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9-みみとしっぽの大冒険
90.少女、ネコミミ化する。
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パチリと、小さくはじけた火が暗闇に散り、消えていく。
携帯用の片手鍋の中で、湯がグラグラと沸き立っている。ニチカはその中にキューブ状の茶色い『スープの素』を放り込むと荷物の中からハサミを取り出した。簡単に洗った野菜とベーコンを次々に切って直接鍋に落としていく。十分もしない内に簡単な野菜スープが出来上がった。あとはカチカチに固い黒パンをいくつか取り出して
「できたよー」
そう呼びかけるが、こちらにやってきたのはオズワルドだけだった。いつもはご飯ができる前からすっ飛んできて横で目を輝かせているウルフィが来ない。
目を凝らすとキャンプ地の灯りがギリギリ届く端で、茶色い尻尾だけがかろうじて見えた。
「呼んでこようかな……」
「いい、放っておけ」
木の根元に陣取り、勝手にスープをマグによそり始める師匠はそう言う。その言葉には『行くのは許さない』という響きが篭もっていた。
岩のようなパンをスープにひたして柔らかくする。気まずい空気の中、少女はため息をついた。
***
『どけ! 何やってんだ!』
あの時、前に立ちはだかった使い魔にオズワルドは激昂した。だがウルフィは退こうとはせず、あろうことか低いうなり声をあげた。
『いくらご主人でもっ、ダメだ!』
『なに?』
『……』
らしくないだんまりを決め込み、それでも毛を逆立てるオオカミ。だが威嚇ではなく恐怖ゆえなのだろう、その足は可哀そうになるほど震えていた。
『……覚悟はできているんだろうな?』
ザリ、と一歩詰め寄った男は右手を前方に伸ばして構える。ガタガタと震えだしたオオカミを見て、ニチカはとっさにその間に割り込んでいた。
『ま、待った待った! なんでいきなりシリアスになってんの? ウルフィの話も聞いてあげようよっ』
見下すような視線の男は、少女の後ろを顎でしゃくった。
『こっちが聞く気でも、そいつが話す気がないみたいだが?』
『……ウルフィ?』
振り返るとオオカミは尻尾を垂らしてうなだれていた。キューンと小さく鳴く声に胸を締め付けられる。
『主人に逆らった使い魔の末路は一つだ』
ぞっとするほど冷たい声に怯むが、それでも何とか止めようとニチカは両手を広げた。
『使い魔とかそんなの関係なしにウルフィは私の友達よ、罰を与えるつもりなら私を黙らせてからにして』
この男の性格を考えれば、酷い仕打ちが来るかもしれない。
だがオズワルドは眉間にそれはそれは深い皺を刻んだかと思うとその横を通り抜けて行ってしまった。
緊張の糸が切れてへにゃりと座り込む。辛そうな声がその背中にかけられた。
『ごめんね、ニチカ』
『え? あぁ良いの良いの。誰にだって言いたくないことの一つや二つあるもんよ。とはいえ――』
気力と共に勢いをつけて立ち上がる。今はもうだいぶ遠くなったオズワルドの背中が木立の向こうに消えていった。
『追いかけなくちゃ。あの過激魔女のことだもの、下手したらこの森ごと焼き払い兼ねないわ』
『そ、それ困るよぉ。そんなことしたら村が――』
おや、と下を見る。ウルフィはしまったと言うように目を見開いていたが、クスリと笑って聞こえないふりをしてあげる。本当に隠し事が下手な子である。
しばらく無言で森を駆け抜けた二人は、いきなり開けた場所に飛び出る。切り立った渓谷にかけられた橋の前では、なぜか師匠と2匹のオオカミが押し問答を繰り広げていた。
『だから、その盗っ人を追ってるだけなんだ俺は。かくまうつもりなら容赦しないぞ』
『ソンナヤツ、知ラナイ。ソレヨリオマエ、ニンゲン、トオサナイ』
『ソウ、ニンゲン、悪イヤツ』
『この……!』
いきり立ったオズワルドが一歩詰め寄る。少女は慌ててその前に割り入った。
『ストーップ! もう、何やってんの、押し通るつもり?』
『またお前か』
心底嫌そうな顔をされたが、もう慣れっこだ。こんなことくらいで心折れていたらこの男の弟子なんて務まらないのだ。
『良いから良いから、こういう場面はあなたより私の方が適任でしょ。さて』
くるりと振り返ったニチカはしゃがみ、こちらを未だ警戒した目つきでにらんでくるオオカミと目線を合わせる。向かって右側がねずみ色の被毛で、左側の若く見える茶色い毛の方が先に口を開いた。
『ココ、トオサナイ、ニンゲンダメ』
『そっか、人間はダメなのね? どうして?』
『ニンゲンハ、怖イ、卑怯ダ、チビ達ヲ連レテイク』
『私は卑怯でもないし、あなた達の子供を誘拐するつもりもないわ。それでもその橋は通れない?』
『耳ト尻尾ノ無イモノハ、ダメ』
ふぅーむ、とうなったニチカはチラリと後ろに視線を走らせる。ウルフィは森の中からこちらを伺っているが出てくる様子はなさそうだ。
『そっか、なら仕方ないわね。騒がせちゃってごめんなさい』
不服そうな顔を続けるオズワルドを引っ張ってその場を立ち去る。反論せずに大人しくついてきてくれたところを見ると、彼も力押しは難しいと判断したのだろう。こういうところは察しがよくて助かる。
『で、どうするつもりだ』
森まで戻って作戦会議をする。ウルフィは少し離れたところでジッとこちらを見ていた。
『耳と尻尾のない者はダメって言ってたじゃない?』
『言ってたな』
『だから、その、動物に変身できるような魔女道具とか……あったりしない?』
ハァァとため息をついた師匠は、手で顔を覆ってうつむいた。
『さすがにそんなものは無い』
『あちゃ、やっぱりダメか』
やっぱりというところにギロリとにらまれる。慌てて視線を逸らし、燃えそうな小枝を拾い集める。
『まぁまぁ、お腹が減ってちゃ良い考えも浮かばないよ。お夕飯作るね』
***
そして冒頭に戻るというわけだ。
お腹は膨れたがこれと言った案は浮かばず、ニチカはウトウトし掛けていた。だがいきなりビーッビーッと警報が鳴り始めひっぱたかれたように意識を浮上させた。
「……人だな」
たいていこのような野宿をする際はオズワルドの魔女道具で結界を貼っていた。結界とは言うものの、一定の範囲内に生き物が入ると手元の箱からアラームが鳴るだけという仕組みだ。だがそれのおかげで不寝番を置かずに済むありがたい道具なのである。
その箱がけたたましく喚いている。グッと杖を握り締めていると、木々の向こうから大きな荷物を背負った中年の男が現れた。
「おっ、やっぱりキャンプだ。いやすまねぇ驚かせるつもりは無かったんだ。ちょいと火にあたらせてもらえねぇか?」
いかつい風貌で無精ひげを生やした男は、了承も得ないうちに火の近くによって来る。その頭で揺れているものを見たニチカはひくりと頬を引きつらせた。
「ん? あぁこれか? そんな顔するなよ、そういう趣味じゃねぇって」
苦笑いを浮かべた男は、茶色の髪の隙間からにゅっと伸びた耳をもぎ取った。よくできたつけ耳のようだ。同じようにふさふさの尻尾も外してみせる。
「あのテイル村ってのは人間ご法度だからなぁ、こんな変装でもしなきゃ入れてくれなくてね」
「それって……!」
ピンと来た少女は声をあげるが、反対にオズワルドは苦々しげな顔をしてみせた。
「目的は火じゃなくて商売だったってわけか」
「察しが良いね、男前のにーちゃん。どうだい? 今なら安くしとくぜ」
なるほど、つまりこの行商人は最初からこちらの事情をお見通しで近づいてきたらしい。彼はその山のような荷物の中から箱をいくつか取り出してみせた。
「さぁさ見てってくれよ。うちのは大都市エルベリンの高級クラブでも使われてるんだぜ」
数分後、髪の色と同じ耳と尻尾をつけたニチカは悶絶していた。
「なんで私がネコ耳なのよ!」
「似合ってるぞ、珍獣」
「アンタが言うなっ」
とがった犬耳をつけたオズワルドに思わずツッコミを入れる。こんな姿、知り合いには絶対に見せたくない。……やめよう、そういうことを考えるだけで余計なフラグが立ちそうだ。
「毎度ありぃ! そうそう、これはオマケ情報なんだがな」
ほくほく顔で代金を懐に入れた商人は、少しだけ声を潜めて内緒話でもするように言った。
「今日一日あの村を回ってきたんだけどよォ、どうにもキナくせぇ雰囲気が強くてな……なんでもイケニエの儀ってのが近いうちに行われるらしい。アンタらも入るつもりなら気をつけなよ」
携帯用の片手鍋の中で、湯がグラグラと沸き立っている。ニチカはその中にキューブ状の茶色い『スープの素』を放り込むと荷物の中からハサミを取り出した。簡単に洗った野菜とベーコンを次々に切って直接鍋に落としていく。十分もしない内に簡単な野菜スープが出来上がった。あとはカチカチに固い黒パンをいくつか取り出して
「できたよー」
そう呼びかけるが、こちらにやってきたのはオズワルドだけだった。いつもはご飯ができる前からすっ飛んできて横で目を輝かせているウルフィが来ない。
目を凝らすとキャンプ地の灯りがギリギリ届く端で、茶色い尻尾だけがかろうじて見えた。
「呼んでこようかな……」
「いい、放っておけ」
木の根元に陣取り、勝手にスープをマグによそり始める師匠はそう言う。その言葉には『行くのは許さない』という響きが篭もっていた。
岩のようなパンをスープにひたして柔らかくする。気まずい空気の中、少女はため息をついた。
***
『どけ! 何やってんだ!』
あの時、前に立ちはだかった使い魔にオズワルドは激昂した。だがウルフィは退こうとはせず、あろうことか低いうなり声をあげた。
『いくらご主人でもっ、ダメだ!』
『なに?』
『……』
らしくないだんまりを決め込み、それでも毛を逆立てるオオカミ。だが威嚇ではなく恐怖ゆえなのだろう、その足は可哀そうになるほど震えていた。
『……覚悟はできているんだろうな?』
ザリ、と一歩詰め寄った男は右手を前方に伸ばして構える。ガタガタと震えだしたオオカミを見て、ニチカはとっさにその間に割り込んでいた。
『ま、待った待った! なんでいきなりシリアスになってんの? ウルフィの話も聞いてあげようよっ』
見下すような視線の男は、少女の後ろを顎でしゃくった。
『こっちが聞く気でも、そいつが話す気がないみたいだが?』
『……ウルフィ?』
振り返るとオオカミは尻尾を垂らしてうなだれていた。キューンと小さく鳴く声に胸を締め付けられる。
『主人に逆らった使い魔の末路は一つだ』
ぞっとするほど冷たい声に怯むが、それでも何とか止めようとニチカは両手を広げた。
『使い魔とかそんなの関係なしにウルフィは私の友達よ、罰を与えるつもりなら私を黙らせてからにして』
この男の性格を考えれば、酷い仕打ちが来るかもしれない。
だがオズワルドは眉間にそれはそれは深い皺を刻んだかと思うとその横を通り抜けて行ってしまった。
緊張の糸が切れてへにゃりと座り込む。辛そうな声がその背中にかけられた。
『ごめんね、ニチカ』
『え? あぁ良いの良いの。誰にだって言いたくないことの一つや二つあるもんよ。とはいえ――』
気力と共に勢いをつけて立ち上がる。今はもうだいぶ遠くなったオズワルドの背中が木立の向こうに消えていった。
『追いかけなくちゃ。あの過激魔女のことだもの、下手したらこの森ごと焼き払い兼ねないわ』
『そ、それ困るよぉ。そんなことしたら村が――』
おや、と下を見る。ウルフィはしまったと言うように目を見開いていたが、クスリと笑って聞こえないふりをしてあげる。本当に隠し事が下手な子である。
しばらく無言で森を駆け抜けた二人は、いきなり開けた場所に飛び出る。切り立った渓谷にかけられた橋の前では、なぜか師匠と2匹のオオカミが押し問答を繰り広げていた。
『だから、その盗っ人を追ってるだけなんだ俺は。かくまうつもりなら容赦しないぞ』
『ソンナヤツ、知ラナイ。ソレヨリオマエ、ニンゲン、トオサナイ』
『ソウ、ニンゲン、悪イヤツ』
『この……!』
いきり立ったオズワルドが一歩詰め寄る。少女は慌ててその前に割り入った。
『ストーップ! もう、何やってんの、押し通るつもり?』
『またお前か』
心底嫌そうな顔をされたが、もう慣れっこだ。こんなことくらいで心折れていたらこの男の弟子なんて務まらないのだ。
『良いから良いから、こういう場面はあなたより私の方が適任でしょ。さて』
くるりと振り返ったニチカはしゃがみ、こちらを未だ警戒した目つきでにらんでくるオオカミと目線を合わせる。向かって右側がねずみ色の被毛で、左側の若く見える茶色い毛の方が先に口を開いた。
『ココ、トオサナイ、ニンゲンダメ』
『そっか、人間はダメなのね? どうして?』
『ニンゲンハ、怖イ、卑怯ダ、チビ達ヲ連レテイク』
『私は卑怯でもないし、あなた達の子供を誘拐するつもりもないわ。それでもその橋は通れない?』
『耳ト尻尾ノ無イモノハ、ダメ』
ふぅーむ、とうなったニチカはチラリと後ろに視線を走らせる。ウルフィは森の中からこちらを伺っているが出てくる様子はなさそうだ。
『そっか、なら仕方ないわね。騒がせちゃってごめんなさい』
不服そうな顔を続けるオズワルドを引っ張ってその場を立ち去る。反論せずに大人しくついてきてくれたところを見ると、彼も力押しは難しいと判断したのだろう。こういうところは察しがよくて助かる。
『で、どうするつもりだ』
森まで戻って作戦会議をする。ウルフィは少し離れたところでジッとこちらを見ていた。
『耳と尻尾のない者はダメって言ってたじゃない?』
『言ってたな』
『だから、その、動物に変身できるような魔女道具とか……あったりしない?』
ハァァとため息をついた師匠は、手で顔を覆ってうつむいた。
『さすがにそんなものは無い』
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「……人だな」
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その箱がけたたましく喚いている。グッと杖を握り締めていると、木々の向こうから大きな荷物を背負った中年の男が現れた。
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「ん? あぁこれか? そんな顔するなよ、そういう趣味じゃねぇって」
苦笑いを浮かべた男は、茶色の髪の隙間からにゅっと伸びた耳をもぎ取った。よくできたつけ耳のようだ。同じようにふさふさの尻尾も外してみせる。
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「それって……!」
ピンと来た少女は声をあげるが、反対にオズワルドは苦々しげな顔をしてみせた。
「目的は火じゃなくて商売だったってわけか」
「察しが良いね、男前のにーちゃん。どうだい? 今なら安くしとくぜ」
なるほど、つまりこの行商人は最初からこちらの事情をお見通しで近づいてきたらしい。彼はその山のような荷物の中から箱をいくつか取り出してみせた。
「さぁさ見てってくれよ。うちのは大都市エルベリンの高級クラブでも使われてるんだぜ」
数分後、髪の色と同じ耳と尻尾をつけたニチカは悶絶していた。
「なんで私がネコ耳なのよ!」
「似合ってるぞ、珍獣」
「アンタが言うなっ」
とがった犬耳をつけたオズワルドに思わずツッコミを入れる。こんな姿、知り合いには絶対に見せたくない。……やめよう、そういうことを考えるだけで余計なフラグが立ちそうだ。
「毎度ありぃ! そうそう、これはオマケ情報なんだがな」
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