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8-淫靡テーション
84.少女、弁解する。
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今度こそ完全に思考が停止した。
「ごめん、ごめんなさい、好きなの」
少女は手のひらで涙を拭うように泣きじゃくる。赦しを乞うように繰り返す謝罪が胸に突き刺さる。
最後の理性が砕ける音がした。
「……ニチカ」
「あっ」
その手をつかんで引き寄せる。何度見たかわからない泣き顔を見つめ、何も言わずに口づける。
何度も 何度も ……何度も。
夢中になってその行為だけを繰り返す。気づけば二人はベッドになだれ込みお互いを求めあっていた。一息ついた男が襟元を緩めながら見下ろしてくる。
「はっ、ひどい顔」
そう言うオズワルドの顔こそ普段は見れないようなものだ。上気した頬で笑う様がぞくぞくするほど色気に満ちている。ニチカは思わず口元を覆って漏れ出る声を抑えようとした。
「っ、ふっ」
「嫌いじゃないけどな」
耳元で熱く囁かれ、服の上からするりと身体の線に沿って撫でられる。弱い刺激だからこそ過剰に反応してしまう。
「~~~っ!」
ピクンッと跳ねた少女を見降ろしオズワルドは笑みを浮かべる。どれだけ敏感になってるというのか。
しかし先ほどから彼はひどい頭痛に悩まされていた。少しずつ悪化していたそれは無視できないレベルになってきていた。
「…………」
一瞬意識が飛んだが気のせいだ。星が飛び始めているのも気のせいだ。そう思い込もうとするが、次第に吐き気すらせり上がってくる。
「ぐっ……」
「……オズワルド?」
異変を感じたニチカがそっとその首筋に手を伸ばす。そのあまりの熱さに少女は目を見開いた。
「ちょっ、熱あるじゃない!!」
「はぁ? 気のせい……だろ……」
「気のせいじゃないって! うわっ、すごい汗」
いくら情事で熱を上げたとはいえ、人体が出せる温度を軽く越している。甘い気分など一気に吹き飛んでしまった。だが男はムッとした顔をしたかと思うと起き上がろうとする少女を縫い止める。
「うるさい、さっさとやるぞ」
「そんな体調じゃないでしょ!」
あるていど欲求を満たされた少女は、実を言うとこの発熱騒動でほぼ正気に戻ってしまった。ひくりと笑い今の状況を確認する。
「往生際の悪い……覚悟を決めろ」
上にのし掛かる男の目が完全に据わっている。ふらふらになりながらもヤケというか、もはや意地だけで意識を保ってはいないだろうか? 少し考えた少女は、その襟元を掴んでぐるりと反転してみた。
「えいっ」
「!?」
朦朧としていたせいか、男はアッサリと反されてしまった。痛む頭を抑えながら枕に沈む。上にまたがったニチカは乱れた襟元を合わせながら諭すように言った。
「急病人なんだから、は、激しい運動なんかしちゃダメだよ」
「このくらい何でも……」
とは言え、昼間からじわじわと上がってきた熱に体力を消耗しているのも事実だ。性欲よりも睡眠を体は欲しがっている。今も泥のように絡みつく眠気を振り払うのがやっとだ。心の中でためいきをついたオズワルドは呻くような声を出した。
「……俺の、マントの内側に青い小瓶が入っている」
「小瓶?」
「薬だ、取ってくれ」
ベッドからタッと降りたニチカは、壁に掛かっていた黒いマントをさぐる。目的のものはすぐに見つかった。
「あったよ、飲める?」
ぼんやりと目を向けた男は体を起こすのも辛いのか、寝たまま薬を飲もうとする。
「うー……」
「あぁもう、こぼしてるよ」
少し迷ったニチカは、その瓶を取ると中味を口に含んだ。辛そうな男の頬に手を添え口うつしで流し込む。嚥下したのを確認した少女は口元をぬぐった。氷水でも持ってこようと動きかけ、後ろから伸びて来た長い腕に引き戻される。
「わっ」
ボフッとベッドに引き込まれ後ろから抱え込まれる。当然のようにもがいて抗議するが腹に巻き付いた両腕はぎゅうっと締まるだけだった。
「ちょっとー、離してよ。氷水貰ってくるから」
「要らん、ここにいろ」
「なんでっ」
「うつして治した方が早い」
「私に押しつけないでよっ」
「バカは風邪ひかないんだろ」
「もぉぉ」
それ以上抵抗するのも酷な気がして、ニチカは拘束する腕にそっと手を重ねる。この体勢だと顔は見えないが、不安なのかもしれない。自分も風邪を引いたときは弱気になるし、誰かに側にいてほしい。そう思うと、普段あれだけ傲慢な男が急にかわいく思えて来た。
「しょうがないなぁ~、いいよいいよ、寝つくまで側にいてあげるから安心して眠りなさい」
まるで母のように言い聞かせると、半分まどろみかけている男から思わぬ反撃を食らった。
「お前、さっき『好き』とか言わなかったか」
「!」
収まりかけていた熱がボッと顔に集まる。そういえば、さっきどさくさに紛れてとんでもないことを言ってしまったような……。反射的に振り仰いだニチカは慌てふためき弁解する。
「ちっ、ちがうの! あれはその……っ」
「あれは?」
ぐっと詰まった少女は、冷や汗をダラダラ流しながら苦し紛れに言った。
「よ、欲求不満なだけ……ですからっ」
「……」
「……」
いっそ殺せ。そう思ったが後には退けなかった。何を言ってるんだと心の内で喚いている間に、オズワルドは勝手に解釈をしてくれたようだ。
「なるほど、好きというのは性欲処理のことか」
「そ、そう!」
「キスするのが好き、気持ちいいのが好きと」
「そうなの!」
「たまたま俺が近くに居たから、こいつで済ませてしまおうと」
「そうね! あなた顔だけは私の好みだからっ、顔『だけ』は!!」
ぷしゅ~っと自分の顔から湯気が出ている気がする。うずくまる様に顔を背けたニチカを、男はため息をつきながら抱き直した。
「まぁ、そう言うことにしておくか……」
「勘違いしないでね!? こんな風になったのはあくまでも魔水晶と種の影響なんだから!」
「よく喋る枕だ……」
反論しようとした時にはもう、オズワルドは深い寝息をたて落ちていた。激しい後悔と羞恥に襲われた少女は、それからしばらく眠れなかった。
そうでなくても、とても眠れそうにはない状況だったが。
「ごめん、ごめんなさい、好きなの」
少女は手のひらで涙を拭うように泣きじゃくる。赦しを乞うように繰り返す謝罪が胸に突き刺さる。
最後の理性が砕ける音がした。
「……ニチカ」
「あっ」
その手をつかんで引き寄せる。何度見たかわからない泣き顔を見つめ、何も言わずに口づける。
何度も 何度も ……何度も。
夢中になってその行為だけを繰り返す。気づけば二人はベッドになだれ込みお互いを求めあっていた。一息ついた男が襟元を緩めながら見下ろしてくる。
「はっ、ひどい顔」
そう言うオズワルドの顔こそ普段は見れないようなものだ。上気した頬で笑う様がぞくぞくするほど色気に満ちている。ニチカは思わず口元を覆って漏れ出る声を抑えようとした。
「っ、ふっ」
「嫌いじゃないけどな」
耳元で熱く囁かれ、服の上からするりと身体の線に沿って撫でられる。弱い刺激だからこそ過剰に反応してしまう。
「~~~っ!」
ピクンッと跳ねた少女を見降ろしオズワルドは笑みを浮かべる。どれだけ敏感になってるというのか。
しかし先ほどから彼はひどい頭痛に悩まされていた。少しずつ悪化していたそれは無視できないレベルになってきていた。
「…………」
一瞬意識が飛んだが気のせいだ。星が飛び始めているのも気のせいだ。そう思い込もうとするが、次第に吐き気すらせり上がってくる。
「ぐっ……」
「……オズワルド?」
異変を感じたニチカがそっとその首筋に手を伸ばす。そのあまりの熱さに少女は目を見開いた。
「ちょっ、熱あるじゃない!!」
「はぁ? 気のせい……だろ……」
「気のせいじゃないって! うわっ、すごい汗」
いくら情事で熱を上げたとはいえ、人体が出せる温度を軽く越している。甘い気分など一気に吹き飛んでしまった。だが男はムッとした顔をしたかと思うと起き上がろうとする少女を縫い止める。
「うるさい、さっさとやるぞ」
「そんな体調じゃないでしょ!」
あるていど欲求を満たされた少女は、実を言うとこの発熱騒動でほぼ正気に戻ってしまった。ひくりと笑い今の状況を確認する。
「往生際の悪い……覚悟を決めろ」
上にのし掛かる男の目が完全に据わっている。ふらふらになりながらもヤケというか、もはや意地だけで意識を保ってはいないだろうか? 少し考えた少女は、その襟元を掴んでぐるりと反転してみた。
「えいっ」
「!?」
朦朧としていたせいか、男はアッサリと反されてしまった。痛む頭を抑えながら枕に沈む。上にまたがったニチカは乱れた襟元を合わせながら諭すように言った。
「急病人なんだから、は、激しい運動なんかしちゃダメだよ」
「このくらい何でも……」
とは言え、昼間からじわじわと上がってきた熱に体力を消耗しているのも事実だ。性欲よりも睡眠を体は欲しがっている。今も泥のように絡みつく眠気を振り払うのがやっとだ。心の中でためいきをついたオズワルドは呻くような声を出した。
「……俺の、マントの内側に青い小瓶が入っている」
「小瓶?」
「薬だ、取ってくれ」
ベッドからタッと降りたニチカは、壁に掛かっていた黒いマントをさぐる。目的のものはすぐに見つかった。
「あったよ、飲める?」
ぼんやりと目を向けた男は体を起こすのも辛いのか、寝たまま薬を飲もうとする。
「うー……」
「あぁもう、こぼしてるよ」
少し迷ったニチカは、その瓶を取ると中味を口に含んだ。辛そうな男の頬に手を添え口うつしで流し込む。嚥下したのを確認した少女は口元をぬぐった。氷水でも持ってこようと動きかけ、後ろから伸びて来た長い腕に引き戻される。
「わっ」
ボフッとベッドに引き込まれ後ろから抱え込まれる。当然のようにもがいて抗議するが腹に巻き付いた両腕はぎゅうっと締まるだけだった。
「ちょっとー、離してよ。氷水貰ってくるから」
「要らん、ここにいろ」
「なんでっ」
「うつして治した方が早い」
「私に押しつけないでよっ」
「バカは風邪ひかないんだろ」
「もぉぉ」
それ以上抵抗するのも酷な気がして、ニチカは拘束する腕にそっと手を重ねる。この体勢だと顔は見えないが、不安なのかもしれない。自分も風邪を引いたときは弱気になるし、誰かに側にいてほしい。そう思うと、普段あれだけ傲慢な男が急にかわいく思えて来た。
「しょうがないなぁ~、いいよいいよ、寝つくまで側にいてあげるから安心して眠りなさい」
まるで母のように言い聞かせると、半分まどろみかけている男から思わぬ反撃を食らった。
「お前、さっき『好き』とか言わなかったか」
「!」
収まりかけていた熱がボッと顔に集まる。そういえば、さっきどさくさに紛れてとんでもないことを言ってしまったような……。反射的に振り仰いだニチカは慌てふためき弁解する。
「ちっ、ちがうの! あれはその……っ」
「あれは?」
ぐっと詰まった少女は、冷や汗をダラダラ流しながら苦し紛れに言った。
「よ、欲求不満なだけ……ですからっ」
「……」
「……」
いっそ殺せ。そう思ったが後には退けなかった。何を言ってるんだと心の内で喚いている間に、オズワルドは勝手に解釈をしてくれたようだ。
「なるほど、好きというのは性欲処理のことか」
「そ、そう!」
「キスするのが好き、気持ちいいのが好きと」
「そうなの!」
「たまたま俺が近くに居たから、こいつで済ませてしまおうと」
「そうね! あなた顔だけは私の好みだからっ、顔『だけ』は!!」
ぷしゅ~っと自分の顔から湯気が出ている気がする。うずくまる様に顔を背けたニチカを、男はため息をつきながら抱き直した。
「まぁ、そう言うことにしておくか……」
「勘違いしないでね!? こんな風になったのはあくまでも魔水晶と種の影響なんだから!」
「よく喋る枕だ……」
反論しようとした時にはもう、オズワルドは深い寝息をたて落ちていた。激しい後悔と羞恥に襲われた少女は、それからしばらく眠れなかった。
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