼは全体的にヒトを疑う事をしない純粋な種族で、元々持ってる能力は動物のそれを引き継いでいるから労働力としては上々。子供のうちに攫って手懐けておけばそりゃもう忠実な奴隷が……おい、なんだその目は」

 ジト目で見てくるニチカに気づいたのか、師匠は顔をしかめて見せた。

「まさかとは思うけど、ウルフィ……」
「あのな、アイツは勝手についてきたんだ。間違っても誘拐なんかしてない」
「えー?」
「ばっかよく考えろ、俺があんなグズでのろまで言いつけた仕事を三倍の手間に増やすようなヤツ好んで奴隷にすると思うか?」

 ひどい言われようだ。本当のところはどうなのかと当人に聞こうと振り返った少女は目を瞬いた。

「……何やってんのウルフィ」

 彼は路地裏の木箱に頭を突っ込んでいた。声をかけるとびくぅっと尻尾がけば立つ。
 頭隠してなんとやら、その時偶然通りかかった二匹のオオカミが面白いものでも見つけたように近寄ってきた。

「おんやー? もしかしてその尻尾……ロロトじゃねーか?」
「えっ、マジかよアニキ!」

 アニキと呼ばれた一回り大きい方が、ニチカを押しのけてウルフィに迫る。黒に近いねずみ色の毛を膨らませた彼は、ウルフィの尻尾の根元をむんずと噛んで引きずり出した。

「ぴゃああああ!!」
「その声、まちがいねーな!!」

 ずるずると引きずり出されたウルフィは、それでもごまかす様に紙ぶくろを深くかぶりなおした。

「ななな、なんのこと? 僕はただの動く紙ぶくろだよ。ご主人に足を与えて貰ったんだ」

 動く時点でただの紙ぶくろではない。ツッコミたい気持ちをこらえてニチカは成り行きを見守る。

「ほぉ~? おいザルル」
「へい! グララアニキ!」

 バリッ

「あああっ!!」

 あっけなく紙ぶくろを引き裂かれ、とぼけたオオカミの顔があらわになる。それを見たグララとザルルはニンマリと笑った。

「よぉ、久しぶりだなぁ弱虫ロロト」

(ロロト?)

 ディザイアを奪っていった白オオカミのフルルも彼をそう呼んでいた。ロロトと言うのがウルフィの本名なのだろうか?
 親分子分と言った風の2匹は、うずくまってしまったウルフィに向けて嫌みったらしくネチネチと言葉を投げつける。

「まさか帰ってくるとは思わなかったぜ。とんだ恥知らずだ。なぁザルル?」
「そうっスねアニキ! イケニエの儀式から逃げ出すような弱虫が、よくこの村に足を踏み入れられたもんだ!」

(ウルフィ……!)

 今更ながらに連れてきたことを後悔した。あんなに嫌がっていたのに、バレなければ大丈夫という安易な考えがあったのだ。

「あ、あの」

 注意を引こうとすると、振り返ったオオカミたちはケッと吐き捨てた。

「イヌ族の問題にネコが口出すない」
「そーだそーだ」
「ネコ!?」

 ハッとして頭の上の付け耳に手をやる。そうだ自分は今ネコだった。

「だからって――うわっ?」

 その時、グラッと地面が揺れる。昨晩と同じくらいの揺れだが長い。村のあちこちから悲鳴があがる。
 ようやく落ち着くと、グララとザルルが吐き捨てるように言った。

「ほら見ろ『グラグラ様』が怒ってらっしゃる」
「お前があの時逃げなければこんなことにはならなかったんだぞ! フルルが泣かなくてもすんだんだ!」

 その言葉にようやくウルフィが顔を上げる。

「どういうこと? フルルがどうしたって言うの?」

 少し気の毒そうな顔をしたグララだったが、すぐにその表情を消し去り怒ったように告げた。

「次のイケニエに、あいつの弟が選ばれたんだ」
「……ポポカが!?」

 そこでキッとウルフィをにらみつけた二匹は、吐き捨てるように続けた。

「全部お前のせいだ! 悪いと思うんなら今からでもグラグラ様の元に行って捧げられて来いよ!」
「弱虫ロロトなんかにゃできやしないだろうけどな!」

 わなわなと震えていたウルフィは、耐えきれなくなったのかワッと泣いて逃げだした。路地裏を飛び出し人込みの中へ消えていく。

「あっ、待って!」

 追おうとしたニチカだったが、それまで黙っていたオズワルドに肩を引かれて立ち止まる。

「アイツは俺が追う。お前はその間に情報でも集めとけ」
「でも」
「今、お前に慰められても、みじめになるだけだ」

 自分が行くと言いかけた少女は、いつになく真剣な様子に言葉を呑み込む。この場合は自分の方が適任だとその目は語っていた。

「……わかった、でも手荒なことしちゃダメだからね!」

 無言で頷いたオズワルドも去ってしまい、その場に2匹とニチカが残される。気まずい雰囲気を打破しようと、とりあえず現段階での一番の疑問をおそるおそる聞いてみる。

「あの、グラグラ様って……?」
「ネコなんかに話すことはねぇよ! 行こうぜザルル」
「おう、アニキ」

 それだけ吐き捨てて行ってしまう。通りの向こうのリンゴをくれたオバさんと一瞬目が合ったが、慌てて逸らされてしまった。

「もぉ、何なのよ一体」

 とりあえず今わかってる状況は、ウルフィ(ロロト)が過去に何かから逃げ出し、グラグラ様が怒って地震を起こしている。そしてその身代わりとしてフルルの弟ポポカがイケニエに差し出される……と言ったところだろうか。

「だけど、グラグラ様ってなんなの?」

 村人は相当グラグラ様を恐れているようで、山の方に向かってペコペコと頭を下げている。

(イケニエなんて要求するくらいだし、フツーに考えれば凶悪なマモノとか?)

 悩むニチカの前を、サバ白模様のネコがしなやかな足取りで横切った。ネコ仲間ならばと思い声をかけてみる。

「あの、すみません」

 だが彼女はチラリとこちらを見ただけで、積み上げられた木箱を身軽にひょいひょいと登って行ってしまう。ダメかと気落ちしかけた時、屋根の上から顔を覗かせて可愛い声を降らせてきた。

「何か用? 集会に遅れちゃうわ」
「へ、集会……?」
「聞きたい事があるなら上って来なさいよ」

 そう言い残して屋根の上に消えていく。意地悪で言ってるのではなく、なぜそうしないのかと不思議そうな声だ。
 辺りを見渡したニチカは、自分でも登れそうなルートを探してみた。二階まで上がる外階段をその建物の脇に発見し、そこから窓の庇に飛び乗って屋根の上を目指す。

「よっ、ほっ。ん……ぐぐぐぐ!」

 オレンジ色のかわらをなんとかよじ登ることに成功すると、大量の毛玉たちが視界に飛び込んできた。彼らは燦々と日の降り注ぐ広い屋根の上で、思い思いに毛づくろいをしたり丸まったりしている。
 なんとも癒される光景を見ていると、奥の方に居る大きな黒ネコと目が合った。

「見ない顔だな」
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