88 / 156
8-淫靡テーション
88.少女、挑発する。
しおりを挟む
軽い音が響き、オズワルドが居た箇所に着弾する。じゅわ、と微かな煙が消えた後には、正体不明の液体がじゅうたんを通り越して床にまで穴を開けていた。その毒々しい紫に総毛が立つ。
「はははっ、見たか! これが魔女協会が新しく開発したっていう新銃『ディザイア』の威力――」
「ちょっとッ!!」
うっかり口を滑らせた職員の男を、横の女が叩いて止める。だがオズワルドはその言葉をしっかりと聞いていた。頭の回転の早さを遺憾なく発揮する。
「なるほど、魔女協会が俺に作らせようとしたのはこれか」
見たところその銃は引き金を引くだけで『魔力を含んだ何か』を発射できるらしい。どういう仕組みだろう? こんな場面にも関わらず好奇心が首をもたげた。ザッと足元を踏みしめたオズワルドは隣のニチカに短く告げる。
「ニチカ、あの武器奪うぞ」
「わーかってるわよぉ、あんな物騒なモン放置できるわけないもんね」
杖をグッと握り締めた弟子と共に、男は駆けだした。
***
決着はあっけないほど簡単についた。ニチカが派手な広範囲の光魔法を撃ち、職員の二人が目をくらませている間に背後から忍び寄る。そしてそこらへんに転がっていた燭台と杖でそれぞれブン殴って終わり。二人を荒縄で縛り転がしたオズワルドは、床に落ちていた『ディザイア』と呼ばれた武器を手にとった。重さはそこまでない。職員の男が手にしていたのを真似て構えてみる。試しに引き金を引いてみるがカチンと虚しい音が響いただけで何も飛び出さなかった。
「ちょっと、私に向けないでよ!」
引きつるニチカにも持たせてみるが、やはり反応はなかった。明らかに魔関係の武器ではありそうなのだが……魔力を糧にしているわけではなさそうだ。何か起動するための条件があるのだろうか? 目を回している職員を見下ろしながらオズワルドはつぶやく。
「コイツら起こして聞いてみるか?」
「……強く殴りすぎたかも、全然起きなさそうだよ」
どうして治癒のようなポピュラーな回復魔法がこの世界にはないのだろうかと、少女は疑問に思いながら床に目を移す。撃ちだされた紫の液体は、今はもう蒸発して穴を残すだけになっていた。見上げればいまだ煌々と輝く『えっちぃの』がそびえたっている。これも早めに破壊しなければ。その重労働を思ったニチカは軽い溜息をつきながら言った。
「この銃、魔女協会が開発したって言ってたけど、魔水晶とセットでここにあったってことはファントムも関わってるのかな」
「可能性はあるんじゃないか」
「だとしたらいつの間に魔女協会と組んでいたんだろう」
それからしばし手の中のディザイアをじっと見つめていた少女は、それを師匠にグッと押し返しながら口を開く。
「何、考えてるんだろう」
「?」
「こんな混乱引き起こすような物作るなんて……許せないよ」
間違いなくこれは悪い物だ。しかもマモノ達を凶暴化させている闇のマナを利用している。ところが非難めいた視線を銃に向ける少女を、師匠はバッサリ切り捨てた。
「だからお前は単細胞だっていうんだ」
「んなっ……」
久しぶりの暴言に顔を上げると、オズワルドは銃を見分しながら淡々と言った。
「こういう武器が現れたとなれば必ず対抗する防具も出てくる。上手く利用すればか弱い者がマモノから身を守るのにも使える。どちらにせよこの武器の出現はこの大陸全土の技術を底上げするだろう。そういう観点では喜ぶべきことだと俺は思うけどな」
「でも、悪いものかもしれないじゃない。使ったら呪われるとか」
「そんなものどうとでもなる。製作者の意図なんか無視するために俺みたいな魔女が居るんだ」
口を開いたニチカは、反論しようとパクパクしていた。だが、だしぬけにニヤッと笑う。今の言葉を聞いて反撃の方向性を変えることにしたのだ。
「そう、ね。そういう考え方もあるかもしれないわね。逆に利用してやろうって魂胆なんだ」
「あぁ」
「なら当然あなたが作るんでしょ? その対策とやらを」
「は?」
オズワルドは、とりあえずこれを改造してより強化された武器でも作ろうと目論んでいたのだが、妙な話の飛びっぷりに思わず振り返る。視線の先の少女は不敵な笑みを浮かべていた。
「そこまで大口叩くのなら、対策を考えるくらい余裕なんじゃない?」
「ばか、そんなもの他のヒマな魔女に任せとけ」
「作れないんだ?」
ピクッと男の肩が跳ねる。よし、もう一押し。
「ふーん、世紀の天才魔女オズワルド様が、こんな未知の武器ぐらいに負けるんだ。へぇぇぇぇ」
そこまで言ってギクリとする。ツカツカと寄ってきた男が目の前に立ったのだ。スッと額の前に指を構えられニチカは目を閉じる。
(調子に乗りすぎた……ッ!)
だがいつまでたってもデコピンが飛んでこない。恐る恐る目をあけると、いつもの意地悪そうな目をした師匠が口の端をつり上げて笑っていた。
「俺を挑発しようなんて百万年早い。と、言いたいところだが、その度胸に免じて今回だけは許してやろう。無効化する方法も考えてやるよ」
それだけ言うとまた背を向けてしまう。ニチカはしばらく呆気にとられていたが、想像以上の成果に次第に喜びが沸き上がってくる。おもわずその背中を掴んでぐいぐいと引っ張った。
「ねぇっ、今のほんと? 聞き間違いじゃなくて!?」
「うるさいひっつくな、さっさと魔水晶を破壊するぞ」
らしくない選択をしたせいか、オズワルドはきまり悪げにそっぽを向いていた。その横顔を見たニチカは顔が綻ぶのを止められなかった。オズワルドもまた、ニチカに影響されているのだ。
(あの時誓ったもんね。あなたには世界を救うだけの力がある。それを証明してみせるって)
破壊の魔女から救いの魔女へ。今がその分岐点の一歩であって欲しい。そう願った。
「はははっ、見たか! これが魔女協会が新しく開発したっていう新銃『ディザイア』の威力――」
「ちょっとッ!!」
うっかり口を滑らせた職員の男を、横の女が叩いて止める。だがオズワルドはその言葉をしっかりと聞いていた。頭の回転の早さを遺憾なく発揮する。
「なるほど、魔女協会が俺に作らせようとしたのはこれか」
見たところその銃は引き金を引くだけで『魔力を含んだ何か』を発射できるらしい。どういう仕組みだろう? こんな場面にも関わらず好奇心が首をもたげた。ザッと足元を踏みしめたオズワルドは隣のニチカに短く告げる。
「ニチカ、あの武器奪うぞ」
「わーかってるわよぉ、あんな物騒なモン放置できるわけないもんね」
杖をグッと握り締めた弟子と共に、男は駆けだした。
***
決着はあっけないほど簡単についた。ニチカが派手な広範囲の光魔法を撃ち、職員の二人が目をくらませている間に背後から忍び寄る。そしてそこらへんに転がっていた燭台と杖でそれぞれブン殴って終わり。二人を荒縄で縛り転がしたオズワルドは、床に落ちていた『ディザイア』と呼ばれた武器を手にとった。重さはそこまでない。職員の男が手にしていたのを真似て構えてみる。試しに引き金を引いてみるがカチンと虚しい音が響いただけで何も飛び出さなかった。
「ちょっと、私に向けないでよ!」
引きつるニチカにも持たせてみるが、やはり反応はなかった。明らかに魔関係の武器ではありそうなのだが……魔力を糧にしているわけではなさそうだ。何か起動するための条件があるのだろうか? 目を回している職員を見下ろしながらオズワルドはつぶやく。
「コイツら起こして聞いてみるか?」
「……強く殴りすぎたかも、全然起きなさそうだよ」
どうして治癒のようなポピュラーな回復魔法がこの世界にはないのだろうかと、少女は疑問に思いながら床に目を移す。撃ちだされた紫の液体は、今はもう蒸発して穴を残すだけになっていた。見上げればいまだ煌々と輝く『えっちぃの』がそびえたっている。これも早めに破壊しなければ。その重労働を思ったニチカは軽い溜息をつきながら言った。
「この銃、魔女協会が開発したって言ってたけど、魔水晶とセットでここにあったってことはファントムも関わってるのかな」
「可能性はあるんじゃないか」
「だとしたらいつの間に魔女協会と組んでいたんだろう」
それからしばし手の中のディザイアをじっと見つめていた少女は、それを師匠にグッと押し返しながら口を開く。
「何、考えてるんだろう」
「?」
「こんな混乱引き起こすような物作るなんて……許せないよ」
間違いなくこれは悪い物だ。しかもマモノ達を凶暴化させている闇のマナを利用している。ところが非難めいた視線を銃に向ける少女を、師匠はバッサリ切り捨てた。
「だからお前は単細胞だっていうんだ」
「んなっ……」
久しぶりの暴言に顔を上げると、オズワルドは銃を見分しながら淡々と言った。
「こういう武器が現れたとなれば必ず対抗する防具も出てくる。上手く利用すればか弱い者がマモノから身を守るのにも使える。どちらにせよこの武器の出現はこの大陸全土の技術を底上げするだろう。そういう観点では喜ぶべきことだと俺は思うけどな」
「でも、悪いものかもしれないじゃない。使ったら呪われるとか」
「そんなものどうとでもなる。製作者の意図なんか無視するために俺みたいな魔女が居るんだ」
口を開いたニチカは、反論しようとパクパクしていた。だが、だしぬけにニヤッと笑う。今の言葉を聞いて反撃の方向性を変えることにしたのだ。
「そう、ね。そういう考え方もあるかもしれないわね。逆に利用してやろうって魂胆なんだ」
「あぁ」
「なら当然あなたが作るんでしょ? その対策とやらを」
「は?」
オズワルドは、とりあえずこれを改造してより強化された武器でも作ろうと目論んでいたのだが、妙な話の飛びっぷりに思わず振り返る。視線の先の少女は不敵な笑みを浮かべていた。
「そこまで大口叩くのなら、対策を考えるくらい余裕なんじゃない?」
「ばか、そんなもの他のヒマな魔女に任せとけ」
「作れないんだ?」
ピクッと男の肩が跳ねる。よし、もう一押し。
「ふーん、世紀の天才魔女オズワルド様が、こんな未知の武器ぐらいに負けるんだ。へぇぇぇぇ」
そこまで言ってギクリとする。ツカツカと寄ってきた男が目の前に立ったのだ。スッと額の前に指を構えられニチカは目を閉じる。
(調子に乗りすぎた……ッ!)
だがいつまでたってもデコピンが飛んでこない。恐る恐る目をあけると、いつもの意地悪そうな目をした師匠が口の端をつり上げて笑っていた。
「俺を挑発しようなんて百万年早い。と、言いたいところだが、その度胸に免じて今回だけは許してやろう。無効化する方法も考えてやるよ」
それだけ言うとまた背を向けてしまう。ニチカはしばらく呆気にとられていたが、想像以上の成果に次第に喜びが沸き上がってくる。おもわずその背中を掴んでぐいぐいと引っ張った。
「ねぇっ、今のほんと? 聞き間違いじゃなくて!?」
「うるさいひっつくな、さっさと魔水晶を破壊するぞ」
らしくない選択をしたせいか、オズワルドはきまり悪げにそっぽを向いていた。その横顔を見たニチカは顔が綻ぶのを止められなかった。オズワルドもまた、ニチカに影響されているのだ。
(あの時誓ったもんね。あなたには世界を救うだけの力がある。それを証明してみせるって)
破壊の魔女から救いの魔女へ。今がその分岐点の一歩であって欲しい。そう願った。
0
お気に入りに追加
190
あなたにおすすめの小説
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
ご愛妾様は今日も無口。
ましろ
恋愛
「セレスティーヌ、お願いだ。一言でいい。私に声を聞かせてくれ」
今日もアロイス陛下が懇願している。
「……ご愛妾様、陛下がお呼びです」
「ご愛妾様?」
「……セレスティーヌ様」
名前で呼ぶとようやく俺の方を見た。
彼女が反応するのは俺だけ。陛下の護衛である俺だけなのだ。
軽く手で招かれ、耳元で囁かれる。
後ろからは陛下の殺気がだだ漏れしている。
死にたくないから止めてくれ!
「……セレスティーヌは何と?」
「あのですね、何の為に?と申されております。これ以上何を搾取するのですか、と」
ビキッ!と音がしそうなほど陛下の表情が引き攣った。
違うんだ。本当に彼女がそう言っているんです!
国王陛下と愛妾と、その二人に巻きこまれた護衛のお話。
設定緩めのご都合主義です。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる