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7-偽りの聖女

80.少女、転嫁する。

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 話にほとんどついていけず傍観していたニチカの横に師匠が並ぶ。解放されたウルフィも一緒だ。ようやく会えた安心からか、少女はしゃがんでモフモフの体を抱きしめた。

「ウルフィ! なんだか久しぶり。身体の方は大丈夫? ケガしてない?」
「ニチカ~、会いたかったよぉぉ」

 どうやら食事はしっかり与えられていたようで元気そうだ。と、いうか、別れる前より若干腹がたるんでいるような気がしなくもない。疑わし気な視線を向けながらニチカは尋ねた。

「……ちょっと太った?」
「でへへ~、逆らわなければトントン焼きとか、ビフステーキとかお腹いーっぱい貰えてー」

 もしかしてこのオオカミ、食べ物につられて誘拐されたのでは。そうこうしている間にアンジェリカと村長の話がまとまったらしい。一月後には宿の建設が始まるそうだ。それを聞いたオズワルドが感心したような、半ば呆れたような表情で言う。

「とんでもない手腕だな……」
「こういうお金儲けには興味ないの?」

 最近はなりを潜めているが、元来の守銭奴である彼にそう尋ねると呆れた顔で言われてしまった。

「バカ言うな。こういうのは十分な資金源とコネがあって初めて出来るんだ。いや、待てよ。あのご令嬢と玉の輿に乗れば……」
「えぇっ!?」
「よし行ってこい」
「私かい!」

 ぺいっと投げ出されたニチカはアンジェリカの前に落ちる。まぁ!と顔を輝かせた彼女はその手を取ると言った。

「ニチカ様、あと少しお待ちくださいね、家の者への引き継ぎが終わりましたらわたくしも出立できますわ」
「しゅっ……え、どこへ?」

 その問いに暴走お嬢様は決まってるじゃありませんの!と微笑んだ。

「わたくしもお供させて頂きますわ、手取り足取り誠心誠意お世話いたします。そしてゆくゆくは……ぐへ、ぐへへへへ」

 恍惚の表情でよだれを垂らした令嬢に、ぞぞぞと冷たいものか走る。ニチカは慌てて制止をかけた。

「ま、待った待った! 宿の経営はどうするの?」
「わたくしはお父様に提案するだけ。後は然るべき者に任せるつもりですわ」
「ついてきたら危険なんだよっ」
「お任せくださいな! わたくしの炎ですべて焼き払ってごらんに入れます」

 それに、とアンジェリカは自分を連れて行く利点を挙げた。

「ニチカ様が望むなら我がグループの総力を挙げてお手伝い致しますの。快適な旅ができるよう最高級馬車を用意し、各地の宿は全て手配し、必要とあらば護衛部隊を組ませますわ」
「うっ……」

 好条件に少しだけ気持ちがぐらついたが、心に喝を入れたニチカは熱弁を振るい続ける彼女の肩にそっと手を置く。

「アンジェリカ、ありがとう。その気持ちは嬉しいよ。でもね、今回の旅はちゃんと自分の足で歩いて、見て、聞いて、確かめなきゃいけないことなんだと思う。些細な変化も見落としちゃいけない、だからその申し出は受けられない」

 優しく、だがきっぱりと断られたご令嬢は一瞬だけ泣きそうな顔をする。だがしばらくして困ったような笑みを浮かべた。

「ご立派でございますわ……それでこそ精霊の巫女ですのね」
「あは、あはは、そんな立派だなんて、そんなことないと思うけどなぁー」
「ですが同行は許して頂けますわね!?」
「だぁぁっ」

 話の堂々巡りにズッこけそうになる。なんとか踏ん張ったニチカはある提案を思いついた。

「そうだ! それじゃあこうしよう」

***

「それではニチカ様ぁー、しばしのお別れですわーっ!!」

 街道の分かれ道。子供のように大きく手を振るアンジェリカに向けてニチカは小さく手を振り返す。彼女は満面の笑みでこう続けた。

「エルミナージュで学を修めた暁には、ぜったいぜったい追いかけますからねーっ!」

 ニチカの出した条件。それは彼女が一度逃げ出した魔法学校へきちんと入学することだった。

 最初は不満そうな令嬢だったが、嫌なことから逃げ出すようでは同行者の資格なしとウィルに説得されて考えを改めたようだ(その時の執事の熱の入りようと来たら……彼はこのチャンスを逃がすまいと必死だった)

 しばらく歩いたところでオズワルドが後ろを振り返り、見えたものを報告してくれる。

「まだ手を振ってるぞ」
「振り向かない振り向かない。私は前だけを見続ける」

 まるで青春の標語のような事を唱えながら少女は歩き続け、見えなくなったであろう位置まで来てようやく息をついた。

「さすがにあんな子を連れていけないよね……」

 決して悪い子ではないのだが、オズワルド以上のトラブルメーカーだと本能が告げていた。なまじ影響力があるぶん手に負えない。それでも胸を痛めていると師匠が横でポツリと呟いた。

「エルミナージュは大丈夫だろうか……」
(ああああ校長先生、メリッサもごめんなさいいい)

 ニチカは心の中でスライディング土下座を披露する。押し付けるようで申し訳ないが後の面倒はあちらで見て貰おう。もともと入学予定ではあったのだし。そう区切りをつけたニチカはふぅっと息をついて少しだけ口の端を吊り上げた。

「でも、何とか収まって良かった」

 歩きながら妖しく輝き続ける魔水晶を陽にかざす。アンジェリカから別れの品にと貰ったそれには予想通り『強欲』と書かれていた。放り上げて、炎の魔法を命中させる。砕け散った破片は落ちてくる途中でサラサラと崩れ、風に流れていった。一、二、三……と、指折り数えた少女は首を傾げる。

「これで残る魔水晶はあと三つ、なのかな?」
「行こー行こーどこまでも~」

 尻尾をゆらしながらウルフィが追い越していく。ふいに風が吹いてニチカが羽織った深紅のマントをばさりと翻らせた。村を出る時、牢に捕らえたお詫びと村長から渡されたクレナ染めの試作品だ。素直に喜んで受け取ったものの、オズワルドはその狙いを見抜いていたようで呆れたように言う。

「それもあの令嬢の入れ知恵だってな、お前を歩く広告塔にするつもりか」
「いーのっ、色合いは気に入ったもん」

 町や村を一つ通り過ぎていく度に、装備や思い出が増えていく。

(元の世界に戻ってもちゃんと覚えていられるかな……)

 忘れたくない。少女は強くそう願った。



 だがその願いは次の村でアッサリと覆された。できれば記憶から早く消してしまいたい出来事に遭遇するとは、まだこの時は思いもしなかったのである。
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